松明 ~光明を指し示して~

暗闇を照らし赤々と燃える。が、自身が燃え上がっては長くはもたない。火を消すことなく新しい松明へと引き継がれねばならない。

嫌な仕事を片付ける魔法の一つ

2014-08-28 06:49:27 | Weblog



〈嫌な仕事を片付ける「魔法」を一つ教えてあげよう。やりたくなくても、とにかく40秒間、机に向かって宿題に手を付けてみる。不思議だが40秒がまんすれば、その後も続けられる。疲れたら、休んで、また40秒。始めさえすれば、ゴールは「こっそり隠れてもはや来ている」〉中日新聞のコラムにあった記事である。
 子どもの宿題もそうであるが大人の仕事もそうである。文章を書く、読む、掃除をする、どこそこに行く用事等々が、40秒をきっかけにできるかもしれない。実行してみよう。


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子どもが生きる学校を求めて・・・・7上辺の教育だけでは、文化は育たない

2014-08-23 11:25:44 | Weblog



 小学校の国語の教科書を見ると私の現役のころよりも、物語文が少なくなっている。その代りに、記録文、報道文、解説文、説明文等が増えている。
 当然時代の変化によるものであろうが、物語文を解読し、味わったりする機会が減ってきているのが残念でならない。
 また、年々学校が忙しくなったり、学力テストの成績結果の発表などが言われたりしてきたのであろうか、「朝の読書の時間」や「読み聞かせの時間」などが減り、それに変わって、漢字や計算の練習などが増えているようである。
 今まで読書や読み聞かせの効用が叫ばれてきて、どの学校も熱心にやってきたのであるが、時流や学力テスト云々により、このような時間が減ってくるのは問題である。
 文科省は、長いスパンで子どもを育てる教育を大切にしてもらいたい。でなければ文化は育たない。


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大人でも聴いて面白い、ラジオ番組「NHK夏休み子ども科学電話相談」

2014-08-19 08:58:47 | Weblog


 
  私の大好きなラジオ番組のひとつに「NHK夏休み子ども科学電話相談」がある。前回のブログにも紹介したが、再び取り上げてみる。
 さてこの番組であるが、各分野の科学の先生方にいろんな疑問を子どもが質問するのである。
 例えば、「犬はなぜ片足を上げてオシッコをするのですか?」「ロケットで月や火星へ行くには何日かかるのですか。」「海の水はなぜしょっぱいのですか?」などである。
 これらは、子どもたちがネットで調べればすぐ分かることであるが、わざわざ先生方に電話で質問してくるところに子どもの教育にとって、そのよさがある。
 さて、皆さん、先に記した回答はお分かりですか。
 犬のオスは片足を上げてオシッコをするのだがメスはしない。なぜか、犬のオスは、自分の縄張りを印すために電信柱などにオシッコをするのである。つまりマーキングである。
 ではなぜ片足を上げるのかというと、できるだけ高い位置にオシッコを付け「自分は大きくて強い犬であるぞ!」ということを誇示すためである。
 ロケットで月や火星へ行くには何日かかるのか。月へは1週間、火星では6ヶ月だそうである、だから何万光年もある遠い星から宇宙人が地球に来ることは考えにくい。
 海水はなぜ塩辛いか。これは、川の水が地中や岩石の中にある塩分を少しずつ海に流し、長い年月を経て、海水が塩辛くなったのである。
 ああ!大人でも知らないことが多いですね。勉強になりました。皆さんもぜひ一度「NHK夏休み子ども科学電話相談」を聴いてみてください。


           
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子どもが生きる学校を求めて・・・・6直接体験の学び

2014-08-14 07:33:00 | Weblog


 中日新聞8月10日日刊では「『科学する心』と『言葉』人材育成ビジョンと課題」というタイトルで3氏の対談の記事があった。そのなかで伊東幸宏(静岡大学長)の言葉が目を引いた。
 
