トルコのトピックス

トルコの新しい話題をご紹介しています

歴史的な城の落書きが消された

2016年01月31日 | 文化
2月1日 黒海岸バルトゥン県の有名なアマスラ城の城壁は、心ない人々によるスプレイの落書きで汚れていましたが、ツーリストと地元民の双方から憤慨の声があがり、このほど低圧砂吹き機で消去されました。

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アマスラ城はバルトゥン県で最も重要な文化財のひとつであり、2013年、ユネスコの暫定リストに入りました。地元行政の話では、ボズテペ地区とジンダン地区をかこむ古い城壁の落書きは、ほとんどが人名か、恋人に贈ることばと日付、ハートマークで、著しい“視覚的汚染”になっていました。ボズテペの村長ヒュセイン・ギョクテペさんは、ツーリストが落書きを見て憤慨していると言いました。

清浄作業はバルトゥン博物館と、アマスラの知事オフィス、アマスラ市の協力で行われました。アマスラ城はローマ時代に建てられ、城壁はビザンティン時代に築かれました。城は細い半島にありますが、城の下を通っているトンネルが貯水池に水を運んでいます。


シリアのテュルクメンがロシアとアサドの攻撃を逃れてトルコに逃げてきた

シリアのテュルクメンの村々で、ロシアとアルアサドの連合軍の砲撃がつづいています。1月29~30日、子供、女性、年配者を主とするテュルクメン1635人が、シリアからトルコに逃げ込んできました。

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トルコ首相府の災害・緊急管理局(AFAD)の発表によると、シリア北西部バユルブジャク地方で、体制側とロシアの連合軍の砲撃が激化したため、テュルクメンのグループが、トルコが設置したヤマディ・キャンプに避難してきました。難民たちは身体測定登録を済ませた後、ハタイ、ガジアンテップ、シャンルウルファのAFADセンターに宿泊します。

移動式の管理センター、食事運搬車、救急車6台が現地に送られました。2014年、クルド系とアラブ系のシリア人が、シリアの町コバネから大流入してきたときも、大量移民管理システムが対応したと、AFADは言っています。AFADの他、保健省、憲兵隊総司令部、治安総局、トルコ赤新月社、内務省移民管理局の職員202人が、テュルクメンの流入に対応するそうです。


2015年後半期に拘束されたIS戦闘員は2倍に増加

トルコの治安部隊に拘束されたイスラム国(ISIL)メンバー容疑者の数は、2015年後半期、2倍になり、昨年1年間に拘束された者は1136人になったと、トルコ参謀本部が発表しました。

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統計によると、2015年8月から12月に拘束されたIS容疑者の数は、1月から7月までにくらべて90%増えたそうです。2015年、トルコに潜入しようとして拘束されたIS容疑者は643人、トルコからシリアに入ろうとして掴まった容疑者は496人です。

不法越境が試みられるのは主としてシリアと国境を接するキリス県で、キリスはシリアに入ろうとする戦闘員の重要な中継地になっていました。

また、7人の外国籍者が南部カフラマンマラシュ県の地方裁判所によって逮捕されたと、31日、アナドルニュースが報じました。7人はISに参加するために、シリア国境に近い町へ行こうとしていました。

1月12日、イスタンブル・スルタナメット広場のヒポドロームのそばで、ドイツ人のツア・グループに対して自爆テロ攻撃をしたのは、サウディ生まれのシリア国籍者、ナビル・ファディルでした。イスタンブルのテロ攻撃は、昨年のディヤルバクル、スルチ、アンカラに次いで、トルコで4番めのISのテロになりました。


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盗まれたピカソの絵がイスタンブルで取り戻された

2016年01月30日 | 国際
1月31日 イスタンブル警察が隠密作戦を行って、盗まれたピカソの絵を取り戻したと、1月30日、警察関係者が語りました。

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1940年のピカソの油彩画「髪をすく女」を取り戻すために、当局は1か月余にわたる秘密交渉を行い、無事、取り戻して、2人の男を拘束しました。警察はバイヤーのようにふるまって容疑者に接触しました。容疑者たちはこの絵に800万ドルの値をつけてきたと、情報源は匿名を条件に言いました。

長い売買交渉の後、警察はその絵を700万ドルで買うことに合意し、イスタンブルのヨーロッパ側のファティフで会う約束を取りつけました。情報源によると、この絵はある女性コレクターのニューヨークの家から盗まれ、イスタンブルに売られてきたそうです。警察は作品がいつ盗まれたかは話しませんでした。

