緑陽ギター日記

趣味のクラシック・ギターやピアノ、合唱曲を中心に思いついたことを書いていきます。

鈴木静一作曲 交響譚詩「火の山」を聴く

2015-01-11 22:26:57 | マンドリン合奏
クラシック音楽界の片隅に、マイナーで目立たないが、マンドリン・オーケストラという分野がある。
マンドリンそのものの歴史は古く、17世紀に遡るが、19世紀から20世紀初頭のクラシック音楽が隆盛を極めた年代にイタリアを除き殆ど顧みられることはなかった。
イタリアで盛んに作曲された曲はあまり今日では演奏されていないようだ。
日本でのマンドリン音楽の歴史は20世紀初めからであり、身近な存在では、その草分け的な活動の記録として、作家の萩原朔太郎の全集にマンドリン奏法の解説をしたものを見ることができる。
少し遅れて1920年代半ばにイタリアのカラーチェという作曲家が来日し、そのマンドリン音楽に影響を受けた作曲家が鈴木静一(1901~1980)や中野二郎らであった。
中野二郎はクラシック・ギター界でも有名な存在であったが、主にイタリアのマネンテやアマディといった作曲家の管弦楽や吹奏楽をマンドリン・オーケストラ用に編曲したのに対し、鈴木静一は日本独自のモチーフを主題にしたマンドリン・オーケストラのオリジナル曲を自ら作曲した。
このような発展を辿ったマンドリン・オーケストラの最盛期は、1960年代から1980年代前半くらいまでで、この間に多くの大学でマンドリンクラブが生まれ、鈴木静一や藤掛廣幸を含む何人かの作曲家が大学のマンドリン・オーケストラのためにオリジナル曲を作曲した。
この時代のオリジナル曲は、マンドリン・ギターだけでなく、金管、木管楽器、打楽器、ピアノ等も加えた、総勢60~70名ほどで構成される大規模で本格的なものであった。
私も1980年代前半にこれらのオリジナル曲を演奏する機会に恵まれた。
今日紹介する交響譚詩「火の山」は、鈴木静一の曲の中で最も好きな曲であり、大学の定期演奏会で完全燃焼するまで弾いた思い出のある曲である。
この交響譚詩「火の山」の素晴らしいところは、日本陰旋法をメインに使用し、古代から脈々と消滅することなく続いてきた、日本的情緒を聴く者に強く想起させるモチーフをふんだんに取り入れていることである。
日本陰旋法とは、作曲家の小船幸次郎氏によれば日本独自の旋法であり、外国の音楽に聴くことは皆無である。
この暗く、もの悲しい旋律を生む旋法は、古くから厳しい身分制度のもとで抑圧された日本の庶民の気持ち、また貧しく質素な暮らしを強いられながらも、四季折々の豊かで素朴な美しい自然の中で生活する人々の心情から生まれたものではないだろうか。
このような日本独自の旋法を用いた作曲家は極めて少ないが、有名なのは伊福部昭(1914~2006)であり、「交響譚詩」や「日本狂詩曲」、「ピアノ組曲」などの一部のフレーズで日本陰旋法を聴くことができる。
鈴木静一は伊福部昭よりも13年先に生まれており、伊福部昭が10歳の頃には既に組曲「山の印象」を作曲している。
大正時代に思春期から青年時代初期を過ごしており、この時代に庶民の間では、日本陰旋法による音楽が身近なものとして、日常、盛んに流れていたのではないかと思うのである。
この「火の山」の途中で日本の子守唄で有名な「五木の子守唄」のモチーフが現れるが、このモチーフを使用したいきさつを鈴木静一は次のように述べている。
「私は日本に残る素朴な子守唄を、その主要主題にしたいとはじめから考えていた。私の最も好きなのは「中国地方の子守唄」であった。しかし、中国地方は火山を持たない。それで、その次に好きな人吉の五木のそれを取り上げた。」
偶然であるが、私も日本の子守唄が大好きで、特に中国地方の子守唄と五木の子守唄は最も好きである。これらの子守唄は中川信隆やドメニコーニの編曲でギターでも弾いた。日本陰旋法が極めて凝縮されたような、日本が世界に誇れる名曲である。
「火の山」は冒頭の壮大なロ長調の主題のあと、不気味な地響きやざわめきを形容したマンド・セロやギターの低音の響きで、近くマグマが噴火することを予感させる。そしてこの地響きは次第に大きく激しくなり、Vivaceで噴火が炸裂する。



このロ短調のVivaceの部分を何度練習したかわからない。札幌のヤマハセンターでクラシックギターの展示即売会が丁度この曲を練習しているときにあったのだが、若かった私は、当時200万以上もするヘルマン・ハウザーを、人目も気にせず大音量でこのVivaceの部分を弾きまくったものである。
そしてこのVivaceが終り速度が緩まり、この曲の最大の主題とも言うべき美しい旋律が流れるが、この部分の旋律が物凄く心に刻まれるのである。この旋律を聴いて日本陰旋法に目覚めたといっていい。
下記はギターパートによる伴奏部。



