トルコのトピックス

トルコの新しい話題をご紹介しています

トルコは雪の新年を迎える

2014年12月31日 | 国内
12月31日 トルコの西部・中部は30日、大雪に見舞われ、交通にも影響が出ています。気象庁は、イスタンブル、テキルダー、ボル、ブルサ、バルケシル、チャナッカレ、カスタモヌ、イズミル、エスキシェヒルなどの諸県に、降雪によるトラブルに注意するよう警告を出しています。

 Hurriyet

道路が封鎖された村も出ています。休校になった学校も。イスタンブル市は392人のホームレスの人々を積雪や寒さから保護するため、ゼイティンブルヌ地区のスポーツ施設に収容しました。トルコ航空はイスタンブルとアンカラ発のガジアンテプ行きフライトを欠航にしました。

1月2日は公務員の公休日になっているので、元旦と土日と合わせて4日間の連休になりました。イスタンブル県庁は、12月31日、ショッピングモールや交通センター、祝賀イベントが催される広場などの安全対策を強化すと発表しました。


「エルドアン大統領はワンマン支配を志向している」最大野党CHP

エルドアン大統領はこのほど、閣僚会議の議長を、首相に代わって自分が務めることを決めましたが、最大野党・共和人民党(CHP)のハルク・コチ副議長がこれを批判し、これはダヴトオール首相が自分の職分をじゅうぶんに果たしていない結果だと言いました。

 Hurriyet

「これはエルドアン大統領が首相の職務と権威を奪う手始めのプロセスです。今後、これが恒例になっていくのでしょう」と、CHPのスポークスマンであるコチ副議長は、30日に語りました。「これが彼の筋書きです。彼は“首相大統領”というポジションを捏造しようとしているのです」

「現政権・公正発展党(AKP)は国家の党になり、党の幹部たちはパワーゲームに熱中しています」とコチ副議長は言い、ダヴトオール首相に、自分が首相であることを重く考え、リモコン首相をやめるよう要請しました。「いま、あなたは無能な人です。名前だけの首相です。あなたは影響力も職務もない。それらを奪われてしまっています」

コチ副議長は、エルドアン首相の今度の決定は憲法に違反していると言っています。「選ばれた首相の権威を奪えと憲法は言っているか? 正義とメディアの自由を奪えと憲法は言っているか? 大統領は憲法を守っていない。無視している」


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イスタンブルに嵐。飛行機やフェリーに欠航も

2014年12月30日 | 国内
12月30日 29日、マルマラ地方を強風と豪雨が直撃、イスタンブル発の空の便とフェリーに欠航が出ました。気象庁はマルマラ、黒海、地中海、アナトリア中部の各地方の市民に警報を出しました。

 Hurriyet

イスタンブルのシーバスと高速フェリー(IDO)は、29日の朝、ロドス(南西からの風)による悪天候のため、市内外のフェリー12便が欠航になると発表しました。ブルサ市のシーバス(BUDO)もイスタンブル=ブルサ間の便を欠航にしました。

イスタンブル・カドキョイのソーウトリュチェシメ界隈で、歩道橋の金属製の手すりが風で飛んで飛び、走行中の車に当たって、運転していた女性が怪我をしました。イスタンブルの東部ペンデイクの沖合で、貨物船が座礁しました。バクルキョイ近くの海岸通りでは、高さ10メートルの木が倒れ、走行中のサービスバスが損傷を受けました。

トルコ航空では、イスタンブルのアタテュルク空港発のアンカラ行き、アンタルヤ行き、ブダペスト行き、ザグレブ行き、テルアビブ行きの便が強風のため欠航になりました。


「トルコはISILへの武器密輸のルートになっている」国連報告書

トルコは、イスラム国(ISIL)やアルヌスラに密輸される武器の主要なルートになっているという報告書を国連が発表しました。

 Hurriyet
 
手前はシャンルウルファ県スルチの町のトルコ軍。国境を越えて、シリアのコバネに近い丘の上に立つISILの旗と、そのそばに立つISILの戦闘員が見える。


「ジハーディストの武器のほとんどは、イラクやシリア・アラブ共和国の軍から奪ったものか、トルコを通るルートによって密輸されたものだ」と、国連アルカイーダ制裁委員会が国連の報告書に書いています。