 ある氏の「学生の好奇心が薄くなっている背景には、言葉への関心が弱くなっているのでは?」という問いかけに対して、伊東氏は次のように述べている。「 その点では圧倒的にインターネットの存在が大きい。何か調べようとして、図書館に行くより、検索すれば大量の情報が出てくる。その中の「いいとこ取り」をするわけです。つまり本を読まない。自分とは異なる著者の世界観を読み解いていく、偉大な先駆者の思索を追体験するというようなことがない。」・・・・「いまだ形にならないものを科学の“まな板”に載せるには「概化」(概念化)しなきゃいけない。それには頭の中で分かっていることを言葉にする必要がある。第三者に分かるロジックとして、見えないものを“見える化”する。やはり本をたくさん読む、先駆者たちの経験を疑似体験することですね。」

 このことから、私の大好きなラジオ番組「NHK夏休み子ども科学電話相談」のことを思い出した。
 子どもたちが、各分野の専門の先生方にいろんな疑問を質問するのである。例えば、「海の水はなぜしょっぱいのですか?」「低いところにある太陽は、なぜ赤いのですか?」「いちばん速く飛ぶ鳥はなんですか?」などである。
 これらは、子どもたちがネットで調べればすぐ分かることあるが、わざわざ先生に電話で質問してくるところに意義がある。
 先生に「おはようございます」の挨拶をする、質問する、回答を聞く、先生から質問を受ける、返事をする、「ありがとうございました」「さようなら」のあいさつやお礼の言葉をいう。
 このように詳しく先生から自分の疑問を知ることができると同時に、対人関係の勉強になる。これらはネットの検索だけでは得ることができない貴重な学びになる。
 今学校教育では、インターネットや映像による教育が大いに活用され教育効果を上げているが、一方、直接体験による学びが減っているようである。ここにも日本の学校教育の問題をはらんでいるようである。


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向山洋一~斎藤喜博~宮坂義彦の授業について

2014-08-08 08:56:21 | Weblog


 下記の文章は、鳴瀬彰夫(神奈川大学)「教育思想の現在 斎藤喜博を超える試み(1)」の論文からの抜粋したものである。なお、後述の斎藤喜博の「雲」の授業記録は、向山洋一の授業と対比するために、斎藤喜博著「わたしの授業 第四集」から私が抜粋したものである。なお、コメントも私が記したものである


○向山洋一が斎藤喜博にどのようにみずからの教育実践を対置していこうとしたのかをとりあげてみる。

・向山は斎藤喜博を追う。斎藤喜博の授業が「職人・芸」という世界を身にまとうのにたいして、向山は「プロ教師・技術」を対比する。
・向山は、斎藤の授業における「芸」の世界から、「教育技術」を抽出しようとする。
・向山は「誰が指導してもできるやり方」をめざして、斎藤喜博を追う。このやり方を広め、教師全体の共同財産としていくことを目的とした運動体の出発であった。
・「教育技術法則化運動」は1980年代後半から大きな広がりを見せた。それは、教育の場におけるひとつのマニュアル化と捉えてよのかもしれない。
・では、授業のマニュアル化が、何を引き起こすのか。ひとつの詩を中心におこなった向山の授業を見てみたい。

 向山洋一の授業

 教材
 てふてふが一匹韃靼海峡を渡って行った
    安西冬衛

教師:4列、起立
教師:前から読んで、読んだらすわりなさい。
・・・・・・・・・・・。
教師:全員起立
教師:5回読んだらすわりなさい。
・・・・・・・・・・・。
教師:これを読んで、何か考えられることを、その紙に箇条書きに、一、二、三、四と書きなさい。
・・・・・・・・・・。
教師:では、自分が思ったこと、考えたことを発表してもらいます。
・・・・・・・・・・。
教師:これ(詩)を絵にして、話者を目玉で書きなさい。
・・・・・・・・・・。
教師:いろいろな絵があります。一つずつ、ちょっと、発表してもらいます。

