かりそめの旅

うるわしき 春をとどめるすべもなし 思えばかりそめの 旅と知るらむ――雲は流れ、季節は変わる。旅は過ぎゆく人生の一こま。

◇ 潜水服は蝶の夢を見る

2008-03-15 03:22:25 | 映画:外国映画
 ジャン・ドミニック・ボビー原作 ジュリアン・シュナーベル監督 マチュー・アマルリック エマニエル・セニエ マリ・ジョゼ・クローズ 2007年仏・米

 哀しいかな人は、自分の生が少なくなったと自覚したとき、もしくはかつてのように自由に身体が動けなくなったときに、自分の人生の尊さを知る。過ぎ去った華やかな(と思える)人生を愛おしむ。
 その直中にいるときは、それをただひたすら貪るだけなのだ。おそらくは徒(いたずら)に。
 しかし、誰がそのことを咎めよう。殆どの人生がそうなのだから。

 それは、突然にやってくるものだ。
 取り返しがつかない状態になったとき、人はどのような行動をとるのだろう。自分は、どのようにたじろき、悲嘆するのだろう。

 「潜水服は蝶の夢を見る」の原作者は、雑誌「ELLE」の編集長だった。家庭があり3人の子どもがいた。そして愛人もいた。順風満帆に見える人生だ。
 そんな彼が、ある日倒れた。何の前触れもないままに。それも43歳のときに。
 目を覚ますと、病室のようだ。医者が話しかけてきて返事をするが、それは届いていないようだ。身体はどこもぴくりとも動かない。動くのは、左眼だけだ。
 どうやら分かったことは、彼がいわゆる植物人間になったということだ。
 看護士(言語療法士)の話す言葉に、「イエス」の場合は1回瞬きする。「ノー」の場合は2回する。こうやって、一方的で単純なコミュニケーションが始まる。
 あとは、投げやりな人生があるだけだ。何しろ、左眼以外はどこも動かないのだから。
 しかし、彼は違った。
 唯一動く左眼の瞬きで、本を書いたのだ。もちろん、それを支えた看護士等がいたのだが、気の遠くなるような作業を彼は行った。潜水服を着たように重く感じる身体で、蝶のように想像力を羽ばたかせた。
 そして、本が出版された10日後に、彼は息を引きとった。

 動かなくなった身体から、彼の想いが映像として流れる。
 スキー、サーフィン、旅、女との戯れ……
 それは、もう手にすることのできない人生の数々だ。
 彼は、僕の人生は失敗の連続だったような気がすると述回する。
 愛せなかった女、
 掴めなかったチャンス、
 逃した幸福、
 それもこれも、今はない。失敗した人生すら素晴らしいと知るのは、それが戻らないと知ったときからだ。

 私も映画の余韻を反芻しながら、自分の徒(いたずら)に過ごした人生を少し恥じるのだった。
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