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シリア流血阻止のため4か国サミットがイスタンブルで開催

2018年10月29日 | 国際
10月29日 トルコ、ロシア、ドイツ、フランスの首脳が、シリアの流血を早急に終わらせるための決定を発表しました。

 Hurriyet
左からドイツのメルケル首相、ロシアのプーチン大統領、トルコのエルドアン大統領、フランスのマクロン大統領。イスタンブルで行われたシリア・サミットで


イスタンブルで開催されたシリア・サミット後、トルコのエルドアン大統領は、ロシアのプーチン大統領、ドイツのメルケル首相、フランスのマクロン大統領とともに、共同記者会見を開き、シリア危機の持続的解決のために力を合わせて努力するよう国際社会に訴えました。

「われわれはシリア国民の正当な要求に従って、政治的解決を話し合った」と、エルドアン大統領は記者団に語りました。「われわれの目標は、休戦を完全なものにし、流血を止めることにある」と大統領は言い、4か国は国際レベルで、この問題について、さらに協力することで合意したと付言しました。

首脳らはまた、今年末までにシリアの憲法を設定するために、憲法委員会を結成することを要請しました。委員会は、2011年以来、破壊的な内戦がつづいてきたシリアに、包括的で公平な選挙への道を用意することになります。

アサドの今後
シリアのバシャル・アルアサドの未来に関して、エルドアン大統領はトルコのスタンスをくり返し、彼の今後は、何人かの“個人”でなく、シリア国民が決めるべきだと力説しました。エルドアン大統領は、サミットは“建設的”で“誠意ある”ものだったと述べ、シリアの人々の苦悩を緩和するために、人道主義的支援はつづけるということで合意したと言いました。

シリア市民と近隣諸国 ー とくにトルコ、レバノン、ヨルダンは、長い間、シリア危機から生じる苦しみの重荷を負わされてきたと、エルドアン大統領は言いました。トルコはシリア内戦が始まって以来、350万人のシリア人を受け入れていますが、これは難民受け入れ国として世界のトップです。シリア紛争が世界的脅威になった主な理由は、国際社会が適切に対応しなかったからだと、エルドアン大統領は言いました。

国際社会は無関心を止めるべきだ
エルドアン大統領は国際社会に、紛争に関して“無関心を止める”よう勧告し、政治的解決法を見つけ、シリアの状況を改善するための国際的支援を呼びかけました。

エルドアン大統領はまた、アスタナ平和プロセスに言及し、フランスとドイツがアスタナ平和プロセスに参加すれば、シリア問題解決のための共同作業がさらに進展するだろうと言いました。トルコとロシアとイランがまとめたアスタナ平和プロセスは、休戦を推進し、イドリブに非武装地帯を設立しました。エルドアン大統領は、アスタナプロセスの保障国のひとつであるイランには、イスタンブル・サミットの決定について説明すると言いました。

「シリア紛争に関するアスタナ平和プロセスは、国際社会への範として結成された」とエルドアン大統領は言いました。「われわれはシリア平和交渉に関して、国際レベルでの協力を強化することで合意した」

ユーフラテスの東の対テロ作戦
エルドン大統領はまた、北シリア国境沿いからテロリストを排除するためのトルコの努力に関して、ユーフラテス川の東での対テロ作戦のトルコの決意をくり返しました。「わが国はユーフラテスの東とシリア西部からの、トルコの治安に対する脅威を排除しつづける」と大統領は言い、2016年からのトルコのシリアへの越境作戦 ー 「ユーフラテスの盾作戦」と「オリーブの枝作戦」ー に言及しました。これら作戦はPKK/PYD/YPG/イスラム国(ISIL)のようなテロリスト集団をこのエリアから排除するのが目的でした。

カショギ氏事件
シリア・サミットで、エルドアン大統領は、別件として、3か国首脳と、サウジのジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏殺害事件について話し合いました。エルドアン大統領は、10月2日、サウジ領事館に入った後、行方不明になったワシントン・ポストのコラムニスト殺害の捜査に関して、プーチン大統領、メルケル首相、マクロン大統領に“必要な情報”を提供しました。

サウジ当局は何日も否定しつづけた後、先週、カショギ氏が領事館内で殺害されたことを認めました。トルコ警察によれば、カショギ氏が消えた日、公務員を含む15人のサウジ人が2機の飛行機でイスタンブルに到着し、領事館に入りました。サウジ当局はこのケースで18人の容疑者を逮捕しました。トルコは容疑者らを裁判のためにトルコに引き渡すべきだと言っています。

ドイツのメルケル首相はこの件に関して“必要な対策”をとると誓い、フランスのマクロン大統領は対応として制裁を求めました。


南北キプロス首脳が検問所の新設で合意したが、平和交渉は進まず

分断された島キプロスの両首脳が、平和交渉が暗礁に乗り上げている中で、10月26日、南北を分ているライン沿いに検問所を増設することで合意し、協力の調印をしました。

 Hurriyet

トルコ・キプロスのムスタファ・アクンジュ大統領とギリシャ・キプロスのニコス・アナスタシアデス大統領は、6か月ぶりに顔を合わせましたが、昨年、挫折した平和交渉の再開の話は出ませんでした。両首脳は、10月26日朝、島の国連用地で行われた会談後、“率直に意見を交換した”と、共同声明で言いました。

