松明 ~光明を指し示して~

暗闇を照らし赤々と燃える。が、自身が燃え上がっては長くはもたない。火を消すことなく新しい松明へと引き継がれねばならない。

サンデル教授による白熱授業と課題追求型授業について

2011-01-27 21:52:56 | Weblog



 東大の安田講堂で1000名の人たちとサンデル教授が授業を行った。その様子をテレビで見て大きな感動を受けた。以下、サンデル教授の授業の特徴を記す。

○ 授業の課題(問題)が意表をつくものであり、学び手が考えてみたくなるものであった。
例 イチロー選手の年俸、約15憶はそれに値するのか・・・。それではオバマ大統領の3500万は、イチロー選手と比べてどうなのか。
例 原爆投下に対して、オバマ大統領は日本に謝罪すべきかどうか。謝罪する、しないのどちらかに手を上げてください。
○ すごい教材の研究がなされているが、それを一方的に教えるのでなく、学び手に問い掛け、一緒に考えていく。または、新たな課題を突きつけてゆさぶっていく。
○ 生活に近い事例を提示して、追求している課題と比較するようにする。
○ 様々な意見を組織して、新しい考えを生み出すようにしていく。
○ 学び手の意見を明確にして、全員が考えやすくしている。
○ 発言者は少なくても全員が授業に集中して考えている。互いに学び合っている。
○ すぐには、指名しない。学び手をよく観察してから意図的に指名する。
○ 学び手の名前や意見をよく記憶している。
○ 授業にリズムやテンポがある。
○ 手ぶり身ぶりで話す。ステージ上を歩く
などであろう。
サンデル教授の授業はテレビで何回も放映され、大きな話題になっている。また、書籍にもなり、好評を博している。今ではこの授業に近づきたいと高校や大学の先生もこの授業法を取り入れてきている。
さて、私が勉強しているある教育団体(研究会)の授業法である「課題追求型の授業」もこれに近いものだと感じている。
 サンデル教授の授業の学び手は、大学生であり、社会人である。また、1000人という多人数を相手の授業であるから、小学生相手で1クラス、30~40人の授業と当然違うものがあるが、授業のねらいは同じようである。
それでは、課題追求型の授業の特徴を記してみる。
○ 教師が教材研究(解釈)で課題を考え、その答えと根拠を持つ。
○ 子どもに課題をつくらせ、その答えと根拠を持たせる。
○ 課題は意表をついたもの、追求したくなるような魅力あるものを提示する。
○ 課題は真実であるもの、追求して解決できるようなものにする。
○ できるだけ子どもの課題と意見で授業を展開する。しかし、教師は新たな課題を突きつけてゆさぶりをかける。
○ 全員が課題に対する考えを持たせるように、資料を分析したり、選択問題にしたりする。
○ 一人だけで考えることの上にグループで考えることもする。
○ 他者と考えることで、今までにない新たな考えを引き出すようにする。
○ 全員が「聴く、話す」ことがしっかりできるようにする。
○ 授業にリズムやテンポをつくる。

 こうして記してみるとサンデル教授の授業と共通したところが多い。いやそれどころか、小学校の公教育として一層きめ細かいものであると思う。そういう意味でこの課題追求型の授業を自信をもって実践していきたい。

手品をしてきました

2011-01-24 21:58:11 | Weblog



 袋井市立浅羽西幼稚園で手品をしてきました。演技時間35分

1シルクからステッキ

2ステッキが手に吸い付く

3バランス
・ステッキ
・新聞紙
・テニスラケットとボール

4マジック
・マジックインキ
・耳に貫通するシルク
・スケッチブック
・3本ロープ(3つの輪がつながる)
・ジャンボカードモンテ

5ジャグリング
・ボールと帽子(子どもが投げたボールを受け取る)
・皿回し(子どもがリレーする)

祖父母参観会であったが祖父母も喜んで見ていただいた。
子どもたちの乗りがよく演じていいて、とても楽しかった。

学校改革は難しい、なぜか?

