トルコのトピックス

トルコの新しい話題をご紹介しています

「イスラムに偶像崇拝はない」とヘンな男がアタテュルク像を攻撃

2017年07月30日 | 国内
8月1日 先月30日、南東部シャンルウルファ県シヴェレクで、「イスラムに偶像崇拝はない」と言って、地元の男がアタテュルク像を攻撃したと、ドーアンニュースが報じました。

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そんなことしちゃダメでしょう、おじさん


メフメト・マルボラというこの男は、30日の午後、シヴェレクの共和国広場に立つアタテュルク像の台座に上り、木製のカマで銅像を傷つけはじめました。「イスラムに偶像崇拝はない。偶像崇拝を守る連中は預言者(ムハムマド)の子孫か?」と、男は叫んでいたそうです。

周辺の目撃者が事件を警察に通報し、近くの憲兵隊がマルボラを止めました。ターバンのようなものを被っていた男は銅像を離れ、警察がその場で彼を拘束し、審問のために警察署に連行しました。

・・・シャンルウルファ、暑いから、頭おかしい人も出てきますね。


リゾート地のビーチ・クラブでヘンな男が発砲、1人死亡4人負傷

7月30日早朝、南のリゾート地ボドゥルムの、2つのビーチ・クラブの間で、1人の襲撃者が発砲し、1人が死亡、4人が負傷しました。

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ダブルガンを持った襲撃者は、最初、午前3時頃、ギョルテュルクビュキュの「チェリキ・ビーチ・クラブ」に現れ、「セズ・ビーチ・クラブ」はどこかと尋ねたそうです。彼は「チェリキ・ビーチ・クラブ」の隣りの「セス・ビーチ・クラブ」に向かい、2つのクラブの間で、ダブルガンで、やみくもに発砲しました。そのとき、クラブには400人ほどの人々がいました。

アルカン・サイさん、ネシビ・ギュネチさん、ヤシン・カヤさんの3人のスタッフ・メンバーと2人の客が負傷しました。クラブでベルボーイとして働いていたサイさんが病院で亡くなりました。襲撃者は車で現場から逃げました。「チェリキ・ビーチ・クラブ」の会計係ギョクハン・バルジュさんは、「襲撃者の動機は、私たちにはわからない」と言いました。

「私たちのクラブに入ってきた人が、セス・ビーチ・クラブについて尋ねて、出て行って、その後、めちゃくちゃに発砲しはじめました。悪夢のようでした。私たちは襲撃者を知らないし、なんのためにこんなことをしたのかもわかりません」とバルジュさん。2つのビーチ・クラブのスタッフの間で、もめごとがあったという話も、彼は否定しました。

憲兵隊が襲撃の解明のための調査を始めました。

・・・組織的テロリストではなさそう。せっかくリゾート地に活気がもどりかけているのにね。


野党HDPのベシメ・コンジャ議員が、釈放されて出所した

親クルド政党・人民民主党(HDP)のベシメ・コンジャ議員が、7月29日、釈放され、出所しました。彼女はテロの宣伝をしたとして禁固2年半の判決を受けましたが、控訴が認められました。

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南東部バトマン県の第2高等犯罪裁判所は、コンジャ議員の釈放を命じました。彼女は2009年にも、テロ容疑で収監され、2014年、釈放されました。5月29日、コンジャ議員は、テロ組織のメンバーであり、テロを支援したとして、バトマン裁判所から2年半の判決を受け、ふたたび収監されました。彼女の弁護士たちが刑期について控訴し、7月13日、ガジアンテプの裁判所によって、判決は覆されました。

同党の党首フィゲン・ユクセクダー氏とセラハッティン・デミルタシュ氏を含む数人のHDP議員が、11月、逮捕されました。議員らは2016年3月、国会議員の特典を取り上げられ、対テロ法令の下で、検察と向き合いはじめました。


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ジュムフリエト紙のジャーナリストら7人がシリヴリ刑務所から釈放

2017年07月29日 | 国内
7月31日 イスタンブルの地方裁判所が、テロ容疑で裁かれていたジュムフリエト紙のジャーナリストと幹部7人の釈放を命じ、7月28日夜、彼らはイスタンブルのシリヴリ刑務所から釈放されました。

