ちいさな幸せ

幸せの基準ってある?
それは自分の心の中にあると思う。
私は何時も陽だまりのような幸せの中に居た。

幸か不幸か

2018年01月22日 | 気にかかる









ご自分のこと「私って?」「人の目には如何写ってる?」「何の為に生
まれてきたの?」

お友達が言いました。「私ちかごろ母の夢をよく見るの…」私も小さか
った頃のことを思い出します。

戦前の私の生活は、親戚のお姉様方が言われるには「羨ましい生活
だった」そうです。私は小さかったから、戦後、大きくなってから、言わ
れて「そうだったんだ!」とかえって驚きました。

気がついたときは、父親も祖母もいなくて、祖父と母と3人だったのよ。
私が、集団疎開から帰ってきたときは、祖父も亡くなっていて、母と私
だけになっていました。

母は店を空襲で焼かれて、全てを失って、身一つになって、私を育てる
為に身を粉にして働いたのよ。でも、その苦労を口に出すことは一切あ
りませんでした。これは凄いことだと思いますよ。

母は「肝臓がん」で亡くなったのですが、その時も「苦しい」「痛い」等々
言いませんでした。10代の私は察することができませんでした。

母は命の終わりを察した時、一人になる私の事をあちこちにお願いした
ようです。結婚するまでの5年間、居候の身となりました。18の時から
一人になった私は、よそ目には「可哀相な子」と写っていたかも知れませ
んが、本人は寂しさを感ずることもなく、いたって明るく元気に生活して
いましたよ。

結婚してからの53年間は、私は幸せです。主人は何もしない人ですから、
全ての事は私がします。しかし、「心の支え」は主人ですから、何も手伝わ
ない主人にブーブーと文句は言いますが、幸せな老後を送っていると思っ
ています。

「終わりよければ全てよし」 やっぱり私の人生、幸せなんだわ!

コメント
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