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森村誠一「青春の十字架」

2008-09-22 09:48:55 | 読書

                
 “穂高の稜線が夕映えに染まり始め、西の方からひたひたと押し寄せる暮色によって、その染色を強めている。稜線に煮つまる夕映えを反映して、梓川も茜色に染まってくる。
 穂高連峰と、これにつづく明神岳の豪快な岩襖(いわぶすま)が残照を受けて燃え上がる姿は、何度見ても一期一会の自然が贈るためいきをつくような光と影の織りなす豪勢な饗宴であった”
 このように表現される景色に見入っているのは、警視庁に所属する要人警護のSP寒川隆弘だった。同じ景色に見とれる観光客風の二十代後半と思われる女、沖鮎水紀(おきあゆ・みずき)と知り合った。
 ところが、どういうわけかデートは一年に一度、この上高地の同じ場所と日時で繰り返された。何度目かの時、水紀が来年は一緒に穂高に登りたいと言った。
 約束の日時が迫ってきても水紀の携帯電話は、電源が切られたままだった。いぶかりながらも寒川は約束を守って待っていると、水紀が現れた。と思ったのは束の間で彼女の「姉の代わりに来た妹の香代乃です」という言葉がしばらく信じられなかった。
 謎めいた発端ではあるが中身は、寒川の妹の失踪事件が、F県地元支持者で病院をはじめ幼稚園。介護老人ホーム、タクシー会社、運送業、建設業、ガソリンスタンド、農場、倉庫、不動産、食品会社、寺院、墓地など手広く活動する日置医師の恐ろしい本性や談合汚職、外国要人を始め政界、財界のVIP接待に銀座の高級クラブホステスを夜伽に使っているという次元の低い話である。
 わたしがこの本を読みたいと思ったのは、山岳ミステリーで穂高が舞台ということである。わたしも山好きで、奥穂高に登ったことがある。そんなわけでどんな山岳小説になるのか期待したが、残念ながら外れた。
 一人称の視点で語られているが細部に目が届いていない。ある事件のダイジェスト版という趣で、登場人物に感情移入が出来ない。それにA国、F県、T大、五月☓☓日、七月十☓日というあいまいな表現。わたしはこれが大嫌い。
 七十五歳という著者の年齢に敬意を表したいと思ったが残念ながら辛口になった。ひねりも意外性もなく、おまけに偶然性を持ち込み余情もないとなれば仕方ないだろう。
 この本の前に読んだロバート・ゴダードの「リオノーラの肖像」というすばらしい本の余韻が残っていて、あまりにも落差が大きかったのが辛口の原因の一つになったのだろう。それにしてもこの内容の269頁の単行本に1,700円の値段とは、出版社もせこいことをする。
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