トルコのトピックス

トルコの新しい話題をご紹介しています

「政治戦略を抜きにした軍事行動は効果がない」ギュル大統領

2013年08月31日 | 国内
8月31日 8月30日、大統領宮殿で開催された「勝利の日」のレセプションで、アブドゥラ・ギュル大統領は「シリアに対して政治的戦略を抜きにした軍事行動は効果がないだろうと思う」と記者団に語りました。

 Hurriyet
「勝利の日」のレセプションのギュル大統領とハイルニッサ夫人


「シリア問題は政治と外交によって解決される。政治と外交を進め、解決へ扉を開くべきだ」と大統領は言い、「ロシアとイランは互いに提携するべきだ」と付け加えました。

ギュル大統領はまた、民放NTVの取材で、トルコはシリアの状況を傍観はしないと言いました。
「シリアの混沌は長期におよぶ可能性がある。トルコはシリアの状況に目をつぶることはできない。
中東の混沌を終わらせることを最も望んでいるのはわが国であり、収拾がつかなくなっている状況を終わらせることができるのは、わが国だからだ」と語りました。

大統領の発言直後、アメリカは、8月21日、ダマスカス近郊で、426人の子供を含む、少なくとも1429人のシリア市民が化学兵器によって殺害されたという報告書を発表しました。


ハサンケイフで新石器時代の人骨が見つかった

日本のチームがバトマン県ハサンケイフで行なっている発掘で、11500年前、新石器時代の人骨が見つかりました。
ハサンケイフは毎年世界中から50万人が訪れていますが、ハサンケイフの歴史的エリアの一部は、ウルス・ダム・プロジェクトが始まれば水没することになっています。

 Hurriyet

筑波大学の三宅裕教授によると、今年、彩色された墓と、埋葬された人骨が見つかったということです。

ハサンケイフ発掘チームのリーダー、バトマン大学のアブデュッセラム・ウルチャム講師によると、ハサンケイフの他の場所への移動が入札にかけられているそうです。
「ハサンケイフは他の場所に移すべきです。移動が終わらないうちに、古代都市を水没させるなど問題外です」と、彼は言います。

「私はここで12年間、発掘してきました。国有地はすべて発掘しました。国営水力事業(DSI)が差し押さえたら、われわれは私有地の発掘をつづけます。
移動作業は入札にかけられていて、15件の出土物件の移動はまもなく始まります」

「城の岩は水から守るべきです。水に浸かったら崩壊してしまいます。“ハサンケイフ橋”は水没することになるでしょうが、われわれは橋脚のセルチュク時代のレリーフは移動させます」とウルチャム講師は言っています。

 Vikipedi

墓の発掘作業は、三宅教授を科学顧問として、12人の専門家、6人の学生、40人の作業員で行なわれています。

「われわれはここで人々は遊牧生活をしていたと考えています。ここには多くの丸い形の家がありました。
また、幅9メートルの、床にオベリスクのある特殊な建造物がありますが、われわれはシイルトの古墳でも同じものを発見しています。
われわれは30の葬室と、その地下に埋葬された人骨を見つけました。オレンジと黒で彩色された人骨もありました」と三宅教授は言っています。

8月15日に始まった発掘では18体の人骨が見つかりましたが、昨年見つかったものを加えると人骨の総数は80体にもなるそうです。


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トルコ、シリアの化学兵器攻撃に警戒

2013年08月29日 | 国内
8月30日 トルコはシリアの化学攻撃を警戒、シリアとの国境地帯ではガスマスクや食物の備蓄をしているという当局の話です。
トルコ政府「危機管理センター」は木曜、ツイッターで、当局は国民を危害から守るために、国境沿いの7地域にバンカーをつくるよう指示したと言っています。

Hurriyet
2003年3月に撮られたこの写真は、ディヤルバクルの軍用空港に設置されたパトリオット・ミサイルです。


最近、100人の化学兵器の専門家のチームが国境に派遣されました。
トルコはシリアのバシャル・アル・アサド大統領の最強の批判者であり、シリア反体制派を支持してきました。
トルコ政府は、シリア政府に対抗する国際協力の一翼を担うと発表しました。