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刑務所を出て、待ち受けた親族と抱き合うジャーナリストたち


ビュレント・ウトゥク氏、ムスタファ・ケマル・ギュンギョル氏、ムサ・カルト氏、ギュライ・テキニョス氏、トゥルハン・ギュナイ氏、オンデル・チェリキ氏、ハカン・カラシニル氏の7人は、刑務所を出たところで、友人や親族、共和人民党(CHP)の議員らに迎えられました。

漫画家ムサ・カルト氏は、釈放後、「私たちは、不法な、根拠のない告訴によって、9か月間刑務所にいた。起訴状はジュムフリエト紙をギュレンのネットワークと結びつけようとしたが、失敗した」と語りました。「私は釈放の瞬間はとても幸せだったが、今日は幸せとは言いがたい。悲しいことに、まだ4人の友人がシリヴリ刑務所にいる。ジャーナリストを刑務所に入れるこの国に、私は信をおけない。4人の友人を刑務所から出し、ともに喜びたい」

CHPのケマル・クルチダルオール党首も、ジャーナリストらの釈放に喜びの声を上げました。「釈放された人の名を聞いて喜んでいる。正義の裁きを待っている他のジャーナリストたちがすぐに釈放されることを、彼らの愛する人々とともに祈っている」と、7月29日、クルチダルオール党首はツイートしました。

イスタンブル第27高等犯罪裁判所は、7月28日、ジュムフリエト紙のジャーナリストと幹部7人の釈放を命じましたが、他の5人、アフメト・シュク氏、カドリ・ギュルセル氏、ムラト・サブンジュ氏、アクン・アタライ氏については釈放を拒否しました。17人のジャーナリストと幹部は、270日の拘留の後、5日間の裁判を受けました。


ギュレン派は新拠点にラテン・アメリカを選んだ

フェトフラー・テロリスト組織(FETO)は、組織を再建するための拠点として、ラテン・アメリカを選んだと、「トルコ協力・共同局(TIKA)コロンビア」のコーディネータのメフメト・オズカン氏が、7月28日、アナドル通信に語りました。未遂クーデターの首謀者と考えられているFETOは、すでにブラジルとアルゼンチンで力を得て、コロンビアに力をのばそうとしていると、オズカン氏は言いました。

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オズカン氏は国際関係論の教授で、アンカラの警察学校の講師もしています。オズカン氏によると、未遂クーデター後、大勢のFETOメンバーがラテン・アメリカに逃亡し、現地で組織再建のための活動を始めているそうです。「再建のための活動は秘密の方法で行われています」とオズカン氏。

FETOのメンバーの何人かは、コロンビアの「国連難民局」(UNHCR)に亡命を申請しているという情報を得ていると、オズカン氏は言っています。「トルコ市民はラテンアメリカ諸国を訪れるのにビザを必要としません。ラテンアメリカ諸国からアメリカを訪れることもできます」

「ある意味で、彼らはラテンアメリカを中継地として使っているのです。それに、南米では、彼らは監視されることがないので、非常に快適に暮らしている。FETOの活動もしやすいでしょう」とオズカン氏は言っています。

FETOと在米説教師フェトフラー・ギュレンは、2016年7月の未遂クーデターの背後にいたとして告発されています。クーデターによって250人が死亡し、2000人が負傷しています。FETOは長きにわたって、トルコの組織、とくに軍部、警察、司法に浸透することによって、国家転覆をはかったとして告発されています。


エルドアン大統領がデフリンピックでのトルコ選手の活躍に祝辞

エルドアン大統領が第23回デフリンピックスで、メダル39個を獲得した「トルコ聾スポーツ協会」に祝辞を贈ったと、7月28日、大統領府が発表しました。

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協会のヤクプ・ユミト・キフティル会長に宛てたメッセージで、エルドアン大統領は、とくに男子バレーボール・チームと男子ハンドボール・チームが、それぞれトーナメント戦で勝利したことを賞賛したと、大統領府は言っています。

