昭和30年代前半に起きた若者の「太陽族」ブームは、当時の一般的な大人には眉にしわを寄せさせた。つまり、このときの若者の風潮・風俗は決して健全とは思われず、不良がかったものと見られていた。
いつの時代でも、健全な若者はつまらないのだが。
映画「幕末太陽伝」(監督:川島雄三、日活)は、1956(昭和31)年、「太陽の季節」(監督:古川卓巳、日活)で石原裕次郎がスターに躍り出た、翌1957年の作品である。題名からして、世相を映し出していた太陽族を意識したものと思われる。
映画の冒頭に「日活製作再開三周年記念」という文字が出てくる。つまり、日活が1953年、東京・調布に撮影所を建設し、映画製作を再開してまだ3年目ということである。
当時映画界は、大手である松竹、東宝、大映、東映、新東宝で5社協定を結んでいて、監督、俳優の引き抜き防衛を図っていた。それでも、鈴木清順、斉藤武市、中平康、今村昌平、蔵原惟繕、神代辰巳など若い監督、助監督はじめスタッフが日活に移ってきて、活路を見出そうとした。
つまり、新しく日活に入ってきた映画人は、それまでの会社では採用されないものを描こうとしたし、新しい映画を模索していったのである。
こうして生まれた日活は、必然的に体制に反抗する映画を作るようになる。そうした日活の土壌のなかで、不良がかった主人公の石原裕次郎が出てきたのである。
不良少年はさらに枠を逸脱し、無国籍的なアウトローとなってスクリーンを駆け巡り、日本の若者の心をつかんでいく。石原裕次郎に続いて、小林旭、赤木圭一郎、和田浩治といった不良がかったヒーローが誕生し、アクション・ダイヤモンドラインが生まれる。
不良少年(青年)の誕生は、不良だけでは終わらない。その対極に清純があり、不良と清純は拮抗を重ねながら、その質を高めていく。
こうして、清純・純愛を追求した青春映画が、アクション映画から派生し誕生する。それを支えたのが、アクション映画のヒーローである男優たちの添え物的だったヒロインを演じながら成長していった、吉永小百合、松原智恵子、和泉雅子などの女優陣であった。
青春映画では、彼女たちは今度は逆に、浜田光夫、高橋英樹、山内賢、そして渡哲也などを引き立て役にするほど輝いていくのである。また、歌謡曲の世界から、橋幸夫、舟木一夫、西郷輝彦などを映画の中に青春歌謡映画として引き込んでくる。
*
日活の黎明期に作られた「幕末太陽伝」は、日活にしては珍しい時代劇である。
しかし、幕開きのキャストの字幕の背景には、撮影当時の昭和30年頃の東京・品川の街が映し出される。
それと同時に、「ここ品川、かつての品川宿には、北の吉原と比べ称されるほどの規模の遊郭があって、100件以上の遊女屋に1000人にも上る遊女がいた。350年の歴史があり、今でも特飲街、つまり赤線があるが、その赤線も売春禁止法によって消える運命にある」といったナレーションが流れる。
これから消えるであろう現代(撮影当時の昭和30年頃)の品川の街のさがみホテルが、すでに消え去った幕末の遊郭(置屋)の相模屋に変わる。
物語の舞台は、江戸時代末の文久2年(1862年)、あと6年で明治になる年のことである。
お大尽ぶった主人公の佐平次(フランキー堺)が遊郭の相模屋に仲間を連れてやってきて、飲みや歌えの大判ふるまいをやる。その相模屋では、長州の武士たちが集まって、イギリス公使館の焼き討ちを謀っていた。
翌日、友人を帰し一人になった佐平次は、店に勘定をと催促されるが、一文も無いとあっけらかんと答える。実際、一文無しなのである。
こうして、佐平次は相模屋に残って働くことになり、下働きから、その調子の良さで娼婦の相談役やいざこざの解決など大活躍をする。
このあたりは、のちの植木等(クレージーキャッツ)の無責任野郎の先駆けである。
ラストは、佐平次が、結核を患っているらしく咳をしながらも、娼婦に入れ込んだ男を騙したまま、「地獄も極楽もあるもんけえ。俺はまだまだ生きるんでえ」と言い放って、品川の海沿いの道を逃げていくのである。
この映画で特筆すべきは、石原裕次郎、小林旭、二谷英明という、その後の日活を背負うスターが脇役(長州藩士)として出演していることである。主役はあくまでもフランキー堺である。裕次郎は、すでに「太陽の季節」でスターになっていたにもかかわらず、である。
当時のポスターを見ると、小林旭、二谷英明は名前すらない。
女優では、競り合う売れっ子遊女に南田洋子、左幸子。遊郭の奉公女に芦川いづみが出演している。
日活を支えた金子信雄、西村晃、小沢昭一が、脇を渋く固めている。相模屋の若衆役の岡田真澄が細く痩せていて、若いときの美輪明宏みたいで初々しい。
今村昌平が脚本スタッフとして、のちに「キューポラのある街」(主演:吉永小百合、1962年日活)を撮る浦山桐郎が監督助手として、名を連ねている。
日活が爆発的な輝きを放つ直前の、その片鱗を見出させる不思議な魅力を持った映画である。
