松明 ~光明を指し示して~

暗闇を照らし赤々と燃える。が、自身が燃え上がっては長くはもたない。火を消すことなく新しい松明へと引き継がれねばならない。

どんな子どもに、どんな授業に、どんな学級にしますか

2021-04-10 17:28:54 | Weblog
                      【心を込めて歌える子どもたち】

 新年度が始まりました。新しい子どもや学級を受け持って先生方は今どんな考えで、学級づくりや授業づくりしているだろうか。「学級目標や学年目標にあるような子どもに育てよう。」「教科は、こんな題材や教材が出てくるので、分かりやすくしっかり教えよう。」だけでの意識では到底ダメです。
 そうでなくて、もっと具体的に、どの時点で「どんな子ども」「どんな授業」ができるようにする。そのためには、今からどんな指導をしていくか等の計画がなければいけません。そして実行しなければなりません。
 例えば、
○1学期中には、無言清掃が必ずできるようにさせよう。そのためには見届けと評価と賞揚をしっかりしていこう。
○子どもの「1分間スピーチ」では、ここまでの話ができるようにして、3月には、保護者の前で発表会をやろう。
○学習発表会にはこんな合唱曲を歌わせ、発表させよう。そのためには、「朝夕の会」でも少しずつ歌の指導をしていこう。
○体育では、柔軟運動や組み体操の指導を継続し、その集大成として運動会に発表しよう。
○何月にはこんな題材で絵や版画を描かせよう、そのためには、いまからスケッチや色の塗り方を学ばせよう。
○子どもたちの全員が授業に参加させるために、発表する前には、ノートに自分の考えを書かせよう。また選択肢のある問題を多く投げ掛けるようにしよう。
○国語では、この教材で特に子どもたちの「自由発言」ができるように育てていこう。
などである。とにかく子どもを夢中にさせることが重要である。計画→決断→実行→結果これが大切ですね。

※学校・学級づくり、授業づくりに協力します。お声を掛けてください。研修での講話や体験型研修をボランティアで行います。ホームページ「浜松授業研究の会」のお問合せ、ご連絡に記入してください。または、このブログのコメントに記入していただいても結構です。
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授業の見方、授業のあり方