第23回デフリンピックは7月18日に、トルコ黒海岸のサムスンで始まり、92か国から3000人のアスリートが参加し、7月30日、終了しました。2017年デフリンピックの公式サイトによると、トルコは金14個、銀6個、銅19個、合計39個のメダルを獲得しました。

「国際聾スポーツ委員会」(ICSD)のヴァレリ・ルクリデフ会長は、トルコが世界的スポーツ・イベントの開催地になってくれたことに感謝しました。「ICSDはトルコに喝采と賛辞を贈ります」


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「ジャーナリストたちは逮捕せずに裁判するべきだ」ギュル前大統領

2017年07月28日 | 国内
月30日 アブドゥラ・ギュル前大統領が、7月28日、ジュムフリエト紙のジャーナリストは、逮捕せずに裁判するのが妥当だろうと言いました。

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お久しぶりです、ギュル前大統領


「私はいつも、ジャーナリストは逮捕せずに裁くのが正当だと言っている。いま私は、ジュムフリエトのジャーナリストたちも逮捕されずに裁かれるのが正当だと考えている。裁判所は自身の信念に従って、判決を出すだろう」と、ギュル前大統領は、イスタンブルのサリエル地区で金曜礼拝をすませた後、記者団に語りました。

ジュムフリエトのジャーナリストと幹部の最初の審問の最後の日の夕刻、判決が発表されると思われます。ジュムフリエト紙のジャーナリストと幹部17人は、この5日間で証言を終えました。


アメリカがトルコに、ジュムフリエト紙ジャーナリストの釈放を勧告

アメリカが、ジュムフリエト紙の幹部とジャーナリスト17人の進行中の裁判に関して、「緊急条例下で恣意的に逮捕されたジャーナリストらが釈放されることを期待する」と発言しました。

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「われわれはトルコ政府に、表現の自由、公正な裁判の保障、司法の独立性、その他、人権と基本的自由を尊重するよう、また、緊急条例下で恣意的に逮捕されたと思われるジャーナリストその他の人々を釈放するよう勧告しつづける」と、アメリカ国務省のヘザー・ナウアート報道官が、7月27日、記者団に語りました。

ナウアート報道官のこの発言は、ジュムフリエト紙のジャーナリストの裁判に関する質問に答えたものです。ジュムフリエト紙のムラト・サブンジュ編集長、アクン・アタライ事業部長、有力なジャーナリスト、カドリ・ギュルセル氏とアフメト・シュク氏、漫画家ムサ・カルト氏は、テロ関連容疑で告訴されました。17人の中12人は、2016年11月以来、塀の中です。裁判所は7月28日、暫定的判決を出すと思われます。


検事がジュムフリエトのジャーナリストら5人の釈放を要求

ジュムフリエト紙の裁判で、検事は、漫画家ムサ・カルト氏、ギュライ・オズ氏、トゥルハン・ギュナイ氏、ケマル・ギュンギョル氏、ビュレント・ウトゥク氏の5人を釈放し、ムラト・サブンジュ編集長、アフメト・シュク氏、アクン・アタライ氏、カドリ・ギュルセル氏は逮捕をつづけるよう要求しました。

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「われわれは全員の釈放を求める」ジュムフリエト裁判委員会のメンバーたち


検事はまた、シュク氏の証言に対して、刑事告訴を要求しました。テロを支援した容疑で告訴された17人のジャーナリストと幹部の証言は、7月28日、終わりました。ムラト・サブンジュ編集長、アフメト・シュク氏、カドリ・ギュルセル氏、漫画家ムサ・カルト氏を含むジュムフリエト紙のジャーナリストと幹部は、270日の拘留後、5日間の証言を終えました。

容疑者の11人は逮捕され、収監され、他の6人はすでに未決で釈放されています。28日朝、「ジュムフリエト裁判委員会」のメンバーたちは集会を開き、ジャーナリスト全員の釈放を求めました。


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トルコ警察がイスタンブルで26人のIS容疑者を拘束

2017年07月28日 | 国内
7月29日 17人の外国籍者を含む、少なくとも26人が、イスラム国(IS)関連容疑で逮捕されたと、7月27日、トルコ警察が発表しました。

