Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

歴史への複雑系アプローチ

2013-06-15 14:42:22 | Weblog
昨夜の JIMS「マーケティング・ダイナミクス」部会では,以下の二題のご発表をいただいた。

川畑泰子(九州大学), 石井晃(鳥取大学):ヒット現象の数理モデルによる江戸時代のヒットの考古学

光辻克馬(東京大学):元治元年池田屋事件シミュレーション

最初の発表は,江戸時代の歌舞伎を分析対象にしている。当時の歌舞伎で、広告はもちろん、コ・プロモーションやプロダクト・プレースメントが行われていた,という話だけでも十分面白かったが、本題は川畑さんの収集した「ビッグデータ」の解析である。

歌舞伎に関する浮世絵、川柳、瓦版に関する膨大な数のデータを丹念に集めるという努力自体、学術的な貢献が非常に大きいと思われる。しかし川畑さんはそれにとどまらず、これらのデータをクチコミの代理変数として、石井晃先生のヒット現象の数理モデルを適用する。

このモデルでは公演回数と事件が入力で、「クチコミ」が出力になる。出力の予測値と観測値がグラフで示されたが、どれだけフィットしているのかがわからなかった。モデル研究の作法として、既存モデルと性能を比較するには、相関係数など何らかの指標が必要だろう。

では、このモデルが性能を競うべき既存モデルは何だろう?すぐに思い浮かぶのが、多変量自己回帰モデルだ。部会でも指摘があったが,公演回数とクチコミには双方向の因果関係が存在する可能性が大きい。多変量自己回帰は、そうした点を扱うのに適しているはず。

光辻さんの発表は,今年の MAS コンペティションで高く評価されたもの。有名な幕末の池田屋事件について、歴史学が明らかにした事実群を制約とし、未知の部分をシミュレーションで生成し、制約を満たすシナリオを探索する。そして「最もあり得た」歴史を構成する。

その結果から示唆されるのが、刀を用いた殺し合いの実態は、時代劇の殺陣で見るものとはかなり違っていた可能性である。また、非常に単純なルールで動くエージェント(サムライド)が、限られた空間で自己組織的に「集団戦法」を生み出す,という発見も素晴らしい。

歴史(記憶)に残るエージェントベース・モデル(ABM)には、シェリングの分居モデルやアクセルロッドの協力の進化モデル、あるいはレイノルズのボイド・モデルなどがある。光辻さんのサムライド・モデルは、その1つに含まれるといって過言ではないと思う。

実際、ここ数年そうした ABM に遭遇した記憶が自分にはない(自分の研究は当然のこと ... orz)。ということはもしかすると、僭越ながら昨夜のセミナー参加者はラッキーであった、というか、優れた研究への嗅覚が優れた人々であった、といえるかもしれない。

いまさらながら感じたのは、ABM でしか解けず,解けたら(多くの人にとって)非常に面白い問題を見つけることの重要性だ。そして、モデルはできる限り単純化しながら、複雑な相互作用から美しいパタンを創発させる・・・いつかそういう研究ができればと・・・。