トルコのトピックス

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4月、トルコを訪れる外国人ツーリストがようやく18%増えた

2017年05月30日 | 観光
5月31日 爆弾テロや、ロシアとの外交危機、未遂クーデターなどのマイナス要因で、低迷していた外国人ツーリストの数が、4月、大きく増加しました。とくに、ロシア人ツーリストは、前年同期に比して485%に達しました。

 Hurriyet

5月30日、観光省が発表したデータによると、4月、207万人の外国人ツーリストがトルコを訪れ、昨年同期に比して18.1%の増加になりました。今年の1月から4月、トルコを訪れた外国人は、前年に比して1%増え、580万人以上になりました。1月から3月、トルコを訪れた外国人数は380万人で、2016年同期に比して6.4%減少しています。

4月、トルコを訪れる外国人が増え、とくに重要なマーケットであるロシア人ツーリストが、485.7%まで増え、18万1865人に達しました。イラクからのツーリスト数は、4月、2016年同期に比して、302.2%増え、5万1254人になりました。4月、久しぶりに、ドイツとロシアが、トルコ敢行のトップ市場になりました。

26万2730人のドイツ人が、4月、トルコを訪れ、ドイツが市場の13%を占め、トルコの最大の市場になりました。トルコにとって第2の市場はロシアで、市場の8.78%を占めています。第3位はジョージアで、4月、18万478人がトルコを訪れています。

4位5位はブルガリアとイランで、4月、14万7231人のブルガリア人と、11万9998人のイラン人がトルコを訪れました。観光省のデータによると、1月~4月、トルコのトップ5市場は、ジョージア、イラン、ドイツ、ブルガリア、ロシアでした。

トルコを訪れるヨーロッパ人ツーリストの急激な減少は、4月、減速しましたが、ヨーロッパ人ツーリスト数は94万4900人で、2016年同期に比して2.4%の減少になります。


ギュレンが信奉者たちに、シリア難民に化けてトルコを去るよう命じた

フェトフラー・テロリスト組織(FETO)の活動について、情報部がまとめた報告書によると、在米の説教師フェトフラー・ギュレンが、信奉者たちに、シリア難民に化けてトルコを去るよう命令を出したということです。

 Hurriyet

ギュレンがトルコにいる組織の“イマーム”たちに命令を出し、トルコを逃げ出すルートを詳しく説明していると、5月26日に出された情報部の報告書は言っています。もともと宗教に携わる公務員を意味する“イマーム”ということばを、ギュレンの組織は地域の指導者を表わすことばとして使っています。

暗号化されたメッセージを解読してまとめられた報告書によると、ギュレンの命令は、1200人のFETOのメンバーが拘束された後に出されました。FETOの“イマーム”たちは、“人間運び屋”に連絡し、FETOのメンバーたちに逃亡計画を提供するよう交渉しました。

「ニセのグリーン旅券が、FETOのメンバーに、5000ユーロで用意された。國を出る料金も5000ユーロ。FETOのメンバーは国を出るまでトルコ語を話さず、難民、とくにシリア難民に化けて、トルコを脱出している」と報告書は言っています。

報告書によると、FETOは“イマーム”たちが国を逃げ出すための財政支援を行い、下級メンバーたちの間に緊張が生まれています。金のないメンバーは逃げ出すことができずに困惑し、これが組織内の緊張を煽っています。組織は逃げ出すことのできないメンバーの焦燥を鎮静させる手も打っています。


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トルコ情報局の報告書が、ギュレンの巨大な世界的組織を詳述

2017年05月29日 | 国内
5月30日 フェトフラー・テロ組織(FETO)の世界的ネットワークは、500社以上の会社、何百もの財団とメディア、170か国にある1000校以上の学校でつくられていると、トルコの国家情報局(MIT)が発表しました。

 Hurriyet

MITはFETOの世界的ネットワークを精査し、2016年7月の未遂クーデターを調査している国会の研究班に送った報告書を発表しました。報告書によると、FETOは、1990年代初めに、国際的エリアに活動をひろげ、ソ連崩壊後、中央アジアのトルコ系諸国に学校を開きはじめました。

最終的に、FETOは、バルカンからコーカサスまで、中央アジアからヨーロッパまで、北米から極東まで、中東からアフリカまでの170か国で、宗教=金=政治を基礎に活動しています。FETOはまた、とく9.11以後、“宗教間対話”のタイトルの下に、キリスト教やユダヤ教の有力人物とのコミュニケーションをつくることによって、リンクをひろげていったと、報告書は言っています。