ヨーロッパ諸国は国境対策を強化するようトルコに圧力をかけています。トルコ=シリア国境は、密輸オイルや武器から、シリアの戦闘に参加する外国人ジハーディストまでの主要なルートになっていると言われてきました。トルコは国境対策をおろそかにしていることを否定、国境を厳しく監視していると主張しています。


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カッパドキア最大の地下都市が新たに発見された

2014年12月29日 | 国内
12月29日 2014年はまもなく終わりますが、ネヴシェヒル県で発見されたこの地下都市は、今年最大の考古学上の発見となるでしょう。

 Hurriyet

この地下都市は、政府の住宅開発局(TOKI)の都市変革プロジェクトによって発見されました。ネヴシェヒル城塞の内部や周辺にあった約1500の建物が壊され、新しい建物を建てるための地ならしが始まったとき、この地下都市が見つかったのです。

TOKIのメフメト・エルギュン・トゥラン局長は、このエリアは考古学的地区として保護されると発表しました。「これは今まで知られていなかった地下都市です。トンネルは7キロに達するだろうと思われます。地下都市の発見で、TOKIは建設計画を中止しました」

地下都市は5000年昔のものと思われ、ネヴシェヒル城塞の麓に位置します。TOKIはすでに、この建設プロジェクトに9000万リラを費やしていますが、世界最大の地下都市の発見は損失以上の価値があります。

ネヴシェヒル市のハサン・ユンヴェル市長は、ネヴシェヒルの各所にある他の地下都市は、この新しい地下都市の“厨房”のようなものと言いました。

「発見された地下都市は、都市変革プロジェクトの総面積75ヘクタールの中の45ヘクタールを占めています。われわれは2012年にこの建設プロジェクトを始めて、これまでに44個の歴史的遺物を発見して、保管に送っています。地下都市は地ならしを始めたとき、発見されました。最初の地下道は2013年に発見され、文化・自然遺産保護委員会に申請し、この地区は公的に登録されました」とユンヴェる知事は言っています。

新しく発見された地下都市は、すでに発見されているネヴシェヒルの他の地下都市の中でも最大のものでしょう。

・・・大ニュースですね。最大の地下都市が今頃、発見だなんて!


ユダヤ人たちが“安全を考慮してトルコを去る”

 ユダヤ系トルコ人の有名なビジネスマン、モリス・ガバイさんが、イスタンブル・ベースのユダヤ人新聞「シャロム」に寄稿したコラムによると、多くのトルコのユダヤ人たちが、脅迫や攻撃が増えてきたため、トルコを去って行くということです。

 Hurriyet


「私たちは毎日、脅迫と攻撃と嫌がらせに会っています。望みは消えていきます。政府も、野党も、市民社会も、隣人たちも、司法も、これを直視する必要があります」と、ガバイさんは、12月10日の同紙に、2007年のアルメニア系トルコ人ジャーナリスト、フラント・ディンク殺人事件になぞらえて書いています。

トルコのユダヤ人たちは、危険と抑圧を感じて、海外移住を計画している人が増えていると、ガバイさんは言っています。「トルコのユダヤ人社会の高卒者の37%は、海外の大学に行くことを選んでいる・・・この数は、今年は昨年の2倍になった」と、彼はコラムで書いています。ガバイさんによると、学生だけでなく、若いビジネスマンたちも一家をあげて海外移住を考えているということです。

イスラエルとトルコの外交上の対立に応えて、イスタンブルのベイオール地区のネヴェ・シャロム・シナゴーグを博物館にすべきだという声もあがっています。超国粋主義の大連合党(BBP)はシナゴーグにデモを行いました。このシナゴーグは1986年、1992年、2003年の3回、爆破攻撃を受けています。


