緑陽ギター日記

趣味のクラシック・ギターやピアノ、合唱曲を中心に思いついたことを書いていきます。

簿記学の名著(2)

2017-10-14 22:42:07 | 学問
大学で原価計算、管理会計を専攻し、就職後30年以上、殆どこの分野の仕事をしてきた。
原価計算、管理会計に関心を持ったきっかけは、高校時代に勉強ばかりしていた反動で大学入学後、授業に殆ど出ずに自堕落な生活を送っていた時に、ある本と出会ったことによる。
この本との出会いは、その後の私の人生を変えた。
その本とは、沼田嘉穂著「簿記教科書」であった。
この本の出会いについてのいきさつは3年ほど前の記事で書いた。

2年生で簿記学の単位を落とし落第した私は、当時の大学のテキストであったこの「簿記教科書」をもう一度、一からまじめにやり直すことにした。
この書物の著者の強い信念、自説に対する絶対的な自信に感動した私は、この「簿記教科書」を基礎にして、会計学、原価計算、管理会計とむさぼるように本や論文を読むようになっていった。
そして3年生になり、ゼミは原価計算、管理会計を選んだ。
大学4年生(留年したので5年目であったが)になってから卒業論文に着手し、大学図書館の地下の書庫に入って論文を読みふけった。
卒論は原稿用紙300枚を超えた。テーマは、企業における多目標追求行動と予算管理についてであった。
このころには大学時代の前半の自分とは別人のようになっていた。
学問をする喜びを、この図書館の誰もいない書庫で論文を探しながら感じていたのを30年以上たった今でも思いだす。

沼田嘉穂の本は「簿記教科書」以外に、「会計教科書」、そして社会人になって「原価計算・工業簿記教科書」、「企業会計原則を裁く」を読んだ。
「原価計算・工業簿記教科書」は30歳くらいの時に、2、3か月かけて精読し、記帳練習帳もすべてやり遂げた。

30歳を過ぎた頃であろうか。
図書館である会計学者のエッセイ本をたまたま見つけ、立ち読みした。
会計なんとか記とかいうタイトルの本だったと思う。
会計学者のように、あまり企業に貢献していない方がこのようなエッセイ本を出すのはあまり好きではないが、この本の中に「ある会計学者の死」と題する記事が目を惹いた。
読み進めると、この「ある会計学者」とは沼田嘉穂のことであった。
このエッセイの著者は沼田嘉穂のことを悪口とまで言わないまでも、結構棘のあるようなことを書いていた。
しかしこの著者は沼田嘉穂の著作のうち、「帳簿組織」という本を絶賛していた。
これが今日紹介する、簿記学の名著「帳簿組織」なのである。

この「帳簿組織」という本の存在を知った私は早速読みたくなり、古書店などでこの本を探したが見つからず、国会図書館でかろうじてマイクロフィルムで閲覧することができた。
しかしその後もこの本を思い出したときに探し続け、今回やっと古本で入手したのである。





昭和45年初版。
「日本図書館協会選定図書」と箱の上部に記載されている。
この箱のイラストがまたいい。
帳簿をイメージした簡素なイラストであるが、地味ながら均整のとれた美しいデザインだ。
このような一見目立たないけど、存在感のあるイラストを本で見ることは少なくなった。
箱から本を引き出し、その表表紙、裏表紙の質感を見る。
昔の本は上質の素材を使用している。

この本の最大の特徴は、簿記学の理論は「簿記教科書」に譲り、徹底した実務に徹した内容になっていることである。
企業の諸活動を実行する組織、活動記録としての原始証憑類、帳簿等の有機的関連と運用の流れについて膨大な事例、イラスト、図表、フローチャートにより説明している。
まず会計学者が企業の詳細な実務の内容、具体的な証憑、帳簿類、内部組織の構造と実務の流れについて具体的かつ詳細に説明できることに驚嘆する。
実際に企業に勤務し、帳簿組織の実務に精通している人でないと書けないほどのレベルだ。
日本の会計学や原価計算などの大学の先生は、実務を経験していないから過去の学者の学説を学びそれを踏襲し、ごくわずかに自分の意見を述べるにとどまっている。
だから市販されているテキストの殆どは似たり寄ったりで独創性に乏しく、資格試験対策には役立っても、実務にはほとんど使えない。
この沼田嘉穂の「帳簿組織」は徹底した実務への貢献を意図して書かれている。
すなわち、企業が既存の帳簿組織の上に改めて有効な帳簿組織を導入しようとするとき、また会社を興し、会計制度を導入しようとするときの指針になるばかりではなく、具体的にどのような証憑、帳簿を用意し、その個々の証憑、帳簿類をどの組織の誰が作成、誰が責任を負うべきかまで参考にできるよう配慮している。

