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京都精華大学教員・住友剛のブログ。
関西圏中心に、教育や子ども・若者に関する情報発信を主に行います。

今週から当分の間「遠隔授業」対応です。

2021-04-26 19:39:06 | 学問

昨日もプリキュアの話の前に少しだけ書きましたが、今週から当分の間(=本学では今年度から4学期制(クォーター制)導入なので、第1クォーター終了の6月初旬まで)、私が担当する科目については対面授業から「遠隔授業」に切り替えることにしました。

これは京都府からの新型コロナウイルス感染症の「まん延等防止措置」に関する要請で、「大学などへの学生の入講を制限すること(50%以下に減らすのが目標)」という話があり…。それに本学として協力するために、先週中に準備をして、今週から「可能な限りの遠隔授業対応」がはじまることになったものです。

ただし、たとえば各学部の必修科目(実技や卒論ゼミとか)などについては、平日午後の時間帯に隔週で、学年を分けて(今週は1年・4年、来週は2年・3年という感じで)「対面授業」を継続します。だから、学生たちと教職員の一部は、引き続き大学に来ています。

まあ、私の担当する教職課程科目の場合、朝1限や夜6限といった変則的な時間帯に開講する科目が多く、特に夜6限開講の科目などは、終わったら19時半。20時からの飲食店の営業自粛措置などを考えると、「6限の授業に出たら晩ごはん食べられない」ような学生もでそうです。おまけに私も西宮~京都の遠距離通勤のリスク(自分も感染しそうだし、ウイルスを大学に運んでしまいそう…)を抱えています。

ということで、上記の要請に積極的に私は応じることにして、第1クォーター終了までの「遠隔授業への切り替え」を選びました。

なお、その「遠隔授業への切り替え」にあたって、先週木曜日(4月15日)に、フェイスブックやツイッターで、以下のような内容の文章を書きました。それをこちらにも転載しておきます。私がいま、考えている「遠隔授業」のあり方です。「少なくとも、この方法が今の自分にはベターかな?」と思う方法を書いてみました。

<以下、4月15日にフェイスブックに書いた内容の転載(もとはツイッターでのつぶやき)>

とりあえず感染拡大防止の観点から、私の担当科目の授業を「対面」で行うのは、あした金曜日まで。来週から第1クォーターの終わる頃(6月最初の週)までは、一応、自分の担当科目すべてで「遠隔授業」対応の予定です。ただ、私は資料・課題配信型オンリーだからな~。

「スマホのギガ食うだけのくだらない動画配信授業」よりも、「あらためて読んだらけっこう面白いPDF資料を送り、その資料に学生なりにコメント書いたら、ていねいなお返事が届く『文通』スタイル」で、私は今年も「遠隔授業」するつもりです。

ついでにいうと、その「文通」スタイルが成立するためにも…。今週までは「対面」できっちり授業して、私の顔と名前とキャラクターを受講生に理解していただく。私も受講生たちの姿、顔をできるだけ目に焼き付け、声も覚えておく。そういうことをいま、心がけています。

そうやって受講生たちの姿や顔、声などを思い浮かべながらPDFの配信資料をつくったり、学生からのコメントへの返信を書く。そうすることで、「文通」スタイルの「遠隔授業」にも、「対面」とはまたちがった「親しみやすさ」が生まれると思ってますので。

ついでにいうと私、本や論文、雑誌記事読んでいても、書いている人の顔や息遣いが思い浮かぶときってあるんですよね。特に自分の知り合いが書いている本や論文、雑誌記事だと、その傾向ありますね。それを思うと、きっとPDF資料と課題配信型の「遠隔授業」にも似たような傾向あるだろうな、と。

だから「やたらとスマホのギガ食うだけのくだらない動画配信授業」よりも、「資料を書いている私の気持ちや息遣いが伝わり、読んでいる学生とお互いの気持ちが通うような『文通』スタイル」の「資料課題配信型」の遠隔授業をやりたいわけで…。

たとえPDFでつくった資料を「読む」かたちでの遠隔授業でも、画面で見ている文字の向こうに、私の顔が思い浮かぶ。そんな感じで学生たちが配信資料を読み、課題に取り組み、思ったことを返信してくれたら…。そのほうが、くだらない動画をいやいや見ているよりも、よほど「双方向」ですよ。

※以上で転載終了。



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