何百もの会社とメディア
MITの報告書は、520の会社、269の財団、147のオンラインとオフラインのメディア、58の視聴覚メディア、216の病院、世界中の言語・文化センターを、FETO関連と認定しました。MITは実際の数字はもっと多いだろうとも言っています。FETO関連と認定された小学校から高等教育までの学校数は、国外に767あるが、実際は1000校くらいだろうと、MITは言っています。

FETOは、最初は、これらの学校へトルコから教師やインストラクターを派遣していましたが、その後、これらの学校の卒業生を採用するようになりました。学校の名称はひとつではなく、“ホライズン”“ライト”“レインボー”“ハーモニー”など、多くの名が使われています。

ほんものの教師ではない
国外でFETOの学校に任命されている教師たちは、授業のほかに、その国でイマーム(説教師)の役を務めること、その国のFETOの活動を監督することなど、多くの義務と責任を負わされています。働いている国で、政治的、経済的、社会的進展に従って、当局とのよい関係をつくり、FETOのビジネスマンのために、新しい投資エリアを調査するのも、教師たちの仕事です。

FETOの影響力拡大のための戦略
FETOの教師たちは、組織のほんとうの目的がばれないように、ノンポリの立場をとり、内外の政府その他の権威と良好な関係を維持し、道徳、寛容、妥協、対話を強調しています。FETOの学校は、政治的、経済的、社会的影響力を拡大するために、人望と影響力のある人物の子供を入学させることによって、人気を取ろうとしています。

FETOの新しい政策
2016年7月の未遂クーデター後、FETOの“ほんとうの顔が明らかになった”と、MITの報告書は言っています。FETOはいま、何年間もかけて育ててきたネットワークをすべて使って、トルコ政府を批判し、諸外国をトルコと敵対させようとしています。

「彼らは現トルコ政府を告発するために、ヨーロッパやアメリカの国会議員に、Eメールや書類を送ったり、彼らと会合を開いたりしている」と、報告書は言っています。


トルコで捕まったフランス人ジャーナリストがハンストを止めた

約3週間、トルコで警察に拘束されているフランスのフォトジャーナリストが、1週間のハンストを止めたと、報道の自由団体「国境なき記者団」(RSF)が、5月27日、発表しました。

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フォトジャーナリストのマティアス・デパルドンさん(36)は、5月8日、「ナショナル・ジェオグラフィック」誌のためにハサンケイフを取材中に拘束されました。追放されると報道されながら、ずっと拘束されていた彼は、5月21日、ハンストを始めました。

「マティアス・デパルドン氏は厚遇されている。彼は自分のケースが最高レベルで扱われていることを知っている。彼はハンストを止めた」と、RSFのクリストフ・デロワール事務局長がツイートし、デパルドンさんは領事の面会が許可されたと知ってハンストを止めたと言っています。彼はAFPに、面会は最終的な結果にはつながらなかったが、これはよい徴候だと思うと語りました。

デロワール事務局長によると、アンカラのクリストフ・ヘミングス・フランス領事代表が、デパルドンさんと1時間の面会が許可されたそうです。NATOサミット中、エルドアン大統領が、フランスのマクロン大統領と交わした約束によって、面会が許されたのかもしれません。

トルコ当局は、デパルドンさんは、“テロ・グループの宣伝をした”として ー 非合法組織クルド労働者党(PKK)関連で ー 拘束されたと言っています。従って、裁判による取り調べを受けることになるということです。


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「トルコは2度とクーデターを許さない」エルドアン大統領

2017年05月28日 | 国内
5月29日 トルコは2度とクーデターの試みを許さないと、5月27日、エルドアン大統領が、ラマザン最初のイフタル(ラマザン明けの夕食)の席で誓ったと、アナドル通信が報じました。

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「トルコのクーデターの時代は終わったと思っていたときに体験した、2016年7月15日の惨事は、わが国民の胸に深い傷跡を残しました」と、エルドアン大統領は、未遂クーデターで殺された公務員や軍人の親族たちとのイフタルの席で言いました。「トルコはいま、テロリスト組織と、断固として戦っています。7月15日の勝利は大きな成果をもたらしました」

「われわれは7月15日から学びました。われわれは2度とクーデターを起こさせません」と大統領は言いました。在米説教師フェトフラー・ギュレンの運動が、クーデターを組織したと信じられています。政府も検察も、未遂クーデターはフェトフラー・テロリスト組織{FETO}によるものとしています。未遂クーデターは250人を殺し、2200人を負傷させました。