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イスタンブル警察の対テロ支部のチームが、シリアに居住していた、ISとの関連ありと見られる個人らを対象に作戦を行いました。トルコ特殊部隊の支援を受けた作戦で、イスタンブルの9地区の住居が手入れを受けました。警察は捜索中、IS関連の多くの書類やデジタル資料を押収しました。容疑者たちは取り調べのため、イスタンブル警察本署に連行されました。

トルコではISのテロで319人が命を落としています。ジハーディストらはトルコ国内で、自爆テロや、ロケット弾や銃による攻撃で、市民をターゲットにしてきました。

2015年10月10日のアンカラ駅の外で起こったテロ攻撃では、自爆者たちは、平和集会を行っていたNGOの人々や、左翼政党の支持者らをターゲットにしました。テロは2015年11月1日の総選挙の3,4週前に起こりました。


「ジュムフリエト紙の対ギュレン報道は無視された」被告コラムニスト

ジュムフリエト紙は、フェトフラー・ギュレンのネットワークの危険性について最初に報道したメディアのひとつだが、その報道は無視されてきたと、ジュムフリエト紙のコラムニスト、ヒクメト・チェティンカヤ氏が、7月27日、法廷で証言しました。

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われわれは正義を望む」という見出しのジュムフリエト紙と「ジャーナリズムは犯罪ではない」というプラカードを掲げたプロテスターたち


ジュムフリエト紙のジャーナリストと幹部のテロ容疑裁判は、4日目になりました。逮捕されずに裁判を受けているチェティンカヤ氏は、証言で「私は51年間ジャーナリストであり、私の最も重要な報道はフェトフラー・ギュレンに関するものだった。しかし、ギュレン派に関する同紙の報道は無視されてきた」と言いました。

「私はこれまで170件も告訴を受け、その多くで私は無罪になり、罰金刑になったケースもあった。私が警察や司法や教育界に浸透しているFETO組織について書いたとき、政府はフェトフラー・ギュレンについてなにも知らなかった。私はアルトゥン・ネシル(黄金の世代)の名で、在米のFETO組織について書いたが、だれも無関心だった。私は国家からサラリーをもらっている連中のイマームの仮面を引っぺがした・・・しかし、政治家たちはいつも、あの組織は無罪だとし、私を偏見の持ち主だとした。私は“ギュレン先生様”に関するレポートで告訴された」と、チャティンカヤ氏は証言しました。


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「ドイツとの喧嘩が早く終わることを願う」トルコ人ビジネスマン

2017年07月28日 | 経済
7月28日 ドイツに住むトルコ人ビジネスマンたちが、トルコとドイツの最近の緊張への懸念を語り、両国の関係の早急な回復を求めています。

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トルコとドイツの関係がこれ以上、悪化して欲しくないと、「独立産業人・ビジネスマン協会」北ライン=ウエストファリア支部の委員会メンバーのオルハン・ビレンさんが、今週、アナドル通信のインタビューで語りました。

ビレンさんは「両国の貿易がこんな厳しい数字になるとは、だれも予想していなかった」と言いました。両国間の貿易量は、2016年、350億ドルに達していました。ドイツはトルコのNO1の輸出パートナーであり、NO2の輸入パートナーでした。「ドイツに住むトルコ人にとって、政治的関係の正常化は非常に重要だ」とビレンさんは言いました。「ドイツの政治家たちの頑固さも、いい加減にして欲しい。そうしたいなら、トルコでやってくれ」

ビレンさんはまた、ドイツで投資したいトルコ人ビジネスマンが増えていると言っています。ケルンで輸入の仕事をしているトルコ人ビジネスマン、メフメト・ジャンバスさんは、近づく選挙で票を稼ぎたいドイツ人政治家たちが、トルコとの関係をぶっこわそうとしていると言っています。「トルコを国内政治の道具に利用しようとしているドイツ人政治家がいる」

「両国の問題がわれわれビジネスマンを悩ませている。われわれにプレッシャーがかかっている。それがわれわれの仕事に悪影響を及ぼしている」とジャンバスさんは言いました。