裏面にコレクターの名と、出所を示す証印があるこの絵は、検査のため、ミマル・シナン美術大学に送られました。この絵は1930年代、ピカソの女神であり愛人だったドラ・マールをグロテスクに描いたものです。


トルコで生まれたシリア人の赤ちゃんは、すでに7万人に

シリア紛争が始まってはや5年、いままでに7万人のシリア人の赤ちゃんがトルコで生まれていると、ヤルチン・アクドーアン副首相が発表しました。

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1月28日、国会の計画・予算委員会の記者会見で、アクドーアン副首相は、現在、トルコに250万人いるシリア難民に提供されている保健サービスについて解説しました。「現在、26万人以上のシリア人が、10県25か所の臨時避難センターで、食物、保健、治安、社会活動、教育、礼拝、翻訳、通信のためのサービスを受けています。避難センターのほか、トルコ中の各地で230万人のシリア人が暮らしています」

「今日までに、256万2839人のシリア人が身体測定を伴う登録をされています」と副首相。保健サービスは臨時避難センターの仮説病院で行われてきました。「現在、キャンプ内外で、ポリクリニック(大型診療所)サービスも提供され、41万9529人の患者が治療を受け、29万4271件の外科手術が行われました。分娩は6万769件扱われています」

ユニセフの数字によると、直接的な支援と制度の整備によって、2015年11月までに、40万人の子供が正式な教育を受けましす。また、8万人の子供が心理的サポート・サービスを受けました。


「85%のシリア人は帰国したくないと言っている」家族・社会政策相

「いまトルコに住んでいる300万人近いシリア難民の85%は、現在の状況下では故国に帰りたくないと思っている」と、セマ・ラマザンオール家族・社会政策相が言いました。

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「シリア人問題を語る場合、長期的展望が重要です。解決は統合です」とラマザンオール家族相は言いました。トルコ政府はシリア人がトルコに定住することを認めつつありますが、彼女は初めて統合ということばを明言した政府要人ということにになりました。1月29日、ラマザンオール家族相はイスタンブルで、10人余の女性ジャーナリストを前に、この発言をしました。

シリア難民問題はメディアも重要な課題として扱い、家族・社会政策省など、多くの省庁でも、優先的議題のひとつになっています。従来のトルコの政策では、ヨーロッパ以外から来た難民は、難民としての地位は認められず、シリア人も戦争を逃れて一時的にトルコで保護されている“ゲスト”という立場でした。

ところが、ラマザンオール家族相は、この問題を制度として処理するために、新しい「移民管理部」を省内に設けたと言い、同省はキャンプに住んでいるシリア人すべてを登録したいとも言いました。彼女は、昨年だけでシリア人家族に15万人の赤ちゃんが生まれたことに言及し、「彼らはトルコの子供です」と言いました。

「家族・社会政策省は、食物、衣類、住居の援助を提供してきましたが、これは短期的解決です。ほんとうの解決は統合であり、そのための最も重要なステップは、言葉を学ぶことと、労働許可を得て職に就くことです」と彼女は言いました。

すでにいくつかの都市では、同省が運営する「ファミリー・センター」で、シリア女性のための言語コースが設けられているそうです。シリア人はアラビア語で教育を受けるべきだという議論もある中で、彼女はシリア人もトルコに永住するなら、トルコ語の習得が必要としています。

・・・近い将来、シリア系トルコ人が増えるのでしょうね。シリア人の幸せな帰国が現実的でないいま、ラマザンオール大臣の考えは現実的で、よいと思います。トルコはもともと多民族国家なのだし、そのうち混血が始まるのも必然だし・・・。


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IS戦闘員がシリア国境近くでトルコ兵に発砲

2016年01月29日 | 国際
1月30日 28日、シリアと国境を接するガジアンテップ県カルカムシュ地区で、イスラム国(ISIL)の戦闘員が、トルコの治安部隊に発砲してきました。

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ISILの戦闘員が発砲してきたとき、治安部隊は国境近くで地雷の発見と除去作業を行っていました。兵士たちはただちに応戦しました。死傷者の報告はありませんが、カルカムシュの町役場の建物に、多くの銃弾が当たり、役所は一時閉鎖しました。

事件後、治安部隊は国境を超えた治安対策を強化し、市民にISILがターゲットにしているエリアには入らないよう警告しました。


トルコ軍がIS戦闘員21人と子供22人を捕らえた


トルコ参謀本部の公式サイトの発表によると、1月27日、南東部キリス県のシリア国境近くで、不法越境の警備に当たっていた国境警備隊が、ISジハーディスト21人と子供22人を捕らえました。彼らはシリアからトルコへ不法に入国しようとしていました。

