今日、東京代々木八幡の白寿ホールで第59回東京国際ギターコンクール本選が開催された。
このコンクールは、外国人の参加と入賞が増加するようになった2000年頃から聴き始めた。
以来殆ど欠かさず聴きに行っている。
今年の本選課題曲は、武満徹作曲「すべては薄明のなかで(All in twiligtt)」
1988年に作曲され、ジュリアン・ブリームに捧げられた曲。
ジュリアン・ブリーム自身の演奏はCDに録音されたが、Youtubeでも聴くことができる。
この作品は、パウル・クレーという画家が書いた同じ題名の絵からインスピレショーンを得て作られたそうだ。
武満徹のギター独奏曲は決して多くはないが、1970年代に作曲された「フォリオス」が有名だ。
武満徹の器楽曲でも、ピアノ作品を聴いていると、1950年代の初期の作品、例えば「遮られない休息」を始めとして1960年代の「ピアノ・ディスタンス」から1980年代初めくらいまでに作られた曲は、完全な無調音楽で、難解な曲である。
これらの曲の作風は激しい技巧的な強調、奇をてらったような要素は全く無く、むしろ静かなゆっくりとした曲の中に時折断片的な強音をちりばめたものが多い。
今日聴いた「すべては薄明のなかで(All in twiligtt)」も全体的に静かで色彩豊かな心象を描写したような曲で、激しい、技巧的な要素が無いので、聴く人からすると物足りなく感じたかもしれない。
武満徹は1980年代初めまでずっと難解な無調音楽を作り続けてきたが、1980年代以降、曲作りに迷いが生じるようになったと、どこかに書いてあったのを読んだことがある。
「すべては薄明のなかで(All in twiligtt)」もそのような時期に書かれた曲なのかもしれない。
さて今日の本選出場者と審査結果は以下のとおり(カッコ内は私が付けた順位)。
1.Davde Giovanni Tomasi (イタリア):1位(4位)
2.Mengryi Li (中国):5位(3位)
3.松本富有樹:6位(6位)
4.山田唯雄:4位(2位)
5.Jeremy Peret(フランス):2位(5位)
6.Ji Hyung Park(韓国):3位(1位)
次に各出場者の演奏の感想を簡単に述べさせていただく。
1.Davde Giovanni Tomasi
自由曲のダウランドとレゴンディは難易度が低い曲であるが、無難にまとめていた。
他の出場者がこの時代の曲として難曲に挑戦していたのに対し対照的な選曲。
音の変化が少ない。強弱の変化も乏しかったが、音質の変化が無くつまらなく感じた。強い音も力み過ぎであまりいい感じはしない。
しかし全体的に音量があり、ミスが無かったことが順位を上げたと思う。
あとで現代ギター誌で今回の演奏のオムニバスが付録で出るだろうが、何故1位になったかをよく考えてみたい。
2. Mengryi Li
自由曲のバッハは原曲どおりト短調の編曲。フーガなどギターではイ短調で演奏されるがト短調での演奏は難しい。ミスもあったがよく弾いていた。
アサドの曲はクラシックというより軽音楽。正直こういう曲は国際コンクールの本選では弾いて欲しくない。
たぶん演奏者自身のお気に入りの曲で十八番なのであろう。難しいパーーセージも難なく弾いていた。
ジュリアーニのロッシアーナは前半ミスが目立った。しかし終盤の難しい技巧はエネルギッシュに弾き切り、パワーを感じた。ミスが少なければ順位は上がったと思う。
3.松本富有樹
低音が湿った音で、響きが悪い。完成度が今一つでミスが多かった。
あまり印象に残っていない。高音の響きは良かったと思う。
4.山田唯雄
昨年も本選に出場した方。
ステージ度胸が良く、堂々としている。
楽器は伝統的な造りによるものだと思う。今回1位と2位だった演奏者の楽器とは全く別物。
低音は太く力強く、よく伸びる、高音は透明だが、芯があり無機的ではない。
音色の変化があり、強弱も多彩だった。外向きの演奏タイプだが、楽しめた。
自由曲は去年と同じマネンの幻想ソナタであったが、今年の演奏は動きの速い難しいパッセージのフレージングが不明瞭に聴こえた。その部分の前後のつながりがちょっとわかりにくい部分があった。
