緑陽ギター日記

趣味のクラシック・ギターやピアノ、合唱曲を中心に思いついたことを書いていきます。

今年の抱負2020(4)

2020-01-18 22:42:12 | 音楽一般
3.その他の趣味

毎年年初に、「今年の抱負」と題する記事を書いており、好きなジャンルの音楽について、今年はどんな趣味活動をしていこうと考えているか、抱負を順番に書いているのだが、今日は本来最後に持ってくるべき項目として、音楽以外の趣味について記事にしようと思った。

まずはスポーツ。
体を動かすことは割り合い好きだ。
幼年時代から少年時代は家の中で遊ぶことは殆ど無く、近所の子供たちともっぱら外で遊んでいた。
古くから伝わる原始的な遊び、例えば鬼ごっことか、手つなぎ鬼、缶蹴り、S陣取り、釘差しなど、学年の差関係なく集団で遊んだけど、これがまた楽しくて。
日が暮れるまで息を弾ませながら走り回っていた。
また行ったことの無い未知の場所に冒険と称して行ってみたのも面白かった。
行った先の果樹園で梨を盗んだこともあったし、廃車置き場の中に潜入して車の中に入り込んで、ハンドルを動かしてみたり(バスの中で消化器をまき散らした奴もいた)、バスの車庫の中に忍び込んで、扉の開いているバスの中に入って、当時の油臭いバスの車内の長椅子の上に寝転がったり、地下鉄への連絡券を盗んだり、今思い出すとあの時代の子供たちは常に未知への冒険やスリルを求めて行動しようとする気持ちに溢れていたんだな、と思う。

このような遊びと並行して小学校2年生の時に野球を始めた。
デパートに両親と兄と行って、グローブを買ってもらったシーンは今でも憶えている。
そして小学校5年生になってから住んでいる町の少年野球チームに入った。
夏と秋に地区対応の大会があって、住民のカンパで買ってもらったおそろいのユニホームを着て大会に出たことは今となっては懐かしい思い出だ。
守備はファーストとキャッチャーだった。
監督は同級生のお父さん。職業訓練校の先生でとてもいい人だった。
その同級生とは親友だった。
とてつもなくやさしく、いい奴でね。今の時代、こんないい子供っているのかな。そのくらいいい奴だった。
冬は樹脂製のミニスキー(今は見たことは無い)を履いて、近くの丘を滑るだけに飽き足らず、手製のスティックでアイスホッケーもやった。
アイスホッケーといってもスケートリンクの上でやるのではない。
雪の積もった道路の上で、長靴の下に樹脂製のミニスキーを履いて走るのである。
スティックなど売っているものなど高価で買えるわけがなく、近所の建設会社(同級生のお父さんが経営)の資材置き場に吹雪のときに忍び込んで、廃材と思われる棒の切れ端をちょっとしっけいし(子供の頃は悪だったかな?)、のこぎりで切ってそれらしく形にし、釘で固定、クレヨンで模様やイニシャルなどを書き込んで、その上にニスを塗って作った。
パックは浅田飴の缶に木片を詰めて蓋をし、その上をビニールテープを巻いてそれらしく仕上げた。
これらの手製の道具で近所の子供たちと道路をリンクに見たてて試合をやるのである。
これがまたすごく楽しかった。

中学生になると、バレーボールに目覚めた。
はじめはバスケットボール部に入ったのだが、その練習の脇で練習していたバレーボール部の生徒たちのプレーにすっかり惹き込まれてしまった。
またそのバレー部の雰囲気もとてもよかったんですね。
先輩の打つ炸裂するようなアタックが凄かった。
それでバスケ部を辞めてバレー部に移った。
やはりバレーに見惚れただけあって、めきめきと上達して3年生を驚かすまでになった(これは自慢し過ぎかな)。
3年生になって弱小チームではあったが、セッター兼、主将もやった。
3年生の1学期までギターとバレーとそれ以外の遊び(近所でザリガニ取りとか山葡萄取りとかもやった)に熱中し、勉強は殆どしなかった。