2011-01-22 13:39:29 | Weblog



 欧米型の企業は、企業戦略によって人を変えることが可能である。しかし、日本では今いる人に考えを変えてもらうしかない。これは大変なことである。
学校などはこの企業戦略(学校経営戦略)すら持つ必要がない。それでも生きていけるからである。学校が変わらないのがよくわかる。これではダメだね。

教師の質を高める

2011-01-17 12:07:57 | Weblog


 
 朝日新聞(1月1日発行)では、「公立学校をよくするためには、どんなことが必要かのアンケートの結果が掲載されていた。それによると、『教師の質を高める』がもっとも高い65%になった。(全国の有権者3千人を面調査より回答)」とあった。

 教師によれば、「教師の質」より、むしろ「教師の数」を増やすことが公立学校をよくするためには必要であると回答するかもしれない。しかし、私は長年の経験からそうばかりとは思わない。

 「教師の質」とある「質」とは何か、辞書で調べると、内容、中味、価値とある。そうすると教師の中味の問題になってくる。
 「子どもの質」となると、子どもの中味の問題になってくる。
 今でも大切なのは、「教師の数」に優先して「教師の質」であろう。子どもにも当てはまるかもしれない。

 受験学力=人間性の豊かさとはならない。人間を育てるには、一人ひとりの「教師の質」がどうしても必要である。
 朝日新聞のこの調査結果はそんなことを示しているのではないだろうか。

言葉や文に着目した国語の授業

2011-01-13 10:27:21 | Weblog



○「うれしい」と「よろこぶ」とは違う

「うれしい」は、個人的に希望や期待が適ったときに使う。
「よろこぶ」は、「慶賀の意を表する」気持ちになること。社会的におめでたい、よいときに使う。物を贈ったりして祝う気持ちになること。
大野晋著「日本語練習帳」より


事例 国語の教科書から 東書1年「おとうとねずみ チロ」

あたらしい けいとで、おまえたちの チョッキを あんでいます。けいとの いろは、赤と青です。もうすぐあみあがります。たのしみに まっていてください。
さあ、三びきは 大よろこび。

「ぼくの こえが とんでった。おばあちゃちへとんでった。」
チロは、うれしがって とびはねると、まえよりも こえをはり上げて いいました。

ここでは、「よろこぶ」と「うれしい」と使い分けされている。





亡びる国・栄える国

2011-01-08 12:38:51 | Weblog



21010・12・31(大晦日)の中日新聞社説に「亡びる国・栄える国」というタイトルで次のような記事がありました。
夏目漱石の小説「三四郎」の中での話です。三四郎は東大入学のため熊本から上京します。その東海道線の車中、向かいのひげの男がいうのです。要約すると、「(日本は)いくら日露戦争に勝って、一等国になっても駄目ですね。富士山、あれが日本一の名物だ。ところがその富士山は天然自然のもの。われわれがこしらえたものじゃない」
 三四郎はびっくりして、反論します。
「しかしこれから日本もだんだん発展するでしょう」。が、男はすました顔でこう答えました。
「亡びるね」
このすまし顔のひげの男とは漱石本人に違いありません。日本は欧米からの借り物の思想と技術で発展したが、所詮まねごと。砂上の楼閣じゃないかと疑うのです。
 欧米列強の歴史と文化の厚みを知る漱石には、本物の発展とは自分たちが創造し、しかも失敗にまみれながら獲得した成果にほかならぬ、という確信があったのでしょう。その予想道りなのか、歴史の必然か、日本はまさに亡びかねないほどの敗戦を喫します。(中略)
 先日、東京・駒場の日本民芸館を訪ねたら「手考・足思」という書が掲げてありました。大正・昭和の陶芸家河井寛次郎の言葉。日本の美を重んじた人です。器を作る手は、使いやすくて美しい器を求める。土を踏む足は土に踏み返されて、思念はさらに深まる・・・。言葉の解釈は人それぞれでしょうが、われを忘れて創意工夫に打ち込むの姿が浮かんできます。
 亡き漱石先生に「亡びる」と言われる前に、もう一度日本を見直したらどうでしょう。亡びるどころか、栄えある国への入り口は日本中にあるはずです。

※ これらは、政治経済他にも言えることだと思います。私たちの教育界もまったく当てはまることではありませんか。(Mrヒデ)

公教育は亡びることはないが発展もない

2011-01-03 12:07:44 | Weblog
                              浜松の会【自分の授業を変えようと勉強している教師たち】


公教育は・・・・・・・
「公教育」は亡びることはないが発展もない。
「公教育」は亡びることはないが発展もない。
「公教育」は亡びることはないが発展もない。
「公教育」は亡びることはないが発展もない。
「公教育」は亡びることはないが発展もない。
・・・・・・これだけ繰り返し言えば、もう何を言わんとするかお分かりですね。だから硬直した校内研修だけでなく、文科省や教育委員会だけでなく、民間教育団体や教育研究者、先人の教育者の業績からも学んでいかないとダメですね。とにかく今の学校は外から異質なものが入らないと変わりません。これは断言できます。