最初のイフタルのために、ほぼ3万人の人々が、イスタンブルの歴史的スルタナメット広場に集まりました。イスタンブル・ファティフ区のムスタファ・デミル区長は、「今日は、トルコだけでなく、アメリカや中国、その他多くの国からの人々が集まっています」と、27日、声明で言いました。


最大野党CHPの代表が刑務所内のハンスト教育者2人を訪問

最大野党・共和人民党(CHP)の代表団が、アンカラの刑務所にいる2人の教育者を訪れました。2人は緊急事態によって、職を解雇されハンストで抗議していました。

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ハンスト中に逮捕されたギュルメンさんとオジャクチャさん


アンカラの裁判所は、5月23日、ヌリエ・ギュルメンさんとセミフ・オジャクチャさんの逮捕命令を出しました。シュレイマン・ソイル内相は2人を非合法の「革命人民の自由党ーフロント」(DHKP-C)のメンバーであるとして告発しました。CHPのヴェイル・アーババ副リーダー、オズギュル・オゼル・グループ副議長、アンカラ選出のネジャティ・ユルマズ議員、ムーラ選出のヌレッティン・デミル議員がオザクチャさんとギュルメンさんを訪れました。

2人は、ソイル内相のテロ告発を否定していると、28日、ジュムフリエット紙が報じました。「裁判所は私をDHKP-Cのメンバーだと宣言しましたが、それがほんとうなら、私は公務員になったでしょうか? 何年間も公務をつづけたでしょうか?」と、ギュルメンさんは語り、内相に対して告訴すると言いました。オザクチャさんは刑務所内では、限られた数の本しか読めず、新聞も許可されないと言っています。「これは空腹より辛い。私はハンストを始めたら、テロリストになってしまった」
 

ヤッステペの発掘で、古代人の豪華な暮らしが明らかに

イズミル県イエシルオヴァ塚で行われているヤッステペ発掘で、5000年昔の建物の廃墟と、当時の住民の贅沢な暮らしぶりが出土しました。

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発掘隊長のザフェル・デリン助教授は、「1923年から地図を調査して、この地域に古代の居住地があったことを確認し、イズミル県ボルノヴァのヤッステペ発掘現場で作業を始めました」と言いました。

「私たちは地表に非常に近い場所で、トロイと同じ時代の痕跡を発見しました。この古代都市では金属が使われ、戦争があり、貿易が行われていました。この居住地はトロイと同じ時代です。私たちは小さなトロイを掘っているのです」とデリン助教授。トロイは神話にも登場する古代遺跡、今日のトルコの北部エーゲ海岸に位置します。

「この遺跡から出た薄くて長い金属製の斧や石器類は、トロイのものに非常によく似ています。同じような鍋類も出ました。この居住地はイズミルの5000年の歴史に光を当てました」とデリン助教授は言いました。「発掘と分析はつづいています。建物はコムプレクス〈集合建物)形式で、各建物に倉庫エリアがあります。ブロンズのフレスコも見つかりました」

ここには贅沢な暮らしがあった
出土した家はすべてていねいに設計され、それぞれ75~80平米あります。古代のこの地の住人たちは、泳ぎを楽しむために、流れのそばに建てられた家に住んでいました。「この古代都市は城壁にかこまれていました。ここで生産された陶器は非常に高品質でした。家々にはベランダがあり、人々がおしゃべりをする場所になっていました。人々は快適な暮らしを求めていました」とデリン助教授は語りました。発見された母神像は博物館に収めたそうです。


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ムスリムの聖なる月ラマザンが始まった

2017年05月28日 | 国内
5月28日 トルコのムスリムたちは5月27日から、聖なる月ラマザンに入り、断食を始めました。

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ラマザン中は、世界の15億のムスリムの大半が、日の出から日没まで食物と水を絶ちます。イスラム暦の9月にあたるラマザン中、ムスリムたちは、サフルという日の出前の食事から、イフタルという日没後の食事まで、食物、飲物、喫煙、性交渉を絶ちます。ラマザンは30日間つづき、7月24日に終わります。

ラマザンはイスラムの5つの柱(基本的な務め)のひとつです。ラマザンは自省と献身の時です。人々は聖なる月ラマザンを喜んで迎え、預言者ムハンマドの教えに従って、ラマザンの特別の礼拝“タラウイフ”を行うためにモスクへ行きます。イスタンブルでは、歴史あるブルー・モスクとエユップ・スルタン・モスクがラマザンの礼拝のための代表的な場所です。