また、同日、べつの場所で、トルコ軍は4人のトルコ人と外国人を捕らえました。彼らはISに参加するために、トルコからシリアに不法に入国しようとしていました。


トルコ沖で難民船がまた沈没。子供5人を含む39人が死亡

1月30日、5人の子供を含む、少なくとも39人が、トルコ西海岸沖で溺死したと、トルコ沿岸警備隊が発表しました。警備隊は移民62人を救助し、船を出したトルコ市民1人を拘束しました。

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小舟はトルコのエーゲ海岸から2、3キロのギリシアの島、レスボス島へ向かっていました。死傷者はアフガニスタン人、ミャンマー人、シリア人でした。沿岸警備隊によると、彼らの船は、チャナッカレ県のバデムリ村近くから出航し、トラブルを起こして沈みました。

トルコ・エーゲ海岸のチャナッカレ県、バルケシル県、イズミル県、ムーラ県、アイドゥン県は、移民たちがトルコからEU圏に向かう主要なスポットになっています。トルコ海岸から肉眼で見えるギリシアの島もいくつかあります。

國際移民機構(IOM)によると、昨年、EUに到着した110万人の難民のうち、85万人はトルコから海を渡ってギリシャに入っていますが、昨年1年で、805人がエーゲ海の藻屑と化しています。2016年1月だけで、5万2000人が海路でギリシアに到着していますが、218人がトルコ海岸沖合で死んでいると、IOMは言っています。


イスタンブルが世界の人気観光都市の9位にランクされた

1月29日に発表された「ユーロモニター」のリストで、イスタンブルが、外国人ツーリストが訪れる都市の9位に、アンタリヤが11位にランクされました。トルコ北西部、黒海岸の町アルトゥヴィンは100位になりました。

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ロンドンのユーロモニターの旅行アナリスト、ウーター・ギアツ氏は、イスタンブルやアンタリヤのようなトップ都市は、地政学的緊張にもかかわらず、2014年、観光客が増加していることに言及しています。「2014年、旅行者数は世界中の都市で増えつづけ、世界の都市でのツーリズムの経済的重要性を示している」とギアツは言っています。

このレポートのナンバーワンは、5年間、香港です。次がロンドンで、3位がシンガポール。9位のイスタンブルは、2014年、外国人旅行者数は13.2%増えて1180万人になり、トップ10入りしました。イスタンブルの旅行者の増加は、湾岸その他アラブ諸国からイスタンブルを訪れる旅行者が増加したためと、レポートは言っています。

アンタリヤの増加は贅沢なリゾートと有名なビーチが1110万人のツーリストを惹きつけた結果です。アルトゥヴィンは2014年、180万人のツーリストを惹きつけて100位になりました。99位には台湾の台中が入っています。


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「私はロシア人を恐れていない」とロシア人パイロット殺害者

2016年01月29日 | 
1月29日 2015年11月24日、トルコに撃墜されたロシアのジェット機のオレグ・ペシコフ操縦士を殺した人物と言われるアルパルスラン・チェリキさんは、イスタンブルで、ある葬儀に出席した後、「私はロシア人を怖がっていない」と、ドーアンニュースに語りました。

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彼はロシアの情報局の殺害予定リストにのっているという報道について、チェリキさんは「私は神を信じるのみ」と言いました。「私は2年半ほど前、神を信じてテュルクメンの山に来ました。私たちに魂を与えるのも、取り上げるのも神です。私は神を信じて、山で戦っています。すべての人の死は神がお決めになること。だから、私は死を恐れていません。私たちは、最後の瞬間まで、最後の血の一滴まで戦いつづけます」

チェリキさんはまた、シリア国境近くでロシアのSU-24戦闘機が、トルコのF-16機に撃墜された日についても語りました。「あの日はクズルダー(山)が、ロシアに後押しされたシリア体制派に奪われた日でした。金曜日でした。私たちは朝の礼拝をし、クズルダーを奪還する戦いを挑みました。戦闘の最中、ロシアの戦闘機が来て、私たちの戦線を爆撃しました。そして、ロシア機は、トルコ機の勇敢なパイロットによって撃墜されました」

