今回は、ウィキペディアの丸写しになりそうです。出版社の話や作家に興味のない方は、スルーしてください。
・小学館から出版された矢沢永吉の単行本『成り上がり』は、大ベストセラーとなった。
・当時小学館には文庫が無かったため、文庫本は小学館の系列会社である集英社から出るものと思われていた。
・そんなとき見城は、角川春樹から「『成りあがり』を角川文庫に持ってこれないか」と言われる。業界の常識としては、集英社で文庫化すると決まっているものをひっくり返すことは通常あり得ない。
・しかし、トップである角川春樹との信頼関係を死守し、どんな難題も可能にしてみせると心に決め、見城は毎日矢沢永吉の事務所を訪ねてしぶとく交渉を重ねた。
・そして、ついに事務所の社長が根負けする。ただし、角川で文庫化する替わりに映画館の予告編やテレビのスポットで文庫本のコマーシャルを打つことを条件に出される。
・通常、文庫本でそこまで多額の宣伝広告費をかけることはあり得ない。原価計算をすると、文庫が50万部売れれば十分ペイできることがわかった。ただし、50万部を達成できなければ広告費を回収できずに大変な責任問題となる。
・一抹の不安を抱えながらも、ミリオンセラーを狙える確信に基づき決断する。こうして『成りあがり』は角川文庫から発売され、100万部を超えるベストセラーになった。
・あるとき角川は「今のやり方だと、講談社、小学館、集英社、新潮社、文藝春秋社などに角川書店が追いつくまで50年かかる。倒産を覚悟で映画を作るしかない。
・もし当たれば映画のヒットと同時に本が売れる。そうすれば、10年でウチは大手5社に追いつける。
・「横溝正史の本を映画にしてヒットさせれば、本が売れるんじゃないか。」と言い出した。こうして生まれた角川映画の第一弾が『犬神家の一族』( 昭和51年公開 )である。
・角川春樹は、悲愴な覚悟で一世一代の勝負に打って出た。打てる手はすべて打ち、最後は神頼みという状況で迎えた映画公開初日。新城は、角川春樹とベンツに乗り込み有楽町の劇場に向かう。
・そこで、『犬神家の一族』を見に来た大群衆を目の当たりにし、涙が止まらなかったという。映画は大ヒットし、文庫は飛ぶように売れた。
・これを皮切りに翌年以降、『人間の証明』( 昭和52年、松田優作主演)『野生の証明』(昭和53年、高倉健主演)など角川映画は次々と大ヒットを飛ばしていく。
映画の題名と主演俳優の名前を読みますと、昔の記憶が蘇ってきます。本も映画も華やかな装いをしていますが、知らない苦労があるものです。
・平成5年、麻薬取締役法違反の容疑で、角川春樹が逮捕された。
・春樹の逮捕を受け、弟の角川歴彦 ( つぐひこ ) が角川書店に返り咲き、社長に就く予定となった。
・角川書店では、かつて角川春樹と弟の歴彦が経営方針を巡って対立し、歴彦が会社を去った経緯があった。
・春樹派の人物が角川書店を追われ退社する中、歴彦から飯田橋の喫茶店に呼び出され、「会社の再建にはどうしても君の力が必要だから、君だけには残って欲しい」と慰留を受ける。
・しかし「僕がここまでやってこられたのは、春樹さんのおかげだと思っています。それに僕は、歴彦さんを追い出した側の人間です。そんな人間が、歴彦さんが戻ってこられた会社に残るわけにはいきません」と、正直に自分の思いをぶつけた。
・こうして師である春樹に筋を通し、角川書店を退社する。
次回は、井川意高 ( いかわ もとたか )氏の経歴を紹介します。興味のある方だけお越しください。