いつの時代でも、健全な若者はつまらないのだが。
映画「幕末太陽伝」(監督:川島雄三、日活)は、1956(昭和31)年、「太陽の季節」(監督:古川卓巳、日活)で石原裕次郎がスターに躍り出た、翌1957年の作品である。題名からして、世相を映し出していた太陽族を意識したものと思われる。
映画の冒頭に「日活製作再開三周年記念」という文字が出てくる。つまり、日活が1953年、東京・調布に撮影所を建設し、映画製作を再開してまだ3年目ということである。
当時映画界は、大手である松竹、東宝、大映、東映、新東宝で5社協定を結んでいて、監督、俳優の引き抜き防衛を図っていた。それでも、鈴木清順、斉藤武市、中平康、今村昌平、蔵原惟繕、神代辰巳など若い監督、助監督はじめスタッフが日活に移ってきて、活路を見出そうとした。
つまり、新しく日活に入ってきた映画人は、それまでの会社では採用されないものを描こうとしたし、新しい映画を模索していったのである。
こうして生まれた日活は、必然的に体制に反抗する映画を作るようになる。そうした日活の土壌のなかで、不良がかった主人公の石原裕次郎が出てきたのである。
不良少年はさらに枠を逸脱し、無国籍的なアウトローとなってスクリーンを駆け巡り、日本の若者の心をつかんでいく。石原裕次郎に続いて、小林旭、赤木圭一郎、和田浩治といった不良がかったヒーローが誕生し、アクション・ダイヤモンドラインが生まれる。
不良少年(青年)の誕生は、不良だけでは終わらない。その対極に清純があり、不良と清純は拮抗を重ねながら、その質を高めていく。
こうして、清純・純愛を追求した青春映画が、アクション映画から派生し誕生する。それを支えたのが、アクション映画のヒーローである男優たちの添え物的だったヒロインを演じながら成長していった、吉永小百合、松原智恵子、和泉雅子などの女優陣であった。
青春映画では、彼女たちは今度は逆に、浜田光夫、高橋英樹、山内賢、そして渡哲也などを引き立て役にするほど輝いていくのである。また、歌謡曲の世界から、橋幸夫、舟木一夫、西郷輝彦などを映画の中に青春歌謡映画として引き込んでくる。
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日活の黎明期に作られた「幕末太陽伝」は、日活にしては珍しい時代劇である。
しかし、幕開きのキャストの字幕の背景には、撮影当時の昭和30年頃の東京・品川の街が映し出される。
それと同時に、「ここ品川、かつての品川宿には、北の吉原と比べ称されるほどの規模の遊郭があって、100件以上の遊女屋に1000人にも上る遊女がいた。350年の歴史があり、今でも特飲街、つまり赤線があるが、その赤線も売春禁止法によって消える運命にある」といったナレーションが流れる。
これから消えるであろう現代(撮影当時の昭和30年頃)の品川の街のさがみホテルが、すでに消え去った幕末の遊郭(置屋)の相模屋に変わる。
物語の舞台は、江戸時代末の文久2年(1862年)、あと6年で明治になる年のことである。
お大尽ぶった主人公の佐平次(フランキー堺)が遊郭の相模屋に仲間を連れてやってきて、飲みや歌えの大判ふるまいをやる。その相模屋では、長州の武士たちが集まって、イギリス公使館の焼き討ちを謀っていた。
翌日、友人を帰し一人になった佐平次は、店に勘定をと催促されるが、一文も無いとあっけらかんと答える。実際、一文無しなのである。
こうして、佐平次は相模屋に残って働くことになり、下働きから、その調子の良さで娼婦の相談役やいざこざの解決など大活躍をする。
このあたりは、のちの植木等(クレージーキャッツ)の無責任野郎の先駆けである。
ラストは、佐平次が、結核を患っているらしく咳をしながらも、娼婦に入れ込んだ男を騙したまま、「地獄も極楽もあるもんけえ。俺はまだまだ生きるんでえ」と言い放って、品川の海沿いの道を逃げていくのである。
この映画で特筆すべきは、石原裕次郎、小林旭、二谷英明という、その後の日活を背負うスターが脇役(長州藩士)として出演していることである。主役はあくまでもフランキー堺である。裕次郎は、すでに「太陽の季節」でスターになっていたにもかかわらず、である。
当時のポスターを見ると、小林旭、二谷英明は名前すらない。
女優では、競り合う売れっ子遊女に南田洋子、左幸子。遊郭の奉公女に芦川いづみが出演している。
日活を支えた金子信雄、西村晃、小沢昭一が、脇を渋く固めている。相模屋の若衆役の岡田真澄が細く痩せていて、若いときの美輪明宏みたいで初々しい。
今村昌平が脚本スタッフとして、のちに「キューポラのある街」(主演:吉永小百合、1962年日活)を撮る浦山桐郎が監督助手として、名を連ねている。
日活が爆発的な輝きを放つ直前の、その片鱗を見出させる不思議な魅力を持った映画である。
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