トルコのトピックス

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トルコ警察がサウジ領事館を9時間かけて捜査

2018年10月16日 | 国際
10月17日 トルコ警察の捜査チームが、サウジアラビアのジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏の失踪事件究明のため、イスタンブルのサウジ領事館を9時間かけて捜査しました。サウジ王国が領事館内で行われた殺人を認めるかもしれないという報道が流れています。

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アメリカに住んでいたワシントン・ポストのコラムニスト、カショギ氏は、サウジの権力者モハムメド・ビン・サルマン王子を批判していましたが、10月2日、結婚の書類を入手するため領事館に入った後、消息を絶ちました。トルコ当局は、カショギ氏は領事館内で殺され、遺体は運び出されたと思われると言っています。

イスタンブル主任検察庁が任命した検察官たちが、サウジの当局者とともに、領事館の検証を行いました。イスタンブル安全保障局の対テロ部と犯罪現場捜査隊の専門家たちも、チームに加わりました。4台の車が領事館に着き、庭園の土のサンプルや金属ドアなどを押収しました。捜査チームは警察犬も連れていました。

トルコ犯罪現場捜査チームの約10人は、10月16日、捜査が完了した後も、午前5時まで領事館内にいました。その1時間か1時間半後に、トルコの検察官が出て行きました。そのすぐ後に、サウジのチームが3台の車で去りました。

報道によると、サウジは“尋問中の誤り”を認めた
CNNとニューヨーク・タイムスは、サウジは“尋問中の誤り”でカショギ氏を死なせたことを認める準備をしていると報じました。ニューヨーク・タイムスは、サウジに詳しい人物の言として、王子はカショギ氏の取り調べまたはサウジへの送還を指示したことを認めたと報じています。サウジ政府は、“誤った尋問”を行なった情報職員に罪をなすりつけることによって、王子をかばっていると言われています。

アメリカのトランプ大統領は早くから、カショギ氏の失踪は殺されたのだろうと言っていましたが、ポンペオ国務長官をサルマン王と会うためにサウジに送りました。カショギ氏失踪事件によって、世界の石油輸出大国サウジアラビアに対する国際的抗議の声が起こっています。メディアとビジネス界も、今月リヤドで行われる予定の投資会議への参加を控えることになるでしょう。


トルコ警察がサウジ領事館で“証拠”を発見したと言った

トルコの当局者が、警察はサウジ領事館内で、ジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏が殺害されたことを示す“確かな証拠”をつかんだと言いました。

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当局者は証拠の詳細については語りませんでしたが、匿名条件で、APに、「10月2日、サウジの情報部がイスタンブルのサウジ領事館内で、カショギ氏を殺害し、手足を切断した」と語っています。サウジアラビアは、まえは“根拠がない”と否定していましたが、アメリカのメディアは、「サウジはまもなく、領事館内で、おそらく尋問中に誤って、カショギ氏を殺してしまったことを認めるだろう」と報じています。

トルコのチャヴシュオール外相は、10月16日、サウジアラビアはカショギ氏の失踪と殺害に関して、トルコになにも告白していないと言いました。サウジアラビアは近く、カショギ氏は尋問中に誤って殺された
と言うだろうというニューヨーク・タイムスの報道について、チャヴシュオール外相は「われわれはそのような情報は聞いていない」と言いました。

外相はまた、「領事館は取り調べを行う場所ではない。取り調べは法廷で、司法当局によって行われるべきだ」と付言しました。

チャヴシュオール外相はまた、トルコ当局はイスタンブルのサウジ領事の住居と、領事館が所有する車を捜査することを確認しました。トルコのメディアによると、モハムマド・ウタイビ領事は、10月16日の捜査の前にサウジに帰ったそうです。


イスタンブルっ子はシリア難民の子供を恐がっている

トルコは350万人の難民を受け入れていますが、難民の46%は子供です。

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「イスタンブル政治研究所」が行なった調査で、シリア難民の子供に対するイスタンブルっ子の潜在的な気持ちは、“恐怖”だということがわかりました。調査はジンジルリクユ=ベイリクデュジュ間のメトロバスを使っている19歳から66歳の25人を対象に行われました。この路線を使っている通勤者は、シリアの子供たちが住む地区に住んでいる人が多いからです。

調査の結果は、「シリアの子供たちはイスタンブルの“幽霊”という認識の研究」という題名のレポートにまとめられました。レポートによると、イスタンブルっ子たちは“シリア難民の子供たちを恐がっている”そうです。なぜ幽霊ということばが使われたかには、“見えない、恐怖、無視”の3つの理由があります。

