・ 民話や鴎外から抜け出ようと、もがいた溝口のリアリズム。
「安寿と厨子王」の民話を文豪・森鴎外が小説化した原作「山椒大夫」をもとにした溝口健二監督作品。
2年連続ベネツィア国際映画祭で受賞している溝口が3年連続を背負って出品しただけに、民話の持つファンタジーでもなく鴎外が書いたノスタルジックな格調でもない、溝口ならではのリアリズム溢れる作品に仕上がった。
陸奥の国守・平正氏は民に手厚い施政を行ったため筑紫へ流罪となってしまう。筑紫に向かった奥方・玉木(田中絹代)と幼い兄妹が人買いにさらわれ、山椒大夫が支配する荘園で奴隷として過酷な労働を強いられる。
10年後、兄・厨子王(花柳喜章)は妹・安寿(香川京子)に励まされ荘園を脱出、都へ渡って関白に直訴。正氏の嫡子と認められ、丹後の国守として赴任、山椒大夫と対決する。
八尋不二の脚本は鴎外の原作に沿ったシナリオだったが溝口は気に入らず、気心知れた依田義賢にあれこれ注文を付け出来上がった。
時代を平安末期(永禄元年・1801)に設定したため、時代に沿った荘園制度が現代社会にとって如何に不条理な奴隷の犠牲によって成り立っていたことをより強調したものとなった。
そのため奴隷の逃亡に対して額に焼き鏝で烙印を押すシーンが登場するなど、極悪非道の大夫をどう扱うかに相当苦労した節が伺える。
因みに民話では<鋸引きの刑に処される>というもので、鴎外作では<改心した大夫の下、荘園が栄えた>という両極の話しとなっている。
本作では史実に沿って、国守は荘園領主内は管轄外であるという法が縛りとなって荘園が所有する民を解放できないため、それをどう対処したかを説明するシーンがある。いささか冗長な部分もあって、中弛み傾向が見られた。
原作にある安寿と厨子王の幼い姉と弟がつらい労働に明け暮れ、離れ離れになった母を慕うという涙を誘うシーンもことさら強調されていない。
それでも母と離れ離れになった渡し場のシーンや無常観が胸にせまる美しいラストシーンなど、溝口ならではの場面づくりは流石だ!
笛を基調にした早坂文雄の音、幻想的なモノクロ画面の映像を創り上げた宮川一夫のカメラ、時代を彷彿とさせる荘園の美術などスタッフの見事さも特筆される。
出演者のなかでは、田中絹代の奥方・遊女・老婆の変遷ぶりが核となり、山椒太夫を演じた進藤英太郎の憎々し気な悪役ぶりが中盤を盛り上げている。
安寿の香川が身も心も儚く美しい。厨子王の花柳は新派の俳優らしく品格ある演技だったが、主役としては可もなく不可もない印象。厨子王の子供時代を演じたのが津川雅彦だったのも驚き。
念願叶って2年連続ヴェネツィア銀獅子賞を受賞した溝口は、この年「近松物語」も監督し全盛期を迎える。「二十四の瞳」(木下恵介)、「七人の侍」(黒澤明)、「地獄門」(衣笠貞之助)が同年製作された邦画の黄金期だったため国内評価はそれほどでもなかったが、その価値は決してこれらに引けをとらない。
惜しくも2年後没した溝口には、小津・成瀬・黒澤らと競い合って欲しかった。
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