緑陽ギター日記

趣味のクラシック・ギターやピアノ、合唱曲を中心に思いついたことを書いていきます。

久しぶりの日本酒

2015-05-05 22:45:47 | グルメ
連休もあと1日となってしまった。
今年の連休は実家に帰省することなく、またどこか旅行に行くわけではなく、だいたいは家でのんびり過ごしている。ブログの更新も増えてしまうわけだ。
数日前の週間天気予報では今日(5日)、天気が崩れると出ていたが、快晴そのもの。空気は乾燥し、暑くもなく、気持ちのいい風の吹く最高の休日であった。しかし夜になると意外に寒い。満月がやけに低い高さでくっきりと表面のクレータがわかるほど大きく見えていた。星もたくさん見えた空気が澄んでいるのであろう。
今日は子供の日であるから、観光地やレジャーランド、都心の駅などは人があふれ返っていたに違いない。
こういう日はどこにもいかず、家でくつろぐ。
布団をベランダに干す。日光をたっぷりあびた布団を枕にしてピアノ曲を聴く。干した後の独特のいい匂いのする布団を枕にしてくつろぐのは至福だ。子供の頃からこういうのが好きであった。学校から家に帰ったら、母親が干したばかりの布団が畳の上においてあって、その布団の上に寝ころびながら黄色い西陽の差し込む窓の風景を眺める。こういうのがとても好きだった。
夕食を終え、今聴いているのはZhu Xiao-Meiという中国上海出身の女流ピアニスト。ベートーヴェンのソナタやバッハのパルティータを聴いたが。いい演奏をする。わりに自分の感覚に合っている。風貌はよく見かける中年のおばさん(ごめんなさい!)といった感じだが、繊細でエレガントな演奏なのだ。こんど紹介しようと思う。

昨日東京武蔵小金井で開催されたマンドリン・コンサートの会場の近くに、輸入雑貨を扱う店があり、時間があったので立ち寄ったら日本酒もおいてあった。全国各地の日本酒が揃えてあり、眺めていると、大型連休の時以外普段は飲まない酒を久しぶりに飲んでみようかという気持ちになり、数多くある銘柄の中から選んだのが、「穏(odayaka)」という名前の福島県郡山市の酒蔵による純米吟醸であった。


(写真の向きがおかしい?)

ラベルに「メロンのような上品な香りと、みずみずしくジューシー味わい」と書いてあったが、なるほどピリピリした感じはなく、べたつきや甘ったるさもなく、上品ですっきりした味だ。いい酒だ。随分久しぶりにおいしい酒を飲んだ。
いつも実家に帰った時によく飲むのは、増毛の「国稀」や新十津川の「金滴」が多い。増毛の国稀酒蔵は実際に酒蔵を見学したことがある。
でも今日飲んだこの「穏」はこれらの酒よりもおいしい。自分の好みに合う酒だ。今度また飲んでみようと思う。
日本酒の銘柄はあまり詳しくないが、スーパーなどでも手に入る有名な酒(越乃寒梅や八海山、久保田など)はまず飲む気になれない。飲むのであれば宣伝をしない、たくさん作らない酒。あと自然に東北の方(新潟ではない)の酒に向いてしまう。自分はやはり東北より北が好きなのであろう。寒いところがいい。

酒を初めて飲んだのは高校卒業後すぐに高校の友達数人とすすきので宴会をやった時だ。友達はすでに酒の味を覚えていたし、タバコも吸っていた。そういえば私の兄も中学からタバコを吸っていて母を困らせていた。
私も大学に入ってすぐにタバコを吸うようになった。しかし23歳の時、すっかりやめた。以来タバコは1本も吸っていない。よく吸ったのがエコー。当時1箱80円。このエコーを下宿の近くの小さなタバコ屋さんで、揚げあんぱんといっしょに買ったものだ。
学生時代は本当にお金がなかった。アルバイトもよくやった。
いよいよタバコを買う金がなくなると、灰皿にたまった吸殻の先をハサミでちょん切って、それを吸うのである。
たまに金のあるとき吸ったのが、ハーフ・アンド・ハーフというタバコ。専門店に行かないと売っていない。このタバコは上手かった。今でも売っているのであろうか。