イスタンブルを豪雨が襲い、火事や鉄砲水が起こった

7月27日の夕方、豪雨がイスタンブルを襲い、市内で火事や鉄砲水を起こしました。

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ハイダルパシャ港では、クレーンがオイルタンカーの上に倒れて爆発し、火事が起こりました。消防隊が駆けつけ、火事は収まりました。豪雨のために、市内の交通はほとんど止まりました。シシリ地区では、共同墓地の塀が崩壊し、怪我人が出たという報道がありました。少なくとも2人が塀の崩壊で負傷したと、NTVが報じました。

キャウトハネ地区でも、雷が商店に落ちて、火事が発生しました。いくつかの地下鉄駅は水が溢れ、空の便も豪雨の影響を受けました。ユーラシア・トンネルも豪雨のため、一時不通になりましたが、2車線トンネルは、その後開通しました。

いくつかのアンダーパスと交差点、地下鉄駅とバス停が封鎖され、何千人もが立ち往生しました。夏雨がイスタンブルをヒットしてから、およそ10日後、この豪雨になりました。


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ジャーナリストのシュク氏が法廷の証言で緊急事態令を非難

2017年07月27日 | 国内
7月27日 テロ容疑で起訴されたジャーナリストの1人アフメト・シュク氏が、7月26日、ジュムフリエト紙のジャーナリストと幹部の裁判で証言し、昨年の未遂クーデター後に出された政府の緊急事態令を非難しました。

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イスタンブル第27高等犯罪裁判所での裁判の第3回審問で、シュク氏は、「この国では真実を語ると沈黙させられる。未遂クーデター後に出された緊急事態令によって、基本的人権が無視されている」と主張しました。シュク氏はさらに、「何千人もの人々がギュレンに関与した容疑で拘束され、5万人もの人が逮捕された。司法の独立性は失われた」と言いました。

シュク氏はFETOが力を得た最大の責任は政府にあると言いました。ジャーナリストのシュク氏とネディム・シェネル氏は、2011年、オダTVのケースで投獄され、刑務所で1年以上過ごしました。シュク氏は裁判を待ちながら、「イマームの軍」と題した本を書きました。この本は警察と司法組織内のギュレンの信奉者たちを描いたものです。2人は結局、2012年3月、釈放されました。

シュク氏は、その後、数件のツイートと、ジュムフリエト紙に寄稿した記事で、テロリスト・グループのメンバーであり、テロリストに助力したとし告発され、2016年12月30日、ふたたび逮捕されました。検事はシュク氏に、非合法組織クルド労働者党(PKK)と非合法組織「革命人民の自由党ーフロント」(DHKP-C)のメンバーであり、テロリストに助力したとして、7年半と15年の禁固を求刑しています。

「この裁判の目的は、ジュムフリエト紙を黙らせ、すべてのジャーナリストに恐怖を与えることにある」と、シュク氏は言っています。


ウシャクで2000年昔の“象徴的墓場”が出土

西部ウシャク県で、道路建設工事中、2000年昔のローマ時代のネクロポリス(墓地)が出土しました。

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ネクロポリスの33の墓には人骨がなかったため、住民が戦争でなくなった親族のために象徴的な墓を造ったのだろうと、当局は考えています。墓はカヤーウル村に近いエリアで見つかりました。博物館は登録をすませた後、文化観光省の許可を得て、墓を開けました。

これまでに3つのタイプの墓が見つかっています。アルコソル墓〈人体の形をした墓)、シンプルな墓、岩を切ってつくられた墓の3種です。「どの墓からも人骨が見つからないのは興味深いことです。私たちは、これらは象徴的な墓と考えています。親族を戦争で失い、遺体が見つからない住民がつくった、象徴的なネクロポリスでしょう。人々はこの墓の前で儀式を行ったと考えられます。墓から副葬品も見つかりました」

地表に近い墓は盗掘犯によって破壊されています。「歴史的、文化的な遺産は、盗掘犯に壊されたら、その価値を失ってしまいます」とウシャク博物館のソイレル副館長は言いました。

