かなりやりにくい朝があって、いまは昼になった。この気温、と、しっかりしないといけないという
新聞を見ての、感想。
新聞にもいろいろだが、いったいに、こうゆうことまで書いていいのかなというものもある。誰もが知って
いる、自民王国、富山。富山といえば、自民。「人民」ではなかった。なんども「公共」という言葉が出る。だが
いまは「自公」だ。でも、自民党が好きな言葉は、公共である。これは憲法にも、もちろんある言葉。
で、自公対民共だという、人間がいる。自公vs民共。米国では、民主と、共和。自民はない。
なぜ、民共になったか、さほど生臭くない気もするが、いかにも受けそうなことが書かれている。
違う気もする。こうゆう裏側の話、なぜ新聞に出るか。
焦っている、扇動する、みたいな意味があるのだろうか、書いてくれということなのだろう。
ほんと、いまの地元の新聞、北が付くけど、産業とか経済に、敏感。日経は知らないが。
3月9日、日食だって、知ってた。私は知らなかった、頭になかった。ということは、太陽と月の位置が、ほぼ
一致する。新月である。月の軌道についてそれがいかに複雑怪奇か、本で読んだことがある。
で、日食とか月食を、ギリシアの哲学者でもある人が、ということはかなり昔むかしの話だが、これを予言して
いた。ぴたりと当たった、ということになるのだろう。時代というか、古い、新しい関係なく、優秀な人は
いる。むかしは、地球の動きを、夜空を見て予言していた。地球の動きも、人の運命も。それゆえ、こうゆう方は
程ほどに尊敬されていたかどうか。だが、こうゆうことを多くの人が知ることができたか、この辺はわからない。
でも、はるかに今の時代よりは、夜は暗く、星は動くし、太陽は東の空から出て、西の空に沈むが、季節の移り
変わりとの関連性を鋭く、察知していた。
そうゆうところで、いまの時代、たとえば国立天文台の、あるいは、AstroArtsさんの情報をネットで見て、
月食か、日食か、惑星がどこにある。彗星が現れた、ということを知ることになるのだが。
3月11日がある。毎日、3月11日のような気もする。3月11日のことについて、どうTVとか新聞とか雑誌とか他の
メディアは放送するか、書くか、あるいは、そこから見えてくるものの先を、予想するか。
3月11日、2011年の。
でもやはり、忘れることはある。最近は、NHKでも、これに関して、そこに住んでいる方、あるいはいまはそこを
離れている方に関しての番組は多いようで、TVのスイッチを消し忘れて、そのことを知ったりもする。
でも政治家は、当然選挙のことを考えている。ある数を取る。その時期はいつか。
今日も、3月11日、2011年の、津波が来る。押し流されてゆくものすべてをみた。家族は無事か、お母さんは
大丈夫なのだろうか。どうしたのだろう。お母さんは、そのとき現われた。これはきのうみたのかな。
必至に、TVカメラの前で、自然に振舞う、振舞おうとしている。そうでないと、TVの前には出ることは
出来ない。
なかなか大変なので、こうゆう感じになってしまうが、画像としては、もう少し春っぽいものを期待した
先週の金曜日。
その一。
その二。
その三。二つ、二本くっ付いている大根。私はこれは「おでん」にするとうまいだろう、という
ことを思った。同時に、もう少し大きくならないかなとも。
その四。ユキヤナギ、小さい白い花。
その五。
その六。小さい花が、それほど増えていない。
その七。緑が出ている、これなんだかすぐにはわからなかった。
その八。オオイヌノフグリ。
その九。時間的に遅かったかも。真っ青になっていないか、その辺りが、と思ったが
それほどでもない。暖冬か、なんだかわからない。
今日は晴れマークが出ているが、いまは外は曇りだ。
ただ雨とかは降りそうにない。
新聞を見ての、感想。
新聞にもいろいろだが、いったいに、こうゆうことまで書いていいのかなというものもある。誰もが知って
いる、自民王国、富山。富山といえば、自民。「人民」ではなかった。なんども「公共」という言葉が出る。だが
いまは「自公」だ。でも、自民党が好きな言葉は、公共である。これは憲法にも、もちろんある言葉。
で、自公対民共だという、人間がいる。自公vs民共。米国では、民主と、共和。自民はない。
なぜ、民共になったか、さほど生臭くない気もするが、いかにも受けそうなことが書かれている。
違う気もする。こうゆう裏側の話、なぜ新聞に出るか。
焦っている、扇動する、みたいな意味があるのだろうか、書いてくれということなのだろう。
ほんと、いまの地元の新聞、北が付くけど、産業とか経済に、敏感。日経は知らないが。
3月9日、日食だって、知ってた。私は知らなかった、頭になかった。ということは、太陽と月の位置が、ほぼ
一致する。新月である。月の軌道についてそれがいかに複雑怪奇か、本で読んだことがある。
で、日食とか月食を、ギリシアの哲学者でもある人が、ということはかなり昔むかしの話だが、これを予言して
いた。ぴたりと当たった、ということになるのだろう。時代というか、古い、新しい関係なく、優秀な人は
いる。むかしは、地球の動きを、夜空を見て予言していた。地球の動きも、人の運命も。それゆえ、こうゆう方は
程ほどに尊敬されていたかどうか。だが、こうゆうことを多くの人が知ることができたか、この辺はわからない。
でも、はるかに今の時代よりは、夜は暗く、星は動くし、太陽は東の空から出て、西の空に沈むが、季節の移り
変わりとの関連性を鋭く、察知していた。
そうゆうところで、いまの時代、たとえば国立天文台の、あるいは、AstroArtsさんの情報をネットで見て、
月食か、日食か、惑星がどこにある。彗星が現れた、ということを知ることになるのだが。
3月11日がある。毎日、3月11日のような気もする。3月11日のことについて、どうTVとか新聞とか雑誌とか他の
メディアは放送するか、書くか、あるいは、そこから見えてくるものの先を、予想するか。
3月11日、2011年の。
でもやはり、忘れることはある。最近は、NHKでも、これに関して、そこに住んでいる方、あるいはいまはそこを
離れている方に関しての番組は多いようで、TVのスイッチを消し忘れて、そのことを知ったりもする。
でも政治家は、当然選挙のことを考えている。ある数を取る。その時期はいつか。
今日も、3月11日、2011年の、津波が来る。押し流されてゆくものすべてをみた。家族は無事か、お母さんは
大丈夫なのだろうか。どうしたのだろう。お母さんは、そのとき現われた。これはきのうみたのかな。
必至に、TVカメラの前で、自然に振舞う、振舞おうとしている。そうでないと、TVの前には出ることは
出来ない。
なかなか大変なので、こうゆう感じになってしまうが、画像としては、もう少し春っぽいものを期待した
先週の金曜日。
その一。
その二。
その三。二つ、二本くっ付いている大根。私はこれは「おでん」にするとうまいだろう、という
ことを思った。同時に、もう少し大きくならないかなとも。
その四。ユキヤナギ、小さい白い花。
その五。
その六。小さい花が、それほど増えていない。
その七。緑が出ている、これなんだかすぐにはわからなかった。
その八。オオイヌノフグリ。
その九。時間的に遅かったかも。真っ青になっていないか、その辺りが、と思ったが
それほどでもない。暖冬か、なんだかわからない。
今日は晴れマークが出ているが、いまは外は曇りだ。
ただ雨とかは降りそうにない。
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