アメリカの大統領選挙の経緯を振り返ってみますと、ドナルド・トランプ候補暗殺未遂事件が発生したり、民主党の統一候補がバイデン現職大統領からカマラ・ハリス副大統領に差し替えられるなど、紆余曲折がありました。暗殺未遂事件直後におけるイーロン・マスク氏の‘鞍替え’も、確かに同選挙戦に強いインパクトを与えました。しかしながら、トランプ陣営勝利の最大の要因を同氏の貢献に求めるとする解釈は、アメリカの民主主義を歪めてしまう怖れがありましょう。
トランプ氏の勝利がおよそ確定した直後の報道では、その勝因を同氏が掲げてきた移民規制の強化や物価高対策等に求める見解が多数を占めていました。移民による治安の悪化や雇用の不安定化、並びに、高率のインフレに日々苦しむ国民の多くが、トランプ氏を支持したというものです。いわば、トランプ氏が大統領選挙に初めて勝利した前々回の選挙戦と同様に、アメリカ国民を優先し、国内産業を重視すると共にグローバリズムとは一線を画する姿勢が国民からの期待を集めたと言うことになりましょう。
その一方で、理想主義的なリベラルをもって国民に支持を訴えてきた民主党は、これまでの政策や活動が悉く裏目に出ることとなりました。パリオリンピックの開会式で見せたような、行き過ぎたLGBTQ運動やポリティカルコレクトネス、あるいは、急進的な環境政策等は、国民が違和感や抵抗感を覚えさせるほどに過激化していましたし、何よりも、平等や公平を重んじ、クリーンなイメージを振りまいてきた民主党が、バイデンファミリーをはじめ、利権、しかも、グローバルな利権まみれである実態が明らかとなったことも痛手となったはずです(ウクライナ利権や中国利権・・・)。日本国では、保守政党の‘化けの皮’が剥がれた観がありますが、アメリカでは、リベラル政党の‘化けの皮’が剥がれてしまった観があるのです。しかも、シリコンバレーを中心としたテック産業は、民主党の伝統的な支持基盤でもありますので、民主党は、一般国民とはかけ離れた華麗な生活を送っている人々、つまり、今や富を独占しているグローバリストの政党とするイメージも定着してしまっていたのです(このため、ハリス候補支援でのセレブ起用には逆効果説も・・・)。
民主主義国家では、基本的には国民多数の意向に沿った政治が行なわれますので、マジョリティーを構成してきた中間層の人々が、かつては中間層に属していた人々を含めて共和党を支持者が多数となるのは当然の流れとなります。前回の大統領選挙では、不正選挙問題が持ち上がりましたが、今般の選挙では、前回を教訓として不正選挙に対して厳しい対策やチェックが行なわれたともされます。言い換えますと、このことは、マスメディアが両陣営の伯仲状態を演出しても無意味となったことを意味します。なお、民主党陣営は、前回の選挙から不正の存在を否定してきましたので、今般の選挙結果を偽りのない民意として真摯に受け止めるべきと言えましょう。
世論のトランプ支持の流れが抗いがたいとなりますと、計算高い合理主義者であるマスク氏が、民主党への支持継続で敗者側となるよりも、トランプ氏の勝利に便乗する作戦に変更したことは想像に難くありません。しかも、戦略に長けている同氏のことですから、可能な限り、トランプ陣営に恩を売ろうとしたのかも知れません(多額の資金提供や抽選100万ドルキャンペーンなど・・・)。自らの勝利への貢献度が高く評価されればされるほど、トランプ政権発足後にあって‘見返り’を得ることができるからです。
アメリカ国民の多くがトランプ氏を大統領に選んだ理由がその掲げる政策にあったとしますと、トランプ氏は、便乗者であるマスク氏に恩義を感じる必要はないこととなりましょう。そしてこのことは、政策こそ、国民が政治的な判断を行なう祭にして最も重要な判断基準とするものであることをも示しています。この点、マスク氏を‘真の勝利者’とする見解は、移民規制や物価対策等を求めるアメリカの民意を過小に評価し、論功行賞として今後の政策運営をマスク氏、あるいは、その背後にあって同氏を操る世界権力の意向に添った方向にねじ曲げかねない懸念がありましょう(マスク氏は、世界権力の露骨な支配欲を隠すために‘道化役’を演じているようにも見える・・・)。
もっとも、世界権力は二頭作戦や多頭作戦を得意としていますので、次期トランプ政権にも‘どんでん返し’の可能性がないわけではありません。この点、さらなる警戒も要するのですが、少なくともマスク氏が求める‘見返り’は、過大要求に留まらず、アメリカ国民にとりましては民主主義の危機となるのではないかと思うのです。