万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

古代の公孫氏の運命が重なる金正恩委員長

2020年04月27日 14時27分45秒 | 国際政治

 中国大陸で魏呉蜀の三国が鼎立していた2から3世紀にかけて、古代の朝鮮半島には、公孫氏という人物が支配した時期があったそうです。しかしながら、その支配は長くは続かず、中国の魏によってあえなく滅ぼされる運命を辿ることとなりました。それでは、何故、公孫氏は、滅亡の憂き目にあったのでしょうか。

 その理由は、覇権をめぐって鋭く対立する魏と呉の間にあって、同氏が‘二重外交’を展開したことに求められます。魏と呉のどちら国に対しても‘味方のふり’をしたので、どちらの国からも信頼されず、むしろ、‘寝返りリスク’の高い国と判断されてしまったのです。魏としては、信用の置けない国に翻弄され、自国を危うくするぐらいならば、一層のこと滅ぼしてしまおうと考えたのでしょう。

 大国の間を巧みに泳ぎ、両者から利益を得ようとする‘二重外交’については、しばしは大国を‘手玉に取る’という意味で肯定的な評価も聞かれます。その一方で、公孫氏の事例は、同政策に失敗すると手痛い仕打ちを受けるリスクを物語っています。朝鮮半島とは、古来、地政学的に見ますと大国の勢力が鬩ぎあう地域ですので、その歴史を通して‘二重外交’がしばしば見受けられ、現代という時代もその例外ではないように思えます。南北両国の分断も冷戦期の米ソ対立を背景としていますが、米ソ間の冷戦終結後は、新たに軍事大国に伸し上がった中国とアメリカとの間で、南北両国とも‘二重外交’を試みているように見えるからです。

 そして、昨今、噂されている北朝鮮の金正恩委員長の死亡説や脳死説も、米中対立とは無縁ではないのかもしれません。生死を含め、同委員長が現在どのような状態にあるのかについては不明なのですが、中国から医師団が派遣されたことは確かなようです。原因については、新型コロナウイルス感染説をはじめ、軍事訓練視察時における偶発的事故(あるいは、朝鮮人民軍による暗殺?)、持病を治療するために実施した手術の失敗、肥満体質のための脂肪吸引中の事故など、諸説が飛び交っています。何れにせよ、正恩氏に替わって現在の北朝鮮において最高決定権を握る人物が中国に対して支援を求めたとしますと(正恩氏の妹の与正氏?)、正恩氏の生死の如何は、中国の手の内にあるのかもしれません。

そして、支援要請を受けた中国が、必ずしも正恩氏の命を助けるとは限らないように思えるのです。何故ならば、中国と北朝鮮との間には中朝友好協力相互援助条約が締結されおり、今日に至るまで軍事同盟関係が維持されているものの、正恩氏は、アメリカのトランプ大統領とは個人的な友好関係を築いており、いつ何時、アメリカ側につくか分からないからです。つまり、北朝鮮の‘二重外交’は中国にとりまして脅威となりかねず、同リスクを完全に取り除き、北朝鮮を中国ブロックにしっかりと組み込むために、金正恩氏を廃し、親中一辺倒の人物を‘労働党委員長’の座に据えようとするかもしれないのです。

果たして、朝鮮半島では歴史は繰り返されるのでしょうか。情報統制が徹底されているため、北朝鮮国内の動向を外部から知ることはできませんが、北朝鮮の今後については、米中対立という背景を抜きにしては語れないように思えるのです。


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