ラマザン中、全国の行政府が正式のイフタル(スープ、煮込み、プディング、ジュースの無料の食事)を提供します。地元民の楽しみのために、影絵人形芝居や道化の芸なども行われます。トルコでは、ラマザンは5月27日から始まりましたが、断食は新月が見られた後に始まるので、アラブやアフリカの数か国とは時期にずれがあります。

トルコ宗教庁(ディヤネット)のメフメト・ギョルメズ師は,9万のモスクがラマザン礼拝を行っていると言い、ラマザンを楽しく遊ぶだけの時にしたり、イフタルをご馳走を食べ散らかすだけの食卓にしてはならないと警告しています。「イフタルの食卓を浪費の食卓にしないよう。富める人だけを招待する贅沢な食卓にしないよう。貧しい人たちを助けることを忘れてはいけません」


トルコはロシアのトマト輸入禁止令に対して妥協案を模索

トルコはロシアとの貿易論争を解決するために、ロシア政府に、ロシアの生産者が自国で生産できない間、トルコのトマトの輸入禁止令を解除するよう提案しました。

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「ロシアが自国のトマトの生産を成長させたいのはわかります。それはそれとして、ロシアはトルコとの貿易をつづける立場にあります」と、この件に詳しいトルコ当局者が、5月26日、ロイターに語りました。トルコとロシアは、2015年11月のトルコによるロシア機撃墜後、両国の関係を正常化するよう努めてきました。しかし、トマトの輸入を含めて、ロシアの規制はまだ残っています。

「ロシアがトマトを生産しているシーズンには、国境を閉ざし、自国で生産できないときに、トルコから輸入しようというなら、トルコはそれでじゅうぶんだ」と、トルコは提案しています。ロシア政府がこの提案にどう反応するかは、すぐにはわかりませんが、ロシア当局は、今月初め、トルコからのトマト輸入規制は今後3~5年間、“なんらかの形で”残るだろうと言っています。

「トルコは提案はしたが、この問題の解決は容易ではないだろう」と、トルコ経済当局者は言いました。ロシアはトルコのトマトの重要な市場であり、毎年、数100万ドルを稼いでいました。


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裁判所が法務省にギュレンの市民権の剥奪を要請した

2017年05月27日 | 
5月27日 26日、裁判所が法務省に、在米説教師フェトフラー・ギュレンのトルコの市民権を剥奪するよう要請したと、アナドル通信が報じました。

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南部アダナ県の第11犯罪裁判所が、法務省にギュレンの市民権を剥奪するよう公式に申請しました。ギュレン派1999年以来、ペンシルヴァニアに住んでいますが、2016年7月の未遂クーデターの首謀者として告発されています。「ギュレン派逃亡者であり、逮捕状が出ているにもかかわらず、取り調べが行えないのだから、法務省に申請した」と裁判所は言っています。

トルコ政府は、フェトフラー・テロ組織(FETO)は、トルコの組織、とくに軍部、警察、司法に浸透することによって、国家を転覆させる長期キャンペーンの背後にいたと言っています。


トルコ中部で古代の墓が盗掘犯から押収された

十字架の描かれた古代の墓を400万ドルで売ろうとしていた12人の盗掘犯が、中央アナトリアのエスキシェヒル県で拘束されました。

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対密輸・組織犯罪局の県憲兵隊司令部のチームが、バイヤーのふりをして、彼らを逮捕しました。逮捕後、墓は、県の作業員の助力で、長さ6メートル、深さ4メートルのトンネルから掘り出されました。

その後、墓は調査のため、専門家にまかされました。ビザンティン時代の墓で発見された人骨は、エティ考古学博物館に運ばれました。容疑者の中の2人は、取り調べ後、未決で釈放され、10人は法廷に送られました。



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マンチェスターのテロの犠牲者の中に、ハーフ・ターキッシュの青年がいた

2017年05月25日 | 国際
5月26日 22人が死亡し、多数の負傷者を出したマンチェスターのテロの犠牲者の中に、ハーフ・ターキッシュの青年がいました。

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ライターで、PRマネジャーだったマーティン・ハカン・ヘットさん(29)も、アリアナ・グランデのコンサートで起こった自爆テロの犠牲者の1人でした。ヘットさんはトルコ人の母親フィゲンさんと、イギリスで暮らしていました。母親のフィゲンさんはニット手芸の達人で、昨年、チャリティ・フェアに出品しましたが、ぜんぜん売れませんでした。

