goo blog サービス終了のお知らせ 

ねこ庭の独り言

ちいさな猫庭で、風にそよぐ雑草の繰り言

壊れていく自由民主党 - 6 ( 見城氏と角川春樹氏 ) 

2025-02-20 12:27:07 | 徒然の記

 今回は、ウィキペディアの丸写しになりそうです。出版社の話や作家に興味のない方は、スルーしてください。

  ・小学館から出版された矢沢永吉の単行本『成り上がり』は、大ベストセラーとなった。

  ・当時小学館には文庫が無かったため、文庫本は小学館の系列会社である集英社から出るものと思われていた。

  ・そんなとき見城は、角川春樹から「『成りあがり』を角川文庫に持ってこれないか」と言われる。業界の常識としては、集英社で文庫化すると決まっているものをひっくり返すことは通常あり得ない。

  ・しかし、トップである角川春樹との信頼関係を死守し、どんな難題も可能にしてみせると心に決め、見城は毎日矢沢永吉の事務所を訪ねてしぶとく交渉を重ねた。

  ・そして、ついに事務所の社長が根負けする。ただし、角川で文庫化する替わりに映画館の予告編やテレビのスポットで文庫本のコマーシャルを打つことを条件に出される。

  ・通常、文庫本でそこまで多額の宣伝広告費をかけることはあり得ない。原価計算をすると、文庫が50万部売れれば十分ペイできることがわかった。ただし、50万部を達成できなければ広告費を回収できずに大変な責任問題となる。

  ・一抹の不安を抱えながらも、ミリオンセラーを狙える確信に基づき決断する。こうして『成りあがり』は角川文庫から発売され、100万部を超えるベストセラーになった

  ・あるとき角川は「今のやり方だと、講談社、小学館、集英社、新潮社、文藝春秋社などに角川書店が追いつくまで50年かかる。倒産を覚悟で映画を作るしかない。

  ・もし当たれば映画のヒットと同時に本が売れる。そうすれば、10年でウチは大手5社に追いつける。

  ・「横溝正史の本を映画にしてヒットさせれば、本が売れるんじゃないか。」と言い出した。こうして生まれた角川映画の第一弾が『犬神家の一族』( 昭和51年公開 )である。

  ・角川春樹は、悲愴な覚悟で一世一代の勝負に打って出た。打てる手はすべて打ち、最後は神頼みという状況で迎えた映画公開初日。新城は、角川春樹とベンツに乗り込み有楽町の劇場に向かう。

  ・そこで、『犬神家の一族』を見に来た大群衆を目の当たりにし、涙が止まらなかったという。映画は大ヒットし、文庫は飛ぶように売れた。

  ・これを皮切りに翌年以降、『人間の証明』( 昭和52年、松田優作主演)『野生の証明』(昭和53年、高倉健主演)など角川映画は次々と大ヒットを飛ばしていく。

 映画の題名と主演俳優の名前を読みますと、昔の記憶が蘇ってきます。本も映画も華やかな装いをしていますが、知らない苦労があるものです。

  ・平成5年、麻薬取締役法違反の容疑で、角川春樹が逮捕された。

  ・春樹の逮捕を受け、弟の角川歴彦 ( つぐひこ ) が角川書店に返り咲き、社長に就く予定となった。

  ・角川書店では、かつて角川春樹と弟の歴彦が経営方針を巡って対立し、歴彦が会社を去った経緯があった。

  ・春樹派の人物が角川書店を追われ退社する中、歴彦から飯田橋の喫茶店に呼び出され、「会社の再建にはどうしても君の力が必要だから、君だけには残って欲しい」と慰留を受ける。

  ・しかし「僕がここまでやってこられたのは、春樹さんのおかげだと思っています。それに僕は、歴彦さんを追い出した側の人間です。そんな人間が、歴彦さんが戻ってこられた会社に残るわけにはいきません」と、正直に自分の思いをぶつけた

  ・こうして師である春樹に筋を通し、角川書店を退社する

 氏が、角川書店を退社するまでの経歴を紹介しました。幻冬舎設立以後の話がまだありますが、それは省略します。
 
 零細出版社だった「幻冬舎」を贔屓にし、見城氏の経営を盤石にしてくれた作家たちの名前を最後に紹介しておきます。
 
 〈 「角川書店」時代 〉
 
  つかこうへい  有明夏夫  松村友美  山田詠美  影山民夫  森村誠一
 
  五木寛之    村上龍   坂本龍一  松任谷由美 尾崎豊
 
 〈 「幻冬舎」時代 〉
 
  五木寛之  石原慎太郎  唐沢寿明  郷ひろみ  天童荒太  向山貴彦  村上龍
 
  木藤亜也  山田宗樹  劇団ひとり  小林よしのり  白川道  渡辺淳一  宮部みゆき
 
 氏の信条は「義理、人情、恩義」だそうです。残念ながら、安倍元首相や井川意高、佐藤尊徳氏との関係は説明がないのでまだ分かりません。

 次回は、井川意高 ( いかわ  もとたか  )氏の経歴を紹介します。興味のある方だけお越しください。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

壊れていく自由民主党 - 5 ( 見城 徹氏 ) 

