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かりそめの旅

うるわしき 春をとどめるすべもなし 思えばかりそめの 旅と知るらむ――雲は流れ、季節は変わる。旅は過ぎゆく人生の一こま。

歌う銀幕のスター、「小林旭回顧録 マイトガイは死なず」

2025-01-30 03:15:43 | 本/小説:日本
 街のみんなが振りかえる 青い夜風も振りかえる
 君と僕とを振りかえる そんな気がする恋の夜……

 *二刀流の小林旭

 時代とともに綺羅星のごとく多くのスターが生まれ、多くのスターが流れ星のように消えていった。
 思えば、どれだけのスターと呼ばれた人が、記憶に残るのだろうか、記録に残っていくのだろうか。

 小林旭は、今なお現役で活動している。
 1938(昭和13)年生まれだから、今年86歳である。
 1956(昭和31)年、第3期日活ニューフェイスに合格し、映画界の道へ入る。同年「飢える魂」(監督:川島雄三)で映画界にデビューし、1957年、「青春の冒険」(監督:吉村廉)で初主演。1958(昭和33)年の作品、浅丘ルリ子との共演「絶唱」(監督:滝沢英輔)は初期の代表的な文芸作品となった。
 1959(昭和34)年、「南国土佐を後にして」(監督:齋藤武市、原作:川内康範、出演:小林旭、浅丘ルリ子、内田良平、南田洋子、ペギー葉山)での主演映画が大ヒットし、この映画が滝伸次なる「渡り鳥シリーズ」の先駆けとなった。
 さらに同時期に作られた、二階堂卓也なる「銀座旋風児シリーズ」、野村浩次なる「流れ者シリーズ」、清水次郎なる「暴れん坊シリーズ」、氷室浩次なる「賭博師シリーズ」などで、毎月のように旭主演の映画が封切られ、石原裕次郎とともに日活の黄金時代を築いた。
 日活を出たあとは、東映の「仁義なき戦いシリーズ」(監督:深作欣二)、東宝の「青春の門」(監督:浦山桐郎)など、多数映画出演した。

 小林旭は歌も歌う。
 映画全盛期には映画の主題歌として歌い、それは映画から独り立ちして一般的な歌謡曲(流行歌)としても広く流れた。
 1958(昭和33)年、日本コロムビアより「女を忘れろ」(作詞:野村俊夫、作曲:船村徹)で歌手デビュー。同年歌った2曲目の「ダイナマイトが百五十屯」(作詞:関沢新一、作曲:船村徹)より、彼の愛称「マイトガイ」が生まれた。
 冒頭にあげた歌の文句は、1960(昭和35)年の映画「流れ者シリーズ」の第2作「海を渡る波止場の風」(監督:山崎徳次郎)の主題歌「ズンドコ節」(作詞:西沢爽、作曲:遠藤実、編曲:狛林正一)の出だしの歌詞である。
 映画が下火になったころ、小林旭は事業に手を出し、ゴルフ場経営の失敗などで多額の負債を背負う。そのとき、1975(昭和50)年発売したレコード「名前で出ています」(作詞:星野哲郎、作曲:叶弦大)を引っ提げて全国を回り、やがて有線からじりじりと火が付いたこの歌が大ヒットして、借金返済の目途がたったという話は有名だ。
 そして、1985(昭和60)年発売の、作詞・阿久悠、作曲・大瀧詠一という予想外のコンビによる「熱き心に」は、その後フィナーレで歌われる定番曲になった。

 スクリーンではアクション・スターとして躍動し、ステージでは声(甲)高く歌を歌い、それが両方とも人々を熱くさせてきた。それゆえに、歌う銀幕のスターと称されたのだった。
 今で言うところ(大谷翔平風)の、“二刀流”なのである。

 若いときには、日活の小林旭の映画はよく見たし、レコードも買って歌もよく聴いた(今でも聴いている)。
 そして、貴重な体験だったが、一度だけライブを聴きに行った。
 日活撮影所がある東京都調布市が市制施行60周年企画として、2016(平成28)年に小林旭のスペシャル・コンサートが調布市グリーンホールで開かれたときである。
 このときは、会場に浅丘ルリ子、宍戸錠が駆けつけてくれた。
 このときのことは、ブログで書いている。
 ※「小林旭① 調布市制施行60周年「熱き心のコンサート」」(2016-02-22)
 https://blog.goo.ne.jp/ocadeau3/e/6b35d19bcd2a7b6a4e87da492c0e94be
 ※「小林旭② 吉永小百合との共演「黒い傷あとのブルース」」(2016-02-27)
 https://blog.goo.ne.jp/ocadeau3/e/257392907047a50ea22036bcfac00204

 *何を隠そう、旭が好き!