・・・シリアは地つづきの隣国、デスパレートになっているアサドがトルコに毒ガスを吹きかけてくる可能性もないとはいえません。こわっ・・・


   イズミルのアゴラでオスマン時代の陶器が出土

イズミル市の中心にある古代アゴラの新たな発掘で、オスマン時代の陶器が出てきました。
周囲の建物が取り壊されて発掘現場が広くなり、新たな発掘で17,18,19世紀、ここに住んでいた人々が使っていた陶器の壷や鍋、皿が出土したのです。

 Hurriyet

エーゲ大学のセヴィンチ・ギョク準教授は陶器の専門家ですが、これらはレヴァント人の家庭で使われていたものだと言っています。
「17世紀、アゴラ周辺には外国人が住み、トルコ人はカディフカレの周辺に住んでいたと、私たちは考えています。その後、トルコ人は海岸地域に移動しました」

「17世紀末には、レヴァント人はほとんどアルサンジャクとカルシュヤカ界隈に住んでいました。ですから、これら陶器はレヴァント人が使っていたと考えられます」
発掘された陶器から、この地方に住んでいた人々の社会・経済状態の情報を得られると、ギョク準教授は言っています。

・・・レヴァント(Levant)とは東地中海沿岸地方のこと。現在のシリア、レバノン、ヨルダン、イスラエルあたりです。


レインボー階段がグレイになった

イスタンブールのフンドゥクルのレインボー階段は、8月28日以来、界隈の住民の注目を集めていましたが、今朝早く、何者かによって、ぜんぶグレイに塗られていました。

 Hurriyet

イスタンブール住民のヒュセイン・チェティネルさんは、彼の住む町フンドゥクルにある、およそ200段の階段をレインボー・カラーに塗りました。
エンジニアを退職したチェティネルさんの目的は“わが町を美しく”したかっただけのこと、1500リラ(7万5000円)の経費も自己負担、1週間かけて塗り上げました。

 Hurriyet
温厚そうなおじさんが大胆なことを・・・


ベイオール区役所は「だれがグレイに塗ったのかわからない。いま調査中」と言っています。
Hurriyet 紙の質問に区役所は「塗りなおしに関しては、後で発表します」


・・・日本だったら・・・道路と同じ階段を勝手にカラフルに塗りはじめたら、その日のうちに区役所が来て「やめろ」と言うでしょうね。やめずに塗りつづけたら、公共の器物破損(?)で落書き犯と同じ扱いでタイホされちゃうかも。

それにしても・・・美的センスの問題だけど、こんな色の階段を毎日見たくないと思う人がいるのもわかります。


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化学兵器専門の援助スタッフがシリア国境へ送られた

2013年08月29日 | 国際
8月29日 1週間前、ダマスカス近郊で毒ガスが使われた後、トルコ政府は訓練された特別支援スタッフを、化学兵器の犠牲者の認知と汚染除去のために、トルコ=シリア国境に送りました。

 Hurriyet
8月26日、ガス攻撃を受けた人々が入院しているダマスカス南東近郊ムアダミヤの病院を訪れた国連の化学兵器の専門家たち。トルコは化学兵器犠牲者の汚染除去のために化学兵器専門家たちを国境に送りました。


「先週以後、化学攻撃に備えるために特別の測定装置を大幅に増やしました」と、災害緊急管理局のムスタファ・アイドードゥ代表は言いました。
「管理局には化学兵器に対処できる専門家がいます。彼らすべてが、難民キャンプのある国境の町、キリス、ハタイ、シャンルウルファに送られました」

トルコ=シリア国境は900キロ。2年半におよぶ紛争で、50万人のシリア難民が暮らしています。
最近、アレッポーに近い町ジルヴェギョジュからトルコに入ってくる難民が、化学兵器による火傷を負っていると、アイドードゥ代表は言っています。
月曜、アレッポーの農村部の市民に対して、アルアサドの軍が燐性爆弾とナパーム弾を落としたと、火曜、シリアの反政府連合が声明しました。

トルコの20箇所のキャンプに、20万人のシリア難民が暮らし、国境の町のレントハフスに暮らしている者もいると、アイドードゥ代表は言っています。
「当局はいま、国境近くの町ヴィランシェヒルに、もう2万人収容できるキャンプを建設中です。まだ、難民は受け入れられます」


アポロン神託所の円柱が今ごろ出てくるエーゲ海岸、すご~い!