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「トルコのメディアは世界一自由だ」エルドアン大統領

2014年12月28日 | 国際
12月28日 トルコのプレスは世界一自由だと、12月26日、エルドアン大統領は言い、現政権下でメディアの自由が侵されているという批判に反論しました。最近、大統領の大敵、アメリカ在住のイスラム学者フェトフラー・ギュレンとつながる新聞社に警察の手入れがありましたが(12月16日、19日の頁参照)、これに対しEUが激しい批判の声を上げています。

 Hurriyet

「トルコよりメディアの自由な国は世界にありません。私は確信を持って言います」と、大統領はアンカラの会議でスピーチしました。「トルコのメディアは極めて自由です。侮辱も、名誉棄損も、中傷も、人種差別も、ヘイト・クライム(憎悪犯罪)もなんでもありです。私も、私の家族も、個人的にこれを体験しています」

ジャーナリスト保護のための国際委員会によると、2012年、2013年、収監ジャーナリスト数で、トルコはイランや中国をおさえて、トップでしたが、今年は10位になり状況は改善されています。

エルドアン大統領は、あの収賄事件はギュレンのでっち上げだとして、彼を非難しています。収賄事件では閣僚からエルドアン大統領(当時は首相)の息子まで関与しているとして取り調べを受けました。

大統領は今回のメディアへの手入れを批判するEUを厳しく攻撃しました。「われわれはEUのスケープゴートにされた。わが国はヨーロッパに批判されるような国ではない。古いトルコはもう存在していない」とエルドアン大統領はあくまで強気です。


アナトリア最古の、人間がつくった道具発見

西部マニサ県クラ地区で、科学者たちが、アナトリア最古の,人間がつくった道具を発見しました。120万年昔のものと思われる、石英化した石のカッターです。

 Hurriyet

2001年からクラで行われている地形学的・地質学的研究と調査によって、ヨーロッパ人はアナトリアから移民したことが明らかになりました。この研究と調査はイギリスとオランダの学者と、ハラン大学のトゥンジェル・デミル教授らが行ってきました。

国際的な研究グループが発見したこの道具は、石英化していましたが、調査を進めると、124万年~117万年昔に住んでいた人々がつくったものであることがわかりました。

「この道具の重要性は、つくられた時代です。道具は長さ5センチの石英化した石でつくられています。道具の形や痕跡から、科学者たちは人間が使用していたものであることを明らかにしました。これはアナトリアの人々がつくり、使った最古の道具です」とデミル教授は言っています。


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ドラキュラの城の秘密のトンネルが観光にオープンされる

2014年12月26日 | 国内
12月26日 北部トカトの城は、全国でも2番目に大きい城ですが、城の修復中に見つかった秘密のトンネルが近く観光にオープンされることになりました。ジェイランヨルと呼ばれるこのトンネルは、ローマの王女たちが、市の中心にあった浴場に行くために使っていたと言われています。

 Hurriyet
 
ドラキュラ伯爵が囚われていた場所として有名になったトカト城。秘密のトンネルを観光にオープンする準備中です。


城の修復作業は、2009年、トカト県の文化観光局によって始められ、2010年にほぼ完成しました。3人の考古学者によって行われた修復過程で、軍事用のシェルターや2つの地下牢のほか、市の中心にある浴場に通じる秘密のトンネルが発見されました。

ドラキュラとして知られるワラキア公ヴラド3世“串刺し公”は、15世紀初め、この城の地下牢のひとつに囚われていたといわれます。しかし、多くの歴史家は、彼が囚われていたのはルーマニアだったと言っています。また、彼が虜囚の身であった期間は1462年から1474年と言われますが、その期間も多説あります。

350メートルのトンネル
城の秘密のトンネルを観光にオープンするための整備は最近始まりました。トンネルの入口の土石を除去するために、運搬車の線路が設けられました。