シリアの子供たちはイスタンブルっ子にとって、気の毒には思えても、悪さをしない限り、目に入らない存在です。地元民はしばしば、シリアの子供たちを“コジキ”と言います。子供たちへの暴力、階級差別、子供の労働は、イスタンブルっ子の目にはもうふつうのことになってしまっています。

レポートによると、地元民は、シリアの子供たちが将来、犯罪者になることを恐れています。レポートはまた、イスタンブルっ子たちがシリアの子供たちを無視または軽視していることを指摘しています。地元民は長いこと、シリアの子供たちの窮状を見ぬふりをいて暮らしてきました。

この調査は成人のシリア難民に対するネガティブな意見にも言及しています。地元民のネガティブな意見は、経済的文化的な懸念から来ています。調査の回答者は、難民はトルコ経済の重荷だと言っています。また、シリア人は人種的に異なり、トルコ社会に問題を起こすと、回答者たちは言っています。


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「トルコ当局がカショギ氏殺害の記録をゲット」という報道

2018年10月15日 | 国際
10月15日 トルコ当局が、サウジアラビアのジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏が、サウジ領事館内で、尋問を受け、拷問され、殺害されたことを示す音声とビデオを入手したと、10月13日、トルコのサバー紙が報じました。

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サウジ領事館内でなにがあったのか?


「カショギ氏が尋問され、拷問され、殺害された瞬間を、アップルの時計のメモリーが記録していた。時計は彼の携帯電話につながっていた」とサバー紙は主張しています。カショギ氏は自分の携帯電話を、領事館の外で待っていた許婚者に預けていました。

一方、サウジアラビアからの代表団が、カショギ氏失踪の共同調査のためにトルコに到着しました。あるトルコ当局者によると、カショギ氏は領事館に入るとき、黒いアップルの時計をしていて、その時計は、彼が婚約者に預けた携帯電話とつながっていたそうです。しかし、カショギ氏の時計からのデータが、彼のケイタイに送られていたかどうかは明らかではありません。

信頼すべき筋から情報を得ているというサバー紙は、カショギ氏は領事館に入る前に、電話を録音機能にしておいたと考えられると言っています。「サウジの情報局は、彼が死んだ後、電話に記録されていることに気づき、彼の指紋を使って電話を解除し、ファイルを消したが、ぜんぶは消しきれなかった。その後、彼の電話に記録が見つかった」と、同紙は言っています。

カショギ氏は10月2日、結婚のための書類を入手するために、イスタンブルのサウジ領事館に入りました。サウジ当局は、彼はすぐに帰ったと言っていますが、トルコ当局と、外で待っていた彼の許婚者は、彼は出てこなかったと言っています。

トルコの治安ソースは、匿名で、警察の初期の判断では、カショギ氏は領事館内で計画的に殺されたということだったと言いました。

10月12日、サウジ内相アブドゥルアジズ・ビン・サウド・ビン・ナイフ王子は、サウジ王国に対する“嘘と根拠のない主張”を非難しました。


エルドアン大統領とサウジ王がカショギ事件に関して電話会談

トルコのエルドアン大統領とサウジアラビアのサルマン・ビン・アブドゥルアジズ王が、土曜夜、電話でジャマル・カショギ氏の失踪について話し合いました。

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エルドアン大統領は、このケースを捜査するための共同作業グループをつくることを主張したと、大統領府ソースは言いました。

サウジ人のジャーナリストで、ワシントンポストのコラムニストであるカショギ氏は、10月2日、イスタンブルのサウジ領事館に入って以後、行方不明になっています。同日、15人のサウジ人が2機の飛行機でイスタンブルに到着し、カショギ氏が入った領事館の建物に入ったと、トルコ警察ソースは言っています。

サウジ当局はカショギ氏のその後について明確な説明はしていません。諸外国 ー とくにトルコ、アメリカ、イギリスが、できるだけ早くこのケースを明らかにするよう促しています。10月13日、アメリカのトランプ大統領は、カショギ氏が殺されていたとしたら、サウジ政府に厳罰を与えると脅しています。

サウジの株式市場は、この声明後、6.8%暴落しました。


親がISに走ったため、イラクにいるトルコ人の子供が450人いる

イスラム国(ISIL)のメンバーになった親に連れ去られた子供が450人も、イラクの孤児院やバグダードの刑務所にいると、ヴァタン紙が10月15日、報じました。

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8歳のウミト・K君と6歳のニサ・Kちゃんのきょうだいも、ISのメンバーになった母親に連れられてイラクに来ましたが、2年前に母親は死に、トルコにいる父親に引き取られる日を待っています。トルコ警察はイラク当局から送られた写真によって、きょうだいがユルマズKさん(32)の子供だと判定しました。

