トルコのトピックス

トルコの新しい話題をご紹介しています

トルコ人投資家がウクライナに帰る

2022年05月14日 | 国際
5月15日 ウクライナのトルコ人ビジネスマンの包括組織「トルコ・ウクライナ・ビジネスマン協会」が、首都キーウと、東部の都市ルヴィウの支部を再オープンしたと、同協会のブラク・ペフリヴァン会長がヒュリエト紙に語りました。

Hurriyet

「戦争は長引いていますが、経済は動いています。全国民を人道支援で養うこととなできません」とペフリヴァン会長は言いました。「ウクライナは12000トン、トラック600台分の支援を必要としていますが、現在、税関を通るトラックは150台に過ぎません」と、彼は付言しました。

ぺフリヴァン会長は、ロシアの侵攻が始まった初日、2月24日にキーウを去りましたが、最近、キーウに帰りました。彼によると、ウクライナ政府は、経済活動を復活させ、企業を助けるためのプログラムを開始しました。プログラムには、ウクライナのインフラを再建するための戦後の計画も含まれています。

その動きの一環として、ポーランド国境の東70キロのリヴィウの商店の多くは、最近、営業を再開したとぺフリヴァン会長は言いました。「キーウでは商店の半数弱が再開しました。午後10時から外出禁止令が始まります。キーウは大都市ですから、人々が帰宅するのに時間がかかります。そのため、商店は午後6時頃に店を閉めています。キーウのこの状況は、パンデミックの初めの頃に似ています」

トルコのビジネスマンの投資は、戦前は45億ドルでした。トルコの会社に雇われている人の数は、戦争以来、半分の15,000人に減っています。総合的に見ると、ウクライナの全企業の3分の1が、3月には活動を停止していました。


「トプカプ宮殿の貴重なダイアモンドは行方不明ではない」当局

国立宮殿局トプカプ宮殿担当のイルハン・コジャマン氏が、「スプーンメーカーのダイアモンド」が行方不明になっているという、ソシアルメディアに流れている噂は根拠がないと、そのダイアモンドの前で行われた記者会見で反論しました。

 Hurriyet

「見学者数がパンデミック以前に戻りつつあるときに、このような根拠のない噂はツーリズムを衰退させるものだ」と、コジャマン氏は5月12日、展示されたダイアモンドの前で記者団に語りました。

最近、このダイアモンドが消えたとか、偽物とすり替えられたとかいう噂がソシアルメディアを賑わせました。「私たちは博物館が必要とする安全のために、あらゆる手段を使ってダイアモンドを守っています。偽造はあり得ません。ダイアモンドはこのホールに、32か月間、展示されてきました」と、彼は付言しました。

「スプーンメーカのダイアモンド」として知られる、この86カラットのダイアモンドは、2重に並んだ49個のダイアモンドで飾られ、世界で4番目に大きいダイアモンドとされています。周囲のブリリアントカットのダイアモンドが、中央のダイアモンドを、星空に輝く満月のように見せています。

このダイアモンドがトプカプ宮殿に来た確かないきさつはわかっていません。ダイアモンドはトプカプ宮殿の「征服者の館」の帝国の宝物セクションの壁面のガラスケース内に展示されています。


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「浮かぶ歴史」と呼ばれる船がイスタンブルの港に入った

2022年05月14日 | 国際
5月13日 ルーマニア海軍の最古の船の1隻ナヴァ・スコアラ・ミルチャ号が、5月11日、イスタンブルのサライブルヌ港に錨を下ろしました。トルコのメディアはこの船に「浮かぶ歴史」という愛称を献じました。

   Hurriyet

84年昔の、3本マストの船は、3隻のトルコの沿岸警備船に助けられながら港に入りました。「こんな船は世界に5隻しかありません」と、地元行政はルーマニアの士官候補生たちを乗せた訓練船について言いました。1938年にドイツのハンブルグで建造されたこの船は、1368年から1418年の間、ルーマニアのワラキア地方を支配したワラキアのヴォイヴォダ(領主)ミルチャ老公に因んで、「ミルチャ」と名づけられています。

第2次世界大戦後、この船は一時的にソ連に接収され、その後、ルーマニアに返されました。船は1994年から8年かけて近代化されました。


「フィンランド、スエーデンのNATO加盟には不賛成」エ大統領

エルドアン大統領は、スエーデンとフィンランドのNATO加盟には不賛成だと言いました。「両国は多くのテロリスト組織の巣窟だ」

 Hurriyet

「われわれはスエーデンとフィンランドの状況を注意深くフォローしているが、肯定的には考えられない」とエルドアン大統領は記者団に語りました。

トルコの前の政府はギリシアのNATO加を認めるという誤りを犯したと、大統領は言いました。「NATOをバックにしたギリシアのトルコに対する出かたは、皆の知る通りである。わが国は2度の誤りをくり返したくない」