そこで、息子のヘットさんがツイッターで母親の手芸作品を発表したところ、大反響があり、注文が殺到、母親のニット作品はすぐに売り切れました。その後、彼は母親が書いた『あなたはお母さんをとても幸せにした』というテキストを投稿し、彼もすっかり有名になりました。 

コンサート会場でヘットさんと別れた友人が、最初に彼が行方不明になっていることを報告しました。その後、彼の家族はソシアルメディアでヘットさんの死を確認しました。「昨夜、兄が見つかりました。胸が張り裂けそうです」と、ダン・ヘットさんがツイッターに書いています。

ヘットさんの友人のラッセル・ヘイワードさんも、ツイッターとNBCニュースで、彼の死を知ったということです。「ぼくたちの憧れだった、すばらしいマーティンが、もういないと、昨夜のニュースで知りました」と、ヘイワードさんはツイッターに書いています。「彼はみなの注目を集め、生きた証を残しました」他の友人たちも、彼への想いをオンラインに書いています。「マーティン・ヘットは毎日、人々を微笑ませてくれた・・・」


世界最高齢と主張する118歳の女性がトルコ南東部にいる

世界最高齢と主張する、南東部ビトリス県の女性が、4月、118歳の誕生日を迎えました。

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1899年4月17日生まれという身分証明書を持つアシエ・シュトゥリュさんは、長生きの秘密は、彼女が食べて育ったオーガニック・フードだと言っています。ビトリス県ヒザン地区で、5月23日、家族省が主宰した誕生祝の席で、シュトゥリュさんは地元の産物だけを食べてきたと言いました。

「私たちはいつも地元の食物を食べてきました。自家製のヨーグルト、ケスケク(羊肉や鶏肉と挽いた小麦の料理)、アイラン(ヨーグルトと水でつくる飲物)、山で摘んだ薬草などです」と、彼女は言いました。「でも近頃は不健康な食物ばかりで、私は食べられない」

トルコ西部への旅行のために遅れた誕生パーティで、シュトゥリュさんはチョコレートのバースデーケーキを切りました。彼女はとても弱っているので、ほとんどベッドにいますが、お祝いの席で、彼女は、牛乳を搾ったり、薪を取りに高原へ行ったりした子供時代の話をしました。

シュトゥリュさんは45年前、73歳のとき、夫と死別しました。41人の孫と28人の曾孫を持つシュトゥリュさんは、いまは嫁のジンネットさんの世話になっています。孫のメキンさんは、「祖母は糖尿病と高血圧を患っていますが、元気です。行政も必要なことはしてくれますし」と言いました。

世界最高齢というシュトゥリュさんの主張は、国際的な団体に承認されていませんが、トルコの身分証明書を信じれば、彼女は世界最高齢者になります。世界最高齢者と公式に認定されていたイタリアのエムマ・モラノさんは、4月、117歳で亡くなりましたが、彼女はモラノさんより高齢になります。モラノさんはシュトゥリュさんより6か月前に生まれましたが、最後の19世紀生まれの人間と言われていました。

信頼できる出生証明書のある人々の寿命を記録している「老年学研究グループ」は、1900年3月10日生まれのジャマイカの女性ヴァイオレット・ブラウンさんを世界最高齢者としています。


収監中のHDP女性議員の娘との面会申請を法務省が承認した

法務省は、5月24日、収監中の人民民主党(HDP)の議員の、3歳の娘との面会申請を承認しました。(昨日の頁を見てください)

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法務省の発表によると、現在、560人の子供が、母親といっしょに刑務所にいると、23日、ドーアンニュースが報じました。最大野党・共和人民党(CHP)のガムゼ・アククシュ・イルゲズディ議員の国会での質問に答えて、法務省は、現在、516人の女性が子供といっしょに刑務所にいると答えました。

法務省のデータに基づいたCHPの報告書によると、刑務所にいる560人の子供たちは、0歳から6歳で、男児291人、女児269人です。


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収監中のHDP女性議員が3歳の娘との面会を請求

2017年05月24日 | 国内
5月25日 収監中のHDP(親クルド政党・人民民主党)の党員が、3歳の娘との面会を法務省に申請したと、5月24日、ドーアンニュースが報じました。

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ムシュ選出のHDPのブルジュ・チェリキ・オズカン議員は、4月19日、東部ムシュ県で、“テロリスト組織のメンバーである”として逮捕されました。3歳の娘アスミン・ミランちゃんとの面会を裁判所に訴えているオズカン議員はアンカラのシンジャン刑務所にいます。