古代の最も重要な3つの神託所のひとつ、クラロス神託所の建設のために発注された1本の円柱が、輸送途中、チェシュメのクズル岬で貨物船が沈没したときから、そのままになっていたようです。
1993年、研究者で作家のジェマル・プラク氏が発見し、2007年、アメリカ・ベースの「海底考古学研究所」の協力で、6人の考古学者によってようやく日の目を見ました。

 Hurriyet
3つの重要な神託所のひとつ、クラロス神託所の遺跡


この円柱はイズミル・メンデレス地区のクラロスのアポロン神殿に運ばれていたことが研究によってわかりました。

古代神託所発掘チームのリーダー、ヌルダン・シャーヒン教授は、テキサスA&G大学チームが円柱のあるべき場所を究明し、これがクラロス神託所のアポロン神殿の6番目の柱だったことを突き止めたと語りました。

「沈没船のアドレスがわかったのは、世界初のことです。この10メートルの円柱は、清浄作業の後、チェシュメの博物館に展示される予定ですが、私たちは柱があるべき場所、クラロス神託所に展示するのがほんとうだと思っています」

・・・シャーヒン教授も女性です。昨日の頁に書いたヨロス城発掘チームのリーダー、ヤルチン教授も女性。近頃、トルコの考古学界、女性研究者が大活躍ですね。


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トルコは対シリア国際連合を支援するが・・・

2013年08月28日 | 国際
8月28日 シリアのアサド政府がダマスカス近郊で市民に対して化学兵器を使用したことは、どうやら事実のようですね。
国際社会はやっと連合を組んでシリア体制派に対抗することになりました。トルコは偵察飛行と情報提供によって、対シリア国際連合を支援しますが、軍事作戦には積極的に参加しません。

 Sabah

F16機6機と地上監視レーダーによって、トルコはシリアに関する情報を収集する用意があると、情報筋はSabah に語りました。

トルコ政府はすでに軍を国外に派遣するために必要な議会の承認を得ているそうです。
トルコの軍艦はシリアから何百人もの負傷者を救出し、治療のためにトルコに運んでいます。軍はまた、海岸パトロールも行なっています。

NATO第2のトルコ軍は他の同盟国軍と共同で任務につきますが、トルコのF16機は爆撃はせず、情報を収集するだけでしょう。
アナリストたちはトルコの国際連合への対応は“激励”のようなものと説明しています。

対シリア国際連合に対して、トルコが徹底した協力をしないと決めた理由には、軍をムスリム諸国と戦わせたくないというトルコ政府の意向があります。


   イスタンブールのビザンティンの城「ヨロス城」の発掘進む

ボスフォラスのクルージングで、黒海の入口のアナドルカワーウまで行った方は多いと思います。アジア側の岬の高みにある廃墟と化した古城がヨロス城。登った方も多いでしょう。
2010年からヨロス城は閉鎖され、発掘作業が行なわれていますが、これまでに80点ほどの美術品が出土しているそうです。

 Hurriyet

築城がいつごろなのかは正確にはわかりませんが、ビザンティン時代より前から、フェニキア人も、ギリシア人も、貿易や軍事のために、ここに居住地を築いていました。

イスタンブール大学の考古学者、美術史学者、学生から獣医学者までのチームが2010年から発掘しています。

今年の出土品の中には、ブロンズの乳捧(スリコギ)、タバコの火皿、計量グラス、ヴェネツィアン・グラス、香水ビン、コイン、藍色のタイル、弾丸など多くの品々ががありました。
最も古いものはベヤジット1世の時代、最も新しいものは共和国時代初期です。

発掘のリーダーはイスタンブール大学美術史学科の女性教授アスヌ・ビルバン・ヤルチンさん。
「今年は城の上方の内部を調べています。出土品の多くは日常生活に使われた陶器類です」
出土した外国のコインは、この岬の港を通過する外国の旅人が支払ったものだろうと、ヤルチン教授は推測し、またタバコの火皿から城内の兵士たちの生活を知ることができると語っています。

「私たちは城の破損箇所を見つけ、建築チームが修復作業もしています。レーザーを使って城の立体図も描きました。城の細部まで見られる動画も写真も撮影しました。
この城は歴史的にも、観光資源としても、大きな価値があります。私たちのチームには、発見された動物の骨を調べる獣医学者までいるのですよ」

