やまがた好日抄

低く暮らし、高く想ふ(byワーズワース)! 
山形の魅力や、日々の関心事を勝手気まま?に…。

悲しいワルツ

2005-07-27 | 神丘 晨、の短篇
女は、隣りの男の横顔を覗き見た。
眼を閉じて演奏に聞き入ってゐた。女が誘ったコンサートだった。

友人に急用が出来てチケットが浮いてしまった。
音楽が好きかだうか、聞くすべもないまま「コンサートに行きませんか?」
と訊ねた。男は、「ああ、いいですね」と電卓を打ちながら云った。
終業近いオフィスだった。

演奏会のプログラムはすべてシベリウスだった。
街は、雪の季節に向かって冬支度が始まってゐた。

交響曲の演奏が終はり、会場がアンコールを求めてゐた。客席に向かって
指揮者が曲名を云ったが、女には聞き取れなかった。
静かに始まった曲は、うねるやうなワルツになっていった。

ホールを出るとき、「アンコールの曲名、わかりましたか?」と女が聞くと、
男は、「悲しいワルツ、かな」と云った。
女は、抑へてゐたものが溶け始める気がした。あの曲のやうに、すべてを
終へたい、と思ひながら、男のあとを歩き出した。