「私は子供たちの写真を見ました。私はいますぐ子供たちの顔を見たい、声を聞きたい。イラクへ行って子供たちを連れてきたい。私の唯一の望みは、政府が私の子供たちを連れ戻してくれることです」とユルマズKさんは言いました。

ユルマズKさんの妻ファトゥマKは、4年前、2人の子供を連れて逃げました。1か月後、ファトゥマは夫に電話し、2人の子供とシリアにいると言い、「あなたもシリアに来てください。アッラーのために死にましょう」と言ったそうです。

その後、ファトゥマは子供を連れてイラクに行き、ISのメンバーのムハムメト・チェリクと結婚しました。チェリクはトルコ内務省のお尋ね者リストに入っているテロリストですが、2015年、戦闘で死亡しました。その後、ファトゥマも死にました。

母親の死後、2人の子供はイラク軍に引き取られました。最近まで、トルコ当局は、子供たちはバグダードの孤児院にいると考えていましたが、最近、2人はルサファ刑務所にいるという情報を得ました。子供たちがトルコに帰る日は近いでしょう。


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裁判所が審議後、ブランソン牧師を釈放した

2018年10月13日 | 国際
10月13日 トルコの裁判所は、12日、トルコとアメリカの論争の中心にいるアメリカ人牧師アンドリュウ・ブランソンを釈放しました。

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アンドリュウ・ブランソンの4回目の審問は、イズミル・アリアーア区の刑務所で、午前10時40分に始まり、午後4時28分に終わりました。福音派の牧師ブランソンは、テロとスパイ関連容疑で起訴され、35年の禁固に直面していました。

裁判所は、多岐にわたる審問後、テロ組織に助力したとして、ブランソンに3年1か月の禁固を宣告し、上訴手続き中のまま、自宅監禁から釈放しました。裁判所は旅行を禁じませんでしたから、ブランソンはすぐにトルコを去ることができます。

「ブランソン牧師の自由を確保するために、トルコに圧力をかけつづけた大統領、国会議員、外交官に感謝します」と、ブランソンの弁護士ジェイ・セクロウ氏は声明で言いました。「彼がいま、アメリカ行きの飛行機に乗っていることは、牧師ブランソンと彼の家族にとって大きな勝利と言える」

トルコ大統領府のファフレッティン・アルトゥン広報担当官は、声明で、「この判決は、トルコが民主的な法治国家であり、トルコの司法の独立性と不偏性を再確認するものだ」と言いました。


「ユーフラテスの東のテロの巣窟を根こそぎにする」エ大統領

エルドアン大統領は、10月12日、トルコ軍はまもなく、クルドのテロ組織が支配しているシリア北部に、新たな越境作戦を開始すると言いました。

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「神のご意志があれば、すぐに・・・わが軍はユーフラテス川の東のテロの巣窟を壊滅する」と、エルドアン大統領は軍の式典で言い、コマンド隊の兵士たちを讃えました。ユーフラテスの東の地域は、アメリカが支援しているYPGが支配していますが、大統領の声明はこの地域まで作戦を拡大すると言っています。

トルコ軍は2016年と2018年、シリアのユーフラテスの西まで進撃し、イスラム国(ISIL)とYPGの戦闘員を国境地帯から追い払っています。

エルドアン大統領はまた、経済について、トルコは投資をつづけると言いました。「トルコは最近、経済面で投機的な攻撃を受けているが、わが国が購買力平価では世界13位、国民所得では17位の大国であることは変わらない」


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「トルコはモスルとバスラに領事館を再開する」トルコ外相

2018年10月12日 | 国際
10月14日 トルコはイラクのモスル市とバスラ市に領事館を再開する計画だと、トルコのチャヴシオール外相が、10月11日、言いました。

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イラクを公式訪問したトルコのチャヴシュオール外相(左)とイラクのサリフ大統領


トルコはISILがモスルの領事館を襲撃し、街を占領したため領事館を閉鎖し、安全のためにバスラの領事館も閉鎖しました。

外相はイラクを公式訪問し、バフラム・サリフ新大統領と、新政府を結成するために任命されたアディル・アデル・アブドゥル・マフディ次期首相に会いました。チャヴシュオール外相は、トルコのイラクへの支援を示すために、イラクを訪問したと語りました。

サリフ大統領との会談では、イラクを再建し、両国の経済関係と貿易と投資を活発にすることを話し合ったと、チャヴシュオール外相は言いました。「われわれはテロに対する共同の戦いをつづけることでも合意した」と外相は言いました。