「残念ながら、スカンジナビア諸国はテロリストの組織のためのゲストハウス化している。PKK,
DHPK-Cはオランダとスエーデンに巣くっている。われわれはこれを肯定的に見ることはできない」と大統領は語りました。

エルドアン大統領は、5月16日ホワイトハウスで行われる、アメリカのジョー・バイデン大統領と、ギリシアのキリアコス・ミツォタキス首相との会談に触れ、バイデン大統領の会談後の声明を見た後に、わが国のスタンスを取ると言いました。「YPGはPKKと同じものである。アメリカ政府は北シリアのYPGにあらゆる財政的支援を行っている。わが国はアメリカの誤りを受け入れることはできない」

フィンランドとスエーデンはNATOに協力し、NATOに早く加盟することを望んでいます。トルコはNATOのメンバーとして、両国の加盟を拒否できます。トルコはウクライナに戦闘用ドローンを提供していますが、西欧諸国とともにロシアに制裁を科すことはしていません。


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「イルカの死体の増加はウクライナ戦争のためかも」科学者たち

2022年05月13日 | 国際
5月12日 トルコ海洋調査財団が黒海のトルコ海岸西部で、最近、80頭以上の死んだイルカが見つかったと発表し、これは異常な現象だと言いました。

 Hurriyet

英国のガーディアン紙の報道によると、研究者たちは、ロシア海軍の20隻の船とその軍事活動による騒音が、イルカたちを南方のトルコやブルガリアの海岸へ追い立てているのだろうと言っています。

「黒海のイルカたちが逃げ場を失い、漁網に巻き込まれる例が異常に増えている」と、5月11日のガーディアン紙は報じています。

海洋調査財団のバイラム・オズテュルク議長も、トルコ海岸のイルカの死は、騒音被害の可能性が高いという見解に合意しています。イルカの死因の半数は漁網に絡まったためですが、その他の銃痕もないイルカの死因はまだ解明されていません。

財団によれば、黒海には、ネズミイルカ、一般に知られたイルカ、ボトルノーズイルカの3種がいます。「イルカの死体が去年より増えているのは、ウクライナ戦争のためかもしれない」と、オズテュルク氏はデミルオレン・ニュースに語りました。「イルカたちは騒音公害を逃れて南下してくるのです」

黒海岸のシノップ県では、2月から、13頭のイルカが行き場を失っています。海洋調査財団はイルカの死体を検査しているそうです。「何十隻もの船が黒海に入っていますが、私たちは船がソナー(水中音波探知機)を使っている頻度さえ知りません」とオズテュルク氏は言いました。


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ハイチでトルコ人8人がギャングに誘拐された

2022年05月11日 | 国際
5月11日 8人のトルコ人が、ハイチの首都ポルトー・プランスで誘拐されたと、5月9日、当局がAPに話しました。強力なギャング団による一連の誘拐事件に巻き込まれたようです。

 Hurriyet

ハイチのジョスエ名誉領事は、「ギャング団は隣国ドミニカ共和国でバスに乗り込み、日曜午後、ポルトー・プランスのクロワ・デ・ブーケの辺りで8人を誘拐しました。誘拐されたのは男性5人、女性3人です」と言いました。「身代金の要求についての詳細はわかりません。それ以上の情報もすぐには入手できません」

トルコのメヴリュト・チャウシュオール外相は、記者団に、ハイチに“危機デスク”を設け、事態を緊密にフォローしていると語りました。「彼らは身代金のために誘拐されたと思われます」とチャウシュオール外相は言いました。「人質の健康状態が懸念されます」

クロワ・デ・ブーケは400人のマウォゾ・ギャングに支配されています。昨年10月には、彼らは同じ場所で、アメリカの宣教師グループのメンバー17人を誘拐しました。ギャングは身代金100万ドルを要求し、被害者の大半は12月まで拘束されていました。

今月初めには、ドミニカ共和国の外交官1人が同じ場所で誘拐され、その後、解放されました。先週、ハイチの国家警察は、400人のマウォゾ・ギャングのリーダーの1人、ジャーミン・ジョリーをアメリカに引き渡したと発表しました。

