善き人のためのソナタ
2006年/ドイツ
心の豊かさとは?改めて考えさせられる
shinakamさん
男性
総合 90点
ストーリー 90点
キャスト 85点
演出 85点
ビジュアル 90点
音楽 90点
フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルクの監督・脚本で初の長編映画作品。アカデミー賞外国映画賞受賞など多数の賞を獲得した。東西冷戦下のDDR(東独)で、シュタージ(国家保安省)による反体制弾圧のための尋問・監視をリアルに描いている。
シュタージは約10万人、さらにIM(非公式協力者)が17万人もいて例え家族でも密告されたという。現に主演のウルリッヒ・ミューエ自身も妻の密告により監視された経験を持つとのこと。監督自身が幼児期に感じた、大人の態度に対する疑問をもとに企画され、4年間の綿密な事前取材が生きている。
シュタージのヴィースラー大尉(ウルリッヒ・ミューエ)と劇作家ドライマン(セバスチャン・コッホ)を対比しながらドラマは静かに同時進行する。信じているDDRの体制社会にも、ゴマすりの同級生が上司であったり、大臣も決して私利私欲に無縁ではないところが描かれているが、彼はそれを不幸だとは感じていない点が何とも哀れに写る。
ドライマンと同棲している名女優クリスタ(マルチナ・ゲデック)も運命的な人生を送り、このドラマの核となっている。フィクションなのに心の奥にズシンと響いて胸を打たれる。
原題は「あちら側の人間の生活」だが、邦題は反体制の演出家イェルスカが自殺してドライマンに送った楽譜の題名。これを盗聴して涙するヴィースラーが象徴的であり、エンディングにも繋がっていて邦題の方がぴったりくる。そしてピアノ曲を作ったガブリエル・ヤレドの音楽が、プラハ交響楽団の演奏で全編に流れて秀逸だ。
ベルリンの壁崩壊後、郵便配達員として働くヴィースラーが何故か大きく見え、元大臣が粗野な人間に見えたのが印象的。ドイツ統一後の今、街並みの落書きの多さが格差社会を象徴していて何とも云えず悲しいが、少なくとも「人間の尊厳や心の豊かさ」は数段良い環境ではないだろうか?