松明 ~光明を指し示して~

暗闇を照らし赤々と燃える。が、自身が燃え上がっては長くはもたない。火を消すことなく新しい松明へと引き継がれねばならない。

6「授業での話形やハンドサイン」・・・当たり前だと思っていませんでしたか

2016-12-26 06:53:09 | Weblog
                     【真剣に話し合う子どもたちの姿】


学習過程において、子どもたちが分かりやすく話したり、しっかり聞き取らせたりするための「話形」や自分の考えを意思表示させるための「ハンドサイン」を使っているのをよく見かけます。私はいつもそれを見て違和感を持ちます。
この話形やハンドサインの方法は、教室の前面に大きな字や絵で掲示されています。どの教室にも同じものが掲示されており、全員の先生方が校内研修で決めたものと思われます。例えば・・・
○話 形
・「わたしは○○と思います。どうですか」
・「わたしは○○と思います。つけたしがありますか」
・「わたしも○○さんと同じです」
・「○○さんに聞きたいことがあります」
・「○○さんにつけたします」
○ハンドサイン
・パー・・・賛成、同じです
・グー・・・反対です
・チョキ・・・つけたします
などです。
教師は、一生懸命この話形やハンドサインを指導したようですが、ほとんど形式的な指導で、この話形により、話し合いが深まっていくことはありません。また、ハンドサインもただ何となくパー、グー、チョキを挙手により表すだけで、付和雷同のような意思表示のようになっています。(私が参観した授業ではのことです。)
教育現場でこんな効果のない?ことを何年も続けてやっているのです。これではいつまでたっても授業は変わらないし、子どもも変わらないでしょう。
私たちの日常の会話や話し合いを考えてみてください。話形など意識していません。結果的に話形のようなものになるのです。また、深く物事を考えたときなど、「う~ん」「え~と」「まてよ~」など、およそ話形など関係なくなります。
授業の中で子どもたちが自由闊達に話し合いができたり、深く考え込んだりして話し合うとき、話形はじゃまになるだけです。本当の話し合いはできないでしょう。教育界にはこのような形式的な指導が沢山あります。一度考えてみたいものです。


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