緑陽ギター日記

趣味のクラシック・ギターやピアノ、合唱曲を中心に思いついたことを書いていきます。

ベートーヴェン ピアノソナタの名盤(4) 第27番

2013-10-19 23:39:06 | ピアノ
こんにちは。
だいぶ寒くなってきました。台風が近づいてきているようです。
ベートーヴェンのピアノソナタの名盤の紹介も4回目となります。
器楽にとって最も重要な要素は音だと思います。
とくに次の2点は器楽演奏をする際に最も根本的なことだと思いますし、器楽演奏を鑑賞する際にも最も注意を払うことだと思います。
1.演奏する楽器からその楽器の持つ特有の魅力ある音を最大限に引き出すことができるか(できているか)。
2.音に感情エネルギーを伝達できるか(できているか)。
今日紹介するピアノソナタ第27番は作曲者の心情をかなり直截的に表現した曲だと思います。
第一楽章「速く、そして終始感情と表情を伴って」はベートーヴェンが悲観に暮れている時の感情が感じ取れます。自分を奮い立たせようとするのだが、すぐに気落ちしてブレーキがかかってしまう。





ある箇所では生きるエネルギーのともし火がいまにも消えてしまいそうな感じが伝わってきます。



ただし自殺したいというところまではいっていないと思いますね。もしそうだとすると音楽は書けないだろうし、書いたとしてももっと暗く荒涼な表現になると思う。
耳が聞こえなくなって悲観に暮れたのかわからないが、いずれにしても自分の気持ちを正直に直截的に出しており、この感情の表出がベートーヴェンにとって必要であったのだと思います。
幸福感、楽しい、嬉しいなどのプラスの感情は比較的短い間しか続かないが、人生に対する悲観、悲しみ、孤独感などのマイナス感情はなかなか消えていきません。もうこのような感情は味わいつくすまで味わはないと消化していきません。
ベートーヴェンはこの第一楽章を書き、心の中で演奏することで自らの感情を消化していったに違いありません。
だから第2楽章は穏やかで明るい曲想に変化したのだと思います。つまり人生に対する悲観を味わいつくし、もうこれ以上悲観に暮れてもしょうがないという心境を経て得た感情なのだと思う。
そのような意味ではこのソナタは第1楽章と第2楽章は常に分離することができない、1つの曲なのだと思います。どちらかの楽章を単独で弾いても聴いてもこの曲の意味するところはわからない。単独の楽章だけだとこのソナタの価値は決して十分には伝わらないと思う。
第2楽章が美しくて聴きやすい曲だから、この楽章だけ気に入って演奏するのではだめですね。第1楽章と第2楽章との間隔も短い方が良い。
この曲は一時の絶望や悲観を乗り越えて、穏やかな幸福感を感じるに至る心情の変化を見事に表現した曲だと私は思っています。ただこの心情の変化は死の淵から這い上がって幸福感をつかみとるに至るというような大げさなものではないと思います。
さてこの第27番の演奏ですが、今まで聴いた録音は次のとおりです。

①アルトゥール・シュナーベル(1932年、スタジオ録音)
②フリードリヒ・グルダ(1968年、スタジオ録音)
③ヴィルヘルム・バックハウス(1969年、スタジオ録音)
④ディーター・ツェヒリン(1969年、スタジオ録音)
⑤マリヤ・グリンベルグ(1966年、スタジオ録音)
⑥ヴィルヘルム・ケンプ(1951~56年、スタジオ録音)
⑦ヴィルヘルム・ケンプ(1965年、スタジオ録音)
⑧マリヤ・ユージナ(1958年、ライブ録音?)
⑨クラウディオ・アラウ(1967年、スタジオ録音)
⑩エリック・ハイドシェク(1967~1973年、スタジオ録音)
⑪エミール・ギレリス(1980年、ライブ録音)
⑫イーヴ・ナット(1954年、スタジオ録音)
⑬タチアナ・ニコラーエワ(1984年、ライブ録音)
⑭ジョン・リル(録音年不明、スタジオ録音)
⑮パウル・バドゥラ・スコダ(1970年、スタジオ録音)
⑯スヴァヤトスラフ・リヒテル(1965年、ライブ録音)
⑰ソロモン・カットナー(1956年、スタジオ録音)

そしてこの中で最も強く心に残り感動した演奏は次の3枚です。

⑨クラウディオ・アラウ(1967年、スタジオ録音)
クラウディオ・アラウ(1903~1991)の演奏を初めて聴いたのは私が30歳代前半の頃で、ショパンの全集を買ったときです。リパッティやルービンシュタインの演奏に慣れていたせいか、このアラウの弾くショパンはどうも違和感を感じ、この時は大家と言われているほどの演奏ではないな、と感じていました。
しかしベートーヴェンのこの第27番を聴いてからは彼に対する見方が変わりました。



まず演奏自体が最初は地味に聴こえるため、1回だけ聴いただけではあまり印象にのこらず通りすぎてしまうかもしれませんが、何度も聴いてみるとその音や音楽表現にもの凄い深く厚いものが感じ取れるのです。
冒頭で音の重要性を述べましたが、アラウは低音をおろそかにしていません。低音が最もピアノらしい音に聴こえます。重厚なのだが重過ぎないし、響きがすぐに落ちてしまうこともない。かといって過剰に聴こえることもない。これは以下の箇所のような低音を聴くとわかります。



