今年になり、夢をあまり見なくなりました。
自分は、人生、そうだね、物心がついたころから、悪夢を見続け、夜はまともに寝れないどころか、かなりの歳まで寝小便がありました。
小学3年くらいまで、毎日ではありませんが、悪夢を見ると、起きましたね。
ちなみに、とても追い詰められていたころ、30代にに一度やつてしまったことが。これは金縛りとのリンクでした。
9歳のころから、金縛りを自覚するようになり、それから、酷く疲れた時や、悩みが出たときは、悪夢と金縛りは毎日のようにありました。
これらのことは何度となく書いていますが、睡眠時無呼吸症候群の治療を始めたころ、金縛りが少なくなったことがあり、やはり、寝れていないことが、睡眠の質を大きく悪い方向にしていたと感じましたが、無呼吸のシーパックが慣れてしまうと、再び金縛りに悩むものでした。
今回の鬱はもう16年。
酷かったのが、鬱1年目~5年目。ここは、とにかく寝るしかなかったが、昼寝やうたたねでも、金縛り悪夢は罹り、
起きていると辛い、寝ていると辛い。どうにもならな時期でした。
病院を変えてから、少しずつ回復に向かうも、何かの拍子に再燃が続き、そうなると夢も辛い夢ばかり。
鬱になり、薬をもらうようになってから、悪夢がとても酷くなり、その悪夢を退治すべく、薬を色々変えたものです。
夢は、ほとんどが死ぬ夢。いかに極限だったか。追い詰められ、後がないことは事実。夢はもっとひどく描写される。
酷い鬱2段目は、一通りの精算をおこない、身辺整理ができたあと、再び同じことで悩み始めたころ、このころは、友人の会計士に見てもらうころだが、このころも会計士に心的追い詰めがかんじられ、酷く落ちます。
夢も死ぬ夢ばかり。
そして、3弾は3年前。この時は自殺願望が強く、カウンセラーもつけ、夢について追及することに。
辿ると、その夢の原因は3歳にありました。
夜泣きが酷く、お灸をされたんですが、毎晩9時になると、近所のばあさんが来て、お灸をする。その恐怖心は今でも覚えており、また、お灸で、逆に寝れなくなり、今でいえば、虐待ですよね。父親が、夜に裏のドブに捨てられたり、天袋に閉じ込められたり。
夢を追及すると、ここが原点ではなかろうか?ということが判りました。
ゲシュタルトでいう、チェアウォークで自我に気づき、これらの恐怖とさらばをする訓練をし、一時的に夢は落ち着きました。
その後、再び、大きな悩みから、夢を多く見るようになるも、この夢がADHDの治療をはじめたころから、柔らかくなり、現在は、悪夢、金縛りはあまりありません。
夢を見ないということは熟睡であり、寝起きもよくなり、そういうことで、気持ちも大きく変わりますが、じゃあ、今までの悪夢はなんだつたの?と解析すると、やはり、原点である3歳は否定できないものの、そのあとの人生が、いかに疲れる生き方だったかと。
つまり、尋常より、疲れる生活をしてる、その蓄積が、長くも悪夢を見続けていたことではないのかな?
良好な生き方ならば、悪夢など、見る必要も?ないと思います。
如何に、下手な生き方の連続なのか、それが夢にも影響するんでしょう。
16年の鬱の中、14年は悪夢に支配されていました。鬱の状態がひどかったこと、抱えてきたことが極限だったことなどでしょうが、じゃあ、いま、なんで見ない?
悩みは継続してますが、日中のソワソワがなくなったこと、つまり、ADHDの治療が、効果的だったのかな?と思います。
だけど、一番は、極限になれば、悪夢は見てしかるべきなのでしょうかね?
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