トランプ大統領がブランソン牧師の釈放を米土関係の進展と歓迎

アメリカのトランプ大統領は、トルコの裁判所が釈放したブランソン牧師を大統領執務室に迎え、トルコとアメリカの関係に新しい頁が開かれると、釈放を歓迎しました。

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左からブランソン牧師、トランプ大統領、ポンペオ国務長官


「大きな問題になったかもしれない一件だったが、すばらしい展開となった」と、トランプ大統領は10月12日、ホワイトハウスで、釈放されたブランソン牧師を歓迎し、「われわれは今日、トルコに対して、昨日とまったく異なる感情を持っている。わが国はトルコとほんとうにより緊密になり、すばらしくよい関係になるチャンスを得たと、私は思う」と語りました。

ブランソン牧師は2016年12月、FETOに属している容疑で、イズミル県で逮捕されました。FETOは未遂クーデターの首謀者と考えられています。彼の容疑にはFETOとPKKのためのスパイ活動も含まれていました。PKKはトルコ、アメリカ、EUがテロリスト集団と認定しています。

トランプ大統領はこの問題に関してトルコを脅し、制裁を科していましたが、ブランソン牧師の釈放はNATOの同盟国であるトルコと、より緊密になるチャンスをつくったと言いました。

ブランソン牧師はノース・カロライナの出身ですが、トルコで20年以上暮らしています。牧師はホワイトハウスで、トルコに対する愛情を語りました。「私はトルコを愛しています。私は25年間トルコに暮らし、トルコの人々を愛しています」とブランソン牧師は言いました。エルドアン大統領はそれに答えて、「あなたがトルコの人々を愛しているのはわかる。彼らはすばらしい人々だ」と言いました。


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消えたジャーナリストの捜査の焦点はアップルの時計

2018年10月11日 | 国際
10月12日 先週、イスタンブルで消えたサウジアラビアのジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏に関する重要な手がかりとなる物の存在を、トルコの当局者が発表しました。カジョキ氏がサウジ領事館に入っていったとき,身につけていたアップルの時計です。

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その時計は、彼が置いていった携帯電話と接続していたと、トルコの当局者が、10月10日、語りました。サウジのベテラン・ジャーナリストで新聞編集者のカショギ氏は、1年以上ワシントンに住み、ワシントン・ポストにコラムを執筆していました。そのコラムで、彼は自国の反体制派への弾圧や、イエメンの戦い、カタールの科した制裁などを批判してきました。

彼の友人や仲間によると、彼は、アメリカでは自由に書けると言っていましたが、次第にサウジ政府が彼自身や彼の家族に危害を与えるのではないかと不安を募らせていました。

カショギ氏は、トルコでは、エルドアン大統領の顧問を含めて、高位にある友人を持っています。10月2日火曜午後1時、イスタンブルのサウジアラビア領事館へ歩いていった彼は、4か月前に知り合ったトルコ人の許婚者との結婚手続きが短時間で、簡単に承認されることを願っていました。

「彼は、サウジアラビア人にとって最も安全な国はトルコだと言っていた」と、カショギ氏の親友で、エルドーアン大統領の顧問であるヤシン・アクタイ氏は言いました。2日以来、友人も家族も、彼の姿を見ていません。トルコ当局は、彼は領事館内で殺されたのだろうと言っています。サウジアラビアはこれを強く否定しています。

駐米サウジ大使は声明を出し、サウジはトルコ当局の捜査に協力し、彼の行方不明の裏の真実を明らかにするために、捜査員チームを送ったと言いました。カショギ氏のアップルの時計のほか、捜査員たちは、カショギ氏と同じ頃、領事館に入り、すぐに出ていったサウジの男たちに注目しています。男たちは数時間前にリヤドからイスタンブルに着いています。彼らのほとんどはプライベート機で来たと当局者は言っています。


エルドアン大統領がイスタンブルで外国の要人たちと会談

エルドアン大統領は、10月10日、イスタンブルで数人の外国の要人たちと会談しました。

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エルドアン大統領はまず、エチオピアのムラト・テショメ大統領と会いました。彼はイスタンブルで行われた第2回トルコ=アフリカ経済ビジネス・フォーラムに出席するため、トルコを訪れました。会談はほぼ70分つづきました。

その後、エルドアン大統領はルワンダのエドゥアール・ンギレンテ首相と会いました。ンギレンテ首相も経済フォーラムのため、トルコを訪れたのでした。会談は45分間つづき、トルコのメヴリュト・チャヴシュオール外相も会談に参加しました。

エルドアン大統領はまた、イラクのモハムメド・アルハルブウシ国会議長と、クエートのメルズク・アリ・エルガニム国会議長とも会談しました。会談はすべて、メディアはシャットアウトされました。


