晴乗雨読な休日

休日の趣味レベルで晴れの日は自転車に乗ってお出かけ。雨の日は家で読書。

宮部みゆき 『泣き童子 三島屋変調百物語参之続』

2021-05-21 | 日本人作家 ま
結局オリンピックはやるんでしょうか。そもそもオリンピックって「平和の祭典」でしたっけ、今はどうみても世界じゅうどこもかしこも平和じゃないのだからやるのはどうなのかなとも思いますが、例えばどこかの国や地域でコロナが終息したからといって、それはその国や地域が「安全」なだけで、「平和」ではありません。「平和」というのは、自分の身の回り含めて世界中どこでも危険や争いごとが無い状態で、じゃあ「安全」はというと、自分の身の回り(だけ)は危険や争いごとは無い状態をいうので、はやく平和になればいいですね。

以上、平和と安全について。

さて、宮部みゆきさんの三島屋変調百物語シリーズ、「おそろし」「あんじゅう」に続く3作目です。川崎宿の旅籠の娘おちかは悲しく恐ろしい目に遭って、江戸にいる親戚に預けられます。この親戚の叔父がおちかにはやく立ち直ってほしいと、世の中の不思議な話、変わった話があるという人に来てもらって、それをおちかが「聞き役」になる、いわば百物語ふうなことをしようとします。

とある地主の用人の娘が、幼なじみと祝言をあげることとなったのですが、この娘が悋気持ちで、おばあさんに話をすると、おばあさんが若いころに、恋仲の男女を別れさせるという池があって、そこに許嫁を連れて行ったことがあって・・・という「魂取の池」。

大坂屋という店の主人の長治郎が、若いころに住んでた漁師町で災害があり、生き残った者たちはとりあえず高台にある網元の別宅に避難したのですが、長治郎は奇妙な夢を見ます。それは、長治郎が住んでいた近所で仲良しの同世代の近所の子どもたちと遊んだという夢で、それから長次郎は養子にもらわれて江戸へ、大人になって大病を患い生死の境をさまよっているときに、子どものときに見た夢がまた・・・という「くりから御殿」。

いつもは紹介があって百物語の客を招くのですが、ある男が飛び込みで「話を聞いてほしい」とやってきますが倒れてしまいます。ようやく回復して話を聞くと、男は貸家の大家で、娘が生まれてすぐに妻に先立たれて以降は娘と二人暮らし。ある日、店子から、子が三つになっても喋りださない、でも突然狂ったように泣き叫ぶときがある、と相談されます。この子の面倒を見ていた上の姉が泣き叫ぶのはどういう状況なのか詳細に記録をつけていて、どうやらこの家の奉公人がいるときだけ泣き叫ぶのです。それからすぐに、この一家の家に盗賊が入り皆殺し。奉公人は盗賊の手引き役だったのです。例の泣き叫ぶ三つの子だけは無事で、家主である男が引き取ります。たしかにこの子は一言もしゃべりませんが、男の娘が顔を出した途端、泣き叫び・・・という表題作「泣き童子」。

前にお世話になった岡っ引きの(ほくろの親分)こと半吉から、怪談語りの会に行きませんかとおちかを誘います。とあるお大尽が主催している会でもう十五年もやっているとかで、おちかは行ってみることに。建て増しをした家で迷子になるといった話、橋の上で転んではいけないと謂れのある橋の上で転んでしまったという話、千里眼の持ち主だった母、というお武家の話、そして岡っ引きの半吉が語るのは・・・という「小雪舞う日の怪談語り」。

三島屋に若い武士がやって来ます。しかし話し出そうとしません。それもそのはず、おちかにはわからないほどの訛りなのです。覚えたてという江戸言葉とお国訛りと半々で話すのは、自分がまだ少年のころに起きた、村に出た怪物の話で・・・という「まぐる笛」。

四十過ぎの女性が三島屋にやって来て話すのは、小さいころ、家には勘当された叔父というのがいて、女性の父は勘当された叔父の弟で、ある日のこと、叔父は「性根を入れ替えた」と謝って帰ってきますが、本家ではふざけるなと追い返されて、分家である女性の父のところで厄介になることに。ところがこの叔父、家ではなく物置でじゅうぶんだといって物置で暮らし始めます。さらに「月に一日か二日は出かける」というのですがその理由は話しません。ある日のこと、女性が(おじさん)を見ると顔が全くの別人で・・・という「節気顔」。

前作に登場した、手習所(塾)の先生をしている若い浪人が「小雪舞う日の怪談語り」に登場。おちかの周囲は「お嬢さんと若先生がいい感じになればいいのにねえ」なんて思っていますが、おちかはまだトラウマが克服されておらず、一方の若先生もオクテというかウブというか、女性とどうやって会話したらいいのかわからないレベル。恋の進展も気になるところ。

「まぐる笛」は、先日読んだ「荒神」と話がよく似てるといいますか、短編バージョンのよう。調べたら「まぐる笛」の初出は2012年、「荒神」は2013年から連載スタートというわけで、池波正太郎さんが初期の頃の短編をベースにしてのちに長編として出すといった作品はいくつかあって、そういうパターンかと。
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