チェリキさんはロシア機撃墜を賞賛した後、この地域のテュルクメンに対するトルコの支援はじゅうぶんでないと不満を述べ、武器を基盤にした科学技術的な支援を要請しました。「私たちは彼らの科学技術的武器に対抗できる武力を持っていません。トルコは接戦に役立つ武器は提供してくれますが、私たちには対空防衛の武器や科学技術的インフラがありません。私たちはこれらの提供をトルコに望んでいます」

「地元のテュルクメンたちは、北部シリアにクルドの領域をつくることを決して許さない」とチェリキさんは断言し、ロシアとドイツは、クルド労働者党(PKK)のシリアの一派である民主連合党(PYD)に武器を提供していると主張しました。

「欧米はクルドの領域をつくることを支持していますが、私たちは「テュルクメンの山は地中海のガリポリ」だと、死の瞬間まで叫びます。私たちがいる限り、PYDやPKKが画策するクルドの領域は決して認めません」と、チェリキさんは言っています。

・・・シリアの状況はあまりに複雑ですが、テュルメンの存在を無視してはなりませんね。


「未来のシリアにPYD-YPGは存在させてはならない」国家治安当局

「バシャル・アルアサド大統領下の現体制も、いかなるテロリスト組織も、未来のシリアには存在させない」と、トルコの最高国家治安当局はくり返しました。また、南東アナトリアで行われている作戦による市民の損失を補償すると、国家治安委員会は公約しました。
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1月27日の国家治安委員会(MGK)の定例会議は、民間と軍のトップも出席し、7時間つづきました。国連後援のシリア・トークに、シリアの民主連合党(PYD)が参加するかもしれないという事態に、トルコ政府は不安を増大させています。

MGKは「現体制も、ダエシュ(ISIL)やPYD-YPG(PYDの軍部“人民の防衛隊”)などのいかなるテロ組織も、シリアの未来の構築に参加させるべきではない」という声明文を、会合後に発表しました。PYDとYPGをクルド労働者党(PKK)の分派と見なしているトルコ政府は、PYDが参加するなら、話し合いはボイコットすると迫っています。

MGKは声明文で、PKKとの現在進行中の紛争に触れ、PKKは「学校や保健所やモスクを破壊し、暴力を使って市民を立ち退かせ、乳児さえ殺している」と言い、PKKとの戦いに対する決意を誓っています。

1月27日現在、当局はトルコ南部のディヤルバクル県で、夜間外出禁止令を拡大しました。子供や老人を含む何百人もの地元民が、銃撃と爆発音が響き、警察のヘリが頭上を飛び交う中、外出禁止令が敷かれたスル地区を逃げ出しました。家財を持ち出しながら、泣いている人々もいます。

7月に治安部隊とPKKの休戦が崩壊し、1984年以来4万人が殺された紛争が復活したトルコ南東部は、いま、20年間で最悪の暴力に曝されています。


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イスタンブルの自爆テロ犠牲者は11人になった

2016年01月28日 | 国際
1月28日 2週間前、イスタンブル・スルタナメット広場でのジハーディストによる自爆テロで負傷し、ベルリンの病院で治療を受けていた、63歳のドイツ女性ブリギット・グロリウスさんが亡くなりました。

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スルタナメット広場のテオドシウスのオベリスクに捧げられたカーネーション。このモニュメントの前で、10人のドイツ人旅行者がテロリストの犠牲になりました。


警察の報道官がグロリウスさんの死を確認したと、ドイツ紙「ベルリナー・クリエル」が報じました。彼女の夫、72歳のアドルフ・ユルゲン・グロリウスさんは、爆発のとき即死しました。サウディ・アラビア生まれでシリア国籍のナビル・ファドリが、1月12日朝、スルタナメットのヒポドロウム近くで、ドイツ人ツア・グループを自爆テロで襲いました。

イスラム国(ISIL)のトルコに対する攻撃は、昨年のディヤルバクル、スルチ、アンカラにつづいて、これが4回目になります。

・・・グロリウスさんご夫妻、退職後の史跡めぐりの旅を楽しんでおいでだったのでしょう。お気の毒というほかありません。


2人のジャーナリストが武器運搬トラック報道で刑務所入り

ジュムフリエト紙編集長ジャン・デュンデル氏とアンカラ支局長エルデム・ギュル氏に対する起訴手続きが終わり、2人のジャーナリストは、国家情報局(MIT)による武器運搬を報道したために、収監されようとしています。2人は、2015年11月26日、国家情報局所有のトラックに関する報道で、テロ関連で告発され逮捕されました。

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問題の記事は、2014年初め、MITのトラックがシリア政府と戦っている反体制派軍に武器を送っていたというものです。記事の調査は2015年5月に始まり、起訴手続きが終わって、2人は30年間の禁固が求刑されました。