ISIL戦闘員の未亡人らが捕まった

トルコ警察は、3か国出身の7人を、死んだISILメンバーの未亡人たちを再統合しようとした容疑で拘束しました。

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対テロ部隊は、10月11日、カイセリ県の複数の家を手入れし、コードネーム“アブー・ジャファール”というIS戦闘員との関連で、容疑者たちを拘束しました。ジャファールはトルコで“兵站と移住係”をしていました。女3人を含むシリア人5人、ロシア人2人、エジプト人1人が、テロリスト組織に所属する容疑と、書類偽造容疑で、裁判所に送られました。

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容疑者の家で押収された書類によって、拘束されたロシア人の1人ラシド・エニキーフが、暗号化されたアプリによって、ISILのメンバーたちを統合していたことがわかりました。死んだ戦闘員の未亡人たちを再統合し、シリアでジハーディスト・グループのために戦わせることも、エニキーフの仕事だったと、警察ソースは言っています。

ISILがトルコの首都アンカラの駅の外で爆発テロを行い、103人の市民が殺された事件の3周年の翌日、この手入れは行われました。


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ISILに参加したトルコ人の子供たちが連れ戻された

2018年10月11日 | 国際
10月11日 イラクでイスラム国(ISIL)に参加した親に置き去りにされたトルコ人の子供たち17人が、トルコに連れ戻されたと、外交ソースが、10月10日、アナドル通信に語りました。

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3歳以下の幼児を含む子供たちが、バグダードのサリヒエ孤児院から連れ戻され、10月8日、家族・労働・社会サービス省の保護下に置かれました。子供たちの健康状態は良いということです。

トルコ女性テュライ・カヤさんは、最近、トルコ当局に、イラクの刑務所にいる2人の子供を救出して欲しいと要請し、トルコのメディアでも話題になりました。彼女の子供たちは、3年前、ISILのメンバーになった、彼女の元・夫によってイラクへ連れられて行ったのです。

カヤさんは最近、彼女の息子と娘がいる場所を知りました。彼女の息子はいま、エルビルの刑務所に、娘はバグダードの刑務所にいます。カヤさんは刑務所にいる息子を訪ねたと、ヴァタン紙に語りました。

カヤさんは4年前、裁判所に、夫イルファン・キュペジクとの離婚請求を申請しました。裁判所は離婚を認め、子供たちの保護権を彼女に与えました。しかし、キュペジクは離婚後、子供たちとの面会を口実に、当時14歳だった息子と、11歳だった娘を、母親のもとから連れ去り、2016年5月、子供たちを連れて、イラクへ入国しました。

キュペジクは子供たちをイラクの町タル・アファルに伴い、自分は2年間、ISILの戦闘員をしていました。2017年8月、キュペジクはイラク軍の作戦で殺害されました。


イスタンブル市は空から海水汚染を監視している

イスタンブル市は、巨大都市の水資源が1500万市民にとって清潔安全かを確認するために空から監視しています。

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市当局は2機の飛行機を借り、マルマラ海と、飲料水用の貯水池の監視を行なっています。貯水池はイスタンブル上下水道局(ISIK)が管理しています。飛行機は毎朝、市の上空を飛んで、航行する船に海を汚染しないよう警告しています。飛行機は今年7月から、汚染を見つけるために、マルマラ海と黒海の岸辺と、ボスポラス海峡の両岸を飛んでいます。

7月以来、飛行機は100時間以上、監視飛行を行なってきました。飛行中に空中写真が撮られ、汚染が発見されれば、罰金が科されます。過去3か月間で、56隻の船に140万リラの罰金を科されました。


「われわれは裁判所の決定に従わなければならない」エ大統領

トルコは法治国家であり、裁判所の判決はすべての人に適用されると、エルドアン大統領は、アメリカの牧師アンドリュウ・ブランソンのケースに関して言いました。

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「トルコは立憲国家であるから、私は司法に介入する立場にない」と、エルドアン大統領は、10月9日、ハンガリー訪問の帰途、記者団に言いました。

ブランソンはイズミル県の刑務所で1年余過ごした後、自宅監禁になり、テロ容疑で裁判中です。アメリカ政府は牧師の即時釈放を要求し、彼の逮捕は米土間の関係を厳しくしています。裁判の次の審問は、10月12日に行われます。アメリカのポンペオ国務長官は、9月24日、ブランソンは釈放されるだろうと思うと言いました。

エルドアン大統領は、判決は裁判所が行なうと、くり返しています。「私は民主的立憲国家トルコ共和国の大統領である」と彼は言いました。「従って、私は、司法の決定には、なんであれ従わなければならない」