HDPのアフメト・ユルドゥルム副議長は、収監されている議員たちが近く釈放されることを望んでいると言いました。「われわれは議員たちが刑務所から出されることを期待している。子供に刑務所を訪ねて欲しくない。だが、オズカン議員は近く釈放されると思っていないので、娘と会いたがっている」と、彼は言いました。

オズカン議員の娘はアンカラで祖母と暮らしています。娘は母親を恋しがって、いつも泣いていると、オズカン議員は言っています。HDPの新しく選ばれた共同議長セルピル・ケマルバイさんは、法務省の決定を待っていると言いました。トルコ法務省の発表によると、現在、560人の子供が母親といっしょに刑務所にいると、23日、ドーアンニュースが報じました。


イラクがトマト輸入を禁止しても、問題ない」経済相

「イラクのトマトの輸入禁止は、“季節的な慣例”だから、イラクへのトマト輸出に、とくに否定的な影響はない」とトルコ経済相が言いました。(昨日の頁参照)

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イラクは、5月21日、自国の生産者を守るために、トルコからのトマトの輸入を禁じると発表しましたが、トルコ経済省は、22日の声明で、イラクは毎年5月、トマトの輸入に関して同様の禁止令を出していると言っています。

「この禁令は季節的な慣例で、イラクへのトマト輸出に制限や規制を設けるものではない」と声明は言っています。「この禁令は、毎年、トマト生産シーズンが終わると解除される」

トルコのイラクへのトマト輸出は、2015年の1100万ドルから、2016年の3240万ドルに跳ねあがり、トマト輸出市場の18%になっています。


ペットショップでの犬猫の販売が全国的に禁じられる

森林・水道省の新しい規制によると、ペットショップで犬猫を売ることが全国的に禁じられるでしょう。

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同省は、動物の権利を守るグループの代表と会合を重ねた後、動物と、動物の権利と、ペットショップに関する草案を用意しました。この草案によると、ペットショップのオーナーは、犬猫をショップに展示できなくなるので、ショップでペットを買いたい人は、カタログから選ばなければならなくなるでしょう。犬猫は、適切な明るさと温度を調整した、とくべつに設計された場所で飼われます。

ペットショップのオーナーは、店に魚や鳥を展示できます。草案はまた、ピットブル・テリヤ、日本の土佐犬、ブラジルのフィラ、アルゼンチンのドーゴの4種を、鎖と口輪なしで外へ出すことを禁じています。「自然保護・国立公園局」のヌレッティン・タシュ総局長は、この規則に反した者は罰金を科せられると言いました。

また、飼猫と飼犬は、パスポートが与えられ、森林・水道省のデータベースに登録されます。新しい規則では、飼猫と飼犬は、その動物とオーナーについての詳細を記したチップをつけることになります。家から街路に犬猫を放した者も、マイクロチップによって身元を知られ、罰金を科せられます。


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元・陸軍大将はクーデターへの関与を否認した

2017年05月23日 | 国内
5月24日 2016年7月のクーデターの夜、参謀本部での集会に参加したとされる200人以上の軍人に対する裁判が始まりました。5月22日、裁判所前に姿を現したアクン・オズテュルク元・陸軍大将は、未遂クーデターとの関与を否認しました。

 Hurriyet
オズテュルク元・陸軍大将はクーデター関与を全面否認


「このような反逆罪で裁かれることは、私にとって最大の処罰だ。46年間、軍服を着て過ごしてきた一軍人にとって、これ以上重い罰があるだろうか。わが親愛なる国民、私を導いてくれた司令官たち、すべての人々が、私がこの裏切り的なクーデタに助力していないことを知っているはずだ」と、オズテュルク元・将軍は答弁しました。

アンカラ第17重罪裁判所は、5月22日、クーデターに関与したとして告発された、元・将軍らを含む221人の容疑者の裁判を開始しました。最初に答弁を読む将軍となったオズテュルク元・大将は、クーデターに参加したことを否認し、自分を陥れようとする動きがあったと言いました。「私が声明を出す前に、“アクン・オズテュルクが自白した”というメディアの報道がありました。これが、私が濡れ衣を着せられはじめた最初です。私がアンカラで反逆者たちの会合に参加していたと、メディアは事実のように書きましたが、匿名の目撃者の証言は嘘す」と、オズテュルク元・将軍は主張しました。