大学に入ってからコンパという飲み会がさかんにあった。マンドリン・オーケストラ以外にも、音楽とは全く関係ない団体に所属していたので、コンパの数は多かった。3年生になってからはゼミのコンパも加わってアルバイトで稼いだ金は酒代に消えていった。
大学に入ってコンパで酒を浴びるほど飲まされて初めて酔いつぶれたのは1年生の6月末の学園祭の打ち上げであった。
ビール大ジョッキ7、8杯のまされ、2次会で日本酒などを飲まされ、飲み屋のトイレは水びだし、目が回ってしまい、タクシーで先輩に連れられ夜11頃に下宿に着くやいなやトイレかけこみ、そのまま朝日が昇るまでずっと便器に顔を埋めていた。トイレといっても田舎なので汲み取り式である。気分の悪さが何倍にも増幅された。
もう二度とこんな体験をしたくないといっても先輩たちは容赦しなかった。酔いつぶれて先輩にタクシーで下宿まで連れてってもらったはいいけど、降りたとたん、雪の中に放り投げられたこともあった。しかし朝起きたら全然憶えていない。朝起きたら何故か顔が痛くて打撲になっていたので、下宿のおかみさんに聞いたら、先輩らがふざけてあんたを雪の中に放り投げていたわよと。
今まで悪酔いして一番苦しかったのは、ゼミの花見の時であった。5月半ばに大学近くの公園で3、4年生と教官とで桜はもう散ってしまっているものの花見と称して飲み会をやったことがあった。
その時は何故かみんなガブガブとハイペースで酒をのみ、どんちゃん騒ぎとなった。そして4年生の1人が酔いつぶれてゲロを吐き、数人が同じように潰れだした。
わたしも目が回るほど飲んで、お開きになった時には一人で歩けない状態であった。数人に支えられながらやっと駅までたどり着き、列車に乗ったがすかさずトイレに駆け込み、札幌まで1時間近くそのままトイレに入り続けた。
札幌まで着いたはいいが、とても次の列車に乗り換えることが出来ず、ゼミの友達に付き添われながらすかさず駅のトイレに駆け込む。30分経ってもまだ収まる気配はない。友達には悪いから先に帰ってもらって、2時間くらいそのトイレに居続けた。小さなトイレだったので大の方が確か2つしかなく、ひっきりなしにドアをノックする音がおぼろげながら聴こえてきたが、関係なかった。どうでもよかった。
そしてやっと気分の悪さが納まってきて、乗換の列車に乗り込んだが、開放感からか眠ってしまった。眠りから覚めて気が付いたら降りる駅から40分くらい先の駅まで乗り過ごしてしまっていることに気付いた。やむなく反対方向の列車に乗って引き換えし、家の最寄の駅に着いてタクシーに乗った。無事家に着いたが、夕方4時ごろに大学の最寄の駅を出て、7時前には着くところが、10時になってしまった。しばらくして父親から貰った大事なライターが無くなっていることに気付いた。

数年前まで一気飲みというのが若者たちの飲み会の定番だったようだが、急性アルコール中毒で若い命を失うことが問題視されてから、今では大学のコンパでもあまり後輩に酒を無理強いすることは下火となったようだ。
私の学生時代はこういう飲み会が当たり前であったが、今から思うと自分の酒の限界を知ることには役立っても、苦しいだけでいいことは一つも無かったと思う。
だんだん年を取るにつれて酒を飲まなくなった。飲むのであれば、銘柄の違いを楽しんでワインを飲むように飲みたいと思う。
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昭和女子大学・法政大学工学部マンドリン・ギタークラブ ジョイントコンサートを聴く

2015-05-05 01:08:33 | マンドリン合奏
連休もあと残すところ2日となってしまった。束の間の休息である。
しかし今日は何日分もの休息に値する充実したコンサートを聴かせていただいた。
そのコンサートとは、昭和女子大学と法政大学工学部マンドリン・ギタークラブのジョイントコンサートであった。
去年の冬に、法政大学工学部マンドリンクラブの定期演奏会を聴いてから、大学マンドリン・オーケストラやマンドリン・アンサンブルの演奏会を出来るだけ聴きたいと思うようになった。
自分自身が30年前、大学のマンドリン・オーケストラに所属し、マンドリン・オーケストラの曲が好きだということもあるが、大学生の情熱あふれる演奏を聴きたかったからだ。
法政大学工学部を皮切りに、中央大学、立教大学、それから一昨日は東京女子大学の演奏を聴いてきた。