デュンダル氏とギュル氏は「政治的・軍事的目的で国の機密書類を集めた」「トルコ共和国政府の転覆を試みている」「メンバーにならずにテロリスト組織を支援することを考えている」と告発されています。エルドアン大統領と国家情報局(MIT)が原告ですが、このケースは国内外で激しく非難を呼んでいます。

2015年5月29日、ジュムフリエト紙が発表した写真は、憲兵と警官たちがトラックの後部に積まれた木枠を開けています。ジュムフリエト紙は、それは、MITがシリアに送った武器弾薬だと報道しました。エルドアン大統領は、2015年11月24日のスピーチで、MITがシリアに武器を送ったという報道を否定しました。


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カッパドキアで新たに地下教会発見。正教の歴史が変わるかも

2016年01月26日 | 文化
1月27日 中央アナトリアのカッパドキア地方で、またひとつ新たに歴史的教会が出土し、考古学者たちは、これまで見られなかったシーンを描いたフレスコ画に興奮しています。

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ネヴシェヒル市とトルコ住宅開発局(TOKI)による「ネヴシェヒル城・都市改造プロジェクト」として、地下都市の発掘と清掃作業が行われていましたが、教会は、その作業中に、考古学者たちによって発見されました。

岩を掘って造られた教会は、36,000平米にひろがるネヴシェヒル城の中で見つかりました。ネヴシェヒル市のハサン・ウンヴェル市長の話では、教会のフレスコ画には、イエス・キリストの昇天と悪霊の殺害が描かれているそうです。「こんなフレスコ画、これまで他の教会では見られなかったはずです」と、ウンヴェル市長は言い、教会はAD5世紀のものだろうとも言いました。

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この教会は、カッパドキアの他の教会より広さがあります。「作業を始めたときは、こんな建物が見つかるとは思ってもいませんでした。発掘と清掃作業はつづいています。カッパドキアの歴史に関する新たな資料が見つかるといいですね」と、市長は言いました。

「独特のフレスコ画もいくつかあります。イエス・キリストの手から落ちる落ちる魚の絵など、興奮させられます。イエスは昇天し、悪霊は殺される。教会が完全に掘り出されたら、カッパドキアに巡礼に来る人が増えるでしょう」と、ウンヴェル市長。

ほとんどの教会は地下にある
発掘のリーダーの考古学者セミフ・イスタンブルルオール氏は、「教会の薄い壁は雪や雨で壊れていますが、修復できるでしょう。教会は土に埋まっていたため、フレスコ画はひとつひとつ集めなけれべならなりませんでした」と言いました。「フレスコ画は修復と清掃作業が終われば、オリジナルのようになるでしょう」

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彼の仲間の考古学者アリ・アイドゥン氏は、「最初、教会の屋根だけが見えました。建物の高さは清掃作業後わかりました」と言いました。フレスコ画が変化するのを防ぐために、教会内の湿気をゆっくりと乾燥させなけれべならないということです。

「壁画を守るために、私たちは作業を中断しました。春になって暖かくなり、湿気が蒸発するのを待って、土を除く作業を始めます。教会の側面はまだ地中にあり、フレスコ画はまだあるかもしれません」とアイドゥン氏は言っています。「まだわずかの絵が現れたにすぎませんが、教会の前面に、イエスの磔刑と昇天の重要な絵がありました。使徒、聖者、その他、預言者モーゼを描いたフレスコ画もありました」


トルコのデザイナーがルーヴルでファッション・ショウ

トルコ系フランス人デザイナー、エジェ・エゲさんが、最近のコレクション“Woven Tales”(織りあげた物語)をパリのファッション・ウイークに発表しました。
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1992年に彼女が妹のアイシェさんと設立したファッション・ハウス“Dice Kayek”は、2016年春のコレクションをルーヴルのアーツ・デコラティフス美術館で披露しました。今度のコレクションはピーター・パンの登場人物からヒントを得たということです。

コレクションは半年間がんばった結果だと、彼女は言いました。彼女の20人のチームが、ウール・フランネルや、オーガンザ・シルク「ミカド」、サテン、ベルベットなどで、クチュール・コレクションを作りあげました。

プレタポルテとクチュール連合のメンバーであるDice Kayek は、パリの公式のクチュール・ショウに参加した最初のトルコ・ブランドです。パリで修業したエゲさんは、2003年、フランスの成功した女性に贈られる“Femme en Or”(黄金の女性)賞を受賞しました。