アクンジュ大統領とアナスタスアデス大統領は、検問所を島の西部にひとつ、東部にひとつ、新たに設置することで合意しました。出入ポイントは11月12日にオープンされることになりました。2003年に最初のポイントが設置されるまで、何十年間も引き離されていた人々の相互交流がより容易になるでしょう。現在は、キプロスを南北に分けている180キロの休戦ライン沿いに、7つの検問所が点在し、国連の平和維持部隊がパトロールしています。

「いままで討議されてきたことをベースにして、双方に、平和と安定のために協力する意志がある」と、アナスタシアデス大統領は、会談後、大統領邸に帰って言いました。国連のアントニオ・グテーレス事務総長は、今週、安全保障理事会に出した報告書で、「キプロス問題が包括的に解決する見込みは“まだ残っている”。話し合いを再開する道を用意する」と語りました。

キプロス島は、ギリシャが引き起こしたクーデターが引き金となって、トルコが介入し、分断されたままです。2017年7月、国連主導でスイスで行なわれた平和交渉は決着を見ませんでした。

現在は、ギリシャ・キプロスが、島の沖合で、一方的に天然資ガスと石油の探索を始めたため、NATOの同盟国同士であるギリシャとトルコの緊張が高まっています。


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カショギ氏の許婚者が初めてインタビューに答えた

2018年10月26日 | 国際
10月28日 ジャマル・カショギ氏のトルコ人のフィアンセ、ハディジェ・ジェンギスさんが、カショギ氏は友人たちがリヤドの刑務所に入っていることを“とても寂しがっていた”と、初のテレビ・インタビューで語りました。

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「彼はアメリカの市民権を申請していましたが、まだ認定されていなかった。彼はサウジの市民でした。彼はとても寂しがっていました。私たちが出会ってすぐ愛し合うようになったのも、寂しかったからでしょう」と、ジェンギスさんは、10月25日、ハベルテュルクの質問に応えました。

アメリカに暮らしていたワシントンポストのコラムニスト、ジャマル・カショギ氏は、10月2日、結婚のための書類を受け取るために、イスタンブルのサウジ領事館を訪れた後、消え失せました。サウジ当局は2週間も否定しつづけた後、25日、カショギさんが計画された殺人の犠牲になったことを認めました。しかし、彼の遺体がどこにあるのか、いまだに不明です。

結婚は政治的理由で終わった
「私はサウジにいる彼の家族については、よく知りません。彼は私に、前の結婚は政治的理由で終わったと言いました。彼はサウジにいる友人たちが、どうなったのかわからないことを悲しんでいました」とジェンギスさんは言いました。

カショギ氏の殺害に関与しているサウジのモハムメド・ビン・サルマン皇太子は、何百人もの反体制者を刑務所に送ったことで批判されています。カショギ氏の長男サラフさんも、渡航を禁じられていましたが、王子が彼と会い弔意を述べた後、サウジを出る許可を与えられました。

「ジャマル(カショギ)を反体制者と呼ぶのが正しいかどうか、私にはわかりません。彼の国はいま、変わりつつあります。“いまこそ自分はコラムを書かねばならない。サウジの刑務所にいる友人たちは書くことができないのだから”と、彼は私に言っていました」

フィアンセは2つの問題を明らかにした
カショギ氏はワシントンDCのサウジ大使館に結婚の書類を申請したが、イスタンブルに行くように言われたと報じられています。「私はそれは知らなかった。報道はそう言っていますが、そういうことがあったら、彼は私に話していたでしょう」とジェンギスさんは言いました。

また、10月2日、カショギさんがなかなか領事館から出てこなかったら、エルドアン大統領の顧問のヤシン・アクタイ氏に電話するよう、彼は許婚者に言ったと報じられています。ジェンギスさんは、彼がそう言ったのは前回トルコを訪れたときで、カショギ氏は自分が具合が悪くなって病院へ行くことになったら、アクタイ氏に電話するよう彼女に言ったのだそうです。

「10月2日、領事館に入るときは、彼はそんなことは言いませんでした。4日前に領事館に行ったとき、よい感じに応対されたので、彼はとてもリラックスしていました。でも、彼は何時間も出てこなかった。私は以前、彼に言われたことを想い出して、アクタイさんに電話したのです」と彼女は言いました。


「カショギ氏事件の容疑者はサウジで起訴される」サウジ外相

サウジアラビアのアデル・アルジュベイル外相は、10月27日、ジャマル・カショギ氏事件で拘束された容疑者は、サウジで起訴されると言いました。

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「彼らはサウジ国民である。彼らはサウジで拘束された。取り調べはサウジで行われる。彼らはサウジで起訴されるだろう」とアルジュベイル外相は、バーレーンで行われた「中東防衛フォーラム」で言いました。トルコが公式に、カショギ氏殺害の18人の容疑者の引き渡しをサウジに要請すると発表した後、サウジ外相はこの発言をしました。

トルコのアブドゥルハミト・ギュル法務相は、10月26日、声明で、イスタンブルの検察官は、奇怪な殺害と拷問を計画し実行した18人の容疑者の尋問を行う用意があると言いました。トルコ法務省は声明で、全員サウジ人である容疑者を、トルコ外務省に引き渡すよう求めています。

ギュル法務相はまた、殺人はトルコで行われたのだから、容疑者が引き渡されるよう期待していると記者団に語りました。「トルコ当局はこの事件を明確にする資格がある」と、法相は言いました。