国連は金曜、最近のギャングの暴力によって、女性や子供を含む、少なくとも75人が亡くなり、65人が負傷したと発表しました。


20年ぶりにマルディンのアルメニア教会でミサが行われた

南東部マルディン県のデリク地区にある、372年昔のアルメニア教会で、20年ぶりにミサが行われました。

  
 Hurriyet

5月9日、聖ゲヴォルク・アルメニア教会で、サハク・マシャリヤン第85代トルコ・アルメニア総主教の主宰でミサが行われました。この教会でミサが行われたのは20年ぶりでしたが、イスタンブル、アンカラ、イズミル、ハタイ、ディヤルバクルから、アルメニア系の家族がミサに出席するためにデリクにやってきました。

「多くの理由から、アルメニア人は移住せざるを得なくなり、教会は放置されていました」と、マシャリヤン総主教は言い、教会の建物を保存していた地元当局に謝意を述べました。

1650年に建てられたこの教会は、1915年、国庫の所有になりました。1957年、この地方のアルメニア系信徒団が国から教会を買い取り、教会は1人のアルメニア系市民の名で登録されました。その人物の没後、後継者たちは教会を維持できなくなり、2004年、最後のメンテナンス後、教会は閉鎖されました。

その8年後、イスタンブルからデリクへ教会を見に来たアルメニア系トルコ人ゼケリヤ・サブンジュ氏によって、教会は再オープンされました。

「とても幸せです。20年ぶりにミサが行われたのです。このミサはデリクにとって、とてもよい想い出になるでしょう」とサブンジュ氏は言いました。「総主教さまは、これから毎年、教会を訪れるとおっしゃっています」

今後も毎年、この教会でミサが行われるでしょう。


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国防相がウクライナ国防相と航空機や商船について話し合った

2022年05月10日 | 国際
5月10日 フルシ・アカル国防相がウクライナのオレクシー・レズニコフ国防相と、電話で、トルコ軍のA400M航空機や、ウクライナの港でトルコへの帰国を待っている商戦の安全な帰国の確保の問題を話し合ったと、トルコ国防相が発表しました。

  
ウクライナのレズニコフ国防相(左)とトルコのアカル国防相 Hurriyet


アカル国防相は休戦宣言の必要を力説し、トルコは平和の確立のための努力とウクライナへの人道支援をつづけると言いました。

トルコは、ウクライナの黒海岸に取り残されているトルコの貨物船22隻を帰国させるために努力していると、アディル・カライスマイルオール運輸インフラ相が4月15日、語りました。トルコは航空機の安全な帰国をロシア当局とウクライナ当局と話し合ってきましたが、まだ確認は得られていません。

ウクライナともロシアとも友好的であるNATOメンバーのトルコは、自ら仲介者の立場にいます。トルコはモントルー条約の条件を完全に履行し、黒海を“爭い”の場としないよう、全関係国に勧告しました。


人々は数か月後にはパンデミックは終わると思っている

調査会社イプソスが行った世論調査によると、トルコ人の大半は、2年余にわたって社会生活と経済を混乱させたコロナ・パンデミックは、今年中に終わるだろうと予想しています。

 Hurriyet

パンデミックはトルコに危機をもたらすと考える人の割合は、昨年初めは76%でしたが、大きく減少して、先週は30%になったと、調査の結果が示しています。国民の3分の1は、パンデミックは、夏の終わりには過去のものになるだろうと思っています。

自分自身や家族がコロナにかかるかもしれないと懸念する人は、この4か月で59%から30%まで減少しました。パンデミックが始まったときと同様に心配していると答えた人は、調査対象者のたったの21%で、以前以上に心配している人は6%でした。

コロナ・パンデミックが落ちついてきたように思われたため、トルコは3月2日、屋外のマスク着用の義務を廃止しました。4月26日には、医療施設内と公共交通機関内を除いて、屋内でのマスク着用の要請も廃止されました。


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ロシアの“オリガルヒ”の船がボドゥルムに停泊

2022年05月08日 | 国際
5月8日 ロシアのオリガルヒ(政治的影響力を持つロシアの新興財閥)、アレクサンダー・グリゴリヴィッチ・アブラモフ氏の所有するスーパーヨットが、トルコ西部ムーラ県ボドゥルムの沖合に現れました。

 Hurriyet

アブラモフ氏(63)はロシア最大の鋼鉄会社のオーナーで、彼の純資産は80億ドルと推測されます。長さ80メートル、幅13メートルの、ケイマン諸島国籍の船ティタン号は、トルコのリゾートタウン・フェティエに停泊した後、ボドゥルムの沖合に錨を下ろしたと、イフラス・ニュースが5月6日、報じました。