演奏はダイナミックで楽器の音や表現力を最大限に活かそうとすることが伝わってくる。
ややミスが多かったことが残念。
5.Jeremy Peret
今回の出場者で最も音が太く大きい。
現代的な無機的な音の楽器で、低音の減衰が速く、高音は「ヌー」といったような気の抜けた音質が特徴。
ピアソラのギターへの編曲は、1990年頃にバルタサール・ベニーテスが楽譜を出版、CDに録音してから多くのギタリストのレパートリーになったが、このような編曲をクラシックギターであまり聴きたいとは思わない。
聴くとしたらやはりオリジナルの演奏だ。このような編曲物はクラシックギターのレパートリーを拡げたのかもしれないが、拡げるのであればクラシックギターのオリジナル曲、それも作曲専門の方によるものがいい。
ヒナステラのソナタは鎌田慶昭氏のコンサートで聴いたことがある。1990年頃のこと。
彼が東京国際でこのソナタを弾いて優勝した直後のことだったと思う。
奇をてらった特殊奏法が際立った現代音楽。
奇をてらった表現だけが目立ち、聴くべきところはない。
今日の武満徹の課題曲のような緻密さ、感性の豊かさは無い。
演奏はミスが少なく、音量が大きくインパクトが強かったせいか審査員の受けは良かったのかもしれない。
しかし私は、音の変化や表現の深みが今一つで1本調子の演奏に聴こえた。
6.Ji Hyung Park
最後の演奏とあって、疲れて気が散った聴衆の何人かがたてる物音の中での演奏。演奏者がかわいそう。
最後まで静かに聴いてあげたい。
最初のファリャは音のレンジが広く、表現が豊か。今まで聴いたこの曲では一番聴き応えがあった。
課題曲も素晴らしかった。
おとなしい演奏のようでそうでもない。弱音と強音の幅がとても広く、音も美しい。
浮かび上がるハーモニックスは素晴らしく、今日の出場者の中では最も美しく聴こえた。
力まない自然体の演奏であるが、テクニックが凄い。間の取り方、テンポ、リズムも正確。
基礎的なものを徹底して身につけてきた、という感じがする。
2つのスカルラッッティのソナタは難しい編曲であるが、とても素晴らしく、つい惹き込まれてしまった。
ただ惜しむべきは2曲目の終盤に痛恨のミスをしていまい、そこからペースを乱してしまったことだ。
最後のテデスコのソナタはその前のミスを引きずってか、不本意な演奏になってしまったようだ。
本当に残念。ミスがなければ1位だったかもしれない。しかし今日聴いた演奏者の中では最も感動した。
最後に。
正直なところ、今回のコンクールの演奏は感動とか昂奮とかいったものは例年にくらべ少なかった。
レベルは例年並みかやや低かったかもしれない。
面白かったのは、楽器の選択と右手のタッチとの関係。
現代的な無機的な音のする楽器を使用する方(演奏順位1~3番目)の右手のタッチは、角度が浅く、均一な音を出していたが、伝統的な構造の楽器を使用する方(演奏順位4番と6番)の右手のタッチは、角度が弦に対しほぼ直角であり、音の変化が多彩だったこと。
個人的には山田唯雄さんの右手のタッチは理想的だと感じた。脱力しており無理のないフォームで、楽器をフルに鳴らし切っていた。
あと楽器はやはり伝統的な造りのものの方が絶対にいい。
今はやりのダブルトップなどの音量の大きい楽器は音が強く、インパクトがあるので、審査員の受けは良いのであろうが、やはり音質的には聴き劣りがする。
今日聴いた演奏者の中では、1位、2位の方よりも、Ji Hyung Parkさんと山田唯雄さんの演奏に音楽的な将来性を感じた。
今後の精進を期待したい。
また自由曲な難曲への挑戦度も評価のウェイトに入れて欲しい。
1位の方の古典自由曲は他の奏者に比べ難易度は低く、ミスは無かったが、物足りなく感じた。
フィギヤスケートのように難しい技に挑戦し、或る程度の完成度まで到達していれば評点の配分を高くしても良いのではないかと感じる。
来年の本選課題曲は原博の「ギターのための挽歌」。3回目の本選課題曲だ。
前回は7,8年前の平日開催の時であり、仕事で聴くことができなかった。