 Wikipedia
ボスフォラスが黒海に接する岬に立つ古城ヨロス


イスタンブール文化観光局長のアフメト・エムレ・ビルギリ教授は、城の発掘は3年間つづいたが、まだ長くかかるだろうと言っています。
「発掘は夏期だけの作業だし、人手も要する仕事です。われわれは城の外部周辺エリアも発掘現場と考えていますから、作業はもっとかかりますね」

・・・この城のそばから黒海を見晴るかしたときの感動は忘れません。あのギリシア神話の英雄イアソンらが乗ったアルゴー船も、ボスフォラスからこの岬を通って黒海に入っていったのですよ~!!


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トルコの“立っている男”がドイツの“人権賞”を受賞

2013年08月27日 | 
8月27日 6月7月、反政府デモが盛んだったとき、タクシム広場に立ちつづけ、無言の抗議で人々の共感を得た“立っている男”のことは、トルコ通の方ならご存知でしょう。
トルコのパフォーマンス・アーティスト“立っている男”が、来週、ドイツの“人権賞”を受賞することになりました。

 Hurriyet

ダンサーで振付師のエルデム・ギュンデュスさん(34)は、表現の自由と人権に対する勇気ある行動によって、毎年ジャーナリストの審査委員会が贈る「M100メディア賞」を受賞します。

彼は6月7月、エルドアン首相に挑戦した抗議運動中、イスタンブールのタクシム広場に何時間も身じろぎもせずに立ちつづけて、世界中で有名になりました。
「彼は無言の抗議によって、平和的レジスタンスの象徴になり、世界中に彼を見習う者が現れた」と審査委員会は言っています。授賞式は9月5日、ポツダムで行なわれます。

「彼の武器は創造性であり、彼のトレードマークは勇気と忍耐である。言論の自由と人権を推進するに必要なのは勇気と忍耐だ」と、ポツダム市長で、「M100」の会長であるジャン・ジェイコブス氏は言っています。

昨年は欧州中央銀行のマリオ・ドラギ頭取がこの賞を受けました。これまでの受賞者は、論争の的となった預言者ムハンマドのマンガを描いたオランダのマンガ家クルト・ベスタゴー氏、元フランス外相で「国境なき医師団」の創設者ベルナール・クシュネル氏らです。


エルドアン首相がボドゥルムの海岸線を内密に視察

エルドアン首相が、ボドゥルム海岸の非合法な開発による建物は、調査後、大部分取り壊すと発言しました。地元民はこれに賛成ですが、このタイミングの理由に疑問を持っています。

 Hurriyet
天国のような土地と言われたボドゥルムですが、無計画な開発がこの町をほとんど廃墟に


エルドアン首相は断食明けのバイラム(祭)中、突然3日間、姿を消し、たちまち体調不良だ、入院だと噂されましたが、事実はトルコで最も人気のあるリゾート地ボドゥルムで休暇を過ごしていたのでした。

「私は元気だ、2,3日休みをとったが、ボドゥルムの海岸の恐ろしい状況を視察する仕事もした」と、8月15日、Hurriyet 紙のインタビューに応じた首相は言いました。
「海まで開発がひろがっている。海岸線さえ見えない。これがつづけば、海中まで家が建つだろう。こんなメチャクチャはとても受け入れられない」

首相はボドゥルムに、エルドアン・バイラクタル環境・都市計画相と同行して、ともに海岸を視察し、ヘリからも観察したそうです。
環境省と文化観光省に共同で全海岸線を調査させると、首相は言いました。
「ビルが建っていくのを、なぜ地元行政が見過ごしていたのか理解に苦しむ。職務怠慢ではないか」

エルドアン首相のビルを取り壊すという話に、地元ボドゥルムは大きな衝撃を受けています。
ボドゥルムのメフメト・コジャドン町長は、海岸の開発のほとんどは文化観光省と環境省の認可を受けていると言っています。
「建物は環境省と森林省に認可され、プロジェクトは文化省に認可されています」と、ボドゥルム建築会議所のジェヴァト・カルファ会頭もコメント。
「5月に法の改正があって、建てられたときは合法だった建物が、いまは非合法になったり・・・」とカルファ会頭は弁明しています。