今日のジョイントコンサートは、昨年の法政大学工学部マンドリンクラブの定期演奏会の会場と同じ、JR武蔵小金井駅のすぐ側にある小金井市民交流センター大ホールで行われた。
18時30分の開演であったが、開演の少し前に、部員によるちょっとした余興があった。
想像していない展開に少し驚いたが、面白かった。聴衆に、構えず、気楽に楽しんで聴いて欲しいという、配慮をしてくれているのが伝わってきた。

さてプログラムは、第一部が昭和女子大学の演奏、第二部が法政大学工学部の演奏、第三部が両大学の合同演奏という内容で、曲は宍戸秀明、武藤理恵、藤掛廣幸といった日本人の作曲家によるマンドリンオーケストラのためのオリジナル曲が多かった。
最後の曲は藤掛廣幸の「山河緑照」であった。
各曲についての感想は割愛させていただくとして、今日のこのジョイント・コンサートはとてもリラックスして聴くことができたばかりではなく、いくつかの点で新たな発見を得られた収穫のあるものであった。
まず、演奏者たちがマンドリン合奏曲がとても好きで、演奏することがとても楽しいと感じていると思われる奏者がかなりいたことである。
このような感じは、別に奏者の顔の表情に現れなくても、例えば指揮者を見る眼の真剣さの度合いや、マンドリンやギターのフレットを追う顔の動き、指の動き、リズムに合わせた上体の動きなどを見ることによって、聴き手に伝わってくるものである。
つまり聴き手に音楽を楽しんでもらうには演奏者自らが演奏することが嬉しい、曲の素晴らしさに感動している、その気持ちの高まり、エネルギーが湧いてくる、といった状態になることが重要で、両大学の演奏会に対する基本姿勢はここにあるのではないかという気がした。
もちろん演奏者が楽しむといっても、演奏に対する妥協のない真剣さが前提となることは言うまでもないが、今日の演奏会のために三か月前から練習を開始し、合宿も行って臨んだことは高く評価したいと思う。
演奏会を聴いての満足度は、終わったあとの気持ちの充実度と、演奏前の気持ちからの変化に現れる。実際今日の演奏会では、終わったあとに気持ちが充実しているのを感じ取れた。

今日のジョイント・コンサートを含めていくつかの大学の演奏会を聴いてきて感じることは、大学により独自のカラーがあるということだ。
例えば中央大学は高度な大曲を、管楽器やパーカッションを含めた大編成で臨み、完璧とも言える完成度で観客に披露する。マンドリン音楽に通じた聴き手にとってはまことに聴き応えがある選曲、演奏であるが、聴く際にはかなりの緊張を強いられる。曲中にソロでもあれば奏者のプレッシャーの強さは相当のものであろう。失敗は許されない雰囲気があるからだ。それだけ曲の完成度を求める気持ちが強く伝わってくる。
立教大学も中央大学ほどではないが、管楽器やパーカッションを含めての演奏で、やはりレベルの高いものを目指そうという基本的な方向性が感じられた。両校の過去の生演奏は録音され、CDで発売されていた。
これは過去からの大学の伝統にもよるが、このような演奏会に対する基本的姿勢も重要なことである。
一方、昭和女子大学や法政大学工学部は、大編成の大曲、難曲を目指して、それこそ体育会系の厳しさで演奏に臨むという雰囲気は、今日の演奏会を聴く限りでは感じられなかったが、マンドリン音楽になじみのない聴き手に対しても楽しんでもらったり、興味を感じてもらったり、演奏会そのものを演奏者と聴衆で音楽の素晴らしさを共有していこう、ということを基本的に目指しているように感じられ、このような姿勢を今回新たに発見できたことは私にとって収穫であった。

私の母校のマンドリンクラブは中央大学や立教大学に近い面があるが、夏の演奏旅行では地方の方々に、親しみやすい曲を選び演奏もした。しかし自分自身ではこのような親しみやすい曲で聴き手と楽しみを共有する雰囲気を作り出すことは無かった。

大学にはそれぞれ長い歴史の積み重ねで形成されてきたカラーというものがあり、そのカラーを代々引き継いでいくものだと思う。
今日の昭和女子大学と法政大学工学部の演奏姿勢には今まで気付かなかったものを感じさせてもらった。
今年の冬に両校の定期演奏会があるとのことで、また聴かせてもらいたいと思っている。
また他の大学の演奏会もできるだけ足を運んでみたい。
大学のカラーの違いを演奏を通じて知ることも興味深く、楽しみが1つ増えた。


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