 先日(2月25日)の朝日新聞の読書欄に、小林旭の回顧録「マイトガイは死なず」(文藝春秋刊)が掲載されていた。この固いコーナーに、俳優の本が載るのは珍しいので驚いた。論評したのは美術家(グラフィック・デザイナー)の横尾忠則であった。
 ここのところ小林旭がクセになってライブに通っていると、横尾はこの書評で述べている。
 小林旭の自伝的単行本は、すでに「さすらい」(新潮社)など何冊か出ているが、この「マイトガイは死なず」は、月刊「文藝春秋」に連載していたものを、単行本として去年(2004年)11月、出版された本である。

 かつて「渡り鳥シリーズ」をはじめ日活作品が芸術作品とは比べるべくもなく低級だと思われていたころ、意外な文化人が日活映画、とりわけ小林旭が好きだと評価したり、そう思わせる文(本)を書いたのを発見すると、密かに嬉しく思ったものである。

 小林信彦(作家)は、1970年代初頭に、小説「オヨヨ・シリーズ」のなかで、小林旭を登場させている。文中でこれを発見したときは、当時このようなことは滅多になかったので、驚いたと同時に感激した記憶がある。
 渡辺武信(建築家、詩人)は、1972年発行の「ヒーローの夢と死」(思潮社)で小林旭の映画を「無国籍アクション映画」と定義し、そのあと「日活アクションの華麗な世界」(未来社)で詳細に分析・記録した。
 この人は本職は建築家だが、日活アクションが好きで映画評も個性的で好きだった。本職を交えた「銀幕のインテリア」(読売新聞社)を出したとき、雑誌編集者だった私は取材でお話ししたことがある。
 日活黄金期の風景としては、「渡り鳥シリーズ」などの脚本を書いた山崎巌の自伝的小説「夢のぬかるみ」(新潮社)が興味深い。
 しかし何と言っても、小林旭を知るうえで欠かせないのは、小林信彦と大瀧詠一(ミュージシャン)の編集による「小林旭読本」(キネマ旬報社、2002年刊)である。保存版ともいうべき、小林旭出演の全映画(2002年まで)が、スタッフ、キャスト、内容解説付きで詳細に記録されている。

 それで、本題の「マイトガイは死なず」である。
 石原裕次郎、浅丘ルリ子、美空ひばりなど、彼と関係が深かった人物に関しては今まで小林旭が語ってきたこと以上の話は出ていない。
 しかし、今まで形式的にしか書かれなかった人物の実像も、ちらとだが書かれている。
 「ズンドコ節」や「ついてくるかい」など、終始旭の曲を書いてきた遠藤実。コロムビア時代からクラウンにレコード会社を移っても旭を担当した、五木寛之の小説「艶歌」などの主人公の「艶歌の竜」のモデルとされる音楽ディレクター、馬淵玄三。「昔の名前で出ています」他を作曲した叶弦大など、知らなかった一面を垣間見せている。
 そして、あまり実像が語られなかった大物俳優、鶴田浩二に関して、奥歯にものが挟まったような表現で以下のように述べている。
 「鶴さんは変わったところがあった。普段からまともに人の顔を見ようともしないんだ。なんていうか、陰に隠れて障子の向こうからものを言ったりする人だった」

 *幻のレコード大賞「熱き心に」

 この本「マイトガイは死なず」のなかで衝撃的なのは、「文藝春秋」(2023年11月号)にも掲載されたのだが、日本レコード大賞についての項である。
 1986(昭和61)年の「第28回日本レコード大賞」(TBS系)に「熱き心に」が大賞候補にノミネートされた。このときのことは、だいたい次のように書かれている。
 大賞が発表される直前まで、小林旭には自分が選ばれるという確信があった。舞台裏で事前に審査員の西村晃から受賞を伝えられていたからだ。
 小林旭は、作詞を手がけた阿久悠と共に授賞式が行われた日本武道館のステージに立った。ところが大賞に選ばれたのは、前年「ミ・アモーレ」で大賞を受賞した中森明菜の「DESIRE」だった。旭に渡されたのは「特別選奨」という聞いたこともない賞だった。
 「熱き心に」が審査段階で大賞に決まったものの、直後の裏工作により中森明菜の「DESIRE」が逆転受賞したというのである。
 この大賞レースの意外な結末に、小林旭も怒りをこらえて苦笑いを浮かべるしかなかったという。
 
 *大瀧詠一との一期一会

 この「熱き心に」を作曲した大瀧詠一は、小林旭のファンで知られていて、自ら作詞に阿久悠を指名して、それこそ熱い心でこの作品を作りあげた。
 歌も大ヒットし、その後小林旭との友好関係が築かれたと思いきや、録音のときのスタジオで顔を合せただけだという。
 大瀧は、大森昭男との対談(「みんなCM音楽を歌っていた」田家秀樹)でこう述べている。
 「あの時一回だけ。六本木のあの歌人れのスタジオが最初で最後。その時、銀座に誘われたんだけど、そんなところに行ったら大変だと思ったからね(笑)。それ以降も逢ってないです。一期一会。それで十分。作品の提供だけで良いんですよ」
 大瀧詠一の小林旭への愛と清々しさが伝わってきて、ほほえましい。
 
 大瀧詠一も阿久悠も今はないが、小林旭は健在である。
 マイトガイは死なず。
 渡り鳥いつまた帰る……

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