中学時代に勉強しなかったツケが確実にまわってきた。
内申書は当然悪く、いい高校に入れなかった。
暗黒の高校時代である。
学校の中で居場所を感じることができず、唯一、勉強に逃げ込んでいた。
ズル休みを繰り返し、出席日数不足で、あと1日休むと落第するところだった。とても辛かった。
いつ貧血で倒れてもおかしくないほどの青白い顔をして、弱々しい貧弱な坊やのような風貌のガリ勉にすっかり生まれかわってしまっていた。
中学時代の同級生や後輩などから、その変わり果てた姿を見られるのが何よりもしんどかった。
当然スポーツなどゼロ。
しかしそんな中でも空手をやりたいな、と思ったこともあった。実現しなかったけど。

青白いガリ勉をやった甲斐があって、現役で大学に受かって、今度は何かスポーツをやりたいという気持ちが強く起こった。
そして入学後、ある運動部に入った。これは4年間続いた。
しばらくしてマンドリンクラブにも入った。
いわゆる兼部というやつだ。
そしてアルバイトもやったので、授業には殆ど出ず、途中で落第。
両親にそのことを話すのがかなり躊躇された。
(両親は怒りはしなかったが、かなり失望した)

社会人に入って、しばらくしてから大学時代にやった運動を再開したが数か月で断念。
30代初めにまた再開したが数回で止めてしまった。
社会人になってからやった運動といえば、登山くらいか。
これも会社の山岳部に入ってから始めたのだが、5つくらいの登山をやったくらいのことだ。
その後は、風景写真の撮影のために重たい機材を担いでいろいろなところに行って、歩き回ったくらいか。

そして昨年夏、あるスポーツを習い始めた。
今日もその練習に行ってきたが、これが結構面白い、というか、心も体も引き締まる。
もしかするとずっと長続きしそうな気配を感じる。
週1回のペースだから目に見えて運動効果が表れるものではないが、何年間も続けることで究めることのできる奥の深い運動だと思う。

スポーツ以外の趣味はどうか。
やってみたいのが昔やっていた写真撮影。
昨年、プロ用のデジタルカメラを中古で買った。



殆ど使用履歴の無さそうな状態で新品価格の3分の1程度の値段だった。型落ち品ということもあるけれど。
でも買ってからまだ一度も撮影を試していない。
理由は機能がたくさんついていて、そう操作したらいいかお手上げ状態だからだ。
電子機器音痴なのだ。
スマホもろく使いこなせないのに、こんな多機能の電子機器など使えそうもない。
昔のマニュアルのカメラの方がよっぽどよかった。
マニュカルフォーカス、機械式シャッター、手動露出なので、操作がシンプルな反面、リバーサルフィルム使用時は、露出決定などの知識と経験が必要だった。
このほうが操作はシンプルだけど楽しい。

昨年買ったカメラは、昔買い揃えたマニュアルフォーカスのレンズ(キャノンとニコン)をアダプターをかませば使えるので、高額なレンズを新たに買わなくても済むというメリットがある。
このカメラとレンズで今年は、撮影をして記事に上げたい。
当面考えているのは、美しい景色の撮影ではなく、都会のワンショット。
10年以上も前から実行したいと思っているのが、JR山手線の徒歩での1週。
もちろん1日で完歩できないので、気が向いたときに、こまぎれに駅と駅の間を徒歩で歩いて、その間の風景をカメラで撮影しようと思っているのである。

これが終ったら、車で遠出して、いろんなところに行って撮影したいな。
今乗っている車の走行距離、今日丁度、距離計が163,000kmジャストを記録していた。
しかし東京勤務になって電車通勤になってから、走行距離が伸びていかない。
20万キロまで乗るのが目標なので、このペースだとあと10年以上はかかってしまう。
もう、マンドリンクラブの練習も車で行っていしまおうかな。
車のメンテも昨年はちゅうと半端に終わってしまった。
エンジンオイルも換時期を過ぎてしまっている。

あとはなんだろう。
おいしいパンと納豆をいろいろ試すことだろうか。
おいしいそばやうどんの店にも行ってみたい。
昔、群馬の林道に行ったとき、林道のふもとにうどんやそばの店が点在していて、それは小さな店なのだが、きっとおいしいそば、うどんの店のある町で知られた地域なのだと思う。
とても人が行くようなところでは無いような場所なのだが。
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