昭和45年刊なので、まだ幼稚な事務用機械処理機(パンチカードによるもの)が導入された頃であり、基本的には帳簿類は古さが感じられるのは否めないが、現代において帳票類が電子化されても帳簿組織の仕組み自体は基本的に変わっていない。
私の勤め先では、仕訳帳に代わるものとして、会計仕訳を画面上で入力できるフレームワークが全部門で用意されており、借方、貸方のそれぞれに、勘定科目、原価部門、製番、金額等を入力し、その入力結果が会計システムに自動連携できる仕組みになっている。
そして全部門の会計仕訳情報が会計システムで集約され、その結果が原価計算システムに自動連携される。

私が大学に入学した頃、計算機はパンチカード式であったが、卒業する頃にはフォートランなどの言語によるプログラミングを端末(三菱電機のMELCOMという端末だったと思う)で入力し、計算できるまでに進歩していた。
その後30年以上を経て、会計処理や原価計算のシステムは高度な計算が可能になるまでめざましい進歩をした。

企業活動とは、受注、営業部門から生産部門への受注情報の伝達、生産部門での生産計画の立案、設計部門での設計、BOMによる所要量計算、購買、受入検査、保管、倉出し、製造、完成(出荷)検査、梱包、保管、出荷、売上、入金、などの一連の流れであり、現代ではこれらの業務に付随する事務処理はシステム化され、かつ有機的に連携されているが、著書「帳簿組織」はこれらの一連の企業活動の各々の業務で必要とされる帳簿と組織との関連性、業務と業務のとのつながりと帳簿、証憑類の流れ、責任区分を、特に内部統制制度を意識して解説していることに特色がある。
この本には、内部統制、内部監査、外部監査、内部牽引制度等の言葉が頻繁に出てくるが、すなわち不正が行われにくい、たとえ行われても容易に発覚されやすい、また誤謬が発見された時、その原因を短時間で効率的に究明できることを念頭に展開しているところが単なる実務書とは一線を画している。

沼田嘉穂はこの本のはしがきで、「私は簿記学の研究にあたり、常に帳簿組織を省み、これについて多くの論文を発表してきた。しかし私の研究が進展するにつれて、単に論文に止らず、帳簿組織についてのまとまった研究成果をうることを人生の目標の一つとするに至った。これは今から10年前のことである。」、「結局、本書は実質的には過去十数年にわたる私の研究と思考の結晶であり、短日月の成果ではない。」と述べている。
私はこの本をのべ10日間ほどで一気に粗読したが、まさに上記の言葉を実感する内容であった。
膨大な研究用資料を収集し、高い志を持って完成させた、まさに名著に相応しい学術書だ。

今、簿記会計や原価計算などの参考書は資格試験受験用を意図して書かれたものが殆どであり、内容はどれも似たり寄ったりで差がなく、独創性に欠ける。
一方、経営コンサルタントや公認会計士が書いたものは実務家向けを意識しているが、内容が脆弱で、これも役に立たないものが殆どである。
原価管理などを会社で展開しようとするときに、具体的にどのようなノウハウ、管理指標、帳票類を使えばよいのか、それらを導入した結果、どのような効果を得ることができるかなどについて、この「帳簿組織」と同レベルの詳細さを持って解説してくれる書物があったならば、どれだけ実務に役立てることができるだろうかと思う。







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2 コメント

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Unknown (Tommy)
2017-10-16 21:47:19
現役時代最も苦労した簿記を思い出してしまいました。

電子工学を専門にしていたので簿記には全く無知で
でしたが、急遽海外に子会社を立ち上げる話があり
大慌てで公認会計士の元で3か月で簿記2級まで取る
ことと言われて大変苦労したものでした。

やはり人には向き不向きがありそうですね。
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Unknown (緑陽)
2017-10-16 22:25:40
Tommyさん、こんにちは。コメント下さりありがとうございました。
Tommyさんは電子工学がご専門だったのですね。
海外勤務が長かったとのことでしたので、もしかすると金融関係に関わるお仕事をされていたのではと思っておりました。
私は理科、特に物理とか科学とかが大嫌いで、中学時代は悲惨な成績でした。
高校時代は、かろうじて生物と地学で切り抜けました。
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