Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

なぜ,あの人を好きになるのか

2009-03-17 22:56:00 | Weblog
人はなぜ,ある人を好きになるのだろうか。そのことによって人は幸せになることもあれば,むしろ悲しんだり苦しんだりすることもある。人が人を好きになるメカニズムが解明されれば,それを戦略的に制御できるようになるかもしれない。少なくとも,好きになることで苦しむような事態からは,逃れることができるのではと期待される。ぼくの最大の研究課題は選好形成。そこに恋愛を加えてもおかしくはない。

以下の本は,この1月に放映されたNHKスペシャル「女と男~最新科学が読み解く性~」取材班がまとめたもので,基本的に番組の内容を敷衍している。しかし,番組では取り上げられなかった内容もある。それは,好ましい異性を多くの候補者のなかからいかにして識別しているかという問題だ。当人には「ビビッときた」としかいえないことでも,実は脳が無意識のうちに系統的な識別をしているかもしれないのだ。

だから、男と女はすれ違う―最新科学が解き明かす「性」の謎
NHKスペシャル取材班,奥村 康一,水野 重理,高間 大介
ダイヤモンド社

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その1つの手段が「匂い」である。男性の汗でまみれたTシャツを女性にかがせて,好きな匂いを選ばせるという実験がある。実は体臭は当人の免疫型と対応している。実験の結果,女性は自分の免疫型と異なる匂いを好むことが示された。その後,この実験は世界各地で再試され,つねに同じ結果が得られたわけではない。最近の研究では,免疫型が離れすぎている場合も好まれないことがわかった。最適な距離があるということだ。

もちろん,人間は少しは知性を使って異性を選択する。脳科学的に恋愛を研究しているヘレン・フィッシャーは「ラブマップ」という概念を提唱している。それは「生まれた直後から現在に至るまでの間に,無意識に築き上げてきた嗜好や性格に関する膨大なリスト」で,10代でほぼ完成するという。そこに偶然,理想にかなう相手との出会いがあると「ビビッと」なるらしい。この概念,ぼくの研究のヒントになるかもしれない。

恋愛の研究は,対象を製品やサービスに変えることで,マーケティングに応用できるだろうか。進化人類学的には,異性の選択とは遺伝子を多く残すための戦略でしかないが,消費における選択を同じ論理で説明するのには大きな飛躍がある(無関係ではないが・・・)。だが,ラブマップのように,消費者の製品やサービスに対する選好の基本を,幼児期から長い時間をかけて形成されたものとして見ることは,非常に有用だと思う。

なお,上述の本には,これまで述べたこと以外にも,興味深い話題が満載されている。その1つが,先進国の男性における精子の不活発化,またY染色体の減少トレンドである。あまりに大きなタイムスケールの話だが,自然は人類を葬り去る方向で動いているのではないかと想像してしまう。いずれにしろ,この1冊のなかに,かくも多くの話題を織り込んでしまうとは,科学ジャーナリストの取材力と筆力はすごいものである。