Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

政策空間で政局は動くか

2009-03-15 23:55:28 | Weblog
日経ビジネスオンラインに次のような記事が掲載されている:

代表秘書の逮捕より深刻、民主党が抱えるある問題

日経ビジネスは今年1~2月,衆議院議員,上場企業の経営者,および日経ビジネスオンラインの読者を対象に,17の経済政策への支持度を調査した。その結果は,横軸を「民間競争重視―セーフティネット重視」,縦軸に「公共投資―官の無駄排除」とした2次元空間に集約される。議員たちは回答結果に応じて4つのクラスタにまとめられ,空間上に布置されている:

A「競争重視・成長派」 空間の左
B「修正市場派」 空間の右上
C「大きな政府派」 B党よりやや左上
D「安全網重視派」 空間の右下

政策の方向性によって形成されたクラスタと実際の党派とは必ずしも一致しない。特に自民党議員は複数のクラスタに分散しているのに,民主党議員の多くがクラスタDに属していることにこの記事は注目する。読者の政策への態度は,自民,民主両党の支持者とも,クラスタAの近くに位置づけられる。経営者についても同様だ。そこでこの記事は,民主党議員の多くの政策主張は,他のクラスタだけでなく「経営者や読者といった“民意”からも遠く離れている」と問題視している。

なかなか面白い。なぜ面白いかといえば,この種の「分析」をジャーナリストがどう行なうかの興味深い事例になっているからだ。メディアリテラシーのなかに,初歩的なデータ解析の知識も含まれる時代になってきたのだ。そして,この記事はデータ解析を教える際の恰好の教材にもなる。学生にこの記事を読ませ,こうした分析や解釈のどこが正しく,どこに問題があるかを議論させる。さらには,こうしたデータが与えられた場合,自分ならどういう分析をするかを考えさせるわけだ。

多くの学生が,日経ビジネスオンラインの読者や上場企業の経営者の態度だけを捉えて,今後の政局を占う話をするのは問題だと気づくだろう。この記事を書いた記者もそのへんはわかっていて,民意という単語にわざわざ引用符をつけているが,誤解されやすい書き方ではある。また,マーケティングを学んだ学生なら,自民党/民主党の支持者といっても一様ではなく,マップ上の1つの点に集約していいのか,と疑問を呈するだろう。有権者の意見の異質性を考えるべきだと。

自民党議員の多くは,小さな政府を支持するクラスタAと大きな政府を支持するクラスタB,C(空間上の位置は非常に近い)に分かれている。この記事の論理に従えば,後者もまた“民意”から離れていることになる。しかし,日経ビジネスオンラインは読んでいないが,政府の積極的な財政に期待する有権者がかなり存在することは,いまさらいうまでもない。現在の麻生内閣の党内基盤もそこにある。この調査の弱点は,有権者の限られたグループしかカバーしていない点にある。

そういう議論の前に,そもそもこうした政策空間はどのような手続きによって構成されたのか,政党や有権者の布置はどう定められたのか,それがわからないときちんとした議論はできないと,理工系あるいはデータ解析を学んだ学生なら指摘するだろう。残念ながら,この記事の本文には,手法としてクラスタ分析を用いたとしか書かれていない。いうまでもなく,このようなマップがクラスタ分析だけから描かれたとは思えないから,他の解析手法も併用されているに違いない。

この記事には,ある議員クラスタとある政策の空間上の距離が近ければ近いほど,その議員がその政策を支持する度合いが高くなるという記述があるので,何らかの理想点モデルが使われているのだろうか? それとも,「ふつうに」因子分析あたりをかけたのであろうか? 重箱の隅をつつくような話に聞こえるかもしれないが,そのあたりがはっきりしないと,マップを正確に解釈することはできない。日経ビジネス本誌を買えば,それについて詳しく書いてあるのかもしれないが・・・。

この記事の基本的主張である,民主党議員と“民意”の乖離,という論点に戻ろう。自民党についてそうであったように,政策空間上の位置に支持者がどれだけいるかが鍵になる。クラスタDの位置は,小さな政府とセーフティーネットの両方を追求するという,従来の「常識」にはない政策ミックスである。これを選挙目当ての「美辞麗句」と見るか,従来の路線対立を超えた「第3の道」と見るかで評価が分かれる。後者だとしても,民主党支持者がそのことを理解しているのかどうか。

つまり,こうした政策空間が政党支持をどれだけ説明できるのかが最終的な問題になる。外交や防衛など,経済政策以外の争点を政策空間に加えるべきかもしれない。だがそれ以上に重要なのは,個別の政策とは直結しない,感情に関わる要因をどう扱うかだろう。政治家個人への好き嫌い,政党への長年に及ぶ信頼感やそれが失われたことへの反発,欧米的な政治状況を望む心理など,さまざまな非政策的要因をどう測定し,モデル化するか,先行研究を調べる必要がある。

日経ビジネスオンラインのこの記事は,上述のように分析手続きや解釈に不明な点や不審な点を残すが,政策空間上での政党選択という視点を一般向けメディアに導入したという点で,非常に意義深いといえる。こうしたアプローチが妥当であることが証明されれば,その延長線上に,より現実的な「意見動学」モデルの可能性が開けてくる。そして今年は,そうした研究にとって興味深い事例が観察されるだろう。政策空間など全く関係ない,という悲しい結果にならなければよいが。