Fish On The Boat

書評中心のブログです。記事、それはまるで、釣り上げた魚たち ------Fish On The Boat。

『壁』

2018-05-22 02:12:01 | 読書。
読書。
『壁』 安部公房
を読んだ。

本書は『砂の女』で知られる安部公房の芥川賞受賞作。

ある日、名前を失ってしまったことで、
社会の外に放り出されることになった主人公。
その世界は奇妙さを増していき、
ある意味で支離滅裂な夢のようなイビツなものとなっていく表題作の『壁』と、
他、二章からなる作品です。

非現実的なタイプの小説です。
現実性からかなり高くジャンプしています。
そこには、現実性の強い重力から逃れながらも、
現実性から逃れたがゆえの、
孤独による、よるべなさのようなものがあります。
しかし、その世界観といい、文体といい、
何故かとても心地よくもあるのです。

その幻想世界にある、現実社会を照らすするどい寓意。
それはメインに表だって飾られたものではなく、
うっすらと感じる程度に内包されているというか、
抽出的に読解してみることで感じられるものだったりします。

また、村上春樹の『世界の終りとハードボイルドワンダーランド』の
「世界の終わり」の部分はこの『壁』から大きな着想を得ている感じがしました。
もう、アンサーソングみたいに書いたんでしょう?ってくらいです。
「世界の終わり」で街を取り囲む「壁」というモチーフといい、
主人公とはがされた「影」の存在といい、この『壁』と共通しますね。

科学が、先達たちの業績の上に積み上げていく形で
少しずつ発展しているものであるのと同じように、
作家も、先達たちの切り拓いた先をさらに切り拓くように、
バトンを受け取って仕事をするのが、こういうところからわかりますよね。

数年前に『砂の女』を読んだ時には、
まだピンとくるものが弱かったように思うのですが、
今回、安倍公房の本作品を読んで、
皮膚感覚といったような自分と近い感覚での読書体験をすることができ、
おもしろかったので、また、彼の作品をそのうち読んでみようと思います。


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