県の文化観光局のアブドゥラマン・アクユズ局長は、この城の重要性を力説し、「この城はオスマン時代は牢獄として使われ、多くの有名人物が入れられていました」と言っています。「ドラキュラも城の囚人でした。こんな峻厳な城が市中にあるのは、全国的にも稀です。トンネルは300~350メートルで、市中の浴場につづいていました。この城は観光にも大きな可能性があるでしょう」


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ローマ人の集会場アゴラがついに日の目を見る

2014年12月24日 | 文化
12月23日 イズミルの古代都市発掘で、ローマ帝国が議会を行っていたスミルナの集会場(アゴラ)の全貌が明らかになってきました。古代都市スミルナの発掘は、ドクズエイリュル大学考古学部の発掘チームがつづけてきました。アゴラは5年後には完全に姿を現すだろうということです。

 Hurriyet

発掘チームはいま、ブレウテリオンと呼ばれる市議会場の建物を掘っています。これまでに、ポディウム(基壇。石造りの高い土台)、演説台、座席は修復され、保護されています。AD2世紀、政治決議が行われた会議場は、400人くらいの議員が集まるのにじゅうぶんな広さがありました。

アゴラの土地の接収は1997年に始まり、2005年に整備が行われました。土地の接収のために、市当局は約2700万リラを費やしたそうです。

スミルナのアゴラはヘレニズム時代、古代イズミルで最も高い丘、パゴスの丘の麓に建てられました。アゴラは古代都市の商業、司法、政治の中心でした。スミルナはAD178年に地震で破壊されましたが、ローマ時代に再建され、ビザンティン時代まで都市でありつづけました。

この歴史的アゴラはいま、「文化・自然遺産保護イズミル委員会」に認可された「スミルナ・アゴラ古代都市安全壁」プロジェクトによって、トルコ第3の都市イズミルの人通りの多いイキチェシメリク通りのそばで安全に守られています。


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ボスフォラス第3橋は2015年10月にオープンする

2014年12月23日 | 国内
12月22日 リュトフィ・エルヴァン運輸・海事・コミュニケーション相が、月曜、建設中のボスフォラスの第3橋は、2015年10月にオープンするだろうと言いました。

 Sabah

「第3橋の塔は高さ312メートルに達しました。完成にはあと10メートルです。われわれは、トルコ共和国86周年になる2015年10月29日に、橋のオープニングを行うことを目標にしています」と、エルヴァン運輸相はアナドルニュースに語りました。第3橋はヤウズ・スルタン・セリム橋とも呼ばれます。

イスタンブルの第3空港に対するヨーロッパのメディアの反対に対して、エルヴァン運輸相は、「政府にとって重要なのは、わが国民の意志と要求です。第3空港や第3橋のような交通インフラは、わが国民が最も望んでいるものです・・・だれにもこれらの建設を阻止させません」と言いました。

今年6月に建設が始まったイスタンブル第3空港は、2018年にオープンすると、ヨーロッパ最大の空のハブとなります。トルコの中東工科大学の2010年の予想によると、イスタンブル空港の商業航空交通量は、20年以内に100万機を超え、毎年、1億1800万人の乗客が乗降することになるでしょう。

エルヴァン運輸相は将来の交通プロジェクトも発表し、「政府はダーダネルズ海峡を渡る鉄道建設も計画している」と言いました。2015年末までに、アゼルバイジャン=グルジア=トルコを結ぶバクー=トビリシ=カルス鉄道路線プロジェクトを開始したいと、運輸相は言っています。


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シリアの町コバネから新たに難民20万人を受け入れた

2014年12月22日 | 国際
12月21日 12月20日の公的発表によると、シリアの町コバネで起こった戦闘のために、新たな難民約20万人がトルコに押し寄せました。首相府災害・緊急管理局(AFAD)は、コバネの戦闘が始まった19日から現在までに、19万2417人の人々と3072台の車がトルコに入国したと発表しました。

