Fish On The Boat

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『人を幸せにする目からウロコ!研究』

2022-11-05 22:58:03 | 読書。
読書。
『人を幸せにする目からウロコ!研究』 萩原一郎 編著
を読んだ。

アイデアや創意工夫はもちろんのこと、「人のためとなる」という動機もみな等しく持っている研究者による、そこまでに至る過程でひとつやわらかく屈折してからたどり着いたのではないかと思えるような、ちょっと独特な数々の研究を紹介する本です。12人の研究者がそれぞれご自身の研究を20ページ前後の分量で、まるでプレゼンのように解説してくれています。

川魚特有の生臭さを克服するべく、生育過程であたえる餌を改良することによって、食肉部分まで柑橘類の香りのするようになった柑味鮎を実現させた研究者。環境問題にもエネルギー問題にも一挙に答えを出せるエネルギー源として、芋をエネルギーとして使うことを提唱し、実現に向けて道を切り拓いている研究者。「かわいい」を感性価値と位置づけ、学術的に追求し、定量的に分析してデザインなどに活かそうとしている研究者。走る凶器ではない車として、エアバッグボディーという柔らかなボディのEV(電気自動車)を研究し、作り始めている研究者などなどの方々のお話が収録されています。

どれも、大真面目に研究されているがゆえに文章自体も真面目なのですが、その研究内容のオリジナリティの高さと自由度の高さそして目の付け所のユニークさが、ときに読んでいるこちらの目にはとてもユーモラスに映るときがあるのです。そうなんです、クスッときてしまう瞬間が、ほぼすべての章にあります(例外は、編著者本人によるご自身の研究のところで、そこは普通のかたい研究のように読めました)。

そのなかで、「足こぎ車いす」という逆転の発想のような発明があるのですが、もともと車いすを使用されていた方々、脳卒中で麻痺があったり交通事故で怪我をされたりした方々ですが、彼らの心に抱いているもやもやを研究者がくみ取っているところがすばらしかったです。文中には以下のような文章があります。

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「自分は一人で自由に歩くことができない。いつも人に頼らなければならない、そう思い込んでいても、その思いを誰にも話せず心の奥に押し込めている」。この「誰も何も解決してくれない」問題に人知れず苦しんでいます。トイレにもひとりで行けず、「なんで自分ばかりがこのような境遇に……」「生きていることが辛い」と悩み、心を閉ざしてしまった方もおられました。この苦しみこそが、私たちには、絶対にわからない部分でした。
(p189)
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研究者は、足こぎ車いすを利用する人々の笑顔によって、そのことに気づかされたと書いています。笑顔にはそれだけの裏側があることに気づかされた、と。ちょっとベタな言葉だと受け取られるかもしれませんが、笑顔の裏側に気づくことができたのは、研究者に愛があったからでしょう。まず、「人のためとなる」という動機があったことで、人の心のそういった苦しみにも気づけたのだと思います。

これはとても大切な部分だと僕は考えていて。この社会のいろいろな仕事、販売業でも接客業でも製造業でも、その仕事をしているとき、生産のためや売り上げのためという間近な目的ばかりが頭にあって目の前の仕事をするのがまずは一般的だと思うのです。ただ、その仕事の先、仕事の結果として、喜ぶ人がいる、助かる人がいる、ということを意識できると、それは愛なんだと思うんですね。で、愛の視点で仕事をみつめたときに、じゃあもっとこうやったほうが人を助けることができるじゃないかという改良や改善にもつながっていきますよね。そういう仕事の在り方が僕にはとても好いものとして感じられる。そこにはたぶん、消費者の立場になったときの受け手としての意識がぞんざいではないこと、他者の気持ちに対して丁寧なことが大事になってくるのだとも考えられます。

この「そこに愛があるかどうかの視点」で、お店をみてみたり企業をみてみたり、スーパーやお菓子屋さんを見てみたり、服屋や書店をみてみたりすると、「これはちょっとどうだろうか」というものにけっこうでくわすと思います。また、愛があるともないともいえるような、判別に苦しむような会社や仕事、商品もあります。で、政治や行政にはあまり愛があるようには感じられなかったり。

ただやっぱり、本書で紹介される数々の研究しかりなんですが、動機は「人のためとなる」という愛なんですよねえ。まあ、知的好奇心が先行したっていいのですけども、本気で突き詰めていって実用化も目指すという段階になったなら、「人のためとなる」はそこにくっついていてほしいですね。


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