ミャオの家より

今はいないネコの飼い主だった男の日常

飼い主よりミャオへ(50)

2009-05-03 17:43:48 | Weblog



5月3日
 拝啓 ミャオ様

 あの4月26,27日の、45cmもの大雪の後、今度は一転、毎日20度を越える、初夏なみの、暖かすぎるほどの天気の日が続いている。こうした天気の激変は、地球環境がとやかく言われている今日、気になることではあるのだが。
 とはいっても、この数日の高い気温のおかげで、周りの景色も、また一気に春の装いへと変わり、その様子を眺めているのは、楽しいものだ。
 庭の、エゾムラサキツツジの花が咲きそろい、キタコブシの花も咲き始め、まだ葉だけだったチューリップのツボミが、一気に伸びてきた。屋根から落ちて、60cmも積もっていた雪が、あっという間に溶けて、枯れ草色の芝生は、見る間に緑色になってしまった。
 北国の春は、もう次の来るべき冬を知っていて、忙しく走り回るのだ。周りの畑では、あちこちで、農家のトラクターが行き来している。

 そんな、誰もが忙しくしている中、私は山に登ってきた。4日前のことだ。
 その日は、休日だったから、いくら人の少ない日高山脈の山とはいえ、良く登られているコースには人が来るだろうからと敬遠して、まず誰も登らないだろう山を目指した。
 今の時期は、あの二日前の大雪がなかったとしても、まだ完全な雪山の状態だから、登山コースといっても、夏道は全く雪の下に隠れているし、登るべき尾根を判断して、雪の上に自分のトレース(足跡)をつけて、たどっていく他はないのだ。
 その山は、札内川右岸側の、トムラウシ川源頭にある1278mのピークである。(ちなみに、このトムラウシ川という名前は、あの有名な大雪山系のトムラウシ山とは関係がない。北海道の地名は、アイヌの人たちが、自分たちの生活にちなんで名づけたものが多く、このトムラウシという名前も、全道のあちこちにある。)
 この1278m峰に登りたいと思ったのは、4年前の今の季節に、このトムラウシ川の谷を隔てて、北側に相対する1263m峰に登ってからである。その頂上からは、ペテガリ岳(1736m)とヤオロマップ岳(1794m)の姿が見事に見えたけれども、木々が少し邪魔していたし、天気も薄曇りに変わり、余り良くはなかった。
 しかし、南側に見える1278m峰の頂上付近は、少し木々が切れて雪の頂きのように見えた。あそこからなら、これらの中部日高の山々の姿を、もっと良く見ることができるだろう、と思ったのだ。

 ピョウタンの滝・札内川園地横のゲートは開いていて、少し先の札内ダムのところまで、クルマで入れる。(その先の七ノ沢出会いまでの道は、6月20日開通予定とのこと。)
 その手前のところに、除雪スペースを見つけて、クルマをとめる。そして、すぐに目の前の尾根に取り付いた。この時期は、雪崩の危険があるので、沢には決して入らない。
 さすがに、二日前のあの雪の後だけに、ヒザ下までもぐりこんで歩きにくい。ところで、私は手にストックを持ち、足元は、プラスティック・ブーツ(スキー靴ふうの冬山用登山靴)に冬山用スパッツといういでたちである。
 この雪の深さなら、スノーシューかワカン(かんじき)をつけるべきだろうが、この日高山脈の急斜面のヤブ尾根では、余り有効とはいえないのだ。むしろ、雪の下で滑らないように、アイゼンをつけたほうが良い場合もある。
 しかしそれにしても、雪の状態が悪すぎた。歩きやすくなる固雪になるにはまだ早く、その上、湿った雪が積もったばかりで、ヒザ上までもぐりこむ。急斜面で滑るから、26cmの靴先分さえ進めない。
 所々、体を前に投げ出し、四つのひじで這い上がり、木の枝をつかんで、よじ登ると言う有様だ。二人だと、先頭を交代しながら、ラッセルしてゆけるのだが、そこが一人のつらいところだ。
 ただ慰みは、少しづつ標高が上がり、木々の間からは、見事な青空の下、純白の雪に被われた山々を垣間(かいま)見ることができることだ。(写真は1823m峰)
 体力を消耗するばかりで、何度か、引き返そうとは思ったけれど、せめて、この尾根の終わりの高みには、たどり着きたい。
 やっとのことで、少し固くなった雪堤に出たが、それもつかの間、再びグズグズの雪の斜面だ。しかし、頭上の木々の上には、もう斜面はなく、青空があるだけだった。
 5時間半近い苦闘の後、ようやく1016mのコブに着く。木々の間から、目指す1278mのピークが見えていた。しかし、あと2時間はかかるだろう、とても無理だ。
 私は、雪の上にザックをおいて、そこに腰を下ろした。木々に囲まれた静かな頂上だった。梢の上で風の音がしていた。
 下りは、自分の足跡がどれほど役に立つことか、足場が確かだから、ズンズンと下って行けるのだ。
 立ち止まると、白い雪の谷から、何と夏鳥である、ルリビタキのさえずりの声が聞こえてきた。冬に見える景色の中でも、彼らは、春から初夏の季節を感じ取っているのだろうか。(この時、下の町では18度位にもなっていた。)
 尾根の下の方の、雪の溶けた南斜面には、もうアイヌネギ(ギョウジャニンニク)が幾つも芽を出していた。あれほど時間がかかった登りだったのに、クルマのところに戻りつくまでに、2時間とかからなかった。
 
 めざす1278mの頂きには立てなかったが、静かな雪の山に、苦労しながらも登れたことは良かった。これは、次なる本格的な登山のための、予行演習にもなるものなのだから。
 しかし、いつも思うのは、誰も登らないような山に一人で行って、もしものことがあったら・・・ということだ。といっても、心配し出したらキリがない。
 あくまでも、私は、天気の良い日に、安全な登山を心がけて、登っているつもりだ。そして、私は、しっかりと生きていたいから、その生きる喜びのために、山に登っているのだ・・・。


                      飼い主より 敬具