ウシャクは考古学の宝庫で、バナス地区の発掘では、旧石器時代に生きていたネアンデルタール人の20万年昔の遺物も出土しています。


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「加盟交渉はEU=トルコ関係のバックボーンだ」EU相

2017年07月26日 | 観光
7月26日 トルコとEUの関係のバックボーンは加盟交渉だと、7月25日、ブリュッセルで行われた会合の後で、オメル・チェレキEU相が言いました。トルコとEU間はこの1か月間、緊張がつづいています。

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左からハーン欧州委員会委員、チャウシュオール・トルコ外相、モゲリーニEU外務政策代表、チェリキ・トルコEU相


ヨハンズ・ハーン欧州委員会委員とフェデリカ・モゲリーニEU外務・安全保障政策上級代表とのハイレベルな政治会談後、チェリキEU相は、トルコとEUは加盟交渉を前進させる努力をするべきだと語りました。「トルコとEUの関係のバックボーンは加盟交渉である。エネルギー、通商、対テロ戦のような分野の関係改善も,加盟交渉をおいて語ることはできない。トルコは隣国であるだけでなく、候補国である。われわれは加盟交渉を前進させるための努力をするべきだ」とチェリキEU相は言いました。

メヴリュト・チャウシュオール外相は、EUとの関係にはいくつかの問題があると認め、さまざまな見解はあるが、対話は継続させるべきだと言いました。外相はまた、昨年の未遂クーデターの後、トルコはEUからじゅうぶんな支持を受けなかったとも言いました。

「わが国はテロ組織と戦っている。わが国は法の範囲内でテロ組織と戦い、誤りがあれば、正している。緊急事態令も欧州人権会議の意向に沿って改善された」と、チャウシュオール外相は言いました。外相はまた、「トルコ政府はドイツとの問題を解決するための努力もしている。近い将来、関係は改善されると思う」と付言しました。


宗教庁のトップが“宗教を利用する”ギュレン派を非難


宗教庁長官メフメト・ギョルメズ師が、フェトフラー・テロリスト組織(FETO)を、社会的な運動を率いるためにイスラムを利用したとして非難し、FETOに関する報告書を完成させたと言いました。

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「宗教高等評議会は、FETOのスピーチや書籍、雑誌を調査し、FETOの潜入計画の背景を明らかにした。FETOは宗教を利用する運動である。われわれは未来のために過去から学ぶことができるだろう。われわれは報告書によって、FETOの思想の背景を明白にした」と、7月26日、ギョルメズ師は言い、FETOに関する宗教庁の報告書を紹介しました。

トルコ語で出版された80冊の本と、在米説教師フェトフラー・ギュレンの4万分におよぶ長いスピーチを研究したこの報告書には「自らが語るFETO:宗教の組織的利用」という題名がつけられています。「私を含む、すべての宗教学者は、暗黒の組織の汚い計画に対して、信者の心をめざめさせる義務がある。クアランの真の教義、伝統ある、健全な宗教を、学識と強いことばで想起させることが、宗教学者の最大の務めである」と、ギョルメズ師は言いました。


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市の女性作業員が墓場でダンスして解雇された

2017年07月25日 | 国内
7月26日 黒海地方のゾングルダクで、共同墓地の管理を担当していた、市の女性作業員2人が、墓地でダンスしている姿をソシアルメディアで流されて解雇されました。

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2人の女性はゾングルダクのエレーリ地区で、6か月間、雇われていました。市営墓地の清掃をしながら踊っていた女たちのビデオは議論を呼びました。エレーリ区はこの事件に関して声明文を出し、2人を解雇したと発表しました。

「ビデオの女性作業員たちは、エレーリ区が6か月間雇った臨時作業員です。市営墓地の管理を担当していた2人の身上は、エレーリ区の制度に合致しないので、2人との契約は解消しました」と声明文は言っています。

・・・トルコ人、ダンス好きですからね。でも、お墓場で踊っちゃいけません。


「トルコに報道の自由はない」最大野党CHP党首

最大野党・共和人民党(CHP)のケマル・クルチダルオール党首が、現在行われているジュムフリエト紙のジャーナリストと幹部17人の裁判に言及し、トルコには報道の自由はないと言いました。