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警察はサウジ領事館の井戸水を調査中

2018年10月26日 | 国際
トルコ警察は、サウジノジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏殺害の捜査の一環として、サウジ領事館内の井戸から汲んだ水のサンプルを調査していると、10月25日、CNNトルコが報じました。

 Hurriyet

サウジ当局は最初、井戸の検査を拒否しましたが、トルコ当局は10月24日、サウジ側の許可を得ました。サウジ当局は、最初は、カショギ氏はなにごともなく領事館を出て行ったと言い張り、その後さまざまな弁明をしましたが、10月25日、トルコが殺人は計画的だったことを示す証拠を持っていることを認めました。

今週、サウジの首都リヤドで、「未来投資フォーラム」が開催されましたが、カショギ氏事件のため、多くの政治家やビジネス・リーダーたちが出席を取りやめました。それでもフォーラムは行なわれ、10月24日、モハムメド皇太子は出席者たちにスピーチし、カショギ氏の胸が悪くような殺害を非難し、正義は勝つと誓いました。


「カショギ氏殺害は計画的だった」サウジの検察官

サウジアラビアは、10月25日、トルコが提供した情報をベースに、ジャマル・カショギ氏の殺害は“まえから計画されていた”と言ったと、国営サウジ・プレスが報じました。

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「トルコ政府の情報は、カショギ氏殺害事件の容疑者たちの行動が計画的だったことを示している」と、検事は声明で言いました。「検察は容疑者たちの捜査をつづけ・・・裁判を終わらせる」

サウジアラビアは、最初は、カショギ氏は10月2日、トルコ人フィアンセとの結婚のための書類手続きでイスタンブルの領事館を訪れ、その後、なにごともなく帰って行ったと主張しました。しかし、国際的プレッシャーが盛り上がってくると、王子は10月20日、カショギ氏は領事館内で論争からなぐりあいになって死んだと言いました。

トルコ当局も言っていますが、カショギ氏が殺されたことを認めるのが遅すぎました。王子は彼の最高補佐官2人と情報局員3人を解雇し、サウジ人容疑者18人を逮捕しました。モハムメド王子の父のサルマン王は、カショギ氏危機を考慮して、情報サービスを改善するための委員会をつくり、最初の会議で、王子に議長をさせました。

説明されなければならない疑問が2つあります。ひとつはモハムメド・ビン・サルマン王子は、カショギ氏殺害の命令をしたのか、もうひとつは、カショギ氏の遺体はどこにあるのか。


CIA長官が訪土後、カショギ事件調査について大統領に報告

ジーナ・ハスペルCIA長官が、トルコ訪問後、サウジのジャーナリスト、カショギ氏殺害の捜査の最新情報をトランプ大統領に報告しました。

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アメリカ国務省のロバート・パラディーノ報道官によると、ハスペル長官は、ホワイトハウスで、トランプ大統領に報告書を渡しました。ポンペオ国務長官も同席しました。ハスペル長官はトルコでの見聞を報告し、討議しましたが、パラディーノ報道官はその内容は語りませんでした。

イスタンブルのサウジ領事館でカショギ氏が殺されたことについて、憤慨の声が世界で高まっています。トルコの情報当局はハスペル長官に、カショギ氏殺害のビデオ映像と音声テープを視聴させたと、トルコのメディアは報じています。

アメリカは長年、サウジアラビアとは同盟国でしたが、10月23日、サウジ人21人に対して、殺害関与容疑でビザを制限しました。アメリカはまだ、サウジが詳細な調査結果を示すのを待っていると、パラディーノ報道官は言いました。「わが国としては、できる限り早く結果を知りたい。捜査が長引けば長引くほど、疑念は深まる」

サウジアラビアは、10月25日、初めて「トルコの情報に基づけば、殺害はまえから計画されていたようだ」と言いました。サウジは、最初のうちは「カショギ氏は自由に歩いて領事館を出て行った」と言い、その後、なぐりあいのケンカで死んだと言い、トランプ大統領が「市場最悪の隠蔽だ」と言うと、またストーリーを変えました。


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「殺害事件はサウジとトルコを不和にしない」サウジ皇太子

2018年10月25日 | 国際
10月26日 サウジの皇太子は、ジャマル・カショギ氏の殺害を、弁明できない“憎むべき犯罪”と言い、この事件でサウジとトルコが仲たがいすることはないと誓いました。

 Hurriyet
写真はカショギ氏殺害事件以前のものです。


「この犯罪にかかわった人々は、その責任を問われるだろう・・・最後は、正義が勝つ」と、モハムマド皇太子は、リヤドで行われた「未来投資イニシアティブ」で語り、サウジはトルコ当局と協力していくとも言いました。

モハムマド王子は、10月24日、カショギ氏殺害についてトルコのエルドアン大統領と電話で話した後、この発言をしたと、トルコの大統領府ソースは言っています。サウジの王子はエルドアン大統領との電話会談を求め、2人は捜査のためにとるべき必要事項を話し合ったということです。

ワシントン・ポストのコラムニスト、ジャマル・カショギ氏は、10月2日、サウジ領事館を訪れた後、消え失せました。アメリカは、カショギ氏になにが起こったのかを明らかにすることを望むと声明を出ししました。

「CIA長官がカショギ氏殺害のテープを聞いた」ワシントンポスト

アメリカのジーナ・ハスペルCIA長官が、トルコ訪問中、サウジのジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏の尋問と殺害の音声テープを聞いたと、ワシントン・ポスト紙が、10月24日、報じました。