ギター・パートではこの旋律は弾かず伴奏のみで、まだ他のパートの演奏まで聴けていない頃であったのだが、ある時、古い木造の建物の中にあった部室から練習のために数人からなる各パートで、この部分の旋律を弾くのが聴こえてきたのである。この時のことは今でも鮮明に覚えているのだが、思わず立ち止まって耳を澄まして聴くほど感動する素晴らしい旋律であった。
この体験がもとで、その後長い間伊福部昭などの日本的なギター曲を探し続けることになった。
この美しい主題の後にギターの暗い6連符のもとにマンドラの何とも暗く寂しい響きが聴こえてくる。火山の噴火が沈静化したが、作曲者の言葉を借りれば「火山の暴虐がおさまった後に残った冷酷な寂寥」を表現している。
そしてこの後、ニ短調、ハ短調、ト短調と転調を繰り返していくが、先の「五木の子守唄」のモチーフが挿入されるト短調に入る前までの部分が聴きものなのだ。
この部分はまず、下記のようなギターの暗く悲しい伴奏で始まるが、噴火で肉親や家を失った人々の悲しみや嘆きを表現しているのである。この部分はかなり長く続き、暗く悲しいのであるがとても美しい。時にチャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」第1楽章の暗いフレーズが思い浮かぶ。



ハ短調に転調する際に、フルートのソロでとても日本的な美しい旋律が挿入される。季節は秋を感じる。そして下記のギターの暗い伴奏が続き、オーボエが奏でられる。冬の寒い時、雪が静寂の中でしんしんと降り続くような旋律だ。



そして次第に「五木の子守唄」を連想させる部分に移る。この部分のピアノのト短調のアルペジオがとてもきれいで、私はギターでこの部分をよく弾いたものである。
ピアノの美しいアルペジオが終るや激しい三連符のもとに「五木の子守唄」が奏でられる。この三連符のラスゲアードを学生時代、若かった私は待っていたといわんばかりに激しく弾いたものである。



この「五木の子守唄」の挿入のさせかたか実に上手い。鈴木静一の才能がとても高かったことがわかる。
この後、曲想ががらっとり変わり、暗く悲しい生活から抜け出し、春の訪れを思わせるようなピアノの旋律が流れ、緑の芽吹きが感じられる。そして生命感あふれる躍動的なリズムが繰り返される。その躍動的なリズムがロ短調へ変調し激しさを増していき、突然ニ長調の華やかな踊りを舞うような曲想に変わる。これは噴火の被害から立ち直り、人々が明るさを取り戻し、以前の活気のある生活、祭りや盆踊りで束の間の非日常を楽しんでいた頃に戻っていく様を表している。
しかし曲はここでは終わらない。再び冒頭の不気味な地響きを形容するセロやベースの低音が鳴り響き、再び噴火を繰り返す。
作曲者は「だが忘れない!」と警告している。「間をおいて起こる爆発の前駆、鳴動にも慣れ警戒を怠る-そんな人間を恐れるかのように山はまた爆発を繰り返し惨禍をまき散らす。」
折しも昨年、御嶽山で噴火が突然起き、多くの人の命が奪われたが、山の恐ろしさや人々への訓戒を交響譚詩という形式で見事に表現した曲だと思う。
鈴木静一の曲の中では、交響詩「失われた都」が最も人気があるようだが、曲の構成力、旋律の美しさ、主題をの曲想へ転換する表現力、展開の上手さなど、私はこの「火の山」の方が一段優れていると感じる。

さてこの曲で、今まで市販のCDで聴けたのは長い間、フォンテックから出ていた中央大学マンドリン倶楽部の演奏だけであったが、一般の団体であるコムラード・マンドリン・アンサンブルの演奏もCDも通信販売で買えるようになった。



また先月、立教大学マンドリン・クラブの定期演奏会を聴いた時に会場で販売されていたCDでも聴くことができた。



Youbeでは一般の団体では下記の演奏が素晴らしい。特にフルートや木管楽器の演奏がとても上手く、感動的だ。



また学生オーケストラでは下記の録音が良かった。1971年の録音で古く、雑音も多く、Vivaceや「五木の子守唄」の部分が速すぎて、演奏者がついていけてないという問題があるものの、演奏者達の渾身のエネルギーとこの曲に賭ける情熱が伝わってくる素晴らしいものである。


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2 コメント

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Unknown (Tommy)
2015-01-12 10:09:13
早速ユーチューブで聴かせていただきました。
物語風にご説明いただいた内容と演奏がマッチしており
初めて聞く交響譚詩「火の山」でしたが、何か迫りくるものを感じることができました。我が故郷の隣県、熊本の子守唄がこんな形で取り込まれているのも印象的でした。

緑陽さんは学生時代には既にこのような高等な演奏に参加されていたということは既にギターの名手でいらっしゃいますね。貴重なお話が聞けてとても嬉しく思います。
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Unknown (緑陽)
2015-01-12 17:41:05
Tommyさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
ブログで紹介した「火の山」を聴いて下さり、とても嬉しく思います。
Tommyさんは九州のご出身だったのですね。
九州は40年くらい前ですが、家族旅行で一度訪れたことがあります。九州でも内陸の方は神秘的な感じがします。
今度いつか訪れたいと思います。

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