原博なら、挽歌よりも「ギターのためのオフランド」の方を聴きたい。
このコンクールは、外国人の参加と入賞が増加するようになった2000年頃から聴き始めた。
以来殆ど欠かさず聴きに行っている。
今年の本選課題曲は、武満徹作曲「すべては薄明のなかで(All in twiligtt)」
1988年に作曲され、ジュリアン・ブリームに捧げられた曲。
ジュリアン・ブリーム自身の演奏はCDに録音されたが、Youtubeでも聴くことができる。
この作品は、パウル・クレーという画家が書いた同じ題名の絵からインスピレショーンを得て作られたそうだ。
武満徹のギター独奏曲は決して多くはないが、1970年代に作曲された「フォリオス」が有名だ。
武満徹の器楽曲でも、ピアノ作品を聴いていると、1950年代の初期の作品、例えば「遮られない休息」を始めとして1960年代の「ピアノ・ディスタンス」から1980年代初めくらいまでに作られた曲は、完全な無調音楽で、難解な曲である。
これらの曲の作風は激しい技巧的な強調、奇をてらったような要素は全く無く、むしろ静かなゆっくりとした曲の中に時折断片的な強音をちりばめたものが多い。
今日聴いた「すべては薄明のなかで(All in twiligtt)」も全体的に静かで色彩豊かな心象を描写したような曲で、激しい、技巧的な要素が無いので、聴く人からすると物足りなく感じたかもしれない。
武満徹は1980年代初めまでずっと難解な無調音楽を作り続けてきたが、1980年代以降、曲作りに迷いが生じるようになったと、どこかに書いてあったのを読んだことがある。
「すべては薄明のなかで(All in twiligtt)」もそのような時期に書かれた曲なのかもしれない。
さて今日の本選出場者と審査結果は以下のとおり(カッコ内は私が付けた順位)。
1.Davde Giovanni Tomasi (イタリア):1位(4位)
2.Mengryi Li (中国):5位(3位)
3.松本富有樹:6位(6位)
4.山田唯雄:4位(2位)
5.Jeremy Peret(フランス):2位(5位)
6.Ji Hyung Park(韓国):3位(1位)
次に各出場者の演奏の感想を簡単に述べさせていただく。
1.Davde Giovanni Tomasi
自由曲のダウランドとレゴンディは難易度が低い曲であるが、無難にまとめていた。
他の出場者がこの時代の曲として難曲に挑戦していたのに対し対照的な選曲。
音の変化が少ない。強弱の変化も乏しかったが、音質の変化が無くつまらなく感じた。強い音も力み過ぎであまりいい感じはしない。
しかし全体的に音量があり、ミスが無かったことが順位を上げたと思う。
あとで現代ギター誌で今回の演奏のオムニバスが付録で出るだろうが、何故1位になったかをよく考えてみたい。
2. Mengryi Li
自由曲のバッハは原曲どおりト短調の編曲。フーガなどギターではイ短調で演奏されるがト短調での演奏は難しい。ミスもあったがよく弾いていた。
アサドの曲はクラシックというより軽音楽。正直こういう曲は国際コンクールの本選では弾いて欲しくない。
たぶん演奏者自身のお気に入りの曲で十八番なのであろう。難しいパーーセージも難なく弾いていた。
ジュリアーニのロッシアーナは前半ミスが目立った。しかし終盤の難しい技巧はエネルギッシュに弾き切り、パワーを感じた。ミスが少なければ順位は上がったと思う。
3.松本富有樹
低音が湿った音で、響きが悪い。完成度が今一つでミスが多かった。
あまり印象に残っていない。高音の響きは良かったと思う。
4.山田唯雄
昨年も本選に出場した方。
ステージ度胸が良く、堂々としている。
楽器は伝統的な造りによるものだと思う。今回1位と2位だった演奏者の楽器とは全く別物。
低音は太く力強く、よく伸びる、高音は透明だが、芯があり無機的ではない。
音色の変化があり、強弱も多彩だった。外向きの演奏タイプだが、楽しめた。
自由曲は去年と同じマネンの幻想ソナタであったが、今年の演奏は動きの速い難しいパッセージのフレージングが不明瞭に聴こえた。その部分の前後のつながりがちょっとわかりにくい部分があった。