 Hurriyet

ハスペル長官に近い人々によると、月曜、トルコを内密に訪れた長官は、トルコ訪問中、音声テープを聞いたということです。「音声は非常に迫力のあるもので、カショギ氏の死はサウジに責任があることをアメリカに強く印象づけるだろう」と同紙は言っています。

トルコの新聞サバー紙が、10月25日、報じたところでは、トルコ側もハスペル長官とともに、殺害ビデオを聞いたそうです。ワシントン・ポストのコラムニスト、カショギ氏は、10月2日、イスタンブルのサウジ領事館に入ったきり行方不明になりました。サウジアラビアは、何日間も、カショギ氏の行方は知らないと言いつづけいたあげく、カショギ氏は領事館内で“殴り合いのけんか”で殺されたと認めました。

カショギ氏の遺体のゆくえは不明です。Hurriyet紙は、サウジ領事館の車が、殺害の前、イスタンブル郊外の森を“下見して”いるのを防犯カメラがとらえていると、10月25日、報じました。また、サウジ当局は、トルコ警察が領事館の庭にある井戸を捜査することを拒否したと、10月24日、同紙は報じています。

エルドアン大統領は“野蛮な殺人”をごまかそうとする犯人を、トルコは許さないと誓いました。「まだ終わっていない」と大統領はいいました。「われわれはこの事件を解明し、分析している。世界は見つめている」


「トルコは東地中海での“嫌がらせ”を許さない」国防相

「トルコは東地中海でのトルコ船舶に対する嫌がらせを許さない」と、10月24日、フルシ・アカル国防相が言いました。

 Hurriyet

アカル国防相はアナドル通信に「わが国の戦艦は東地中海で必要な防備を行なっている。わが国はこれ以上の嫌がらせを許さない」と言いました。アカル国防相はこの発言の前にも、ギリシャに対して、地中海に緊張が高まるような行動に対いて警告しています。

先週、トルコの探査・掘削船「バルバロス・ハイレッディン・パシャ号」の活動を妨害したギリシャのフリゲート艦を、トルコ海軍が阻止しました。

トルコは、ギリシャ・キプロス政府の東地中海での一方的な掘削活動に対し、首尾一貫して異議を唱え、トルコ・キプロスにも東地中海の天然資源への権利があると主張してきました。

エーゲ海に関する論争
国防相はまた、ギリシャ・キプロスのエーゲ海での権利と利益を認めないのなら、トルコは必要な対策をとると言いました。「いずれにしろ、わが国は、問題を紛争に変えることなく、平和的な交渉によって、この件を落着させたい」

10月23日、トルコはペトロス・マヴロイディス駐アンカラ・ギリシャ大使を召喚しました。トルコのこの動きは、新たに就任した、ギリシャのニコス・コツィアス外相の最近の発言を受けたものです。


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釈放された日本人はジュムペイ・ヤスダとトルコが確認した

2018年10月24日 | 国際
10月25日 10月23日、シリアで解放された人物は日本人ジャーナリストのジュムペイ・ヤスダと確認されたと、トルコ・ハタイ県のエルダル・アタ知事が言いました。

Hurriyet

「問題の人物は日本のプレス・メンバーのジュムペイ・ヤスダであると、わが国の関係当局が日本当局と協議して判定しました。ヤスダ氏は2015年、シリアに不法入国し、シリアで人質になっていました」とアタ知事は言いました。

「ヤスダ氏はトルコの治安&情報職員の共同作業によって発見されました。軍事作戦は行なわれませんでした」と知事は付言しました。日本のヨシヒデ・スガ内閣官房長官は、10月23日、シリアで解放された男性はジュムペイ・ヤスダらしいと言いました。

メディアによると、44歳のジャーナリスト、ヤスダは、2015年、トルコからシリアに入った後、「アルヌスラ前線」として知られたアルカイーダの分派に捕らえられました。それ以来、時折、彼の姿はオンライン・ビデオで見られました。内戦監視団は、ヤスダは、最近は、中国から来た戦闘員集団「トルキスタン・イスラム党」とともに、シリアの司令官に拘束されていたと言いました。

ヤスダが中東で拘束されたのは、これが初めてではありません。ヤスダは2004年にもバグダードで捕まり、釈放交渉に政府を引き出したために、国内で批判を受けたこともありました。日本の安倍晋三首相は、10月24日、ヤスダが釈放されて、ほっとしたと言いました。


放置されたサウジ領事館の車に衣服の詰まったスーツケースが

 トルコ警察は、イスタンブル・スルタンガジ区の駐車場に放置されたサウジ領事館の車のトランク内に、ロックされた怪しいスーツケース2個を見つけました。スーツケースには衣服が詰まっていました。

 Hurriyet

この車は、10月2日、ジャーナリストのカショギ氏がサウジ領事館に入って行ったとき、領事館の前に止まっていた車で、Hurriyet紙の読者の通報によって、スルタンガジの駐車場で発見されました。

領事館のトルコ人従業員がHurriyet紙に語ったところによると、外交ナンバー34CC1763のプレートをつけたメルセデスは、10月7日、ムハムマドOという領事館の外交官が運転してきて、駐車場に置いたということです。

「私たちはよくこの駐車場を使っていますが、この車は、通常はトルコ人運転手が運転しています。しかし、10月7日は、外交官が自分でこの車を運転しました」と従業員は言いました。トルコも、世界の人々も、いまだにカショギ氏の遺体がどうなっているのかわかっていません。