2021-04-02 11:08:24 | Weblog


  これは、安里盛市著書「林 竹二・斎藤喜博に学んで」一莖書房発行の本からの抜粋である。今教育界では、私を含めて多くの先生方が授業を大変形式的に見ている。見ようとしている傾向がある。「ほんとうの授業とはどういうものか」ということをあまり知らないとも言えよう。そこで、授業の見方、授業のあり方に関して、なるほどと思われる文章があったので、その一部を抜粋し掲載してみた。授業は、林 竹二先生の「人間について」の授業を参観した安里盛市先先生と授業を受けた子どもたちの感想による。
○ 林 竹二先生の授業の特徴は、子どもたちが、いやでもおうでも、考えざるをえないような問題を投げかけることから出発する。・・・その問題は、いともかんたんに解決がつくようにみえて、その実、とてつもない大きな問題につながっているということである。そのことが、それ以後の授業展開の伏線となって、重要な役割を果たしている。
○ はじめから教えたいことを言わないで、ある一つのことを問題として出し、考えさせる。それは一つ一つの問題から解いていくと、それと関連づけて考えることもできるし、はじめの考えと先生の話を聞いたあとの考えを変えることができるからだ。〈子どもの感想から〉
○ありあわせの知識や思いつきの考えにゆさぶりをかけることである。・・・「何を今さら」と、思うようなかんたんな問題に見える。それを、いきなり開きなおって問いかけるところにゆさぶりの効果が現れる。
○ふだんよく発言する子どもであるが、そういう子どもが発言をひかえているということは、思考を停止しているのではなくて、より深く考えようとしているからである。よい授業とは、子どもの発言の多少によって決まるのではない。むしろ、ときには重い沈黙の中に、思考活動が行われている場合もある。
○具体的な資料の提示や説明によって、子どもたちの浅い認識を変えていくことである。・・・資料がこれほど子どもの認識を変えるのに役立つものとは思っていなかった。しかし、資料は単独で、それほど効果を発揮することはできない。投げつけられた問いと相応し、教師の説明によって価値づけられたり、逆に説明を強化する作用を伴ったりして、より以上の効果を発揮するものと思われる。
○林先生の授業は、問答によって進められるのであるが、どちらかといえば、教師の話す時間が多いということである。しかし、それは教師が一方的に教えてしまう授業とは本質的に異なっている。子どもの思考をゆさぶり、常識的な思考を捨てさせ、本質的なものへと子ども自身が目を開いていけるように、そのために必要なことについて説明したり、反論したりして進められるのである。また、授業の体裁を整えることに腐心したり、子どもの発言の活発さによって授業のよしあしをあげつらう立場とも相容れないものである。
○授業に集中しているときの子どもの顔は刻々に動いていく。ときにはうなずき、にっこり笑い、ときにはとまどいを感じたり、深く考えこんだりする。そういうときの子どもの表情ほど美しいものはない。授業に参加していることの証は何も言語活動だけではないはずである。子どもの内面に何ごとかを起こさせ、自己変革を迫るような授業を現実に見ることによって、そのことをはっきりと知ることができる。〈今まで人間のことを知っていたようで何も知らなかった私。そのことがわかった時のうれしさは今でも忘れられない。なにも発表をしなかったけれど、くいはなかった。それだけに自分は納得したつもりだから〉〈林先生の教え方はとても好きだ。一つの問題を一時間もかけて、いろいろな意見を出してもらうというやり方だ。私は一回も発言しなかったが、今でも後悔しているどころかもう一回、林先生の授業を受けたいと思っている。〉
 私たちは、ややもすると子どもの発言だけで、授業に参加しているかどうかを判断しがちであるが、もっと観点を変えて、子どもの内面の動きから授業の質的な深まりを判断する必要がある。林先生から送っていただいた写真を見て授業に集中しているときの子どもの顔が、こんなにも豊かで美しいものだったのかと驚いたのである。
○林先生の授業の意味するもの・・・それは、私たちに教師が長い間の惰性で、ある一定のわく組の中でしか、ものを見たり考えたりすることができなくなった者に、自由なとらわれない立場から、授業というものを、事実を持って、いくつかの重要な提言をされていることにあるのではないだろうか。

※ 私たちは、授業をいかに観念的に見ているか、捉えているか、評価しているかを思い知らされる。授業のあり方を観念的に考えるのでなく、具体的な事実にもとづいて考えないかぎり、見ないかぎり、簡単には理解できないであろう。
ここに書かれたことが真に理解できるためには、本物のよい授業を多く見ること、自分で経験することが必要である。そうでなければそのよさは決してわからないであろう。そしてそれが理解できない教師は、相変わらず観念的で形式的な授業をしているだけである。さらに、そのような教師は、他人のどんなに優れた授業も観念的で形式的な見方で評価し、批判するだけであろう。
国語で言うならば、1時間の中に、読む、書く、討論、グループ学習、板書指導、机間指導、補助簿等がなければよい授業とは言えないとか、発言者が少なかったとか偏りがあったなどという表面的なことのみで授業を評価しているかぎりは、授業や子どもは変わっていくはずはないと考える。大切なことは、もっと子どもの顔の表情や体のしぐさなどを敏感に鋭く捉え、一人一人の子どもの内面の動きまでをも的確に読み取る努力をすることによって、真の授業のよしあしを学ぶことができるのである。 (河島)


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教師の専門性とその効果

2021-03-10 10:11:57 | Weblog
                    「浜松授業研究の会」研修風景 

 教師の仕事は多岐に渡っていが、その中で一番大切なのは授業である。そのためには、教材調べ(教材研究、教材解釈)があり、次に授業構想(単元・それぞれの1時間)、教師としての課題づくり、発問づくり等である。次に大事な仕事は、子どもの提出物をチェックするなどであろう。これらが十分できれば、かなり楽しい授業、分かる授業ができるだろう。子どもの生徒指導上の問題も半減するものと思われる。
 しかし、現実には、あまりにも教育行政からの提出書類、出帳等の仕事が多い。また、校内においてもどうでもいいような仕事を持ち込んでしまうこともある。これでは前述した仕事ができにくくなってくるのは当然である。
 教育行政も学校も何が子どもの教育にとって大切なのか、もっと考えなければならない。そのことが子どもの教育効果を上げる近道だからである。