ボドゥルムに停泊した船にアブラモフ氏が乗っているかどうかは不明です。1億ドルのティタン号は、2010年、建造されました。

また、イフラス・ニュースによると、ロシアのビジネスマン、アンドレイ・モルカノフ氏の船と、ロシアのオリガルヒ、ウラジミル・スツァルコフスキー氏の船も、マルマリスに停泊しています。

ロシアのオリガルヒ、ロマン・アブラモヴィッチ氏のスーパーヨット、ソラリス号も、ときどきボドゥルムの近くのヤルカヴァク湾に停まっています。


トルコ人船長が2日半の漂流の末、救助された

バリ島の沖合で、船から落ちたトルコ人船長が、60時間後に救出されました。


ロンドン・ベースのゾディアク海運所有の、リベリア国籍の290メートルの“ばら積み貨物船”クオーン号は、4月29日、オーストラリアを出航し、ベトナムに向かっていました。5月2日、船員がエルカン・セチカル船長がいないことに気づきました。

みなで船内を捜しましたが、船長は見つかりませんでした。セチカル船長はバリ島北部のどこかで海に落ちたと思われました。当局はその状況をイスタンブルの彼の家族に知らせました。船長を見つけるための捜索救助活動が始まりました。

船長の妻ズレイハ・セチカルさんは、5月2日にセチカル船長からのメッセージを受けたのが最後だったと言いました。「その翌日、私たちは彼が船内におらず、 海上でも見つからず、捜索中だと知らされました」

その後、地元の漁師がエルカン・セチカルさんを発見したと、トルコの海事総局が発表しました。「インドネシア当局と船の乗組員たちが行った捜索救助活動は成果がなかったが、セチカル船長は2日半後、漁師たちに発見された。船長は病院に運ばれたが、体調は良好」

5月5日の朝、1人の漁師が浮いているセチカルさんを発見したと、バリ・サン紙は報じました。



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エルドアン大統領がマクロン大統領に選挙勝利の祝辞を述べた

2022年05月06日 | 国際
5月6日 エルドアン大統領は、5月5日、電話でフランスのエマニュエル・マクロン大統領の再選を祝い、ヨーロッパにとってのトルコとフランスの関係の重要性を強調しました。

 
 Hurriyet

電話会談で両首脳は、ロシア=ウクライナ戦争と、トルコとフランスの関係を強化する対策について話し合いました。エルドアン大統領はマクロ大統領に再選の祝辞を述べ、選挙の結果がよい将来につながるよう希望すると語りました。

エルドアン大統領は、トルコとフランスの関係は、共有するヨーロッパ大陸の世界的な役割において、きわめて重要だと語りました。声明によると、エルドアン大統領は、トルコはウクライナの戦争を外交によって終わらせるために、できることはすべてしてきたと力説し、交渉プロセスを支持することが重要だと語りました。

昨年、エルドアン大統領とマクロン大統領は、シリアとリビヤの紛争や、東地中海問題など、多くの問題で衝突しました。今年2月、トルコとフランスの大統領は書簡を交換し、両首脳は両国の関係を修復するための話し合いを再開することで合意しました。


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トルコとロシアの国防相がマリウポリの人道的状況について討議

2022年05月04日 | 国際
5月3日 トルコとロシアの国防相が電話で、マリウポリの人道的状況と市民の引き揚げの必要について話し合ったと、5月2日、トルコ国防省が発表しました。

 Hurriyet

トルコのフルシ・アカル国防相とロシアのセルゲイ・ショイグ国防相が、電話で話し合ったと、国防省が声明で発表しました。アカル国防相はショイグ国防相に、人道的状況の改善と、市民の陸海双方からの引き揚げのために、ウクライナの即時停戦を勧告したと、国防省は言っています。

国防相はまた、トルコはこの地域の平和のためにベストを尽くし、人道的援助を送りつづけると言いました。トルコとロシアはまた、マリウポリと、状況が悪化しているその他の地方の市民の引き揚げ計画について話し合いました。

エルドアン大統領は、今週、ロシアのプーチン大統領と話し合うと言いました。大統領府顧問イブラヒム・カルン氏は、プーチンの顧問ユーリ・ウシャコフ氏と話すでしょう。


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「トルコはサウジとの新時代の扉を開く」エルドアン大統領

2022年05月01日 | 国際
5月2日 エルドアン大統領は、サウジ当局との対話によって、とくに経済、貿易、財政、保健、エネルギー、防衛産業の分野において、両国関係に新しい扉が開かれると思うと語りました。