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シリア国境でIS容疑者23人と子供21人が拘束された

2016年01月25日 | 国内
1月26日 シリアからトルコへ潜入しようとしていたイスラム国(ISIL)容疑者23人と子供21人が拘束されたと、トルコ軍が発表しました。

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国籍未発表の容疑者たちは、1月23日、「南東部キリス県エルベイリに入ろうとしていた」と、軍は発表しましたが、詳細はまだわかりません。トルコは、入国しようとするIS容疑者に対する警戒を強化するよう、圧力をかけられています。

過去数か月、トルコ国内でもISによる攻撃はつづいています。トルコ政府は国境警備の強化に力を注ぎ、ほとんど毎日、IS戦闘員を捕らえています。2015年6月5日、ISILは南東部ディヤルバクルで、人民民主党(HDP)の集会で爆発を起こし、4人を殺しました。

2015年7月2日には、南東部スルチのアマラ文化センターで、IS戦闘員が33人の市民を殺害しました。2015年10月10日、アンカラの平和集会に出席していた少なくとも100人が、2人のIS自爆者による、トルコ史上最悪のテロで殺されました。そして、1月12日、ISはまた自爆テロを行い、イスタンブルのブルーモスクのそばで、ドイツ人ツーリスト10人を殺しました。


トルコが撃墜したジェット機のパイロット殺害者をロシアが探している

ロシアのメディアによると、11月24日、シリア国境近くでトルコに撃墜されたロシアのジェット機のパイロットを殺害した男を、ロシアの兵隊たちが探しているということです。

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ロシア人パイロット、オレグ・ペシコフを撃ったというトルコ市民アルパルスラン・チェリキと彼の仲間は、シリア・ラタキア県の反体制派が支配していた町ラビアにいましたが、ラビアは最近、シリアの親政府軍に奪還され、兵隊たちが“報復しようと”していると、ロシアのメディアが報じました。

イギリス・ベースの「シリア人権監視団」も、ロシア将校らがラビアに入ったと報じました。シリアの親政府軍は、ロシアの空爆に支援されて、1月24日、ラビアを奪い返しました。ジェット機の撃墜後、アルパルスラン・チェリキは、ビデオでぱパイロットを殺したのは当然の権利と主張し、ペシコフはわれわれテュルクメンに爆弾を落としたと言っています。

「あのパイロットは撃墜される5分前まで、われわれを爆撃し、私の兄弟たちを殺したり,けがをさせた。民間人であるテュルクメンを毎日爆撃していた人間を助けるわけにはいかない」とチェリキは言い、「報復は当然至極な権利だ。この報復は殺すしかない」と付け加えました。

12月14日、アンドレイ・カルロフ駐トルコ・ロシア大使は、ジュムフリエット紙のインタビューに答えて、ペシコフを撃った人物はトルコ市民チェリキだと言いました。12月30日、ロシア政府もトルコ政府に、チェリキを逮捕するよう要請しました。

「わが国はアルパルスラン・チェリキとその仲間をただちに逮捕し、彼らをロシア人パイロット殺害容疑で裁くようトルコ政府に要請する」と、ロシア外務省のマリア・ザクハロワ報道官が声明を出しました。撃墜されたジェット機の2人のパイロットは、パラシュートで脱出し、国境のシリア側に降りようとしました。しかし、ペシコフは飛行機から脱出した後、地上からの銃撃で殺されました。


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イスタンブル・イスティクラル通りでローマ・ビザンティンの墓が出土

2016年01月24日 | 国内
1月25日 イスタンブルの銀座通りというべきイスティクラル通りの地下から、ローマ・ビザンティン時代の墓が出土しました。イスタンブルの最も活動的なエリアの地下に、大昔の人間が活動していた証拠が見つかるなんて感動的です。

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この墓はイスティクラル通りの歴史的な「カサ・ガリバルディ」ビルの修復中に出土しました。1人の作業員が、1600~1800年昔の頭骸骨を地下8メートルで見つけたのです。イスタンブル考古学博物館の考古学者たちが駆けつけ、このエリアの発掘を指導しました。

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専門家によると、後期ローマ時代か初期ビザンティン時代のものと思われるこの墓は、イスティクラル沿いにあったようです。最初に出た頭蓋骨は、考古学者がイスタンブル考古学博物館に収めましたが、他の頭蓋骨はまだ現場にあります。正教ビザンティン時代に属すると思われる頭蓋骨は、ギリシアのアソス山から来た正教の僧に浄められました。