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哲学、思想が持てない教育現場

2021-02-15 11:13:58 | Weblog
                           【子どもの作品】

 文科省や教育委員会の小手先、対症療法的な改革、右から左へ、一方から一方の端へと大きく揺れ動く改革、これこそ教育の哲学、思想がないと言えよう。
 現場は現場でその学校や校長の哲学、思想があまり見えてこない。楽しい学校をつくるとか、分かる授業をつくるとか、思いやりのある子どもをつくるなどは当然のことであって、教育哲学とか思想などと言えたものではない。
 大切なことは、その学校や校長の強い明確な願いやビジョンがあることである。また、楽しい学校をつくるとか、分かる授業をつくるとか、思いやりのある子どもをつくるなどというようなスローガンだけでなく、これらを具現化するにはどうしたらよいかという具体的な方策が必要である。そしてさらにその実践力がなければならない。
 そのためには、校長は、自ら先進校である学校を視察したり、講師を招いたり、教育書を読んだりする勉強が欠かせない。
 「職員がやってくれるだろう」ではダメである。よく「職員が主体的にやってくれている。それが一番尊いことだ」と呑気なことを言っている校長がいる。しかし、それはその程度のことしかできないのである。校長(経営者)は、もっと高いものを目指さなければならない。学校が変わらない一つの原因はそこにあるからである。


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学校の文化

2021-01-30 16:54:43 | Weblog
                       会員の実践「表現活動」

学校はハード面つまり、ハコものと制度はしっかりしているが、その中に流れるソフト、文化の面が貧弱である。そして、どこの学校もほぼ同じである。
それぞれの学校の授業や行事などの文化が途絶えてしまったのか、それとも最初からなかったのか?。
 とにかく、その学校独自のものが少ない。その学校で練り上げてきたものが見あたらない。洗練されてきたものがない。
例えば授業では、どこも同じような方法で教えている。行事でもその形式と内容がほとんど同じである。これは変に教育の機会均等である。
 これでは学校の質的向上は得られない。
 意識的に新しいものを見たり、価値観の異なるものを見たりしていかなければいけない。それぞれの学校は内側から変えていく必要がある。


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2つの国語教材の共通した解釈から

2021-01-13 11:27:43 | Weblog
◎その1
大造じいさんとがん
残雪の目には、人間もはやぶさもなかった。ただ、救わねばならぬ仲間の姿があるだけだった。
いきなり、敵にぶつかっていった。そして、あの大きな羽で、力いっぱい相手をなぐりつけた。

スーホの白い馬
大きなおおかみが、ひつじにとびかかろうとしています。そして、わかい白馬が、おおかみの前に立ちふさがって、ひっしにふせいでいました。

上記の2つの教材文での共通性
○残雪(がん)とやぶさの関係はどうか
 残雪(雁)= 冬鳥。湿原、沼などに群生しする。食物は雑草、穀類、野菜などが主である。
 はやぶさ = カラスくらいの大きさ、小鳥からハト、ガン、カモなどを捕食、獲物の上空から下方の獲物に向けて滑空して加速し、獲物を足で蹴り落とす。蹴落とされた獲物は、ほぼ即死か、失神状態であり、それを空中でキャッチする。このようなダイナミックな狩りをするのはハヤブサだけである。
つまり、残雪は当然勝てそうもないはやぶさに対峙している。挑んでいる。
○白馬(馬)とおおかみの関係はどうか
 白馬(馬)= 草食動物で、他の動物や人間に対して攻撃的な性質のある生き物では決して。馬はツノもないし、牙もありません。自分の身が危険になるような所から遠ざかる本能があります。
 おおかみ(狼)= シカなどの大形獣のほかネズミなどの小動物も食べる。
※残雪とはやぶさの関係と同じように、白馬も勝ち目のないおおかみに対峙しているのである。
文章を読み取るときに、子どもたちにこのことをきちんと調べさせておく必要がある。でないと残雪や白馬のすごさ、大造じいさんやスーホの気持ちがしっかり理解できないと考える。
◎その2
大造じいさんとがん
 仲間がえさをあさっている間も、油だんなく気を配っていて、りょうじゅうのとどく所まで、けっして人間を寄せつけなかった。
※りょうじゅうを持った大造じいさんの動き、残雪の動きを子どもにやらせて、イメージを深める。
スーホの白い馬
 白馬が、おおかみの前に立ちふさがって、ひっしにふせいでいました。
※おおかみの動きに対して白馬の動きを子どもにやらせて、イメージを深める。
立ちふさがる=前に立ってさえぎり止める。立ちはだかる。
ふさがる=つまる。一杯になって他のものが中へ入れなくなる。
上記の場面も2つの教材の共通性がある。その1もその2も追求型の指導で大切にしている2項対立の問題ではないが、文章を深く味わうとかイメージを豊かにするものとして重要な指導ではないだろうか。ここでは2教材を例として考えてみたが他にもこういう共通性がたくさんあるのではないだろうか。