サウジ外交官は、10月18日、外交ナンバー34CC2665のプレートを付けたBMWで、ふたたび駐車場に現れました。従業員によると、外交官はメルセデスの前にBMWを止め、3個のスーツケースを下ろしました。そのうちの2つは、とても大きかったそうです。彼は駐車場の従業員に手伝わせて、スーツケースをメルセデスに積みこみました。

「スーツケースの中にカショギ氏の遺体が入ってるんじゃないでしょうね?」と、従業員が冗談で尋ねると、外交官は笑って「ノー」と答えたと、彼は言いました。

化学的作業のためのフェース・マスク
スーツケースをトランクに入れるとき、フェース・マスクが床に落ちたと、従業員は言いました。「外交官はそれを拾って、ゴミ入れに入れ、BMWに乗って駐車場を出て行きました。私は、これは怪しいと思って、マスクをゴミ入れから拾い、医者の見せました。医者は、これは強い化学薬品を扱う人が使うマスクだと言ったので、私は恐ろしくなって、すぐにマスクを捨てました」

領事館のメルセデスは、トランクに怪しいスーツケースが入ったまま、駐車場に残されました。後部シートには、アイフォン・ボックスとケトルがひとつ置いてありました。

トルコ警察は10月22日、駐車場に行きましたが、外交特典のため、車を捜査できませんでした。治安部隊が、サウジ当局の棄権証書を受け取ってから、10月23日、車内の捜査を行いました。車のトランクに入っていた2個のスーツケースには衣服が詰まっていました。衣服はDNA鑑定をすると、治安部隊は言っています。


サウジ当局は領事館内の井戸の捜査を拒否した

サウジ当局は、トルコ警察がジャマル・カショギ氏殺害の捜査の一環として、イスタンブルのサウジ領事館の庭にある井戸を捜査することを拒否したと、アナドル通信が報じました。

 Hurriyet
イスタンブルのサウジアラビア領事館の6階建ての建物


トルコ当局はまえにも、サウジ領事館と領事公邸の捜査を行なっています。皇太子を批判していたワシントン・ポストの寄稿家カショギ氏は、10月2日、イスタンブルのサウジ領事館内で殺害されました。サウジ政府は2週間以上、カショギ氏の死を否定した後、10月20日、領事館内での喧嘩で殺されたと言い、国家が承認した殺害ではないと言っています。

トルコは殺害の捜査を独自に行っていますが、遺体がどこにあるのかはまだわかっていません。


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「カショギ氏殺害容疑者の裁判はイスタンブルで」エ大統領

2018年10月24日 | 国際
10月24日 エルドアン大統領がイスタンブルのサウジ領事館でのジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏殺害に関する真実を明らかにし、容疑者をイスタンブルで裁くことを要求しました。

 Hurriyet

以下はエルドアン大統領のカショギ氏に関するスピーチからの抜粋です。

*カショギ氏は最初、9月28日、結婚の書類を所得するために、イスタンブルのサウジ領事館を訪れた。カショギ氏殺害のロードマップはこのときから始まった。

*10月1日、サウジ人3人のチームがイスタンブルに着き、領事館に入った。これとは別の領事館のチームが、イスタンブルの「ベルグラードの森」と隣県のヤロヴァに行った。

*10月2日朝、またべつの15人のグループが領事館に入り、領事館の防犯カメラのハードディスクを除去した。

*カショギ氏が、午後、領事館内に入り、出てこなかった。彼の許婚者が、彼が消えたことをトルコ当局に通報した。トルコ当局は近くの防犯カメラの映像をチェックし、カショギ氏が建物から出てこなかったことを確認した。

*イスタンブル検事局は捜査を開始し、カショギ氏が領事館を訪れる前に、サウジノ情報局員と法医学の専門家を含む15人がトルコに来たことを突き止めた。

*彼らの1人は、カショギ氏の服と眼鏡とつけヒゲを身につけて、カショギ氏に化けて領事館を出た。その後、彼は他の連中といっしょにトルコを去った。

*サウジアラビアは、10月4日、殺害を否定し、領事はロイターの記者を招き、弁明した。

*わが国がこの事件を国際メディアで問題にしたため、サウジ当局はトルコに領事館内の捜査を許可した。

*わが国は黙してはいないと言いつづけてきた。わが国は無実の人が罪を着せられることのないよう、捜査の結果を待った。

*私は10月14日、サルマン王と話し、共同捜査チームを結成した。これによって、トルコ当局が領事館と領事公邸に入ることができた。私は領事のスタンスに不満を言ったが、政府は彼を解雇した。

Hurriyet

*殺害から17日後、サウジアラビアはカショギ氏が領事館内で殺されたことを認めた。われわれが明らかにした15人を含むサウジ人18人が、サウジで逮捕されたことを、われわれは電話で知らされた。

*われわれはまた、だれがトルコのイメージを誹謗するソシアルメディアのキャンペーンを行なったか、わかっている。

*領事館は外交特典を持っているが、これはわが国境内で起こったことであることも忘れてはならない。われわれはこの殺人をしっかりと捜査し、必要なことを行なう。

*情報と証拠は、カショギ氏が残虐な方法で殺されたことを示している。

*サウジアラビアが殺害を認めたことは大きな進展だ。われわれは殺害に関わったすべての人が処罰されることを期待する。われわれはこの殺人は意図的なものであり、偶発的ではないという確かな証拠を持っている。

*なぜ15人の男は殺人の日に、イスタンブルに来たのか? だれが彼らに命令したのか? なぜ彼らはすぐに領事館内の捜査をさせなかったのか?