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エルドアン大統領は、4月28日、サルマン国王とモハムメド・ビンサルマン皇太子と会談しました。2018年、イスタンブルのサウジアラビア領事館で、サウジのジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏が残酷に殺害されて以来、トルコ=サウジ関係は冷え切っていました。この訪問は関係修復のためのもので、エルドアン大統領にとって、2017年以来、初のサウジ訪問となりました。

トルコの裁判所がカショギ氏事件をサウジの裁判所に移して3週間後に、この訪問が実現しました。エルドアン大統領は閣僚や上級官僚らを含む大代表団とともに、サウジを訪れました。

会談後、エルドアン大統領はツイッターで、「保健、エネルギー、食品の安全、農業技術、防衛産業、財政の分野で、サウジアラビアとの協力を増すことは、両国の共通の利益になると思う」と語りました。

エルドアン大統領は、サルマン国王の招待を受けてサウジを訪れたと言い、両国は兄弟国として、政治、経済、軍事関係のレベルを更新することによって、新しい時代の始まりのために互いに努力するだろうと強調しました。

再生できる、クリーンなエネルギー技術の分野での協力には、大きな可能性があると、エルドアン大統領は言い、また、湾岸諸国とその国民の平和と安全のために、トルコは大きく関与していると大統領はくり返しました。

エルドアン大統領はまた、わが国がテロに対して努力していることの重要性を力説し、「わが国はあらゆるテロを非難する」と言いました。


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エ大統領はウクライナの停戦のためにプーチン大統領と話し合った

2022年04月26日 | 国際
4月26日 エルドアン大統領は、4月26日、ロシアのプーチン大統領と話し合い、戦争を終わらせるために、ウクライナの大統領とトルコでサミットを行うことを改めて提案しました。

 Hurriyet

トルコ大統領府によると、ウクライナに平和をもたらすために、イスタンブル会談で達成した肯定的な趨勢を持続させることに国際社会は関心を持っていると、エルドアン大統領はプーチン大統領に語りました。イスタンブルで行われたウクライナとロシアの会談を、首脳レベルで行うべきだと、エルドアン大統領は言い、「イスタンブル・プロセス」は停戦交渉において、とりわけ重要な突破口となったと強調しました。

エルドアン大統領はまた、停戦の達成と、人道回廊の有効な運営、安全な引き揚げの重要性を力説しました。「トルコはすべての人を傷つける流れを止め、永続的平和を確立するために、最善を尽くしつづける」

アントニオ・グテーレス事務総長が、4月25日、アンカラを訪れた後、エルドアン大統領とプーチン大統領は電話で話し合いました。グテーレス事務総長は、4月26日、プーチン大統領に会うためにモスクワを訪れました。

その後、事務総長は、4月28日、ロシアの侵攻を終わらせるための仲介に、キーウを訪れます。エルドアン大統領は、4月25日の閣議で、週末にウクライナのゼレンスキー大統領と電話で話し合ったと言いました。


50万のシリア人が祖国の安全な場所に帰った

北シリアの公的秩序を維持し、シリア人コミュニティに経済的・社会的利益を提供するためのトルコ政府の努力によって、トルコに一時的に避難していた約50万のシリア人が祖国に帰りました。

 Hurriyet

トルコ軍と同盟シリア軍は、2016年8月以来、「ユーフラテスの盾作戦」「平和の泉作戦」「オリーブの枝作戦」と呼ばれた軍事作戦によって、シリア北西部に3つの安全地帯をつくりました。トルコは、シリアに帰ることを希望するシリア人家族に、交通、宿泊、食物の援助を提供しはじめました。

50万人のシリア人が安全地帯への移住を申請した一方、シリア国内に住むシリア人もここに移住してきました。そのため、3つの安全地帯の人口は、130万人から200万人に増えました。トルコは自由意思による帰国を促進するために、シリア人コミュニティとインタビューを行って話し合ってきました。

トルコ兵に守られた安全地帯には評議会が設立され、12000人余の警備員が訓練を受け、約3000人の相談役が町と地元行政に任命されました。

8つの公立病院、33の私立病院、106の保健センター、42の緊急保健所、10の移動保険車、76の救急車に、新たに公立病院が加わりました。

新設された工業地帯では5万人の地元民が雇用されました。農夫には種と肥料が提供されました。地元の経済と交易を活性化するために、トルコとの国境が再開され、近代化されました。35万人の子供が1429校の学校に入学しました。50校の学校と数校の職業訓練センターもまもなくオープンします。


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