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「浜松授業研究の会」について

2020-12-12 21:37:25 | Weblog
                          子どもの作品(6年生)

この会は、月に一度現役の教員が集い、授業実践の報告や検討を行っている。これまでに延べ約1600人を超える教員が参加し、授業改善の議論を深めている。最近では、学習指導要領に新たな教育内容が盛り込まれたことから「その変化に対応できない」という教師からの悲痛の声が多く出されている。
 私たちは、学びの量が増えれば、教師中心の授業になり、子どもの思考の阻害や学習の楽しさを奪うことなど憂慮している。
 大切なことは、与えられた「教育内容をこなす」のではなく、教育の「質」を高めることである。当研究会では、具体的に授業実践を通して教材の捉え方、課題や発問のあり方を追求している。                         

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第104回「浜松授業研究の会」開催案内

2020-11-30 19:51:17 | Weblog
                             【 全 校 合 唱 】


         ~「教師が変わる、授業が変わる、子どもが変わる」そんな研究会です~   

一つの授業にじっくり時間をかけて取り組んでいない。何をしても中途半端な授業になってしまっている。やっつけ仕事になってしまっている。おそらく大半の学校の教育の実態でしょう。
 それがあまり問題視されず、改善されないのは、子どものほんとの力の凄さを知らないからです。子どものほんとうの力を引き出すような授業の経験が少ないからです。だから子どもを見くびって「これでよし!」と思っているのでしょう。または、そう感じていても、どうしたらよいのかその方法を知らないからでしょう。これらの解決は、校内研修だけではなかなか困難です。同僚や先輩教師に教えを請うても難しいことです。私の今までの長い経験で感じていることです。
 この浜松の会では「教師が変わる、授業が変わる、子どもが変わる」をテーマとして研修しています。ここでの学びは、具体的であり、実際的であり、実質的なものです。それだけに確実に得るものがあり、上記のテーマの実現が可能です。
 この会は、偏向的な教育や思想的な教育はしていませんので、安心して学ぶことができます。どなたでも自由に参加できます。まだ、参加されたことのない方は、是非覗いてみてください。
 多くの皆さんの参加をお待ちしています。

1 開催日時   
2020年 12月 5日(日)9:00~12:00
          
2 開催場所   天竜区壬生ホール 第1会議室
  ※時間厳守ではありませんので参加できる時間で結構です。
  ※服装は自由です。
  ※駐車場はあります。

3 研修内容
○ 国語、算数を中心とした各教科
○ 音楽、図工、体育などの実技教科
○ 学級づくり
○ その他
   本研究会の学びの特徴
  ・具体的な教材とか写真とかDVD、テープとかの事実を対象にして考える。
  ・参加者からの実践があればそれをもとにして考える。
  ・音楽、体育、図工、その他の実技をする。

4 準 備 物  
○ 実践したもの(ある人)
○ 教材研究をしてほしい教材がある人(10部印刷持参)
○ 筆記用具
○ 国語辞典
○ 会費 200円

5 この会の研修内容や実践の証、考え方は下記のホームページやブログをご覧になれば、おおよそ理解できると思いますぜひ検索してください。
○ 浜松授業研究の会
○ totoroの小道
○ 松明光明