2025-02-20 08:09:42 | 徒然の記

 見城徹 ( けんじょう  とおる  )、 井川意高 ( いかわ  もとたか  ) 、佐藤尊徳 ( さとう  たかのり  ) 3氏の経歴をウィキペディアから紹介します。

 見城氏を知るのは初めてですが、「幻冬舎」の名前は以前から知っていました。

 神戸連続児童殺傷事件の元少年Aの著作が出された時、出版社は別の会社でしたが、「幻冬舎」の名前がマスコミを賑わせたことがありました。本の名前は『絶歌』だったと記憶していますが、悪評の高かったこの本に、氏がどのように関わっていたのかは知りません。

 今回「幻冬舎」と見城氏の顔が結びついたのが、意外でした。意外感のまま、経歴の紹介に移ります。

 〈 見城徹 ( けんじょう  とおる  ) 氏の経歴 〉

  ・昭和25年12月静岡県清水市生まれ、74才、

  ・編集者、実業家 株式会社幻冬舎代表取締役社長、株式会社タッチダウン代表取締役社長、株式会社キャブ代表取締役社長、エイベックス株式会社取締役(非常勤)

  ・株式会社テレビ朝日 放送番組審議会委員長、株式会社gift取締役会長、株式会社ブランジスタ顧問

  ・慶應義塾大学法学部卒業後、廣済堂出版入社

  ・昭和50年角川書店に入社、41歳で取締役編集部長に昇進

  ・平成5年、取締役編集部長の役職を最後に角川書店を退社

 角川書店でも、売上増大に寄与するやり手社員だったことが分かりました。

  ・同年部下5人と「幻冬舎」を設立し、代表取締役社長に就任

  ・平成20年旧株式会社ブランジスタの取締役に就任後、エイベックス・グループ・ホールディングス株式会社の非常勤取締役、株式会社ブランジスタの取締役会長に就任。

  ・平成25年、秋元康、松浦勝人、藤田晋らと「株式会社gift」を設立するが、3億4200万円の赤字を出して会社売却

  ・数々のミリオンセラーを生み出してきた伝説の編集者である

 以後は出版界の裏話で、「ねこ庭」には未知の話で面白いのですが、真偽の程は不明らしくウィキペディアの「注書き」があるのかもしれません。

  ・廣済堂出版入社後、最初に手がけた本は『十万円独立商法』という本である。

  ・同書について、当時「東京スポーツ」で記者をしていた高橋三千綱が特集で大々的に取り上げてくれた。そのお礼に、本の著者が3万円を出してくれ、そのお金で高橋と飲みに行き親しくなった。

  ・その後、高橋は群像新人賞を受賞する。そのお祝いで再び飲みに行った時、小説家の中上健次を紹介される。以降、ゴールデン街や新宿2丁目で文学論と喧嘩の日々を過ごす。

  ・そこには、村上龍や立松和平、つかこうへいなど多くの若き作家が集まっていた。彼らと過ごす間、彼らの中にある「狂気ともいえる情念、自分にはない治癒不能な何か」があると感じていたという。

  ・作家の中にそうした「何か」を感じられる自分は、それを表現のかたちに生み出す触媒になれるのではないかと考え、文芸編集者を強く意識するようになる。

  ・そんなとき、毎日のように会っていた高橋三千綱が角川春樹へつながる道を拓く。

  ・当時、角川書店では「野性号」という企画を行っていた。古代船「野性号」を建造し、『魏志倭人伝』に記された通りに朝鮮から北九州まで渡るという角川春樹の企画だった。

  ・この企画に魅力を感じ廣済堂出版を退職し、野性号事務局でアルバイトとして働きはじめる。

  ・事務・雑用を懸命にこなし、どんな小さなこともおろそかにせず明け方まで懸命に仕事をしたところ、その仕事ぶりが認められ、当時角川書店で唯一の文芸誌である『野性時代』の編集部に正式採用された

 シリーズのテーマを外れているのかもしれませんが、自分で読んでいても面白いので、そのまま続けます。
 
  ・当時文芸分野の弱かった角川書店に、今まで原稿のとれなかった作家を次々に引き込んでいった。
 
  ・五木寛之も、角川書店には新作を書いてもらえない作家のひとりだった。
 
  ・見城は学生時代から五木の作品を諳んじるほど熟読しており、五木との仕事を熱望していた。そこで、五木が発表する小説やエッセー、対談、どんな小さなコラムでも必ず読み、そのすべてに感想をしたため手紙を出した。
 
  ・最初は返信が無かったが、17通目に夫人の代筆で返信が来た。その後、25通目の手紙でようやく面会がかなった。
 
  ・そして会った当日、当時担当していた文芸誌『野性時代』に『燃える秋』の連載承諾を得る。その後『燃える秋』は映画化され、大ベストセラーとなる。
 
  ・後年角川書店から独立して設立した出版社・「幻冬舎」の名付け親も五木である。
 
 出版社同士の関係だけでなく、出版社と著名な作家の力関係、あるいは作家同士のメチャクチャな交友ぶりなどが伝わったきます。どこまで事実なのか不明と知りながらおつき合いのできる方は、次回も足をお運びください。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする