松明 ~光明を指し示して~

暗闇を照らし赤々と燃える。が、自身が燃え上がっては長くはもたない。火を消すことなく新しい松明へと引き継がれねばならない。

子どもは高い世界で育つ(発達する)

2011-09-29 14:42:53 | Weblog




 寺田寅彦随筆集六には、「無題」という題名で次のような文がある。私たちが生活していく上に大変大切なことを示唆してくれているようである。


無 題

日常生活の世界と詩歌の世界は、唯一枚の硝子板で仕切られている。
この硝子は、初めから曇っていることもある。
生活のちりに汚れていて曇っていることもある。
2つの世界の通路としては、通例、ただ小さな穴が一つ明いているだけである。
しかし、始終二つの世界に出入りしていると、この穴は段々大きくなる。
しかし、また、この穴は、しばらく出入りしないでいると、自然に段々狭くなって
くる。                                  
ある人は、初めからこの穴の存在を知らないが、また、知っていても別に捜そうと
もしない。                                
それは、硝子が曇っていて、反対の側が見えないためか、あるいは・・ 忙しいた
めに穴を見つけても通れない人もある。                   
それは、あまりにも体が太りすぎているために・・・・。           
しかし、そんな人でも、病気をしたり、貧乏をしたりして痩せたために、通り抜け
られるようになることはある。                       
まれに、きわめてまれに、天のほのおを取って来てこの境界の硝子を溶かしてしま
う人がある。         


 現代の子どもたち(大人もそうかもしれない)は漫画やテレビ文化、ファミコン、インターネットの中にどっぷりと浸かっている。しかし、ほんとうは、それらの低俗文化(多くがそうである)に十分満足しているわけではない。子どもといえどもよい文化や作品や価値あるものは直感的に知っている。ただ、残念なことに時代や社会がいい文化や作品を子どもたちに供給していない。だからこそ、私たちは、「硝子板の狭い穴」を通って高い世界へ自由に行き来できる力を持たなければならない。そうしなければ、私たちはほんとうの人間的な生き方はできないのである。
 自分の生き方をよいものにするために、子どもの生き方を高めるために、少しでも文学や芸術や科学の素晴らしい世界に触れるようにしたい。寺田寅彦のこの文はそんなことを教えてくれているようである。

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教育メモ~子どもを見る目~

2011-09-26 09:45:59 | Weblog


 八木重吉の詩に子どもを題材にした次の作品があります。


美しく歩く                
        八木重吉

こどもが

せっせっ せっせと あるく

すこしきたならしく あるく

そのくせ ときどき ちらちらと

うつくしく あるく


この詩には、詩人の鋭敏な眼がとらえた子どもの発見があるように思います。「こども」が「せっせっ せっせっ とあるく」姿を作者は凝視しています。「すこしきたならしくあるく」から「ときどきちらちらとうつくしくなる」にいたる過程に発見があるわけです。
子どもというものは、完全ではありません。私も学校で働いている教師の一人として、日々子どもたちとともに学んでいるわけです。子どもたちといるとなかなか言うことをきかなくて困ることも多いですが、「せっせっせっせっ」と何事かに集中して取り組んでいる子どもたちの姿を見て感動したり、「ちらっとうつくしくなる」子どもたちの事実をとらえ、励まされることも多いです。
子どもは完全ではありませんが、不完全な中にもほんとうに「ちらっ」と断片的に美しい言動が現れるのです。そのときをとらえて、教師も親も地域の人も子どもを褒めて育てていくことが大切だと思います。

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1兆円ってどのくらい?

2011-09-22 20:26:01 | Weblog



 日本の負債(借金)は、2011,9,20の借金カウンターで調べると114兆円である。
日本の負債が800兆円では、国民一人当たり700万円に相当する。私の家では家族4人なので、2800万円の負債があることになる。
東日本大震災復興予算は、政府の資産によれば、16兆から25兆円としている。

 では、1兆円とはどのくらいだろうか。ネットで調べてみると具体例を上げて説明されていた。

ア 1兆円は、毎日1億円使っても30年もかかる。

イ 毎日繁華街で飲んだり食ったり、好きなものを3万円買い続けて、1年間で1千万円である。それが1万年続けてやっと1兆円になる。

ウ 1万円を100枚重ねると1センチある。これから計算すると、1兆円は、1万円を平らに重ねるだけで10キロメートルの厚さになる。富士山が3376メートルだから、富士山の2,6個分くらいの高さになる。

エ 「例えば、あなたが銀行から1兆円借りたとします。そして、毎日100万円ずつ返済していったら、1年間で3億6500万円ですよね。返済まで何年かかると思いますか。」
「100年、300年・・・・いやいや約2700年かかるんですよ。」「西暦が始まって、今2011年。それよりも長い月日がかかるんですよね。」

 こうした事例でみると、日本の負債(借金)や東日本大震災復興予算の大きさに改めて驚きますね。

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運動会のシーズンです。教師は、次の指導を大切にしたいです

2011-09-16 20:34:49 | Weblog
               写真:【このように待つ姿だけでも美しいのです】
 

 1つの種目(演技)をするのには、
 1自席で出番を待つ  2 入場門に整列する  3演技のイメージを抱く   4入場する  5演技をする  6退場する 7自席に着く、以上が一連の演技になります。しかし、教師の中には、5の演技だけを指導しているようです。演技は1~7の全てを含むと考えて指導したいです。
 教師は演技には力を入れますが、その他の上記の行動にはあまり関心を持ちません。これではよい演技はできません。子どもも育ちません。
 また、1から7の動きは、子どもが主体的にできるようにしたいです。教師はテントの中や前方で見ていればよいのです。子どもだけで動けるように本番までには指導しておきたいのです。教師は、子どもの主体性を育みたいと言っていながら、いつまでも細かいところまで世話をやいています。これでは、子どもは少しも育ちません。
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教材解釈から授業展開の方法まで

2011-09-14 10:54:30 | Weblog
 

○ 1年国語「くじらぐも」を例にして

  くじらぐも

① 四じかん目の ことです。
② 一ねん二くみの 子どもたちが
たいそうを して いると、空に、
大きな くじらが あらわれました。
まっしろい くもの くじらです。
「一、二、三、四。」
くじらも、たいそうを
はじめました。のびたり
ちぢんだり して、
しんこきゅうも しました。
③ みんなが かけあしで
うんどうじょうを まわると、
くもの くじらも、空を まわりました。
④ せんせいが ふえを ふいて、
とまれの あいずを すると、
くじらも とまりました。


1 教材を読む

2 形式段落に番号をふる

3 4つの段落の中で変だ、おかしい、不思議だをさがしましょう。
C ②で、あらわれましたとはどういうことなのか。
C ④で、なぜ、あいずをするとくじらはとまったのか。

4 どれからやろうか
C ④からやりたいです。

5 では、④の段落の「なぜ、あいずをするとくじらはとまったの か。」ですね。これが大問題になります。

6 ④の段落で問題をつくりましょう。(言葉のレベルでつくらせ る。)
文を切って考えよう。

 ④ せんせいが\ ふえを\ ふいて、\
  とまれの\ あいずを\ すると、\
  くじらも\ とまりました。\
 
 C 「あいず」って何ですか。
 C 「くじらも」の「も」って何ですか。
 C せんせいは、だれにあいずしたのですか。
 C 「あいず」はくじらも知っていたのですか。
 C くじらはこどもたちのまねをしてとまったのですか。
 C ②③とどこが違うのですか。

「あいず」を使った例文をつくろう。
「も」を使った例文をつくろう。辞典でも調べよう。

7 ②段落の「あらわれる」ってどういうこと。
例文をつくって考えてみよう。辞典で調べてみよう。
C 「一、二、三、四」の号令、号令って何。
C 号令と合図は違うのか。
C くじらは、いつあらわれたのか。
C くじらは、今日はじめてあらわれたのか。
C くじらがあらわれたきっかけは何か。
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第15回 授業研究の会(浜松の会)の研修報告

2011-09-11 09:55:36 | Weblog



研究会テーマ:~「教師が変わる、授業が変わる、子どもが変わる」~

1 開催場所 天竜壬生ホール第1会議室

2 開催日時
  平成23年 9月10日(土)9:00~12:00

3 研修内容
○ 近況報告

○ 大府の会報告

○ 国 語
教材解釈と授業展開を考える
1年 物語文「くじらぐも」
1年 説明文「じどう車くらべ」
 2教材とも1年生のものであるが、言葉に着目した国語の授業づくりとして、多くのヒントが教材文の中にあることに気づいた。やはり、仲間との教材解釈が多様な考えが出され勉強になることを改めて感じた。

○ 音 楽
実践発表
全校合唱
「あんたがたどこさ」「ひろい世界へ」 
 川村さんの実践であるが、前年度の課題解決を図ろうと追求的な合唱指導に取り組んでいることに感心した。課題であった「高音部の発生」であるが、豊かな声が出るようになってきた。   
 10月の音楽発表会が楽しみである。

4会員の近況報告から
 今回は、新指導要領が始まり、教科書が厚くなり、教える教材も多くなり、一つの教材にじっくりと取り組めなくなってきたこと。また、大規模校では、学年の足並みを揃えることが優先され、なかなか自分の思うように授業がつくれないなどの悩みが会員から出された。やはり心配されていたとおりである。このままでいくと、授業の質が落ちることも考えられる。
 よい授業をつくり出し、子どもに力をつけるには、教材の取捨選択、軽重などを考えること、学年でよく話し合い理解を得ること、保護者や子どもにも理解をしてもらう必要があるようである。

5 次回の予定
① 日 時  平成23年 10月15日(土) 9:00~12:00
② 場 所  浜松天竜壬生ホール第1会議室

6 その他
 この会の研修内容や実践の証、考え方は下記のブログをご覧になれば、おおよそ理解できると思います。検索してください。
○totoroの小道
○藍色と空色と緑のページ(各教科等の実践が掲載されています)
○松明光明
○浜松授業研究の会

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第15回 授業研究の会(浜松の会)の御案内

2011-09-05 19:36:51 | Weblog


第15回 授業研究の会(浜松の会)の御案内

~「教師が変わる、授業が変わる、子どもが変わる」そんな研究会です~

 一つの授業にじっくり時間をかけて取り組んでいない。何をしても中途半端な授業になってしまっている。やっつけ仕事になってしまっている。おそらく大半の学校の教育の実態でしょう。
 それがあまり問題視されず、改善されないのは、子どものほんとの力の凄さを知らないからです。子どものほんとうの力を引き出すような授業の経験が少ないからです。だから子どもを見くびって「これでよし!」と思っているのでしょう。または、そう感じていても、どうしたらよいのかその方法を知らないからでしょう。これらの解決は、校内研修ではなかなか困難です。同僚や先輩教師に教えを請うても難しいことです。私の今までの長い経験で感じていることです。
この浜松の会では「教師が変わる、授業が変わる、子どもが変わる」をテーマとして研修しています。ここでの学びは、具体的であり、実際的であり、実質的なものです。それだけに確実に得るものがあり、上記のテーマの実現が可能です。
この会は、偏向的な教育や思想はしていませんので、安心して学ぶことができます。どなたでも自由に参加できます。まだ、参加されたことのない方は、是非覗いてみてください。
 多くの皆さんの参加をお待ちしています。

1 開催日時
平成23年9月10日(土)9:00~12:00

2 開催場所
  浜松市天竜壬生ホール第1会議室

 ※時間厳守ではありませんので参加できる時間で結構です。
 ※駐車場はあります。

3 研修内容
○ 国語を中心とした各教科
○ 音楽、図工、体育などの実技教科
○ 学級づくり
○ その他

4 準 備 物
○ 実践したもの(ある人)
○ 教材研究をしてほしい教材がある人(10部印刷持参)
○ 筆記用具
○ 国語辞典
○ 会費 300円
○ 服装は自由

5 この会の研修内容や実践の証、考え方は下記のブログをご覧になれば、おおよそ理解できると思います。検索してください。
○ 浜松授業研究の会
○  totoroの小道
○ 藍色と空色と緑のページ(各教科等の実践が掲載されています)
○ 松明光明

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新学習指導要領=「授業」概念の形骸化について

2011-09-02 14:43:18 | Weblog



 新学習指導要領が実施され、教科書が厚くなり教える内容が多くなった。これを思うと下記のことが心配でならない。

○「与えられたカリキュラムをこなすのに精一杯」、この「ノルマの消化」ということがなによりも教師の意識を占めることによって、授業はその固有の内実(授業でこそ果たされうる教育機能)の側面がともすれば忘れられがちとなる。
いまや授業という言葉は「教授=学習過程」という本来の意味よりも、第一義的には「管理=経営」的な従属的意味の方が強まりつつあるとさえいえよう。
少数の例外はあるが、一般的に「授業によって子どもを変えることができる」という信念の乏しいことである。
教師は極端にいうと「知識」(より正確には「情報」)の伝達のパイプとしてしか捉えられず、教授の質の問題は抜け落ちてしまっている。
したがって授業の質を変えようと思ったら、なによりも上から下ろされて来るカリキュラム=教材の量や質を変えるしかないということになる。
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