ミャオの家より

今はいないネコの飼い主だった男の日常

飼い主よりミャオへ(33)

2008-10-03 21:26:13 | Weblog
10月3日
 拝啓 ミャオ様
 相変わらずの晴れの日が続いている。こちらに戻ってきてからもう三週間以上になるけれど、しっかりとした雨が降ったのは一日だけだ。今朝の気温は4度、日中は雲が広がり、14度までしか上がらない。
 朝夕は少し寒いので、電気コタツをつけている。北海道では、大型の灯油ストーヴなどで家全体を暖める暖房システムが主流だから、ごく一部分の効果しかないコタツなどは、余り使われていないのだが、私は重宝している。
 家にあるのは、今ではもう見られない赤外線ランプのコタツで、家を建てた時に、新しい家具店の開店バーゲンで980円で買ったものだ。このコタツは、その後も、予想外に二十年近くにわたって作動し続けて、私の体と心をも暖めてくれた。財布にやさしい暖房器具だ。
 もちろん、そんなものでは北海道の冬は乗り切れないから、ちゃんとした薪ストーブもある。我が家では一番高価なもので、外国製の鋳物ストーヴだ。しかしその値段に見合うだけのことはある。寒い冬も、このストーヴがあるからこそ、色々に利用できて、楽しくもあるのだ。この大好きな薪ストーヴについては、またいつか書くことにしよう。
 しかし冬の間、薪ストーヴを使うためには、この秋の間に薪を作らなければならないし、来年以降のために、家の林のカラマツの木を切って、薪にするための準備もしておかなければならない。
 なのに、山で痛めた足首のために、何もできないでいる。近くの農家の畑では、トラクターやトラックが走り回り、ジャガイモや豆、そしてデントコーン(飼料用トウモロコシ)などの収穫作業の真っ最中だ。
 私はひとり、家でぐうたらしている。大滝秀治さんが見たら、「くだらん、じつにくだらん」というだろうが、私自身、内心、忸怩(じくじ)たる思いがあるのだ。仕事もできず、山にも行けず。
 足首を捻挫したことの顛末(てんまつ)は、前に書いているが(9月27日の項)、病院に行こうかどうしようかとしばらくは迷っていた。近くにいる友達に相談したところ、彼は私と同じく、旧式な日本人のタイプ、いわゆる古い型のオヤジ族に該当するものと思われ、私の話を聞くや、一言「そんなもん、ぶんなげとけばなおるって」。(ぶんなげるとは、 ほうりなげる、ほうっておくの意)。
 日ごろから、人情には厚いが、優しい言葉をかけてくれるような、そうした性格の男ではないと知ってはいて、相談する私も私だが、実は内心、病院などには行きたくないという思いがあって、彼のそんな冷たい言葉を期待していたところもあったのだ・・・ということで、また大滝秀治さんに言われるだろう、「くだらん、じつにくだらん」と。
 そんなこんなで、病院にも行かず、悶々とした日々を送っていたのだが、気晴らしにでもと、昨日はクルマで出かけてみた。家から20分ほどで、十勝の海岸に行くことができるのだ。
 地図で見ても分かるとおり、北海道の南東部を、十勝から釧路にかけて150キロほどにわたって、弓状に続く砂浜の海岸線だ。沖合いを、寒流である千島海流が南下している。海の色も、本州で見る同じ太平洋ながら、どこか違って見える北の海だ。
 風もそれほどには強くなく、青空の下に青い海が広がり、白波が打ち寄せている(写真)。向こうの方には、アキアジ(秋鮭)釣りの人たちがいて、釣竿が並んでいる。浜辺の上をカモメたちが飛んでいく。赤く熟れたハマナスの実が、一際鮮やかに青い海の色に映える。
 いいなあ、やっぱり海はいいよなあ。どちらかといえば、山派の私だし(7月6日の項)、年に何度かしか見ない海だけれど、来てみればいつも素晴らしいと思う。
 ミャオは生まれてこの方、海など見たこともないし、これからも見ることもないだろう。しかし世界中には、海を見ることもなく人生を終える人たちもいるし、まして移動手段が自分の足だけしかない動物たちにとっては、なおさらのことだ。  ミャオとしては、狭い山の中だけで暮らしていても、ちゃんと食べていけさえすればいいのであって、海などよりもそのことの方が、余程重要なことだもの。ミャオが、海を見たとしても、ただ塩辛い水の広がりがあるだけのことだろう。
 ここに移り住んだ頃のことだ。あの友達が私に尋ねた。「東京からわざわざ来るくらい、こんな田舎のどこが良かったんだ」。私が、大好きな日高山脈を眺めて暮らしたかったからだ、と答えたところ、怪訝な顔をして言った。「オレにとっては、山なんかただそこにあるっちゅうだけのことだな」。
 ミャオ、今度、九州に戻った時には、北海道の海の話をしてやるからな。オマエの好きなアジは泳いでいないけれど、コバンザメなんかいたりして。ああ、ミャオには興味ないか、「猫に小判」だものな。しょーもない。こりゃまた失礼しました。
                      飼い主より 敬具