高音と低音のバランスの取り方と低音の響かせ方は②のグルダの何倍も優れていると思います。
また第二楽章の下記の箇所などは神経を集中して聴くと、優しい感情が伝わってきます。聴く者はなかなか意識できないが優しさが無意識的に伝わってくるところが凄い演奏だと思います。



アラウの弾くベートーヴェンのソナタは曲によってはどうかなと思うものがあるが、この曲は最も聴き応えがある。未だ全曲聴いていないが、他のソナタの中にもきっと素晴らしい演奏があるに違いない。

⑧マリヤ・ユージナ(1958年、ライブ録音?)
マリヤ・ユージナ(1899~1970)は旧ソ連時代の女流ピアニストでしたが、反体制的な行動をとったため、演奏活動を著しく制限された。この点ではマリヤ・グリンベルク(1908~1978)と似たような境遇だったといえます。
幸いにも録音が多数残されたが、音が悪いものが多く鑑賞に耐えないものもあります。
この27番のソナタの録音はまだいい方で、ホールで弾いたと思われ、ピアノの響きが存分に伝わってきます。



第1楽章が素晴らしいです。少しテンポは遅いが、楽器を十分に鳴らしきった(大音量を出したという意味ではない)演奏で、ピアノの音の魅力を存分に引き出していることがわかります。恐らく第1楽章の演奏では1番素晴らしいのではないか。
ベートーヴェンが気持ちを奮い立たせようとするが、やがて気力が失せて嘆きに変わる心情の変化、エネルギーが消え入るような部分の表現は他の奏者の誰よりも理解した演奏のように感じる。
これに対し第2楽章「その指定「速すぎないように、そして十分に歌うように奏すること」に反して物凄い速さで弾きとおします。一番長いジョン・リルの演奏時間9分15秒に対しマリヤ・ユージナの演奏時間は5分36秒。4分近くも差があります。
もっとゆっくり弾いてくれれば最高の演奏になったに違いありません。彼女が何故この速度をとったのか疑問です。
しかし第2楽章の演奏が速いにしても彼女の演奏は心に強く刻まれるものであり、何度も聴きたい気持ちにさせてくれる。

⑪エミール・ギレリス(1980年、ライブ録音)
エミール・ギレリス(1916~1985)も旧ソ連時代のピアニストでしたが、リヒテルに次いでソ連のピアニストとして最も知られた人でした。
チャイコフスキーのピアノの協奏曲のライブ録音などは何枚も見かけます。ただこのベートヴェンのソナタは全曲録音には至りませんでした。しかし彼のベートーヴェンの演奏は聴き応えがあります。



この27番の演奏は、第1楽章はややタッチが強いもののピアノの音の美しさ、特に高音の芯のある美しい音が聴けます。このタッチができる演奏家はそういないと思います。このタッチの音はギターを弾く際にも参考となるし、理想の音でもあります。
ピアノもギターも軽快なタッチで胸のすくような演奏は多数あるが、ギレリスのような芯のある音で軽快に弾くことのできる奏者が本物だと思います。
第2楽章に入ってからの音はさらに美しく響き、特に最後の部分の高音はこれ以上ないと感じられるほど美しく、ため息がでるほどです。

【追記20131020】
クラウディオ・アラウの弾くベートーヴェン、ピアノソナタ第14番「月光」と第28番を聴きましたが、凄い演奏でした。
鍵盤を強く叩いていないのに、特に低音は音が何重にも重なっているような重層的な響きを出しているのに改めて驚いた。
そして音への感情エネルギーの伝え方が自然で、音と感情との間に乖離がなく、演奏や音そのものが感情の流れのように聴こえます。
低音から高音まで全て、ピアノという楽器の音の魅力を最大限に引き出し表現した数少ない巨匠のうちの一人だと思います。音楽表現も非常に高度なレベルです。
バックハウスやグルダなどに比べ聴かれる頻度が少ないのは、技巧面で地味さを感じるからなのではないか(技巧的に劣っているという意味ではなく、技巧を強調するような華麗、流麗な演奏をするタイプではないから)。
多くの愛好家からまんべんなく評価されるタイプの巨匠ではないが、一部の愛好家からは非常に高く評価されている演奏家だと思います。

【追記20140503】
今日この第27番の素晴らしい演奏に出会いました。演奏者は室井摩耶子さんです。
今まで聴いたこの曲の中で最高の演奏です。録音1979年、船橋市民文化センターでの録音とあるが、ライブ録音の可能性もあります。わずかなミスがあるからです。ライブでなければ一発録りでしょう。こんなに感情表現のできる演奏家、音の魅力を引き出せる演奏家が日本で、しかもほとんど知られていない中でいたなんて驚きです。
この演奏を超える録音が出てくるのは極めて難しいかも。

コメント    この記事についてブログを書く
« 2013年度(第31回)ス... | トップ | 宍戸睦郎作曲 合唱組曲「奥... »

コメントを投稿

ピアノ」カテゴリの最新記事