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イスタンブル考古学博物館のゼイネップ・クズルタン館長は、この墓は4世紀から6世紀に築かれたものだと言いました。頭蓋骨のほか、いくつかの日用品も発見されたことから、クズルタン館長は、かつてこのエリアには人がすんでいたのだろうと言っています。19世紀オスマンの街として知られたイスティクラル通りが、いま、4世紀の昔まで掘り下げられています。

イスティクラル通りは、有名なイスタンブルのタクシム広場からテュネル広場までの通りで、イスタンブルの人気の観光スポット、毎日、40万人が歩く文化のハブでもあります。

・・・あのイスティクラル通りの地下から、1600~1800年昔の頭蓋骨が出てくるなんて、感動です。イスタンブル、スゴイです、深いです。そこが知れませんね。


トルコ南東部の小学校の校庭で爆発。小学生5人負傷

非合法組織クルド労働者党(PKK)の戦闘員が、南東部ディヤルバクル県の小学校の校庭のそばで即席爆発装置を爆発させ、5人が負傷しました。

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爆発は1月22日午前8時24分、ディヤルバクル県バーラル地区のヌリエ・エセル小学校で起こりました。当日は1学期の最終日で、通知表が配られるはずだったと、ドーアンニュースは報じています。

ナビ・アヴジュ教育相は1月22日朝、イスタンブルのある小学校の終了式で、「私はディヤルバクルで傷ついた子供たちの親御さんたちと同じ気持ちでいます」と、アナドルニュースに語りました。クルド系政党・人民民主党(HDP)のセラハッティン・デミルタッシュ共同党首もこの攻撃を非難し、この爆発は本物の残虐行為だと言いました。

PKKと治安部隊の戦闘のために学校に行けなかった、南東部の外出禁止令下の町に住む子供たちについて、アヴジュ教育相は、「ジズレとシロッピの子供たちは、15日間の再試験中は、ゲストハウスと寮のある学校の再試験クラスに出席することになる」と言いました。

シュルナク県のシロッピ地区にある68校の小学校の生徒3万9000人は、外出禁止令と、PKKと治安部隊の戦闘のため、1か月以上、学校が閉鎖されていたため、このままでは進級できません。シュルナク県ジズレ地区では、104校の4万127人の小学生が同様に被害を受けています。また、ディヤルバクル県スル地区の7校の1000人以上の子供も同じです。


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週末、トルコは冷凍庫の中

2016年01月24日 | 国内
1月24日 イスタンブル緊急センターの気象部は、昨日、天気は週末から悪化し、全国ほとんどが吹雪に蔽われるだろうと発表しました。

 Sabah

中央アナトリアと東部は気温マイナス15度になり、黒海地方と北西地方はマイナス3度まで下がるでしょう。例年平均を下まわる気温は来週中頃までつづくでしょう。北部と東部は降雪のため、雪崩と道路の凍結に注意し、農家は作物の凍結に気をつけるよう警告が出ました。

イスタンブルでは、昨日降りだした雪は週末から月曜までつづき、積雪はところにより5センチから25センチになるでしょう。イスタンブル市は降雪の備えについて発表しました.市は5450人の要員と、1114台の車両を用意し、24時間、イスタンブルの道路の通行を安全に守るために待機していると言っています。

トルコ航空とアトラス・ジェット、オヌル航空は、木曜、イスタンブルのアタテュルク空港とサビナ・ギョクチェン空港を離着陸する国内国際線81便の欠航を発表しました。雪が激しくなれば、欠航はさらに増えるでしょう。フェリーその他の交通機関は、週末まで間引きされます。イスタンブルの気温は、火曜には例年並みに戻ると思われます。


「PKKがIS同様テロ集団であることは明白」とバイデン副大統領

アメリカのジョー・バイデン副大統領は、1月23日、「アメリカ政府は、トルコの非合法組織クルド労働者党(PKK)はトルコにとってイスラム国{ISIL}同様の脅威であることを認める」と言いました。

 Hurriyet
イスタンブルの共同記者会見で握手するアメリカのバイデン副大統領(左)とトルコのダウトオール首相


「トルコ国民にとって、ISILが身近な脅威であるのみならず、PKKも等しく脅威になっていることを、わが国は認識している。PKKには、彼らが言う“平和に暮らす”希望も姿勢も見られない。PKKがテロリスト集団であることは明白だ。彼らがしていることは、絶対に非合法である」とバイデン副大統領は、ダウトオール首相との会談後の記者会見で言いました。「トルコ政府は国民の安全を守るために必要なことはなんでもしなければならない」