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「109年前に“報道の自由の日”が定められ、メディアに対する検閲は解除されたはずだ。しかるに、ジュムフリエトのジャーナリストたちは、この日を祝うことができなかった。この日、ジュムフリエト紙に対する裁判の最初の審問が行われた。トルコ共和国と同年であるジュムフリエト紙には祝日はなかった。トルコに報道の自由はない」と、クルチュダルオール党首は、「報道の自由の日」の109周年記念日の25日、国会のグループ集会で語りました。

ジュムフリエト紙のムラト・サブンジュ編集長、アフメト・シュク氏、カドリ・ギュルセル氏、漫画家ムサ・カルト氏ら、ジュムフリエト紙の17人の幹部とジャーナリストは、24日、初めて法廷に現れました。ギュルセル氏、サブンジュ編集長、カルト氏を含む17人のうち11人は、2016年10月から、シュク氏は2016年12月から拘留され、抗弁のときを待っています。

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324頁におよぶ起訴状は、ジュムフリエト紙は在米説教師フェトフラー・ギュレンのネットワークに、事実上、乗っ取られていると主張しています。フェトフラー・ギュレンは2016年7月15日の未遂クーデターの背後にいたと考えられています。

「FETO(フェトフラー・テロリスト組織)のようなテロ組織と戦ってきた新聞が、FETOに関与していたとして告発され、その記者たちが投獄されている。まったく筋の通らない話だ」とクルチダルオール党首は言っています。

クルチダルオール党首はまた、ジャーナリストたちに対する検事の起訴状を批判し、最初の起訴状は、いまFETOのメンバーとして投獄されている、ある検事が作成したものだ言いました。「カドリ・ギュルセル氏は審問で、子供を抱きしめたいと言ったが、彼らはそれを許さなかった。アフメト・シュク氏も、自分の宝物である娘を抱きしめたいと言って拒否された」

審問は今週末までつづくでしょう。検事たちはジャーナリストたちに、テロの罪で判決を下そうとしています。また、シュク氏は、非合法組織クルド労働者党(PKK)と非合法組織「革命人民の党・フロント」(DHKP-C)を支援し、そのメンバーでもあったとして、7年半から43年の禁固を求められています。


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エルドアン大統領がイスタンブルのシナゴーグ攻撃を非難した

2017年07月24日 | 国内
7月23日 エルドアン大統領が超国家主義者グループによるネヴェ・シャローム・シナゴーグ攻撃を厳しく非難しました。

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シナゴーグの前に集まって“抗議”するウルトラナショナリストたち


右翼グループは、これはアルアクサ・モスクに対する規制への抗議だと主張しています。7月23日、サウジアラビアへ出発するエルドアン大統領は、イスタンブルのアタテュルク空港での記者会見で、エルサレムでの人権侵害は、ムスリムに対するものではないだろうと言いました。

「われわれは何百年にもわたって、すべての宗教、とくにユダヤ教と平和的に共存してきた。エルサレムの人権侵害はムスリムに対するものではないはずだ。抗議は法の範囲内で行われなければならない」と大統領は言いました。大統領は信仰の自由の重要性も力説しました。

「他の宗教を信じる人々の信仰の自由と信仰の場を傷つけることは、われわれの社会では許されない。この考えをベースにして、われわれはエルサレムの緊張が緩和され、アルアクサ・モスク周辺にふたたび平和がもどってくるよう努力している」と大統領は言いました。

右翼国家主義「大連合党」(BBP)とつながる超国家主義青年組織が、7月20日、ネヴェ・シャローム・シナゴーグの前に集まり、建物を蹴ったり、石を投げたりしました。

エルサレエムのアルアクサ・モスクの入口に金属探知機が設置されたことで、パレスティナ人の間に怒りがひろがりました。パレスティナ人はすぐにその機器の撤去を要求しました。