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トルコ警察はカショギ事件で7人の容疑者をマークしている

2018年10月10日 | 国際
10月10日 サウジアラビアのジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏の行方不明事件を捜査しているトルコの犯罪捜査機関は、イスタンブルのサウジ領事館近くで監視カメラに撮られていた7人の容疑者をマークしています。(昨日の頁参照)

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サウジ側は、事件当日、領事館内の監視カメラは作動ししていなかったと主張しているため、トルコ警察は領事館の外の街路を撮っている2基のカメラしか調べられません。10月9日のNTVテレビによると、事件当日、容疑者7人は、カショギ氏が領事館に入る30分前に領事館に入り、約3時間後に去って行ったそうです。

容疑者は2台の車で去り、警察はナンバーを把握したということです。トルコ警察は、事件当日、2機の飛行機でトルコに来た15人のサウジ市民をマークしているという報道もありました。デミルオレンニュースは、10月9日、2機のうちの1機の飛行機が、トルコからドバイへ発つ前に、トルコ当局の捜索を受けたと報じました。2機の最終目的地はサウジの首都リヤドでした。

10月9日、サウジはトルコの捜索の専門家と関係者を、イスタンブルの領事館に招きました。トルコの当局者を領事館に招きたいという外交覚書がトルコ外務省に送られてきたのです。「サウジアラビア王国は兄弟であるトルコ共和国に敬意を送る」と、覚書には書かれていました。


古代の家族の墓がチャナッカレ県で発見された

トルコ人考古学者がチャナッカレ県の古代都市アッソスで、2300年昔の家族の墓を発見しました。墓には21人が埋葬され、遺体のほとんどは火葬されていました。

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トルコ人がバフラムカレと呼ぶアッソスの遺跡には、古代の劇場や、アゴラ、共同墓地、城壁などが残り、毎年、多くのツーリストが訪れています。

アッソス遺跡の発掘隊長でもあるチャナッカレ・オンセキズ・マルト大学のヌレッティン・アルスラン教授は、この家族墓は今年上半期の発掘で見つかったと言いました。「家族の墓は“西ネクロポリス(共同墓地)”と呼ばれる地域で発見されました。2300年昔、姓として使われていた“アリストイス”という名が、墓の蓋に書かれていました」

「この墓で発見された埋葬のための品々は、ヘレニズム時代にアッソスで行われていた儀式に関する情報を提供してくれます」とアルスラン教授は言いました。21人の家族の中の1人はふつうに埋葬されていましたが、あとの20人は火葬され、骨壺のようなカメに灰が入れられていたそうです。「カメの蓋はセメントで封鎖されていた」と教授は言っています。

この家族墓によって、ヘレニズム時代の埋葬法や、セラミックの年代学、類型学的情報も得られるということです。2300年昔の墓が、破壊されることなく今日まで残っていたことの重要性を、アルスラン教授は力説しました。


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米土はシリア・マンビジの共同パトロールの訓練を始める

2018年10月09日 | 国際
10月10日 トルコ軍とアメリカ軍が、北シリアのマンビジの共同パトロールのための訓練を始めたと、トルコ国防省が発表しました。

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中央のスーツ姿がアカル国防相


「今日からトルコ軍とアメリカ軍が、共同パトロール活動のための訓練を始めた。訓練活動は、マンビジのロードマップと安全保障の原則の一環として行なわれる」と、フルシ・アカル国防相は、10月9日、アナドル通信に語りました。

アカル国防相は、10月2日、アメリカ兵の一団が、トルコ南東部のガジアンテプに到着したことを強調し、「訓練が終わったら、この地域に平穏と安全を確立し、テロリストの活動を阻止するために、共同のパトロール訓練が始まる」と言いました。トルコは6月18日以来、独自のパトロール活動を行ってきました。

アカル国防相は、マンビジの中心部周辺で塹壕を掘り、盛り土をしているというYPG/PKKの最近の報道に触れ、「わが国はその件に関してアメリカに警告しているが、わが国自身の対策もとっている」と言いました。「テロリストたちは、自分らが掘った塹壕に埋められる時か来ることを知らねばならない」と国防相は警告しました。


ワシントン・ポストが“消えたサウジ記者”の最後の映像を掲載

サウジアラビア政府を厳しく批判してきた著名なサウジのジャーナリストが、トルコで行方不明になり、トルコ当局はジャマル・カショギ記者(59)はサウジ領事館で殺害されたのではないかと言っていますが、サウジアラビアはこれを強く否定しています。

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カショギ氏は今月2日、滞在先のトルコのサウジ領事館を訪れた後、行方不明になりました。カショギ氏の記事を掲載していたアメリカの「ワシントンポスト」も、事件を強く非難しています。ワシントン・ポストは、1週間前、カショギ氏がイスタンブルのサウジアラビア領事館に入っていく監視カメラの映像を、9日、掲載しました。