・・・いきなり取り壊し命令出されても困りますが、天国のようだった昔のボドゥルムを知っている私としても、この恐ろしい写真、ショックです。


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イエニカプで発見された沈没船の作業が終わった

2013年08月26日 | 文化
8月26日 イスタンブールの海底トンネル&メトロ工事中、イエニカプから昔の沈没船がぞくぞく出てきたため、地下鉄工事がストップしてしまったことは皆様ご存じですね。
このほどようやく沈没船を発掘現場から移す作業が終わったそうです。

 Hurriyet
これがイエニカプで見つかった最古の沈没船。1500年昔のもの。


イスタンブル大学の海洋考古学部長で、イエニカプ沈没船プロジェクトのリーダーであるウフク・コジャバシュ準教授は、この作業に8年かかったと語りました。
中世の重要な港だったテオドシス港で発見された船その他の出土品は、中世の船のコレクションとして世界最大のものです。

コジャバシュ準教授は沈没船の残骸の科学的研究はまだつづいていると言っています。
「最古の沈没船は1500年前のものです。修復には長い時間とデリケートな作業が必要です。種々の化学物質を使って船を強化し、展示します。
この貴重な沈没船コレクションは発見当時から学界からも、一般からも注目を集めてきましたが、文化的ツーリズムにも大きく貢献するでしょう」

「さまざまなプロジェクトのひとつとして、沈没船のコピー製作があります。沈没船の原寸大の正確な模型を作ります。
また、黒海岸の古代の港にも注目してもらうために、国際学会や写真展も開催します」

「イエニカプ12」というこの船は保存状態が最もよいもののひとつで、積荷も残っていますから、一種のタイムカプセルです。
模型をつくることで、この10メートルの船が、1000年の後、ふたたびマルマラ海を航海するのです。われわれは6か月で製作を終える計画です」

沈没船は4,5年で、展示できるだろうと、コジャバシュ準教授は言っています。「イエニカプ12」がまず最初に展示されます。展示に適さない船は科学的研究のために保存されます」
 
・・・ドキドキしてきますね。実物が見たいです。できれば、触りたいです。海底トンネルの開通も楽しみだけど、沈没船も見たい!


「民主的クーデターなんかない」とエルドアン首相

エジプトのクーデター支持者たちが、あれはエジプト軍による民主的行動だとクーデターを正当化しようとしたことに対して、エルドアン首相が発言しました。
エルドアン首相は日曜、「民主的クーデターなんかない。クーデターはクーデターだ」と、エジプト軍のクーデターを“クーデター”と呼ぼうとしなかった人々を批判しました。

 Sabah

大学開発基金のリゼ県の集会でスピーチしたエルドアン首相は、7月3日の軍のクーデターとエジプト治安部隊による市民の大量虐殺後のエジプトの近況に触れました。

エルドアン首相は、あれをクーデターと呼ばなかった人々は、過去だけでなく未来も信じていないと言いました。
「われわれはヒューマニズムの見地から、またわれわれの良心と信条に基づいて、エジプトのクーデターを厳しく批判した。あのクーデターは法的にも公正でなく、正統性もない」

エルドアンはまた、初めて民主的に選ばれたエジプトの大統領であるモハメド・モルシを非難する人々を酷評しました。

初めて民主的に選ばれたエジプト大統領モハメド・モルシは、7月3日、軍のロードマップの下に、軍によって失脚させられました。何千人の人々が彼の権力への復帰を求めてデモをしています。

エルドアン首相は6月のゲジ公園プロテストに触れ、みなが自由の意味をよく理解しなければならないと強調しました。
自由のための戦いは武器ではなく理念でのみ達成しうるのだと首相は言いました。


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シリア問題の国際会議が明日イスタンブールで開催

2013年08月26日 | 国際
8月25日 シリア問題に関する世界的な話し合いの一環として、明日、イスタンブールで、政治的指導者レベルの「シリア中心グループの友人たち」の会合が開かれます。先週、ダマスカス近郊で、神経ガス攻撃によって何百人の人々が殺害され、国際社会はようやく重い腰を上げようとしています。

