Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

新橋演舞場『秀山祭九月大歌舞伎 夜の部』 3等B席下手寄り

2010年09月07日 | 歌舞伎
新橋演舞場『秀山祭九月大歌舞伎 夜の部』 3等B席下手寄り

『猩々』
この舞踊、なんとなく楽しくて好きです。

酒売り@芝雀さん、千歳みたいな拵えでかなり美しい酒売りでした。それにしても張った声の美しいこと。女形の声のなかで芝雀さんが一番好きなですよね~。

猩々ペアは梅玉さんと松緑くんのコンビネーションはまだ揃ってないかなあ?踊り方が違うってだけではなさそうなので揃ってくれば今後よくなりそう。

猩々@梅玉さん、ゆるりと踊るさまが神聖な生き物という雰囲気を醸し出して素敵。足捌きがなんとも上手い。

猩々@松緑さん、五月人形みたいで超可愛いです。踊りのほうが踊り込めてないなと。ちょっとした部分で半テンポ早すぎたり遅すぎたり。それとお酒が杯からきちんと飲めてないかも…どうみてもこぼしてる…(笑)腕の位置が悪いのかしらん…。

『俊寛』
座組みのコンビネーションがとても良かったですし、完成度が高かったです。

俊寛@吉右衛門さんがだいぶ今までと違う造詣かも。今までは人物の大きさのなかに豊かな表情をみせる俊寛だったように思いますが今回の吉衛門さんの俊寛は性格が非常に純粋というか感情を素直に出してとっても可愛い感じ。それゆえに孤独を抱える俊寛の悲劇が浮き立つ感じでした。望郷の念の強さと妻東屋を亡くしたゆえの絶望が真に迫っていました。

千鳥@福助さん、非常に丁寧な芝居で可愛らしい千鳥です。純朴な海女というには洗練された艶がありすぎる気もしますが純粋に成経を慕っているという部分が際立っていたように思います。特にクドキの台詞は上手いですねえ。

成経@染五郎さん、前回演じた時より芝居の輪郭が太くなってきたように思います。だいぶ存在感が出ていました。染五郎さんの今までの成経には浮世離れしたふわふわしたとこあったように思いますが、今回は都育ちの純粋さはそのままに成経なりの芯の強さがみえた。千鳥を真正面で好きというとこは前回以上にしっかり出てました。でもなんというか、染五郎さんが演じるとどうも、真剣に恋をしてはいるんだけど都に戻ったら千鳥のことは大事にはするけど所詮愛人の一人ってなりそう…という感じもなくはない…(笑)染五郎さんの成経は綺麗すぎるのかも。

康頼@歌昇さん、とてもしっかり者で思いやりのある康頼です。目配りの上手さがあって、実はこの人が三人のなかの要なんだろうなと思わせました。

丹左衛門@仁左衛門さんって私はお初です。かなり存在感がありました。役人としての理のなかに情の厚さがあって素敵でした。俊寛と瀬尾の対決中もしっかり細かい芝居をなさってつい目が行ってしまいました。

瀬尾@段四郎さんはいわずもがな。完全に当たり役ですね。憎たらしい人物としての存在感。しかし瀬尾に「理」があることも明快。情で動く人々のなかで情味のなさで憎まれ役になる人物像としています。段四郎さんの瀬尾はこの人じゃなきゃというほど好きです。

『引窓』
いかにも花形座組み&まだ2日目ということで、こなれてない部分もありましたけど、とっても良かったです。『引窓』の場の物語が説得力を持って描写された芝居だった。

南与兵衛@染五郎さん、今まで2回(巡業、博多座)ほど高麗屋型で演じています。博多座で拝見した時にだいぶこなれてきて、南与兵衛という人物像がクッキリとしてきたところでしたが今回は播磨屋型です。比べて見ると間やら人物造詣が結構違いますね。高麗屋型は非常にまっすぐな気性で男気の部分での懐が大きい。しかし郭で遊んで持ち崩したようにはちょっと見えない部分あり。播磨屋は情の部分を大事にするのか与兵衛に身を持ち崩したことのある男としての甘さというか可愛らしさがありどことなく色気が加味されてる。どちらの型も大切にしているのは母への想い、いたわりが底の底にあること。それにしても高麗屋型と播磨屋型で雰囲気が結構、違うので驚きました。

