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Fish On The Boat

書評中心のブログです。記事、それはまるで、釣り上げた魚たち ------Fish On The Boat。

『QOLって何だろう』

2020-05-18 20:13:09 | 読書。
読書。
『QOLって何だろう』 小林亜津子
を読んだ。

中高生向けの、生命倫理学についての本。
「QOL」とは「Quality Of Life」の略で、
すなわち、「生活の質」「人生の満足度」などに訳す事が可能な概念です。

本書では冒頭でソクラテスが言ったとされる
「大切なのは、ただ生きることではなく、よく生きることである。」
が引かれていて、「QOL」はまさに「よく生きること」、
わくわくしたり幸せだなと思ったりなど、そのような時間を過ごしているときではないか、
と解説されています。

ふだん、健康に過ごしている人にとっては、
QOLを特別に意識することは少ないのではないでしょうか。
たとえば、一日のあいだの短いひとこまに、
「よく生きている」実感をなにげなく得ていたりはするかもしれません。
しかしながら、QOLをきちんと考えなきゃならない場面は、
それこそ、死に直面するときなどです。

命を最優先して、数週間あるいは数カ月生きながらえる手術をするべきか、
それとも、死が近くなったとしても延命治療を拒否し、
衰弱して余計な苦しみを避けるほうが「よく生きること」になるのではないか。
そういう葛藤をするときに、QOLの考え方が際立ってくる。

また、本書に例としてでてきますが、
障害者や認知症になった人たちのQOLは、
本人たちがうまくコントロールできない場合があるので、
それを周囲の人たち(他人)が彼・彼女のQOLを推し量り、
決めつけてしまっていいのだろうか、という疑問もあります。
周囲の人が制御しないと健康上の不利益があるけれど、
周囲の人が制御してしまうと「生きている満足感(QOL)」が
損なわれてしまう。
そういう、どっちつかずのケースが多々でてきます。

なにがどうしても、生命を存えることこそが大事、
だという考えが根強くあると思うのですが、
本書では、そのような考えは、
「凝り固まったヒューマニズム」ではないか、と疑問を呈します。
これには、カトリックの生命観であるSOL(Snctitiy of life : 生命の神聖さ)が
深く関係します。
生命は神から与えられた神聖なもの、生命はそれ自体で尊い、という価値観。
それ自体、すばらしい考え方ですが、
どのような状況であっても死なせてはならない、という考え方に繋がっていきます。
自然のまま畳の上で往生するほうと、
延命措置をして身体にチューブを繋がれ、
意識も朦朧としながら何カ月か生き延びるのと、
当人はどっちが幸せなんだろう、と考えると、
十把一絡げに「なにがなんでも延命だ」とするものでもないように思えてきます。

最近は、元気なうちに「延命するかどうか」を書面にしたためておくだとか、
周囲に話して合意してもらっておくだとかがあるようです。
しかし、いざ本人が危篤になると周囲がびっくりして救急車を呼んでいまい、
救急隊員は救命が仕事ですから、搬送されてそのまま延命処置のほうへと
方針が変わるという「看取り搬送」というシビアな問題もあります。
このあたりも非常にむずかしく、
ケースバイケースだし、
本人のパーソナリティにもよるものなので、
これだ、という正解は無いようです。

あとは、認知症等を患っている人たちのQOLばかりではなく、
介護している側のQOLについても考えが及ばないといけません。

「個人の自律」だけで生きていけたら、
シンプルでストレスの少ない
比較的幸福な生活を送れるんじゃないかと想像できるところなのですが、
実際は「関係性の自律」のなかのどこのポジションに自分を置くかで四苦八苦します。
そして「個人の自律」を重視する昔からの西洋の生命倫理学の考え方に、
最近になって疑問の声が上がっているとのこと。

つまり、
世界の実情として、
独立した個がそれぞれに分散し自律して生きている「個人の自律」というものよりも、
個と個がたがいにケアしあい支え合いながら生きている「関係性の自律」ほうがどうも本当だ、
という捉え方。
介護する側のQOL、または生き方について、
当人も周囲も「関係性の自律」ベースで考えるべきではないでしょうか?

僕は以前から自律性と他律性について考えてはきたんですが、
他律性こそが幸福感を損なうので、
自律性を確保するよりも他律性を排除するほうをずっと重要視してきました。
今回、ちょっと宙ぶらりんだった自律性のほうにも方向付けが得られた感覚です。

そんな気づきをもたらし、思考のための背中を押す役割をしてくれた本書は、
読者に「自ら考えなくてはならない!」という状況を投げ与えてきます。
急にボールが回ってくるんです。
自分なりの泥臭いシュートは一応うてたかな? と思いつつ、
でも、まだまだ考えていくことが必要ですね。

本書は、テレビドラマや小説などの場面を例示して、
読者に「考えてみよう!」とする本であり、
解説や教示してくれるタイプとはちょっと違います。
ただ、そこは入門書の塩梅として上手だと思いました。
知識を入れながら、自ら考えていくため、
脳を解きほぐす役割もあります。
正解がなかなか出るものではないので、
考えすぎると疲れちゃいますが、
著者は、一度徹底的に考えてみるべきだ、と言います。

考えすぎて疲れても、そこで得たものはとても大切なものになるでしょう。

また、序盤で、
感染症のパンデミックが起こると、
QOLよりも公衆衛生が重んじられるので、人権がちょっと軽くなる、
というような記述も見られ、
ここもこの新たなコロナの時代に、もっと考えなければならないのではないか、
と思えました。



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