「わが国は、ISILとPKKとアルヌスラ(アルカイーダのシリア支部)はまさにテロリスト・グループであるとする貴国に同意する」とバイデン副大統領は言いました。トルコがISに対する国境警備を強化するための対策を進めていることを、副大統領は賞賛しました。

バイデン副大統領はまた、シリアのISとの政治的決着が不可能なら、アメリカはシリアでの軍事的決着のための用意があると言いました。「われわれは政治的決着が可能なら、そのほうがよいと思うが、不可能ならISを壊滅するために軍事決着に出る用意がある」

ダウトオール首相は「トルコは、IS,PKK,アルナスラすなわちDHKP-C(革命人民の自由党ーフロント)はみな同じテロリストと見ている」と言いました。首相はまた、バイデン副大統領のキプロス訪問に感謝し、アメリカはキプロスの平和トークに重要な役割を果たすだろうと言いました。


有力なビジネスマン、ムスタファ・コチ氏が55歳で逝去

1月24日、有力なビジネスマンや政治家たちが、先週55歳の若さで亡くなった、トルコ最大の複合企業コチ・ホールディングのCEO、ムスタファ・コチ氏の葬儀に集まりました。

 Hurriyet

エルドアン大統領ダウトオール首相、最大野党・共和人民と(CHP)のケマル・クルチュダルオール党首も、イスタンブルのモスクで行われた葬儀の参列者の中にいました。コチ氏は1月21日、心臓発作で亡くなりました。

コチ氏は彼の祖父ヴェフビ・コチ氏が1920年代に創設したコチ・ホールディングの第3世代のリーダーでした。同社は現在、エネルギー、金融、自動車に関心を持っています。ムスタファ・コチ氏は、現在85歳の父ラフミ・コチ氏が引退した2003年、コチ・ホールディングの 最高経営責任者になりました。

ラフミ・コチ氏は下の息子アリ・コチ氏とともに、棺の前で挨拶しました。棺はオスマン・トルコの文字で銘が書かれた布で覆われ、コチ家のひいきのサッカーチーム「フェネルバフチェ」のリボンが飾られていました。

家族経営のコングロマリット、コチ・ホールディングはトルコ経済の大黒柱ともいえます。同社はトルコの輸出の9%を、またトルコのGDPの8%を占めています。ビジネス界からも有名人が多く参列しました。「ムスタファ・コチ氏のご逝去は大きな損失です」と、FIBAホールディングの創設者ヒュスニュ・オジエーイン氏はNTVに語りました。

ムスタファ・コチ氏はイスタンブルのジンジルリクユ共同墓地内のコチ家の墓所、祖父ヴェフビ・コチ氏の隣りに埋葬されます。


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シリアから飛んで来たロケット弾で、トルコで2人負傷

2016年01月24日 | 国内
1月24日 23日、シリアから飛んで来たロケット弾が、トルコの国境沿いの町キリスに落ちて、2人が負傷したと、地元紙が報じました。

 Hurriyet

ロケット弾は街路で爆発し、近くの建物を損壊し、18歳の青年と、14歳のシリア難民の少女が負傷したと、アナドルニュースが報じました。シュレイマン・タプスズ知事は、「ロケットはシリアから発射されたが、何者が発射したかはわかっていない」と言い、ロケットはカチューシャ・タイプだったと、ドーアンニュースは報じました。

1月18日にも、シリアのジハーディストが支配する地域からロケット弾が飛来し、学校の校庭で爆発、1人が死亡し、1人が重傷を負いました。18日の攻撃はイスラム国(ISIL)からで、トルコ軍はこれに応じて、ISILの地域を攻撃しました。


イズニク湖底のバシリカでコインが発見された

2015年初め、トルコ北西部ブルサ県のイズニク湖の湖底で見つかった古代ローマ時代のバシリカの発掘作業はいまもつづいています。

 Hurriyet

考古学者たちによると、コインの浮き彫りはほとんど完全に消えているが、科学的調査によって、その時代と文明がわかるだろうということです。専門家たちは、コインは3世紀から16世紀のものだろうと言っています。水中の発掘作業は、ウルダー大学考古学部の考古学者たちちと、ブルサ市が行い、バシリカを観光資源にしようと考えています。

水面から2メートルの水中にあるバシリカは、歴史的・文化的美術品の目録をつくるための空中撮影中に、空から発見されました。考古学者、歴史家、歴史愛好家たちは、この建物は740年の歴史で崩壊したと考えています。
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