 Hurriyet
 
フェンス越しに外を眺めるクルド人難民の子
 

コバネに近いトルコの町スルの市内や周辺では、他所から応援に来た職員たち1573人が、難民に食料を配り、シェルターを割り振り、保健と治安にも対処する任務に就いています。AFADの話では、毎日、平均7万食の食事が難民に配給されているそうです。

援助金額は2700万リラ以上に
2012年8月以来、支援物資を積んだ201万2819台のトルコの車が、シャンルウルファ県のムルシトピナルの国境を通って、コバネへ食料を運んできました。支援物資の価格は2700リラ(1160万ドル)以上に達したと、AFADは言っています。

コバネで負傷した2万7850人が、スルチ国立病院で手当てを受けました。病院で6万人のシリアから来た子供がワクチン注射を受け、105人の妊婦が処置を受けました。じゅうぶんな数の電気ヒーターと5000張りのテントが、難民のためにAFADからシャンルウルファに送られました。


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フェトフラー・ギュレンに逮捕状

2014年12月20日 | 国内
12月20日 トルコ裁判所はアメリカ在住のイスラム学者フェトフラー・ギュレンに逮捕状を出しました。ギュレンは、エルドアン大統領のかつての盟友、いまは大敵です。

 Hurriyet

イスタンブル検察は、12月18日、第1平和犯罪裁判所に送った請求書に、ギュレンを“ヒズメット運動”として一般に知られる犯罪組織のリーダーであり、この運動はメディア、経済界、官界で法律に違反していると記載しています。

ハサン・ユルマズ検事は、ギュレン・コミュニティの活動を調査し、彼が犯罪を犯している具体的な証拠がじゅうぶんに集まったと力説して、逮捕状を請求しています。アナドルニュースによると、ギュレンは1998年以来、外国にいるため、検察は彼と接触して調査できなかったということです。

12月19日、裁判所が受け取った請求書では、ギュレンは3つの点で検察に告発されています。1)テロ組織を結成・管理した。10~15年の禁固刑。2)ある犠牲者を中傷によって不当に告発した。3~7年の禁固刑。3)力、脅迫、欺瞞によって、ある人物の自由を奪った。2~7年の禁固刑。国営TV局TRTニュースは、以前、イスタンブル裁判所がギュレンに逮捕状を出したという話を否定していました。

12月14日の警察の手入れで、サマンヨル・メディア・グループのヒダイエト・カラジャ代表は、Zaman 新聞のエクレム・ドゥマンル編集長とともに逮捕されましたが、ドゥマンル編集長は12月19日、裁判所に釈放されました。サマンヨル局とZaman 新聞はギュレンとリンクしています。

エルドアン大統領はくり返しギュレンを告発しています。彼の信奉者たちは、2013年12月、政府を転覆させる“クーデターの試み”として、収賄捜査を行った警察と司法の重要な地位にいたと考えられています。


アンカラで教職員組合のデモを警察が排除。100人拘束

教職員組合の呼びかけで、20日朝、アンカラのタンドーアン広場にプロテスターが集まり、“世俗教育の尊重”を要求しました。

 Hurriyet

グループがクズライに向かって行進しようとしたとき、警察は水砲と催涙ガスを使って、デモ隊を排除しました。教職員組合アンタルヤ支部のメフメト・バルク支部長は、警察署に拘留されて取り調べを受けましたが、警察は予告なしに拘束したと言っています。

「私たちは朝10時半頃、アンタルヤから2台のバスでタンドーアン広場に到着しました。警察は予告なしにTOMA(水砲を備えた装甲車)と催涙ガスで攻撃してきました。水をかけられました。子供も年配者もいました」とバルクさんは言いました。「私たちは教師と公務員の権利のために立ち上がったのですが、警察に予告なしに攻撃されるとは・・・」


アルンチ副首相がメディア関係者の逮捕に反対の意を表明

ビュレント・アルンチ副首相は、週末の手入れで、アメリカ在住のイスラム学者フェトフラー・ギュレンにつながるジャーナリストやテレビ関係者が拘留されたことに反論を唱えました。