 Hurriyet
シリア反体制派のアル・ジャルバ大統領は、現在の危機についてトルコのダウトオール外相と討論し、西洋諸国の介入を求めました。


「中心グループ」のメンバー国はカタール、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、ヨルダン、エジプト、トルコ、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、アメリカです。
トルコ代表としては、外務次官代理で前シリア大使のオメル・オンホン大使が出席します。

特別の議題は用意されず、会議ではシリア問題を広範に討論する予定だそうです。しかし、最も緊急な議題は当然、最近伝えられる化学攻撃と、攻撃を早急に調査し、加害者を見つけること、国連安保理に行動を起こさせることになるでしょう。


トゥス湖(塩湖)のフラミンゴ、旅立ちの季節

アナトリア草原の中央にあるトゥス湖(塩湖)は世界最大のフラミンゴの生息地のひとつです。
秋が近づくと、フラミンゴたちは南への長旅にそなえて飛行練習を始めます。

 Hurriyet

トルコ中、まだ夏の暑さの中にありますが、中央アナトリアのトゥス湖をホームとする何千羽のフラミンゴたちにとっては、より暖かい国々へと移住するときなのです。

「若い鳥たちも練習を始めて2ヶ月で、長距離飛行ができるようになります」と、科学コーディネーター、イスフェンディヤルオールさん。
「ゲディス・デルタとトゥス湖は、トルコの主要なフラミンゴの生息地です。フラミンゴは食物採取、巣作り、繁殖のために、季節によって移動します」

「彼らは生活と繁殖のために、塩と水のある場所を選びます。塩と水のあるトゥス湖はフラミンゴにとって天国なのです。
フラミンゴは3月に到来し、卵を産み、5月6月にヒナが生まれます。ヒナたちは湖上で育てられ、9月には成鳥となって、南の国に移住するために旅立ちます」

自然が損なわれていく現代ですが、フラミンゴの生まれる数は2005年以来、大きく増加しています。
2005年に生まれたヒナは3309羽だったのが、2012年には20,272羽にまで増加。2012年現在、トゥス湖には60,000羽以上のフラミンゴがいるそうです。

 Hurriyet
移住のために長距離飛行の訓練を積む若鳥たち


トゥス湖のフラミンゴを脅かすのは、ダム建設や井戸掘りなど、自然な水のサイクルを乱すことだと、イスフェンディヤルオールさんは言ってます。

・・・フラミンゴがいる季節に、トゥス湖を訪れたいものですね。


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トルコの「災害・緊急管理局」がシリアのサリンガス使用を暗示

2013年08月24日 | 国際
8月24日 トルコ首相府が統括する「災害・緊急管理局(AFAD)」によると、あらゆる情報源がシリアのサリンガス使用を指摘しているということです。
AFADのフアト・オクタイ局長は8月23日、国連が“大量殺人兵器”と指定している猛毒性の化学兵器サリンガスが使用されたらしいと暗示しましたが、公式声明は控えました。

 Hurriyet
写真はガスマスクをつけた活動家。ザマルカ地区で。8月22日、バシャル・アル・アサド大統領に忠実な軍が、ダマスカスの東部郊外で化学兵器を使ったと、活動家たちは言っています。


「われわれが知りうるあらゆるニュースと兆候はサリンガスが使われていることを示している」と、オクタイ局長は、トルコの「国連難民高等弁務官事務所」のキャロル・バチェラー代表事務所長と、トルコのユニセフのアイマン・アブラバン代表事務所長との共同記者会見で語りました。

国境地帯で化学兵器の使用を裏づけるなにかを目撃したかという質問に、オクタイ局長は「われわれはかなり前から使用を推測していたから、国境の町では必要な警戒をしていた」と話しました。

今週初め、トルコのアフメト・ダウトオール外相は、化学兵器が使われたことは明らかだと言い、国連のバン・キムン事務総長に早急の調査を促しました。

シリアの反体制派は、政府軍はロケットを発射して、反体制派が制している郊外を死の煙で蔽い、何百人もの人々にガスを浴びせ、男も女も子供も殺害したと非難しました。
ダウトオール外相は、「化学兵器の使用は現場の映像記録からも明らか」と、21日、TVカナル24で語りました。

