桜子の † 智天使工房 † 

カラーセラピストでメタルスミスの私が歩む日々。
みんながハッピーになれるものを作りたい。

かごの鳥になんかならない

2005-04-18 20:53:11 | カラーセラピー
今日地下鉄の中で、ほんとに偶然に、息子が中学時代をすごした横浜の養護学校時代の母友に会った。

彼女の娘さんはこの春高等部を卒業して区内の作業所に入ったばかり。
このご時世、障害児の就労の場はなかなかなく、作業の内容の向き不向きなど贅沢を言っていられる場合ではないらしい。
作業所に入れただけでも幸運という感じで、中には「待機」している子どもたちもいるという。

そんな話を聞いていたので、彼女とも話をしたいとここのところずっと思っていたとこだったのだ。(こういう偶然、最近多いわ)

とはいえ、相変わらず親は作業所に朝9時に送り届け、夕方4時には迎えに行く・・・という毎日。
私たちは幼稚園のころから、ずうううううっと永遠に送り迎えに明け暮れる生活から逃れることは出来ないのだ。

わかります?この生活。

でもこれが当たり前なので、親は覚悟を決めていつしかこの生活にも慣れていく。
ただ、私のような人間はだんだん息苦しくなって、時々この籠の鳥のような不自由な人生に絶望したこともありました。気が狂いそうになったりね。

わが子の為だから母親の人生は捧げて当たり前。
そう思ってたことも勿論あったけれど、私のハートの真実は違うと言い続けていた。

私が途方もなくワガママなのだろうか?
葛藤はいつもいつも私を責め苛んだ。

今、3年間という猶予を与えられて週4日ばかりの自由をもらっている。
私はこの貴重な時間を無駄にするわけにはいかない。

その自由も残り2年に足らずになってしまったが、
私はいったい何をしてるんだろ?と情けなくなることも多いけれど。

というより、その猶予期間が終わってもやはり私は私の人生を歩きたいと思っている。
息子の幸せと私の人生の両立。
何とか実現させてみたい。
させてみせる。

決めることからしか始まらない。

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4 コメント

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Unknown ()
2005-04-18 21:30:02
ごめんなさい。途中で投稿されているかもしれません。



昔、あるところで、お掃除の仕事をしていたことがありました。這いつくばって、床磨き。毎日毎日。明日になれば、モトノモクアミ。サボろうと思えばサボれました。でも、サボらなかった。なぜなのかはわからないけれど。今でもひざを見ると思い出します。私のひざはその時の後遺症が。恥ずかしくてスカートがはけません。なんか、その時の事思い出しました。比べ物にはならないお話です。

籠の鳥にはならない。

重い言葉が、響いてきました。目にも、耳にも心にも。



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どうもありがとう (sakura)
2005-04-19 00:50:11
来てくださって、思いを書いて下さって

ありがとうございます。



なぜなのかは判らないけど、サボらなかった・・・



そう、そういう気持ちですね。

なぜなのかは判らないけど・・・ね。



直さんの膝に残ったタコ(かな?)と同じように

私の中には澱のように積もった鬱屈した気持ちがあるのかもしれません。



逆に、障害の子の母親の務めだけをして生きていっていいのなら、その方が何ぼか気が楽なのかな?とも思うのです。



わたしはきっと欲張りなのです。



あれかこれか。

でなく

あれもこれも。



欲張りなだけ苦しみます。

自分で選んだ道です。
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ワガママで良いのでは? (Iggy)
2005-04-19 09:59:33
ワガママで良いと思います。



「やらなければならない」ことに押さえつけられる状態でなく、「やりたいこと」により内部から出てくる力で、「やらなければならないこと」からのプレッシャーを受け止めバランスしている状態が私の理想です。



私の場合は、ワガママを否定してしまったら、活力源がなくなってしまいます。。。ワガママの方向が家族を幸せにする方向と全く同じだったら最高なんでしょうが、そうそううまくはいきませんね。でも二つの方向になるべく大きく進める方向を見つけて歩んで生きたいです♪
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活力源 (sakura)
2005-04-19 10:51:19
ああそうか。

私はやりたいことが一杯で、それが過酷な日常をなんとかこなせた原動力だったんですね。



バランス感覚。

それが生き方のセンスですね。

がんばります
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