*なぜ彼らは、殺人を認めた後も、いまだに彼の遺体を見せないのか? サウジ当局が遺体を渡したという“地元の協力者”とはだれなのか? サウジはこの“地元の協力者”を明かすべきだ。実行した者も、扇動した者も、すべて罰せられるべきだ。

*私はサルマン王が嘘を言っているとは思わない。しかし、これは政治的殺人であるから、容疑者は公正な裁判にかけられるべきだ。

*私はサウジアラビアに要求する。これはイスタンブルで起こったことだ。われわれは18人をイスタンブルで裁くことを提案する。もちろん、これは彼らが決めることだ。


エルドアン大統領がカショギ氏の遺族に電話で弔意を述べた

エルドアン大統領は、10月23日、惨殺されたジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏の家族と電話で話し、弔意を述べ、トルコは彼の殺害を究明するために、できることはすべてすると誓ったと、大統領府ソースが言いました。

 Hurriyet
写真は10月23日、新任のペルー大使を迎えたエルドアン大統領


エルドアン大統領はカショギ氏の息子のアブドゥラさんら家族たちと話し、カショギ氏の死に深い悲しみを表明しました。


サウジ皇太子がカショギ氏の家族と会った

サウジアラビアのサルマン王とモハムマド・ビン・サルマン皇太子が、10月23日、リヤドで、惨殺されたジャーナリスト、カショギ氏の家族と面談したと、サウジのメディアが報じました。

 Hurriyet
ウチの子分が君のお父さん殺しちゃってごめんね


サウジの支配者は、王宮で、カショギ氏の息子のサラーフさんと兄弟のサヘルさんと会ったと、サウジ国営ニュース局SPAが報じました。王と王子はカショギ氏の家族に弔意を述べました。

カショギ氏殺しの嫌疑をかけられているモハムマド王子は、10月23日、リヤドで行われた国際的な投資会議に姿を見せ、スタンディング・オベーションで迎えられました。会議に出席した3000人のビジネス・エクゼクティブたちは、リッツ・カールトン・ホテルの大理石造りのロビーで談笑し、キーウイ・ジュースをすすり、名刺を交換し、取引の話をしました。

モハムマド王子はスピーチをせずに会場を去りました。


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トルコ警察はカショギ氏の許婚者を護衛している

2018年10月23日 | 国内
10月23日 アナドル通信によれば、トルコ警察は、サウジアラビアのジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏のフィアンセを24時間、護衛しています。

 Hurriyet
カショギさんとジェンギスさんの幸せそうな顔! 痛ましいことですね。


トルコ国籍のハディジェ・ジェンギスさんは、10月2日、イスタンブルのサウジ領事館の外で、結婚手続のための書類をもらいに領事館に入ったカショギ氏を待っていました。カショギ氏が領事館から出てこないので、彼女は当局に通報しました。

サウジ当局は、2週間も、カショギ氏の行方は知らないと言いつづけた後、10月20日、彼は死んだと認めました。ジェンギスさんがなぜ警察に護衛されているかは報じられていません。

ドイツのアンゲラ・メルケル首相は、10月21日、記者団に、ジャマル・カショギ氏の殺害のため、サウジへの武器の輸出を凍結することに合意すると言いました。ドイツのヘイコ・マアス外相は、カショギ氏殺害の捜査がつづいている間は、サウジへの武器の輸出を停止するよう求めました。

メルケル首相は、イスタンブルのサウジ領事館での殺人に対する非難をくり返し、この事件と、事件の責任ある人々を明確にするようサウジ王国に要求しています。首相は、ドイツは国際的パートナーたちと、この事件に対する“対応”について討議すると言いました。


防犯カメラに撮られたカショギ氏の服を着た容疑者

ジャマル・カショギ氏殺害容疑の15人のチームの1人が、カショギ氏の服を着ているのが、防犯カメラに捉えられていたと、トルコ当局者がCNNインタナショナルに語りました。

 Hurriyet

CNNは10月22日、防犯カメラの映像を入手したと報じました。防犯カメラには、カショギ氏の服を着て、つけヒゲをつけ、眼鏡をかけて、領事館の裏口から出てきた男が映っていました。トルコ当局によると、生きているカショギ氏が領事館に入る姿が見られてから、ほんの2,3時間後、カショギ氏の服を着た同じ男が、有名なブルー・モスクで見られています。

トルコ当局がムスタファ・アルマダニと認定したビデオの男は、サウジ領事館でカショギ氏を殺すために送られてきた暗殺集団の1人です。


警察が駐車場に放置されていたサウジ領事館の車を発見

トルコ警察は、10月22日、イスタンブルの個人の駐車場で、外交官ナンバープレートを付けたメルセデスが放置されているのを発見しました。この車は、10月2日、カショギ氏がサウジ領事館に入ったとき、領事館の外に止まっていました。

 Hurriyet

メルセデスが発見されたのは、10月22日、イスタンブルのスルタンガジ区です。また、ナンバープレートのついていない、べつの車が、22日、レッカー車で領事館から運ばれていきました。サウジ領事館の5人のトルコ人従業員の証言から、メルセデスは発見されました。