ハタイ県がアラビア語の看板を撤去することにした

<トルコ南部のハタイ県庁が、“視覚的汚染を除去するため”、アラビア語の看板をすべて撤去することに決めました。

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5月21日、ハタイ県庁は、アラビア語の看板を撤去している治安警察の寫眞を発表しました。「視覚的に見苦しいアラビア語の看板の撤去作業が、ハタイ県中で始まった」と県庁は発表しています。

トルコは現在、300万人の難民を受け入れていますが、そのほとんどはシリア人です。その中の38万4000人が、シリアと国境を接するハタイ県に住んでいます。店をオープンしている難民も多く、シリア人の店はアラビア語の看板を掲げています。

アラビア語の看板除去する動きは、南部のアダナ県でも起こっています。アダナ県庁は“トルコ語を守るために”アラビア語の看板を撤去したと言っています。


警察が日刊紙「ソズジュ」の財務管理者を拘束した

ギュレン運動調査の一環として、日刊「ソズジュ」紙のスタッフ4人に勾留状が出た数日後の5月23日、警察が同紙の財務管理者を拘束したと、アナドル通信が報じました。

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財務管理者ヨンジャ・ユジェカレリ氏は、23日、弁護士に付き添われ、イスタンブルのチャーラヤン裁判所の検事室に着きました。「ユジェカレリ氏は裁判所に行き、拘留令状の記述に関して証言したいと言いました。私たちは3時間ほど待ち、その後、彼女は拘束され、警察本署に連行されました」と、イスマイル・ユルマズ弁護士は記者団に語りました。

彼女は5月19日に拘留令状を受け取った4人のスタッフの1人です。4人の中には同紙の免許保持者ブラク・アクバイ氏も入っています。イスタンブルの主任検事室は、アクバイ氏の他、「ソズジュ」のオンライン管理者のメディハ・オルグン氏、イズミルのギョクメン記者に拘留令状を出しました。

4人は“テロ組織のメンバーである”“組織のために犯罪を犯した”“大統領に対する襲撃”“トルコ政府に対する武力反乱”などの容疑で告訴されました。アクバイ氏は国外にいると報じられています。警察はジャーナリストたちの住居も捜索しました。


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クーデターを企てた将軍らが初めて裁判所に現れた

2017年05月23日 | 国内
5月23日 アンカラ第17重罪裁判所が、元・将軍を含む221人の容疑者のケースに取りかかりました。彼らは7月16日、親政府プロテストに対し流血のクーデターを試みたとして告発されています。

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元・陸軍大将ら38人は、アンカラ郊外にとくべつに建てられたシンジャン刑務所に送られました。検察はトルコ史上、最も重い判決、終身刑2988を要求しました。彼らの容疑は“軍と暴力を使ってトルコ国会を排除しようとした”“軍と暴力を使ってトルコ政府を排除しようとした”“武装組織を管理した”“大統領の暗殺を試みた”“250人の市民を殺した”“2735人の市民を傷つけた”“国家の自由を規制した”などです。

フェトフラー・テロリスト組織(FETO)のリーダーであるフェトフラー・ギュレンは、このケースの主要な容疑者です。221人の被告のうち、200人は現在刑務所にいて、9人は未決で釈放され、ギュレンを含む12人は逃亡しています。

48人の被告は両側を警備員に守られ、群衆の怒声を浴びながら、歩いて裁判所に連行されました。裁判所の外のシンジャン刑務所の構内に入ることを許された抗議者たちは、容疑者たちに「死刑」と叫んでいました。


テロの現場になったナイトクラブ「レイナ」が取り壊された

 1月1日、イスラム国(IS)のテロで39人が殺された、イスタンブルの有名なナイトクラブが、5月22日取り壊されました。イスタンブル市は声明で、ナイトクラブの建物の一部が法に触れていたと言っています。

 Hurriyet

「イスタンブル市委員会は、ベシクタシュ区オルタキョイのナイトクラブ“レイナ”は、建物の一部が法に触れているとして、取り壊しを決めた。委員会の決定に従って、取り壊し作業は、今日、完了した」と、イスタンブル市は言いました。「取り壊しは私たちにとっても、驚きでした。作業は45分で終わりました」と、22日、「レイナ」に近い人物が語りました。

2017年1月1日早朝、イスタンブルの中心にある有名なナイトクラブを、ISが襲いました。襲撃者ウズベキスタン出身のアブドゥルカディル・マシャリポフは、その場を逃げましたが、1月16日、イスタンブルのエセンユルトで捕まりました。


