Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

進化とこころ@京都大学

2011-08-23 08:44:20 | Weblog
日曜日に,京都大学百周年時計台記念館で開かれた「進化とこころ~「こころ」も進化した?」と題するシンポジウムを聴講した。主催は京都府と京都大学こころの未来研究センター。こころの未来?進化?という話はともかく,お目当ては下條信輔先生の講演である。

下條先生の講演タイトルは「知覚と進化~世界はなぜこのように立ち現れるのか?」・・・猛スピードの講演を正しく理解できた自信はないが,講演の焦点が「社会脳」(social brain)の問題であったのは間違いない。記憶が正しければ,昨年何度か拝聴したときは触れられなかった話題である。

下條先生といえば「選好注視」の研究だと門外漢としては考えるが,それらの実験のなかで,人間はどうしても顔(らしきもの)を注視しやすいことがわかっている。しかも,特に目を見てしまうという。顔を注視する傾向は,何と生まれたばかりの赤ちゃんから始まっているのだ。

下條研究室では,親近性と新規性のどちらが選好されるかの実験も行われているが,顔の場合は親近性,風景や幾何学的図形の場合は新規性が選好される。つまり,顔という社会性の刺激については,人は他の情報とは違う選好を形成するのである。このことは広告に関しても示唆に富む。

別の角度の研究として,下條先生がリーダーを務めた ERATO の研究が紹介される。題して「こっくりさん」実験。二人で指を合わせて動かしていると,自然と同期(entrainment)が生じる。そのとき,ある条件の下で,脳波の一部が同期する。つまり,ひとつのシステムを構成することになる。

社会性はこころの高次の作用というより,身体的レベルで起きる。したがって個人の意思決定や行動を互いに独立したものと見ることの問題は明らかである。一方,人間の協調行動を高次の計算の結果として見ることにも限界がある。社会性はむしろ進化的に獲得されたものと考えたほうがよい。

進化心理学的な観点から,いまや社会性とは全く無縁な知覚の特性が,人類の長い歴史のなかで社会的理由で獲得された可能性が探求される・・・そうした事例として下條先生が挙げるのが色覚系の進化である。「顔色を見る」という社会行動にその起源があるという仮説が提示される。

それ以外にもいくつもの研究が紹介され,また最初に講演された長谷川眞理子先生の講演(「ヒトの進化:遺伝子、からだ、こころ」),両者によるパネルディスカッションにおいても,さまざまな興味深い議論があった。そのあたりは,要約と議論が togetter にまとめられている。

人間は無意識のうちに何かを選好するだけでなく,無意識のうちに社会的行動をとり,親近性の高い他者を選好する。いま,ソーシャルメディア・マーケティング,ソーシャル消費などということばが飛び交っている消費者行動の世界においても,その事実は「無意識に」理解されているはずだ。

にしても,いかに感動的な研究を生み出すかについて,つくづく考えさせられた。消費者行動研究においても,そうした研究を行い得る可能性がないはずがないと思うのだが・・・。