ヴァージニア州シェパーズ・コーナーは月夜だった。多くの人はインターステイト(州間高速道路)から分かれて、シェパーズ・コーナーを抜ける四車線の道路を使う。黒人のボーレガードが立っているのは、四車線の道路ではなく開発から取り残され見捨てられたアスファルトの荒野(ブラックトップ・ウェストランド)だ。
月の光に包まれ静まり返るブラックトップ・ウェストランドに走り屋たちが集まってくる。ポーレガードは自動車修理工場を営んでいて、ここのところ売り上げがガタ落ちの状態、工場の賃貸料支払いのため、ここのレースで稼ごうとしていた。ポーレガードの運転技術は他を圧倒していて、修理工場を開く前は強盗団のドライバーを務めてきた。
今では足を洗い妻と二人の息子、娘一人の家庭を持ったいる。ボーレガードは手持ち金1000ドルをレースに賭けた。1対1のレースで自らが勝たないと1000ドルは霧消する。 で、勝った。しかし、偽警官が現れこの場にいた全員から有り金をかっさらった。レース相手の男とグルになって罠をしかけたとボーレガードが見抜いた。その男が戻ってくるのを待って、車載レンチでぶん殴って、あり金を吐き出させた。750ドルだった。
そんな時、貧乏白人のロニーから口がかかる。宝石店強盗のドライバーの仕事だった。女の嗅覚は鋭い。ボーレガードの妻キアは気配を感じて、それとなく話に乗らないようくぎを刺す。しかし、ボーレガードにしてみれば、生活費や娘の大学の学資に必要な金は稼がなければならない。落ち目の修理工場を思えば、ひとっ走りで何十万ドルは無視できない金額だ。
ボーレガードは下見をした。本から引用してみる。「カッター群はレッドヒル郡から110キロ離れた州の反対側だ。計画と偶然の兼ね合いで、不本意ながらニューポート・ニューズ市の郊外になっていた。ほとんどの住民は、市内にある三大雇用企業、つまり海軍工廠、キヤノンの製造工場、パトリック・ヘンリー・モールのどれかで働いている。これらの産業がカッター群に及ぼした影響は、見ればわかった。
町に入ってからトレラーハウスは、3軒しかなかった。交通量は少ないが、BMWとメルセデスばかりで、ときどきレクサスが迷い込む」豊かな街には違いない。保安官事務所の位置、交差点、抜け道、主な商店など、すべてを頭に叩き込んだボーレガード。
記憶力が抜群だったボーレガードの少年時代。少年院のある職員は、大学にも行けるかもしれないと応援してくれた人もいた。しかし、ボーレガードのような少年には、そんな選択肢はなかった。父親もいない。母親は退屈な女で、一つ間違えば神経衰弱になる。祖父母は生涯みじめな貧しい暮らしをして亡くなった。大学なんて夢のまた夢なのだ。
この豊かな街のショッピングモールにある宝石店を襲い、ダイアモンド原石など強奪して走り去った。問題はここからなのだ。急に懐が豊かになった仲間のロニーの日常は一変した。女を引き込みマリファナ、酒で一日中酔っぱらっている。苦々しく思うボーレガード。そんな日々も宝石店がギャングのボスが表向きの店としていたのを知る。これはヤバい。
ボーレガードとギャングの戦いへと凄惨なバイオレンスに発展していく。この本も時折、人情や思いやりを込めたくだりもあるが、おおむねB級映画もどきの展開。
数多い音楽の記述についても、パトカーに追われて時速215キロで聴くのはスティーヴィー・レイ・ヴォーンの「ワム」。疾走する車の中で聴くにはピッタリではなかろうか。
著者のS・A・コスビーは、ヴァージニア州生まれ。クリストファー・ニューポート大学で英文学を学び、警備員、建設作業員、葬儀場のアシスタントなどを経て作家になった。2019年の短編がアンソニー賞最優秀短編賞を受賞。本書でマカヴィティ賞、アンソニー賞、バリー賞などを受賞している。
それではスティーヴィー・レイ・ヴォーンの「ワム」を聴いていただきましょう。