ユルドゥルム首相もシナゴーグへの抗議を批判し、抑制を呼びかけました。「われわれは、宗教、セクト、言語、民族を差別せず、これを豊かさと見なしてきた文明の継承者である。従って、われわれは、ユダヤ人市民の信仰に反対する行動を認めない。わが市民に自制心を求めたい」と首相はツイッターに書き込みました。


トルコ南東部でPKKが村人を殺害

非合法組織クルド労働者党(PKK)戦闘員が、7月23日朝、南東部ハッカリ県で村人を誘拐し、殺害したと、アナドル通信が報じました。

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サミ・チフトチさんは、ハッカリのシェムディン地区のチャクルジャ村の自宅からさらわれたということです。PKK戦闘員らはその後、彼の家からずっと離れたギュヴェンリに彼を連れて行き、射殺したそうです。事件の捜査は始まっています。

軍のソースによると、南東部ディヤルバクル県の対PKK作戦は、7月23日朝、終了しました。作戦で120トンのアンモニウム硝酸カリが押収され、PKKが使っていたシェルターが破壊されました。手榴弾5個、マリハナ205キロ、大麻の根2万3000個も押収されました。


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水道管工事後、舗石をもとにもどさない市に、商店主が抗議

2017年07月23日 | 国内
7月23日 黒海地方のゾングルダクで、店の前の舗装道路の石を取り除かれたことに怒った商店主が、市に抗議して墓石を建てたと、ドーアンニュースが報じました。

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ゾングルダク市は、7月19日、フェジパシャ通りの、コルハン・カイハンさん(38)の店の前で、破裂した水道管を修理するため、舗石を除去しましたが、修理後、作業員たちは舗石をもとにもどさずに帰ってしまいました。 

カイハンさんは市に抗議するため、取り除かれた舗石を並べてフェンスをつくり、墓石を建てました。墓石にはイスラムの祈りのことばが書かれています。カイハンさんは市が“賢明に対処”してくれることを望んでいると言いました。

「水道管作業後、市の作業員は取り除いた舗石をもとにもどさなかった。だから、私はその場所をフェンスでかこみ、“市のサービス”を墓に埋葬したのです」と、彼は言いました。「店に来るお客さんも墓石を見て驚いています。私の目的は市にさっさと対処してもらうことです。私たちは市が舗石をもとにもどしに来るのを3日間待ちましたが、まだなおしに来ません」とカイハンさんは言っています。


拘束された人権活動家2人が釈放されたが、すぐまた逮捕された

イスタンブルで拘束された2人の人権活動家が釈放されましたが、すぐまた逮捕されました。

 Hurriyet

ナラン・エルケムさんとイルクヌル・ウステュンさんは、今月初め拘束され、司法監督の条件で釈放されましたが、22日、また逮捕されました。「市民会議」のエルケムさんと「女性連合」のウステュンさんは、今月初め、イスタンブルの島ビュユクアダで行われた人権活動家の研究会中、警察の手入れによって、8人の活動家とともに拘束されました。

7月18日、トルコの裁判所は、「アムネスティ・インタナショナル」のイディル・エセル・トルコ支部長を含む6人の人権活動家に対して、“テロリスト組織を支援した”として逮捕を命じました。他の4人は司法監督の条件で釈放されました。エルケムさんは7月21日、イスタンブルの自宅で拘束され、ウステュンさんは22日、アンカラの自宅で拘束されたと、アムネスティは言っています。

「アムネスティ・インタナショナル」のジョン・ダルヒュイセン・ヨロッパ支部長は、今回の拘束命令は“冷酷で、逆行した処置”だと言い、トルコ当局はますますわけがわからなくなったと批判しました。「トルコは市民社会の活動家と犯罪者との見境もない看守になってしまった」と、彼は言っています。

最初に拘束された10人の中の8人はトルコ人活動家です。他の2人はドイツ人とスエーデン人で、彼らはデジタル情報研究会のリーダーでした。アムネスティは、「スエーデン人はITの戦略的コンサルタントで、ドイツ人は非暴力と福祉のトレーナー」だと言っています。先月には、「アムネスティ・インタナショナル・トルコ」のタネル・クルチ議長が、在米説教師フェトフラー・ギュレンと関係があったという容疑で逮捕されました。


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