わたし弁護士のエディ・フリン。今ニューヨーク・ブロンクスの中でも特に貧しい地域に車のマスタングを停め、荒れ果てた二階建ての家に向かった。ロシアン・マフィアからかすめ盗った90万ドルが入ったダッフルバッグを玄関前に置き呼び鈴を鳴らした。中から足音が近づいてくる。私はきびすを返して、マスタングを発進させた。バックミラーに目をやるとハンナ・ダブロウスキーが見える。ダッフルバッグの上に置いた手紙を読み終えて視線をマスタングに注いだ。マスタングは角を曲がろうとしていた。私はせめてもの償いをしたつもりだ。
私の人生で最大の失敗の生きる証人がハンナなのだ。深夜の地下鉄構内でハンナをレイプしようとした男テッド・バークリーを弁護して、この男に潜む残忍な本性を予見していながら、無罪を勝ち取った。これが大きな誤りだった。警察から渡されたテッドのパソコンを返すためにハンプトンズの別荘を訪れたとき、ハンナが縛られ瀕死の重傷を負っている場面に遭遇した。警察と救急車を呼んだが醜くなったハンナの顔の傷と心の傷は回復しなかった。
犯人のテッドは20年の禁固刑、エディには6か月の業務停止と夜な夜なハンナの姿が夢に出てくるようになった。ニューヨークのロシアン・マフィアのボス、オレク・ヴォルチェック殺人容疑の弁護を私の娘エイミーを人質に取られ強制されている今、エイミーとともにハンナも夜な夜な夢に出てくる。
そんな重荷を抱えるエディ・フリンではあるが、若かりし頃はかなりヤバいこともやっていた。一流の詐欺師であり、スリであり、腕力も強いときている。かつての業と弁護士の経験を加え、このロシアン・マフィアのボスを叩き潰す方策を手探りながら確立しようとしている。
陪審員には詐欺の手口の応用、マフィアたちにはスリの手口で、スマホや財布や起爆装置を抜き取ったりすり替えたりする。そして審理無効の裁判。マフィアのボスを助けた。ほとんどが法廷場面ながら、法廷の爆破というエンターテイメントもサービスされていて、興味深い展開に時間を忘れる。
著者のスティーヴ・キャヴァナーは、北アイルランド・ベルファスト生まれ。皿洗い、警備員、用心棒、コールセンターのオペレーターなどの仕事を経て、弁護士事務所で働く。本書がデビュー作となり、北アイルランドの優れた芸術作品を表彰するNorthern Ireland Arts Council's ACES Awardを受賞。五つの言語、九つの国で刊行されている。