トルコ人従業員の中の運転手として雇われていた1人が、イスタンブルのジャーラヴァンの裁判所で検察官に証言した後、記者団の質問に応えました。「10月2日、領事館で、なにか“異常な”ことがなかったか、カショギ氏と15人のサウジ人を見たか、領事館でどのくらい働いてきたのか、どこの出身か、就労時間は…」等々の質問を受けたと彼は話しました。

運転手は、カショギ氏が訪れた日、とくに異常な状況は感じなかったと言いました。就労時間は午前9時から午後3時半。10月2日も、従業員たちは、シフトが終わると、いつものように領事館を出たと、彼は言いました。

 ・・・エルドアン大統領のカショギ氏事件に関する声明は明日のこの頁で


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「火曜、カショギ事件の詳細を明かす」エルドアン大統領

2018年10月22日 | 国内
10月22日 日曜、エルドアン大統領は、公正発展党(AKP)の議員会議で、「火曜、ジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏の事件の捜査に関して、重要な発表をする。カショギ氏はまちがいなくサウジ当局によって殺された」と言いました。

 Sabah

「われわれは正義を求める。正義はありのままの真実を明かすだろう。これは通常の事件ではない。私は火曜のAKPの議員会議で声明を出して発表する。事件はすべて明らかになる」とエルドアン大統領は言いました。カショギ氏は10月2日、イスタンブルのサウジ領事館に入ったきり消え失せました。

サウジアラビアは、カショギ氏の行方不明への関与を何日も否定しつづけたあげく、59歳のカショギ氏が拳で殴り合いの喧嘩をして死んだと言いだしました。世界の石油のトップ輸出国と、その事実上の支配者モハムマド・ビン・サルマン皇太子に対するヨーロッパの信用が大きく揺らいでいます。

トルコの新聞は、カショギ氏を領事館で殺すためにイスタンブルに来た15人のチームについて、詳しく報じています。「なぜ15人がイスタンブルへ来たのか? なぜ18人がサウジで逮捕されたのか?これらを詳しく説明する必要がある」とエルドアン大統領は言いました。サウジアラビアの検察は、土曜、18人がカショギ氏事件関連で逮捕されたと言いました。

「事件が世界中に知れ渡ったいま、サウジ当局は、サウジからチームが来て、そのうちの2,3人が彼を殺したと言って、事件を隠蔽するしか途はない」と、AKPのヌマン・クルトゥルムシュ副議長はCNNのインタビューで語りました。「国家の上層部が知らずに、領事館内で犯罪が行なわれることはあり得ない。この犯罪が、ほんとうに、言われているように行われたのなら、そして、その証拠がほんとうに上がったら、すごいことになる。この事件はきわめて厳しい法的結果になるに違いない」

最新の報道は、カショギ氏を殺すために送られたチームの詳細に触れています。「チームはカショギ氏を引きずって拘留し、彼が抵抗すると、背後から腕で頸を絞めて殺した。その後、カショギ氏が領事館を出て行ったように見せるために、チームの1人がカショギ氏の服を着て領事館を出た」


トルコ人の子供2人がイラクの刑務所から連れ戻された

イスラム国(ISIL)のメンバーだった母親に連れ去られた8歳の男の子と6歳の女の子が、外務省の努力で、イラクの刑務所から連れ戻されました。

 Hurriyet

ウムトK君とニサKちゃんは、10月18日の夜、イラクのモスルからトルコの首都アンカラに連れ戻されたと、10月20日、ヴァタン紙が報じました。2人はバグダードのトルコ大使館の職員に付き添われて帰ってきました。

2人の子供は家族・社会政策省に引き渡されました。子供たちは長いこと刑務所に入っていたので、教師と心理学者の監督下で、リハビリを受けることになります。その後、子供たちは、北西部テキルダーに住む父親のユルマズKさんに引き渡されます。

10月15日のヴァタン紙が、子供たちのこれまでのストーリーを報じました。子供たちの母親ファトマは、4年前、ウミト君とニサちゃんをトルコの家から連れ出し、2人を連れて、シリアに行き、ISの戦闘員になりました。彼女は2016年に死亡し、子供たちはイラクの家族に引き渡されましたが、その後、バグダードのルサファ刑務所に入れられました。

父親のユルマズKさんは、「私たちの祈りが通じました。今日は最高の贈物をもらいました。ことばで言えないほど幸せです。私は4年も子供に会えなかったのです」と言いました。「子供たちは、体験した苦労を早く忘れさせ、よい暮らしをさせ、よい人間になってもらいます」

ヴァタン紙によると、ISのメンバーになった親に連れられてトルコを出国し、イラクの孤児院や刑務所にいるトルコ人の子供が450人くらいいるそうです。


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欧州首脳らもカショギ氏殺害の“完全な事実”を要求

2018年10月21日 | 国際
10月21日 ドイツ首相、デンマーク首相、フランス外相が、サウジアラビアのジャーナリストの殺害に関する完全な事実はまだ明らかになっていないと言い、サウジ政府がすべての情報を明らかにするよう要請しました。

 Sabah
「すべてを明らかにするよう要求する」とメルケル首相


アンゲラ・メルケル首相は、土曜、ジャマル・カショギ氏の殺害に関するサウジ当局の説明を批判し、完全な事実を明らかにするよう求めました。「カショギ氏殺害に関して、まだなにも明らかになっていない。すべて明らかにすることを要求する」と、メルケル首相は土曜、語りました。