染五郎さん、まだ播磨屋型はこなれてない感はありでしたけど、甘さが加味されているほうが似合うのか非常に魅力的です。まだしっかり芝居のメリハリつけるまではいってなかったですが細やかな芝居ですごく説得力ありました。それと義太夫のノリがよくなってきました。場ごとの表情が豊かで男の可愛らしさ、気性の真っ直ぐさをみせていきます。妻のお早との気安い仲だからこその夫婦喧嘩では廓で出会った二人のじゃらじゃら感じがあって微笑ましい。後半は家族の想いを汲み取り男気をみせていきます。また染五郎さんが演じると母の気持ちを汲み取り、絵姿を渡す場が母への優しさだけを見せるのではなく、そのなかで義理の母への様々な気持ちが込み上げてその想いに泣くという雰囲気になり切ない感じでした。

染五郎さん、今回はよく吉右衛門さんを写してきたという感じでしたが7月松竹座で濡髪を演じて近くで仁左衛門さんの南与兵衛を観ていたせいか、時々仁左衛門さんも彷彿させるところも度々でした。たぶん意識しないで出ちゃうのかもしれませんね。

濡髪@松緑さん、ちょっと子供っぽいかなとは思いましたが根の部分が明るいまっすぐな気性の濡髪でした。富十郎さんに習ったんでしょうか?そんな感じしたんですが。今度筋書きで調べてみなくては。人物造詣として人を殺めてしまった翳はまだ表現できてなかったですが母を強く思う可愛らしい感じが好ましい。また台詞廻しがいつもよりかなり良かったと思います。松緑さんは一本調子になりがちな台詞廻しでしたが今回、緩急がだいぶ出ていました。かなり良い出来だと思う。あと台詞に哀切が出てくると良いなあ。ただし、全体的には所作が軽くて、なんというか横綱級ではなく小結あたりな小兵な感じがまだまだかな。後半どこまで演じてくるか楽しみです。

お早@孝太郎さん、このお役は7月に演じたばかりだし一番芝居が安定していたように思います。7月に体調崩されていましたがお元気になられた様子で良かったです。孝太郎さんのお早はウキウキした感じがとても可愛いです。家族への気遣いも今月のほうがより見える感じです。後半、もう少し緩急があるといいなとは思いますが、活き活きとした表情が良いなあと思います。孝太郎さん、久しぶりに7月と今月と染五郎さんと組んでいますが相性が良いんじゃないかな~と思いました。染・孝で久しぶりに『封印切』が観たいな~。

お幸@東蔵さん、明るくて世話好きな母親という雰囲気。濡髪@松緑さんと並んでいかにも親子という雰囲気なのが芝居のうえで活きていたように思います。ただ、ちょっと押し出しが強すぎるというか緩急の緩がなくて、母としての哀れさがしっかり伝わってこない部分も。東蔵さんは非常に活力のある人物像を演じるのがお得意ですが、反面弱さを出す部分が足りない時があるように思います。もっと作りこんでいってただきたいです。このお役は田之助さんとか竹三郎さんとか吉之丞さんのが好きなものでハードル高いのです。

余談:
吉右衛門型の今回の演出と7月松竹座の松嶋屋型版を比べてみるとかなり違いますね。印象だけで書きますが、吉右衛門型は色々とすっきりした作りで親子の距離感が江戸版だなあという感じです。松嶋屋型版は役者の芝居に情味を出すだけではなく演出部分(台詞や位置取り等)でも細かい部分で情味の濃さを出す。情を表にクッキリと出すのでわかりやすいし家族の絆の物語になってる。江戸版は細かい仕草を情を表に出さすハラに秘めてる部分があるので家族の物語ではあるけど、与兵衛と濡髪の男気が強調されてます。