緑陽ギター日記

趣味のクラシック・ギターやピアノ、合唱曲を中心に思いついたことを書いていきます。

リスト作曲 3つの演奏会用練習曲より「ため息」を聴く

2014-05-18 22:08:36 | ピアノ
こんにちは。
今日はよく晴れて乾燥した気持ちのいい1日だった。
昨日は1日仕事だったので、今日はゆっくりと家で過ごした。部屋の湿気が抜けるとギターの鳴りも良くなる。
楽器の音をベストコンディションにするためには、湿度は重要な要素だと改めて思った。
さて先週に引き続き、今日も素晴らしいピアノ曲に出会った。
ピアノ曲は素晴らしい曲が無限のようにあると感じてしまう。そして演奏家もそうだ。故人となり忘れ去られた演奏家でも、時にものすごい演奏に出会うことがある。
このような出会いもまた楽しい。
今日出会った曲はフランツ・リストの曲である。リストは誰もが知っているとおり、ショパンと並ぶ偉大なピアニスト兼・作曲家である。
リストはショパンより1歳遅れで生まれており(1811年)、シューマンやメンデルスゾーンとほぼ同じ時期に生まれている。ロマン派の最盛期に生きた作曲家である。
私はリストは今まで聴かず嫌いというのか、華やかで技巧に偏った音楽というイメージを持っていたので、リストのピアノ曲は殆ど聴いてこなかった。
1年半くらい前であろうか。キューバ出身でリスト弾きとして有名なホルヘ・ボレットのカーネギー・ホールでのライブ録音を聴いて、リストに関心をもつようになり、ボレットのリスト全集も買ったが、ほとんど聴かず終わってしまっていた。
しかし、去年の12月に東京文化会館音楽資料室で聴かせてもらったマリヤ・グリンベルクの演奏する、「ピアノソナタ・ロ短調」に驚愕し、それ以来、このピアノソナタロ短調の聴き比べをするようになってしまった。
このピアノソナタロ短調はリストの最高傑作であり、ピアノ曲ではベートーヴェンのピアノソナタ第32番と双璧をなす素晴らしい曲である。
このピアノソナタロ短調は意外に録音が少ない。何故少ないか考えてみたが、一楽章のソナタともいえる長大な曲で演奏時間は30分近くを要し、ノンストップでこの曲を弾き切れる奏者は限定されるからだと思う。
この曲は編集録音で継ぎ接ぎでもしたら、価値が下がると思う。多少破たんがあってもいいから、一発録りでないとこの曲の真価は理解できない。
今日聴いたリストの曲は、「3つの演奏会用練習曲」(S144)より、「ため息」である。
演奏者はハンガリーの女流ピアニストのアニー・フィッシャー(1914~1995)で、1961年のライブ録音。



ピアノに詳しい方ならご存知でしょうが、フィッシャーはベートーヴェンのピアノソナタ全曲を録音したが、本人が発売を許可せずお蔵入りとなっていたという話がある。この録音は彼女の死後発売されたようだが、中古でもなかなか出てこない。数枚手に入れてあるが、女性とは思えない、力強い演奏をするピアニストだ。
1961年のイギリス・エジンバラでのライブ録音での「ため息」は、ミスタッチによる破綻が多少あるが、そんなミスは全然関係ないくらい大きな演奏である。何が大きいかと言えば、スケールの大きさではなく、精神や感情の強さ、感情の自然な流れが大きいのである。
具体的には実際に聴いてみないとわからないが、聴いていて脳が覚醒してきて、心の内側から力が沸き起こってくるのが分かる。生きる気力を失った時、この曲、この演奏を聴いたとしたら、救われるのでなないか。大げさではなく本当にそう思う。そのくらい大きな力を持った感情の流れが伝わってくる。
「ため息」と題するこの曲。リストはこの曲を作った時、何を見、何を聴いて、何を体験して、感じたのでのあろうか。
リストという人は並外れた感受性と音楽表現力を持った作曲家だと思う。人生でこれだけ強い感情を感じることは稀であろう。リストという人物がどんな人生を送ったのか興味のあるところである。
リストが決して技巧に偏って曲を作ったわけではないことがこのアニー・フィッシャーのライブ録音を聴けば分かる。リストは自分の中に抑えきれないほどの強い感情を持っていたと思う。そしてその強い感情を音にする必然性から、独特の演奏技法を取るに至ったのではないか。技法が先ではなく後である。感じたことの表現の必然的な結果である。
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