※学校・学級づくり、授業づくりに協力します。お声を掛けてください。研修での講話や体験型研修をボランティアで行います。ホームページ「浜松授業研究の会」のお問合せ、ご連絡に記入してください。または、このブログのコメントに記入していただいても結構です。


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第103回「浜松授業研究の会」開催案内

2020-11-04 15:49:01 | Weblog
                             【 理科の授業より 】


         ~「教師が変わる、授業が変わる、子どもが変わる」そんな研究会です~   

一つの授業にじっくり時間をかけて取り組んでいない。何をしても中途半端な授業になってしまっている。やっつけ仕事になってしまっている。おそらく大半の学校の教育の実態でしょう。
 それがあまり問題視されず、改善されないのは、子どものほんとの力の凄さを知らないからです。子どものほんとうの力を引き出すような授業の経験が少ないからです。だから子どもを見くびって「これでよし!」と思っているのでしょう。または、そう感じていても、どうしたらよいのかその方法を知らないからでしょう。これらの解決は、校内研修だけではなかなか困難です。同僚や先輩教師に教えを請うても難しいことです。私の今までの長い経験で感じていることです。
 この浜松の会では「教師が変わる、授業が変わる、子どもが変わる」をテーマとして研修しています。ここでの学びは、具体的であり、実際的であり、実質的なものです。それだけに確実に得るものがあり、上記のテーマの実現が可能です。
 この会は、偏向的な教育や思想的な教育はしていませんので、安心して学ぶことができます。どなたでも自由に参加できます。まだ、参加されたことのない方は、是非覗いてみてください。
 多くの皆さんの参加をお待ちしています。

1 開催日時   
2020年 11月 8日(日)9:00~12:00
          
2 開催場所   天竜区壬生ホール 第1会議室
  ※時間厳守ではありませんので参加できる時間で結構です。
  ※服装は自由です。
  ※駐車場はあります。

3 研修内容
○ 国語、算数を中心とした各教科
○ 音楽、図工、体育などの実技教科
○ 学級づくり
○ その他
   本研究会の学びの特徴
  ・具体的な教材とか写真とかDVD、テープとかの事実を対象にして考える。
  ・参加者からの実践があればそれをもとにして考える。
  ・音楽、体育、図工、その他の実技をする。

4 準 備 物  
○ 実践したもの(ある人)
○ 教材研究をしてほしい教材がある人(10部印刷持参)
○ 筆記用具
○ 国語辞典
○ 会費 200円

5 この会の研修内容や実践の証、考え方は下記のホームページやブログをご覧になれば、おおよそ理解できると思いますぜひ検索してください。
○ 浜松授業研究の会
○ totoroの小道
○ 松明光明



※学校・学級づくり、授業づくりに協力します。お声を掛けてください。研修での講話や体験型研修をボランティアで行います。ホームページ「浜松授業研究の会」のお問合せ、ご連絡に記入してください。または、このブログのコメントに記入していただいても結構です。
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コロナ禍に考える学校の文化

2020-10-09 10:04:27 | Weblog
                 浜松授業研究の会「総合表現」の実践より

新型コロナウィルスの影響で学校は一斉休校となり、授業や行事が例年のように行かなくなった。そのことは残念である。しかし、この際、学校の文化を見直すチャンスでもある。 
 学校はハード面つまり、ハコものと制度はしっかりしているが、その中に流れるソフト、文化の面が貧弱である。そして、どこの学校もほぼ同じである。
 とにかく、その学校独自のものが少ない。その学校で練り上げてきたものが見あたらない。洗練されてきたものがない。
 例えば授業では、どこも同じような方法で教えている。行事でもその形式と内容がほとんど同じである。変に教育の機会均等である。これでは学校の質的向上は得られない。
 意識的に新しいものを見たり、価値観の異なるものを見たりして、それぞれの学校は内側から変えていく必要がある。それがコロナ禍に考え、学校を変革していくチャンスでもある。


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