記者会見の終わりに、国連代表は「故郷を逃れざるをえないシリアの子供の数は100万人に達した」と言いました。

「トルコはだれからも助力を求めなかった。そして、だれもトルコを助けなかった」と、オクタイ局長は言い、「われわれは世界ができるだけ早くこの恥をそそぎ、国際社会がその責任を果たすことを求める」と付言しました。


パムクがエジプトのクーデターをG.マルケスの小説になぞらえた

トルコのノーベル賞作家オルハン・パムク氏は、最近のエジプトの状況はよく観察していると言い、アブデル・ファター・アル・シシが率いたクーデターを,ガルシア・マルケスの有名な小説「予告された殺人の記録」になぞらえました。

 Hurriyet

マルケスが1981年に発表したこの小説は、コロンビアの1人の男の殺人の話ですが、事件に対して傍観的な人物の罪の感情に、とくに焦点があてられています。

ドイツの日刊紙Suddeutsche Zeitung のインタビューで、オルハン・パムク氏は、エジプトのクーデターに関して“自らの価値観を裏切る”西洋諸国を告発しました。

「アブデル・ファター・アル・シシは軍を制圧する2日前に、クーデターを計画していることを世界に発表しました。しかし、全世界、とくに西洋は目をそらし、なにもしようとしなかった」とパムク氏は言っています。
パムク氏はエジプト軍が自国民を殺害していることを強調し、「アメリカ政府やEUだけでなく、西洋社会はみなエジプトには“責任はない”という顔をしている」と言いました。

「“アラブの春”の後、アラブ諸国へのヨーロッパの影響は減少しているが、西洋諸国はまだ“ノー”と言えたはず。“軍事クーデターは政治紛争のためのツールにはなりえない”と言えたはずです」

「民主主義と人権という理想を持つ西洋の価値観はなくなったのか。西洋は政治的経済的計算に降伏したのか。
西洋世界の重要な政治組織は、2日後になっても、この状況を“クーデター”と呼べなかったのです」とパムク氏は言っています。

・・・ガブリエル・ホセ・ガルシア=マルケス(1928~)コロンビアの作家。1982年ノーベル賞受賞

 「予約された殺人の記録 十二の遍歴の物語」 野谷文昭・旦敬介訳 新潮社


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エルドアン首相、エジプトの惨劇のテレビに涙

2013年08月23日 | 国内
8月23日 カイロで治安部隊に虐殺された少女の父親が娘にあて書いた手紙が、22日、テレビで読まれましたが、これを聞いていたエルドアン首相は目に涙を浮かべ、数分間、ことばを失っていました。

 Hurriyet

この手紙はムスリム同胞団の古参政治家モハムマド・アル・ベルタジイ氏が殺された娘アスマのために書いたものですが、エルドアン首相はこの手紙に心を打たれた理由を説明しました。

「私は子供たちとともに過ごす時間がありません。家へ帰るのは夜の1時2時だから、子供たちに会えません。私はベルタジイ氏の手紙で私自身の子供たちのことを思わされたのです」と、エルドアン首相は民放ウルケTVのインタビューで語りました。

「いま、私は首相として話していません。私は1市民です。統一を乱す者たちを神はお許しになりませんように」

同じインタビューでエルドアン首相は、「女性や子供を含む1300人が殺されたダマスカス近くの映像は、虐殺がほとんど疑いなく科学攻撃によるものであることを示している」とも言いました。「子供たちの遺体を見て、われわれは涙を止めることはできない」

首相は国連の反応のなさに絶望を表明し、「国連安保理」は再編成されるべきだとくり返しました。
「わが国は国連安保理に会議を招集するよう促したが、安保理は非難声明さえもしない」


   地中海地方のオリーブ油生産の中心だった遺跡が未発掘

トルコ南部アンタリヤ県ヴァルサク地方のLyrnboton Kome(Lyrboton 村)は1910年、ヨーロッパの考古学者たちによって発見されましたが、いまだに発掘が行なわれていません。古代、この地方は最も重要なオリーブ油の生産センターでした。

 Hurriyet

アクデニス大学考古学部のネヴザト・チェヴィク教授の話では、Lyrboton Kome は地元民にもほとんど知られていないそうです。

この遺跡を調査してきたチェヴィク教授は、ここで見つかった美術品や碑文はBC1世紀のものだと言っています。出土品はローマ時代やビザンティン時代のものように見えるが、ヘレニズム時代の特徴を持っています。