サウジ当局は、カショギ氏が殺されたという主張は“根拠がない”と言っていますが、彼が領事館を出て行ったという証拠は提出していません。ワシントン・ポストが掲載した映像には日付も入っています。ポスト紙は、捜査関係に近い人物から、映像を入手したと言っています。

カショギ氏は近年、サルマン王の息子ムハムメド王子が台頭してきたため、昨年、アメリカに移住しました。カショキ氏はワシントン・ポストの寄稿家として、イエメンの戦いや、最近のカナダとの外交上のいさかい、女性の人権活動家の逮捕など、サウジに関する広範な記事を執筆し、モハムメド王子から圧力を受けていました。

王子は王国の人権活動家やビジネスマンらを検挙しています。10月8日、トルコのエルドアン大統領は、サウジに、カショギ氏が領事館を出て行ったという彼らの主張を裏付ける証拠を提出するよう勧告しました。トルコ政府は、領事館の建物内を捜索するための許可を要請しています。


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「重兵器がシリア・イドリブから撤去されつつある」反体制派

2018年10月07日 | 国際
10月8日 シリア北西部イドリブの反体制派グループは、10月6日、トルコ=ロシア協定に従って、重兵器を前線から撤去しはじめたと発表しました。

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自由シリア軍(FSA)と合併した「シリア自由のための国民戦線」のナジ・ムスタファ報道係は、反体制派グループは、ロシアとトルコが非武装地帯を設置することで合意したソチ協定に従って、重兵器の撤去を始めたと、アナドル通信に語りました。

「軽兵器は残す。シリア体制側の攻撃に対する対策として塹壕を掘りつづける。重兵器の撤去はトルコと協力して実行されつつある」と、ムスタファ報道係は言いました。

トルコのエルドアン大統領とロシアのプーチン大統領は、先月、ソチで会談し、シリアの反体制派最後の砦のイドリブに非武装地帯を設置することで合意しました。トルコとロシアは合意の覚書に調印し、イドリブの非武装地帯の“安定”を要請しました。この地帯内では、攻撃行為は明確に禁止されます。この協定の下に、イドリブの反体制派グループは、彼らがすでにいる地域にとどまります。ロシアとトルコは、新たな戦いを防ぐために、地域内の共同パトロールを行います。

シリアは、いまようやく、2011年に始まった惨憺たる紛争から脱しはじめました。2011年、アサド体制は想像を超える残忍さでデモ隊を厳しく取り締まりました。


300年昔の橋が消え失せた

北西部ギュミュシュハネ県で、長さ5メートルのアーチ型の石橋が、1週間内に文字通り消え失せました。村人たちはだれかが分解して盗んだのではないかと疑っています。

 Sabah
300年昔の歴史的な橋が・・・


アルスランジャ村の村人たちは、金曜、バラホル川にかかる300年昔の橋が消え失せているのを見て呆然としました。村人たちは羊を追って高地へ行くとき、この橋を使っていました。村人が最後に橋を見たのは月曜でした。彼らは村長のジョシュクン・ドーアンさんに知らせました。

Sabah
・・・あら、なくなっちゃった


水曜木曜は雨だったが、橋が壊れるような雨ではなかったと、村人たちは村長に話しました。村長と村人たちは、橋があった場所に行き、アーチの両端の橋台だけが残っているのを見ました。川が橋を壊したのだろうと言う者もいましたが、下流の堤にも橋の石はありません。村人たちは、橋が壊れたとしても、川の流れが、組み合わさった石を押し流すほどの力あったとは思えないと結論づけました。

村人たちは地元の憲兵隊に知らせ、憲兵隊は事件の調査を始めました。村人の1人、ビラル・ドーアンさんは、宝探し屋か歴史的美術品の密売屋が橋を盗んだのではないかと疑っています。「村人たちは羊を連れて、この橋を渡っていました。宝物や金めの品を探す連中が橋を壊して持って行ったのでしょう」と、彼はデミルオレンニュースに話しました。

もう1人の村人、ユルマズ・アクユルドゥスさんは、橋といっしょに子供時代の想い出が消え去ったと言いました。黒海地方東部は山々と深い谷の地域で、1年中、雨が降ります。この地方には、ビザンティン時代、セルジュク時代、オスマン時代の歴史的な石橋がたくさんあり、地元民はいまもその橋を使っています。


