・ 小津作品に原節子が初出演した<記念碑的なホームドラマ>。
戦前から巨匠と呼ばれた世界の小津にも苦難のときがあった。前作「私の中の牝鶏」が、自他ともに認める失敗作だったため起死回生作だった。広津和郎の原作「父と娘」を13年ぶりに組んだ野田高梧とともに、1年掛けて脚本を練り上げた。
北鎌倉に住む学者の父・周吉(笠智衆)と適齢期を過ぎた一人娘・紀子(原節子)。父は娘の結婚を気にし、娘は父との暮らしをこのまま続けることを願っていた。
叔母・まさ(杉村春子)は周吉の再婚と紀子の結婚を纏めようと、何かと世話を焼いている。
まだ占領下だった頃で、鎌倉や古都・京都など日本の風景やお茶・能舞台などの日本文化をドラマに織り込んだこのホームドラマは、初老の父親が娘を嫁に出すという悲哀を描いてその後の小津スタイルの原点ともなった。
大学教授という教養ある堅実な家庭で育った紀子は、妻を早く亡くした男ヤモメの父を慕っていて、父の再婚話しには複雑な感情を持ちながらもナイーブな心情を隠し切れないでいる。
原節子は必ずしも演技が上手いとは言えない女優だが、そのキャラクターを活かした役柄は観客の想像力を掻き立てる演技で当たり役となった。
この年「青い山脈」「お嬢さん乾杯!」などに出演したが小津作品には初出演。以後「麦秋」(51)、「東京物語」(53)と続き役名が何れも<紀子>だったことから、<紀子三部作>とも言われる。計6回出演して小津作品にはかけがえのないミューズとなっていく。
リアルタイムで原の映画を観たのは、小学校の授業の一環で観た「ノンちゃん雲に乗る」(55)。鰐淵春子演じるノンちゃんの母親役で、こんな美しい母と娘がいるのか!と驚いた記憶がある。
一見不器用な父に笠智衆、世話好きな叔母に杉村春子を配し、絶妙なトライアングルの映画でもある。
ローアングルと正対の会話、アップや背中越しの映像カットなど、小津スタイルは今観てもその緻密な計算で映画の醍醐味を味わせてくれる。古風な時代遅れのホームドラマを懐かしむ懐古趣味とは違った映画の楽しみでもある。
京都の旅館での壺のカットやラスト・シーンに諸説紛々あるが、筆者は前者は時の経過を、後者は孤独感を表現したと、素直に受け取っている。
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