 Hurriyet

「たとえ1日でも、個人の自由を奪うのは正しくない」と副首相は12月19日、記者団に語りました。「私は検察がどんな証拠をつかんだのかも、それがどんなに重要なものかどうかも知りませんが、逮捕はめったにするべきではないと思う」

「逮捕せずに裁判をするほうが妥当だと、私は思う」とアルンチ副首相は言っています。ザマン紙のエクレム・ドゥマンル編集長とサマンヨルTVのヒダイエト・カラジャ局長は、イスタンブルの判事の審問を受け、拘留されるか否かが決まるでしょう。


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がんばるシリア難民ミュージシャンたち

2014年12月19日 | 国内
12月19日 内戦によって故国から周辺諸国に逃れたシリア人たちは、なんとかして生活の資を得ようと苦闘しています。アルハラビさん(43)とカリルさん(51)は、イスタンブルの中心イスティクラル通りで演奏しているストリート・バンドの1員です。

 Sabah

かつて音楽教師だった彼らにとって、いま、生きるための手段は街頭で演奏することしかないのです。「イスタンブルでは仕事は見つけられなかった。生活費はかかるし、なんとかしないわけにはいきません」とアルハラビさんは言いました。シリアでは固定給を得て、快適な暮らしをしていた彼は、トルコへ来て、生活は180度変わりました。「でも、働かなければ、生きていけません」

アルハラビさんは15年間、カリルさんは20年間、シリアで音楽教師をしてきました。2人はシリアのスターと大舞台に立っていました。カリルさんはシリアの音楽界では知られた作曲家です。

彼らのグループの名は“Donsek”、昔のシリアク語のダマスカスです。タクシムの街頭ミュージシャンの中ではトップ級の人気ですが、ファンが声援を送ると、たちまち警官が現れて追い払われます。グループは街頭で演奏する許可を得ようと努力しましたが、警官は相手にしません。「しかし、これが4家族を支える唯一の収入の道」だと、彼は言います。

4人のミュージシャンは雨の日も風の日も、毎日9時間、街頭で歌い、演奏しています。イスタンブルから2時間の場所に住むアルハラビさんは、家とタクシム往復の時間がかかって、子供の顔を見る時間もほとんどありません。

しかし、彼らはシリアの未来に希望を持っています。いつの日か故国に帰れる日が来ると信じています。「暴力は終わるでしょう。でも、音楽は生きつづけるでしょう」とカリルさんは言いました。


メディアの手入れで12人が拘束、法廷に送られた

アメリカ在住のイスラム学者フェトフラー・ギュレンの運動と関係しているメディア・グループの手入れで、12月14日、2人の編集長を含む12人が警察で証言した後、法廷に送られました。Zaman 紙のエクレム・ドゥマンル編集長とサマンヨル・メディア・グループのヒダイエト・カラジャ代表の2人です。

 Hurriyet

12人の容疑者は、テロリスト組織のメンバーであり、他人の名誉を棄損し、自由を剥奪した容疑で法廷に送られたということです。また、シールト警察のムトゥル・エキゾール元署長と警官1名は、検察に釈放されました。手入れで拘束された他の12人の容疑者も釈放されました。

警察署でのドゥマンル編集長の証言は7時間に及びました。フズリ・アイドードゥ検事は彼にギュレンについて質問しました。編集長は、自分はギュレンの本や思想の信奉者だが、新聞に特定の記事を載せるようギュレンから命令を受けてはいないと答えたそうです。

「ギュレンはZaman 新聞の経営者の肩書は持っていない。金曜にコラムを書いているだけ」だとドゥマンル編集長は言い、ギュレンが新聞の方針に介入しているという主張を否定しました。彼は無罪を訴え、自分はいかなる組織にも属していないと言いました。

容疑者たちを支持する多くの群衆が、イスタンブルのチャーラヤン裁判所の前に集まりました。コーランを読む人も、プレスの自由を訴えるプラカードや国旗を掲げた人もいました。


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