Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

脳科学と意思決定~JIMS部会

2012-01-24 23:01:05 | Weblog
月曜夜の JIMS 「消費者行動のダイナミクス」部会には,理化学研究所/北海道大学の鈴木真介さんにご発表いただいた。鈴木さんは進化ゲームの理論を研究したあと,脳神経科学の分野に移った。「神経経済学」あるいは「神経社会科学」の最先端をいく若手研究者の一人である。

最初の話題は,行動経済学の核心といってもよいプロスペクト理論(prospect theory)の神経科学的基礎について。この理論を構成するフレーミング効果(framing effect)と主観確率の歪み(probability istortion)について,神経科学の最新の研究動向が紹介される。

フレーミング効果とは,人間はゲインとフレーミングされるとリスク回避的になり,ロスとフレーミングされるとリスク追求的になることだ。De Martino らはこれを行動実験で確認したあと,このような意思決定が Amygdala(扁桃体)の活動と相関することを示した。

一方,この理論の予想に反する意思決定の際には,ACC が活性化する。扁桃体は感情と関係し,ACC は葛藤と関係する。したがって,フレーミング効果を引き起こす感情的なシステムと,そうではない理性的なシステムの両方が人間の頭脳に存在していると示唆される。

ところが,ゲインとロスを同時に含む選択肢を提示した Tom らの実験では,ゲインとロスと相関するのは Striatum(線条体)とvmPFC という報酬の処理と関係する部位で,扁桃体ではなかった。つまり上の研究と違い,一元的な機構でフレーミング効果が説明される。

面白いのが,最初の実験を行った De Martino らが二番目の実験と同じ枠組みに沿って,ただし扁桃体に損傷のある被験者を使って実験を行ったことだ。するとフレーミング効果が予測する損失回避傾向が弱まった。したがって,やはり扁桃体は効いている,というわけだ。

主観確率の歪みについても,Tobler や Tsu らによって神経科学的な研究が行われている。それによれば,主観確率の歪みの各種タイプに Lateral PFC ,Ventral Striatum といった部位が関係する。主観確率の評価に,複数の評価システムが存在していることが示唆される。

プロスペクト理論の神経科学的研究は,まだ「定説」を生み出すには至っていない。とはいえ,理性的なシステムと感情的なシステムが意思決定に関わっているという知見は魅力的でもある。消費者行動を考えるうえで,つねにこの二重構造を頭に置いておいたほうがよい。

次いで,鈴木さん自身の研究が紹介された。その成果を一言でいうなら,人間は他者の意思決定を,自分の意思決定と同じ脳内機構を用いて理解することがわかった,ということになろう。そのために,被験者に他者の選択を観察させ,予測させるという実験が行われた。

この仮説は,幼児がある成長段階に達すると,他者の行動を他者の視点に立って理解できるという「心の理論」と関連する。さらにえば,人(猿)が他者の行動を観察するとき,自分が実行するときと同じ脳の部位が活性化するというミラーニューロン説ともつながる。

観察対象の他者は,表示された確定的な利得と表示されていない(しかし一定の)確率に基づいて選択している。獲得する利得を最大化するには,確率を学習しているはずだ・・・そこで他者の選択を予測しなくてはならない被験者は,「他者の学習」を学習していくことになる。

被験者の振る舞いを再現するモデルを比較することで,興味深い知見が得られている。人間が他者の行動を予測する場合,過去の行動から外挿的に予測するという戦略と,他者の知覚(内面)まで踏み込んで予測するという戦略を併用していると考えると辻褄が合うようなのだ。

この話を聴きながら,ぼくは Bem の自己知覚理論との関係が気になった。これは,人間が自分の感情を理解する際に,あたかもそれが他者であるよう知覚するというもの(と思う)。今回の研究と逆方向のようでいて,もしかすると表裏一体の関係にあるのかもしれない。

他者理解は人間の社会性の基礎にある。そこは蟻のような社会性動物の「社会性」とは違う部分である。それを支える脳内の機構が,神経科学の周到な統制実験と客観的な計測によって解明されつつある。このことは,消費者行動のモデリングにとって無視できない動きである。

もちろん重要なことは,マーケティング・サイエンスや消費者行動の研究が,神経経済学/神経社会科学の研究から「何を」「いかに」学ぶかということである。鈴木さんを囲む懇親会のさなか,熱い議論を冷ますように雪が降り始めた。皆さん無事に帰宅されたことを祈りたい。