ウチョック族のヴァルサク・ベイに率いられたトルコ人が、この土地に来て定住したのは13世紀の初めです。
今日、ほとんど知られていないこの村は、パンフィリア地方で最も進歩したオリーブ油の生産地でした。パンフィリア地方は古代、地中海地方のオリーブ油輸出の中心でした。

チェヴィク教授によると、この居住地には何十というオリーブ油の作業場と貯蔵プールのほか、80以上の共同墓地や家屋、浴場と、3つの教会があったそうです。
ヴィア・セバステ(皇帝の道)という古代ローマの道も、ドシュメアルトゥ海峡とLyrboton Kome を経て、古代都市ペルゲに到っていました。

この居住地で最も重要な遺物は、オリーブ油を貯蔵し守るために設計されたタワーだと、チェヴィク教授は言っています。
「われわれが見つけた碑文に、このタワーは美徳の女神アレーテが自分の金でこの塔をつくらせ、ペルゲの皇帝とアルテミスに奉献したと書かれています。また、アレーテの孫息子ムアスがオリーブ園を寄贈したことを書いた碑文も見つかりました」

 Wikipedia
ちなみにアレーテはこんなお姿の美しい女神様。写真はエフェスのケルスス図書館のアレーテ像


ヴァルサク地方の遺跡をヨーロッパの学者が発見したのは1910年ですが、最初の考古学的な総合的研究は1996~97年、アクデニス大学の支援でチェヴィク教授のチームによって始まりました。

「重要な遺跡であるにもかかわらず、われわれが16年前に行なった調査以来、発掘も修復も行なわれないままでした。
Lyrboton Kome は雑草や瓦礫を取り除くくらいのことはされるべきです。ツーリストのための道をつくり、方向を示す標識や案内板を設ける観光プロジェクトも必要でしょう。そうなれば、盗掘の恐れも解消します。
オリーブ油センターとしてこの村の存在を証明するために、発掘、修復、整備が必要です」

古代の伝統にちなんで、毎年、「ヴァルサク=アポロ祭」を開催することも考えられると教授は言っています。
「オリーブ油の作業場をひとつだけでも発掘し、展示すべきでしょう」

・・・太古の昔から地中海地方とオリーブ油は、切っても切れない関係にあったのですね。


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紀元前からオスマン時代の沈没船まで発掘

2013年08月23日 | 国内
8月22日 イズミルのウルラの沖合いで、オランダからの荷を積んだオスマン時代の商船が発見され、海底考古学者たちは興奮しています。
沈んでいた17世紀オスマンの商船は、オランダから運んできたと思われる皿を積んでいました。船は引き上げられ、展示されることになるでしょう。

 Hurriyet

トルコ西海岸の6000年の歴史を持つ町リマンテペで、海底発掘が始まったのは13年前です。
20人の海底考古学者が、ハヤト・エルカナル教授の指揮の下、有史以前の居住地遺跡リマンテペ発掘作業を分担しています。

リマンテペはローマ時代の居住地でもありましたが、BC6世紀、地震あるいは、なんらかの天災で、港は海底に没しました。

「アンカラ大学海底研究センター」と協同で行なわれているこの発掘は、BC7世紀の港をベースにしてつづけられています。
エルカナル教授の報告では、彼らはすでに、さまざまな時代の多くの船の残骸と、その積荷を発見しているそうです。展示のためには、まずそれらの塩分を除くことが必要です。

古典時代、クラゾメナイと呼ばれていたリマンテペは、海底の広大な地域を占めているので、発掘は今後何年もつづくだろうとエルカナル教授は言っています。
教授によると、発見された多くの船の残骸の中で、BC7世紀の船1隻と、18世紀オスマンの戦艦1隻が、海底でほぼ完全な姿を保っていたそうです。

発掘現場から400メートル、水深17メートルの海底で、漁師たちに発見された船もあります。

・・・最近では、海底トンネル工事で、イスタンブールのイエニカプからたくさんのビザンティンの沈没船が発見されていますが、トルコ海岸は沈没船の宝庫ですね。私,生まれ変わったら、海底考古学者になりたい。


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