ロシアにつづいてイラクもトルコのトマト輸入禁止

トルコ経済省の公式声明によると、イラクが自国の生産者を守るために、トルコからのトマトの輸入を禁じると発表しました。トルコのトマト輸出は、ロシアの輸入禁止で、すでに打撃を受けています。

 Hurriyet

5月20日に出された声明によると、イラク当局は自国の農業者を守るために、トルコからのトマトの輸入を禁じると決めました。ロシアはジェット機危機後、トマト以外の、トルコからの輸入品に課していた制裁をすべて解除しています。

トルコとロシアの大統領は5月3日、ソチで会談しましたが、プーチン大統領は、トルコからのトマト輸入禁止と、トルコ国民のビザ制限は時期が来るまで残すと言い、解除の日にちについては語りませんでした。ロシアがトルコのトマト輸入を禁止した後、トルコの農業者はロシアのかわりの市場として、イラク、ベラルーシュ、ジョージア、サウジアラビアにトマトを売っていたと、「トルコ農業者会議」(TZOB)は3月、声明で言っています。

TZOBによると、世界のトマトの必要量の6.9%を生産しているトルコは、世界第4のトマト輸出国だそうです。


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日刊紙「ソズジュ」の幹部とスタッフが警察に拘束された

2017年05月22日 | 国内
5月22日 批判的な日刊紙「ソズジュ」の幹部とスタッフをターゲットにした手入れが行われたと、19日、イスタンブルの主任検事が発表しました。その日の朝、同紙の4人のスタッフに拘留令状が出されていました。

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2017年5月3日「世界報道の自由の日」に、イスタンブル・イスティクラル通りで、デモ行進したジャーナリストたち。


イスタンブルのイルファン・フィダン主任検事は、ドーアンニュースに、今回の手入れは、免許保持者であるブラク・アクバイ氏と他のスタッを含む同紙の幹部を対象にしたものだと語りました。「アクバイ氏は逃亡しているが、彼の逮捕状は出ている。捜査はつづいている。訴訟は同紙の管理者と何人かのスタッフを対象にしたものだ」と言いました。

イスタンブルの主任検事室は、アクバイ氏と、「ソズジュ」のオンライン管理者のメディハ・オルグン氏、財務管理者ヨンジャ・カレリ氏、イズミルのギョクメン・ウル記者に拘留令状を出しました。4人は、在米説教師フェトフラー・ギュレンの運動との関与を調査されているそうです。フェトフラー・ギュレンは2016年7月の未遂クーデターの首謀者として告発されています。

アナドル通信によると、ジャーナリストたちは、“テロ組織のメンバーであり、大統領の暗殺と政府に対する武力反乱を企て、組織による犯罪に関わった”容疑で告訴されました。「ソズジュ」紙の弁護士イスマイル・ユルマズ氏によると、警察は3時間の捜査で、アクバイ氏のタブレット・コンピュータを押収しました。カレリ氏とウル氏の住居の捜索も行われました。

「トルコ・ジャーナリスト協会」はこの手入れに対して声明を出し、「ソズジュ」紙のスタッフとの連帯を宣言しました。「ジャーナリズムは情報と真実の自由のために働く職業である。ジャーナリストの活動が絶えまない拘束と逮捕によって抑圧されれば、社会の情報チャンネルが詰まってしまう。われわれは報道と表現の自由を要求しつづけなければならない。われわれはソズジュのスタッフと連帯していることを宣言する」


地中の棺に眠ってい遺体のは19世紀のロシア兵だった

先月、東部アルダハン県で、土中の棺内で発見された遺体は、19世紀のロシアの将校と確認されたと、5月21日、ハベルテュルク紙が報じました。

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遺体はカルル・カルロヴィッチ・ロジェペトスキー中佐と認定されました。中佐は第1コーカサス軍第20歩兵隊第78ナヴァシンスキー聯隊のメンバーでした。ハベルテュルク紙は、ロジェペトスキー中佐は1894年、病気で死んだと書いています。トルコの研究者たちがロシア当局と話合い、軍服から集めた情報から中佐と認定されました。

ロシアの文書局によると、中佐の棺が見つかった場所は、軍の共同墓地だったことが確認されました。この棺は、4月26日、アルダハンの建設現場で、基礎工事のための穴掘り中に見つかったそうです。中佐の遺体は、最終的に、カルス博物館に保管されることになりました。発見当初は、オスマンとロシアの戦争中(1877~1878)に戦死したと想定されましたが、病死だったようです。


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