「サウジのジャーナリスト殺害に関する事実は、まだ明らかにされていない」とデンマークのラース・ロッケ・ラスムセン首相も、土曜、言いました。「以前は、カショギ氏は生きて領事館を出て行ったと主張していたサウジが、昨夜、彼が死んだことを認めたのは、彼らが真実を語っていない証拠だ」とラスムセン首相はDRテレビで語りました。

フランスのジャン=イヴ・ル・ドリアン外相は「多くの疑問が残る。だれに責任があるのかを立証する、徹底的で、入念な捜査が必要だ」と声明で言いました。事件後の何日かは、彼がどこにいるかわからないと言っていたサウジが、土曜、カショギ氏は領事館内のケンカで死んだと主張しています。

サウジ・プレス通信は、土曜、18人のサウジ市民がカショギ氏殺害関連で逮捕されたと報じました。


カショギ氏殺害にはトルコの法律が適用される

 サウジの皇太子は、サウジ領事館はサウジの主権下にあると主張していますが、この主張は「外交関係に関するウイーン条約」によれば、まったくの誤りです。

 Sabah

モハムマド・ビン・サルマンは自分の名誉を守るために、ジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏の失踪に関する疑いを晴らそうと努めていますが、カショギ氏が拷問され、殺害され、解体されたことは事実です。

皇太子はまた、イスタンブルのサウジ領事館はサウジの支配下にあると主張していますが、これはまったくの誤りです。一国の事実上の支配者が、ウイーン条約のような外交上の知識を誤認している例は、めったにないことです。

「われわれはなにも隠していない。領事館の建物はわが国の領土だが、われわれはトルコ当局が入るのを許可している」と彼は言っています。1961年の「外交関係に関するウイーン条約」によれば、大使館・領事館は、“治外法権”とは異なる不可侵権を認められています。不可侵権の原則は、たとえば建物の周辺の治安が危うくなった場合には、領事館の保護を認めています。また、ホスト国当局が領事館当局の許可なく館内に入ることはできません。

しかし、領事館の領土は、ホスト国の司法権の下にあります。サウジ領事館の職員が、金曜、トルコの検察官の尋問を受けたのも、そのためです。

カショギ事件の当初は、サウジ側は、トルコ当局者を建物に入れ、捜査せることを渋っていましたが、結局、殺害の10日後に許可を出し、トルコ警察が内部を捜査しました。サウジ側はおそらく痕跡を隠そうとしたでしょうが、警察はいくつかのDNAのサンプルを発見しました。


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「サウジはカショギ事件を終りにはできない」エ大統領

2018年10月20日 | 国際
10月20日 サウジアラビアは「カショギ氏は領事館を出て行った」などと言って、ジャマル・カショギ氏が消えた事件を終わりにすることはできないと、エルドアン大統領は言い、サウジ王国に事件を明らかにするよう促しました。

 Hurriyet

「みな知っているように、サウジアラビアは異なるアプローチをしている。新聞各紙はアブドゥルアジズ・ムトリブという男を指摘している。サウジアラビアはこの問題を明らかにしなければならない。これで終わりにできる問題ではない」と、エルドアン大統領はモルドヴァから帰国の途上、記者団に語りました。

サバー紙は、10月18日、「ムトリブという男が、カショギ氏の殺人に関与している」と報じ、イスタンブルのサウジ領事館の外にいる彼の写真を掲載しました。カショギ氏は領事館に入ったきり行方不明です。

アメリカのポンペオ国務長官との会談について尋ねられたエルドアン大統領は、アメリカはサウジアラビアに“厳しい圧力をかけ”、彼らに説明を求めていると、答えました。


トルコ当局は“拳のなぐりあい”というサウジの言い訳を非難

現政権・公正発展党(AKP)の上級党員が、サウジのジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏がサウジ領事館内で“拳の殴り合い”で死んだというサウジアラビアの言い訳を批判しました。

 Hurriyet

公正発展党の人権問題担当のレイラ・シャヒン・ウスタ議員は、サウジはこの状況に到るまえに説明をするべきだったと言いました。ウスタ議員はまた、検察官、法医学者、治安当局を含めて、トルコ当局は、カショギ氏の死の捜査に関して、すでにある結論に達していると付言しました。

もうひとりのAKP議員ヌマン・クルトゥルムシュ氏は、10月20日、「トルコはカショギ氏殺害の隠蔽を決して許さない」と言いました。


浮き輪で泳いでいた移民が観光船に救われた

10月19日、トルコのムーラを出た観光船上のツーリストたちは、海中で疲れ果てている移民を見つけて、びっくりしました。移民は子供用の浮き輪を身につけ、トルコからギリシャへ渡ろうとしていました。

 Hurriyet

ヌル・モハムマドと名乗った移民は、ムーラ県の有名なリゾート地ボドゥルムから、ギリシャ領のコス島へ泳いで渡ろうとしていました。コス島までは8マイルあります。観光船のトルコ人船長が水中に飛込み、疲れ果てていた男を救いました。彼はどうやら泳ぎを知らないようでした。

船長は船上で移民に食物と飲物を提供しました。モハムマドはビニール袋に入れたパンを持って、4時間泳いでいたそうです。その後、彼は沿岸警備隊に引き渡され、移民センターに送られました。メディアによると、モハムマドは、ボドゥルムで“人間運び屋”に、有り金すべて盗られたので、泳いでギリシャへ行こうと思ったそうです。


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