演奏はダイナミックで楽器の音や表現力を最大限に活かそうとすることが伝わってくる。
ややミスが多かったことが残念。
5.Jeremy Peret
今回の出場者で最も音が太く大きい。
現代的な無機的な音の楽器で、低音の減衰が速く、高音は「ヌー」といったような気の抜けた音質が特徴。
ピアソラのギターへの編曲は、1990年頃にバルタサール・ベニーテスが楽譜を出版、CDに録音してから多くのギタリストのレパートリーになったが、このような編曲をクラシックギターであまり聴きたいとは思わない。
聴くとしたらやはりオリジナルの演奏だ。このような編曲物はクラシックギターのレパートリーを拡げたのかもしれないが、拡げるのであればクラシックギターのオリジナル曲、それも作曲専門の方によるものがいい。
ヒナステラのソナタは鎌田慶昭氏のコンサートで聴いたことがある。1990年頃のこと。
彼が東京国際でこのソナタを弾いて優勝した直後のことだったと思う。
奇をてらった特殊奏法が際立った現代音楽。
奇をてらった表現だけが目立ち、聴くべきところはない。
今日の武満徹の課題曲のような緻密さ、感性の豊かさは無い。
演奏はミスが少なく、音量が大きくインパクトが強かったせいか審査員の受けは良かったのかもしれない。
しかし私は、音の変化や表現の深みが今一つで1本調子の演奏に聴こえた。
6.Ji Hyung Park
最後の演奏とあって、疲れて気が散った聴衆の何人かがたてる物音の中での演奏。演奏者がかわいそう。
最後まで静かに聴いてあげたい。
最初のファリャは音のレンジが広く、表現が豊か。今まで聴いたこの曲では一番聴き応えがあった。
課題曲も素晴らしかった。
おとなしい演奏のようでそうでもない。弱音と強音の幅がとても広く、音も美しい。
浮かび上がるハーモニックスは素晴らしく、今日の出場者の中では最も美しく聴こえた。
力まない自然体の演奏であるが、テクニックが凄い。間の取り方、テンポ、リズムも正確。
基礎的なものを徹底して身につけてきた、という感じがする。
2つのスカルラッッティのソナタは難しい編曲であるが、とても素晴らしく、つい惹き込まれてしまった。
ただ惜しむべきは2曲目の終盤に痛恨のミスをしていまい、そこからペースを乱してしまったことだ。
最後のテデスコのソナタはその前のミスを引きずってか、不本意な演奏になってしまったようだ。
本当に残念。ミスがなければ1位だったかもしれない。しかし今日聴いた演奏者の中では最も感動した。
最後に。
正直なところ、今回のコンクールの演奏は感動とか昂奮とかいったものは例年にくらべ少なかった。
レベルは例年並みかやや低かったかもしれない。
面白かったのは、楽器の選択と右手のタッチとの関係。
現代的な無機的な音のする楽器を使用する方(演奏順位1~3番目)の右手のタッチは、角度が浅く、均一な音を出していたが、伝統的な構造の楽器を使用する方(演奏順位4番と6番)の右手のタッチは、角度が弦に対しほぼ直角であり、音の変化が多彩だったこと。
個人的には山田唯雄さんの右手のタッチは理想的だと感じた。脱力しており無理のないフォームで、楽器をフルに鳴らし切っていた。
あと楽器はやはり伝統的な造りのものの方が絶対にいい。
今はやりのダブルトップなどの音量の大きい楽器は音が強く、インパクトがあるので、審査員の受けは良いのであろうが、やはり音質的には聴き劣りがする。
今日聴いた演奏者の中では、1位、2位の方よりも、Ji Hyung Parkさんと山田唯雄さんの演奏に音楽的な将来性を感じた。
今後の精進を期待したい。
また自由曲な難曲への挑戦度も評価のウェイトに入れて欲しい。
1位の方の古典自由曲は他の奏者に比べ難易度は低く、ミスは無かったが、物足りなく感じた。
フィギヤスケートのように難しい技に挑戦し、或る程度の完成度まで到達していれば評点の配分を高くしても良いのではないかと感じる。
来年の本選課題曲は原博の「ギターのための挽歌」。3回目の本選課題曲だ。
前回は7,8年前の平日開催の時であり、仕事で聴くことができなかった。
原博なら、挽歌よりも「ギターのためのオフランド」の方を聴きたい。