PKK関連容疑で137人が拘束された

トルコ当局が非合法組織PKKを対象にした2日間の全国的作戦を行い、137人を拘束したと、10月6日、アナドル通信が報じました。

 Hurriyet

13県で行われた作戦は、何十人もの死傷者を出したコバネ抗議集会の4周年に起こるかもしれない攻撃を防ぐために行われたと、内務省が声明で言いました。トルコ、EU,アメリカがテロリスト集団と認定しているPKKは、治安部隊が定期的に手入れを行なっています。

10月4日、南東部で、PKKの即製爆発物による攻撃で、トルコ兵8人が殺害されました。エルドアン大統領は10月6日のテレビ演説で、この攻撃のために、少なくとも800人のテロリストが報復を受けるだろうと言いました。


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仏領アルプスでトルコの登山家の遺体が26年ぶりに発見

2018年10月07日 | 国際
10月7日 フランス・アルプスで行方不明になっていたトルコの登山家ハサン・タルムさんの遺体が、26年ぶりに発見されたと、10月5日、デミルオレン通信が報じました。遺体が身につけていたネックレスで家族が身元確認しました。

 Hurriyet

タルムさんは1992年、21歳のとき、行方不明になりました。今年8月、ある登山家グループが彼の遺体を発見し、イタリア当局がドイツに送り、いま、トルコへの途上にあります。

カイセリ県のサルズ地区に住むタルムさんの家族は、葬儀の準備をしています。タルムさんの従兄アリ・タルムさん(53)は、家族は彼を見つけようと努力をしてきたと語りました。「彼は1992年、ドイツ人の友人とアルプスに登りました。その後、私たちは2人が、頂上へ上る途中で、氷河から滑落したという情報を得ました。それ以来、音沙汰はありません」

このニュースを聞いたハサンさんの父親は、200人の登山家とヘリコプターを雇い、捜索に参加しました。父親は息子を見つけるために、ほとんど全財産を使いました」と、アリ・タルムさんは言いました。

「26年後に、アルプスに登った登山グループが、私の従弟と友人の遺体を発見したという知らせを受けました。彼の遺体は、ドイツ人の友人の遺体とともに、イタリアからドイツに送られました。遺体は氷河の下にあったので、あまり腐敗していなかったそうです。彼が見つかったというニュースを聞いて、私の弟のユスフは、ドイツへ行きました。彼のネックレスで身元が分かったのです」と、アリ・タルムさんは言い、遺体は来週カイセリに帰って来るでしょうと付け加えました。


トルコがギリシャ・キプロスの一方的な行動を非難

トルコは、東地中海でのギリシャ・キプロスの炭化水素の探査に関する一方的な行動を非難しました。

 Hurriyet
ギリシャ・キプロスが一方的に行っている炭化水素の探査活動


ギリシャ・キプロス政府の行動は、島の共同所有者であるトルコ・キプロス国民の天然資源に関する権利を無視していると、トルコ外務省は声明で言いました。「ギリシャ・キプロス政府がトルコ・キプロス人の権利を無視して一方的に定めた、いわゆる許可水域に、国際的な企業を招くことを、わが国は懸念している」

10月3日、ギリシャ・キプロスは、島の天然資源に対するトルコ・キプロス人の権利を無視して、水域を探査する“認可”の入札のために、石油会社を招きました。「ギリシャ・キプロスのこの姿勢は、東地中海の安全と平穏を危うくしかねず、過去半世紀にわたるキプロス交渉がまとまらない、裏のほんとうの理由である」と,トルコ外務省の声明は言っています。

スイスのクランス・モンタナで行われた昨年の会議でも、ギリシャ・キプロスはまたしても、政治的平等をベースにした、トルコ・キプロスとの協力に合意する意志がないことを表明しました。会議は成果がないまま終わりました。

「ギリシャ・キプロスの活動は、国際法からみて、この水域の大陸棚に対するトルコの権利をも侵害している。ギリシャ・キプロスの、いわゆる“許可エリア”は、東地中海のトルコの境界内になる」と、声明文は言っています。ギリシャ・キプロスはトルコ・キプロスの権利を無視し、また、東地中海の大陸棚に対するトルコの権利も侵害しています。

北キプロス・トルコ共和国は、トルコとともに、キプロス島周辺の権利を守るために、天然資源に関する活動を促進します。北キプロス・トルコ共和国とギリシャ・キプロスは、国連の仲介によって何度となく話し合いをくり返してきましたが、再統合問題は未解決のままです。

1974年のギリシャ・キプロのクーデター後、島のトルコ系住民に対する暴力が頻発し、トルコが保障国として介入した1974年以来、キプロス島は分断されたままです。2017年、保障国トルコ、ギリシャ、イギリスの支援でスイスで行われた会議など、近年、断続的に平和へのプロセスは進んでいます。


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