以下略

この授業について、鳴瀬彰夫は次のように感想を記している。

授業全体にかんじられるのは、教師から生徒への一方的な働きかけである。
一つの型にはめようとする意志である。
 自由に生徒に発言させているようでいて、授業には初めからレールがひかれており、その枠組みのなかで、進行するように持っていく強引さが見受けられる。
 新鮮さが削ぎとられてしまっているような思いがしてならない。果肉を食べ終わって残された干からびたリンゴの芯のようである。
 授業において、生徒の反応が新鮮すぎるとき、授業の進行が脅かされるのではないかと、教師は急いで「教育技術」の中にその新鮮な反応をとりこもうとする。
 授業に安定をとりもどそうとする。けれども、既成のやり方「法則化」のコースにのせてしまった途端、それは初めにもっていた新鮮さを失って、ありふれたものに変わってしまう。


これに対して斎藤喜博の授業を見てみよう。
斎藤喜博の授業
雲 山村暮鳥

おうい雲よ
ゆうゆうと
馬鹿にのんきそうじゃないか
どこまでゆくんだ
ずっと磐城平の方までゆくんか

教師:「みんないい顔をしているね」と言いながらプリントをくばる。
教師:くばられたら、小さい声で読んでください。
子ども:めいめいで小さな声で読む。
教師:声を出して読んでください。
子ども:声を出して読む。「暮鳥」が読めない。
教師:わかんないところはぬいておけばいい。ぬいて読んでごらん。



教師:非常にいい読みですね。みなさん自分で、この(詩)なかへはいって、なかのことを読もうとしている声です。
子ども:落ちついた読みをする。
教師:うん。どんなことが書いてあった。
子ども:無言。
教師:大きなヘビが出たことがかいてあった?言ってください。
子ども:雲に話しかけている。

以下略

 向山の授業にたいして、斎藤の授業は、創造的、解放的である。子どもを信じ、子どもが発見する授業であり、子どもの可能性を引き出す授業である。
 これは授業の最初の部分だけを記したのであるが、授業が進むにつれていっそう豊かになっていく。やはり斎藤喜博は凄いと言えよう。
 私たちの「浜松授業研究の会」は、斎藤喜博の流れを継承しているが、この会の全国の主宰をしているのが、宮坂義彦である。
 斎藤の授業は職人芸と言われ、それをまねることはやや難しさがあるが、斎藤の授業のよさを失うことなく、それをわかりやすく、教材解釈や授業展開等に導いてくれたのが宮坂義彦である。今さらではあるが、宮坂義彦先生の指導を受けるありがたさを感じてならない。


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「鹿島すみれ会」で手品をしてきました

2014-08-06 07:20:12 | Weblog

平成26年8月5日、昨年と同様「鹿島すみれ会」で手品をしてきました。
約2時間の長丁場であり、小話やクイズを入れながら手品をしました。新しい初めての挑戦である「ロープカット」や「コインとバケツ」(マイザーズドリーム)なども演じました。
終始笑がいあり、驚きがありでとても楽しい一時を過ごすことができました。
「鹿島すみれ会」のみなさん、ありがとうございました。

演 目  

○挨拶、暑い話(インドでは・・・)

1マジック
今日の運勢(封筒を使って)

2 ロープマジック
ア 3本ロープ(長さが同じになる)
イ ロープの首切り(2人でやる)
ウ 結び目作り(2人でやる)
エ ロープ切り(1人にハサミで切ってもらう)
オ ロープとリング

3 トランプ
ア 糸の付いたトランプ
イ 見えないトランプ(予言)

4 クイズ
ア 皿の上のサンマと猫
イ 携帯電話と風呂沸かし
ウ 梅の木の下、桜の木下のプロポーズ
エ おばあさんが風邪をひいて寝ていました

4マジック
ア コインとバケツ
イ ウサギのスポンジ
ウ シガーボックス(箱入り娘)

5 小話(見世物小屋)
大イタチ・大ざる、小ざる・三ツ目・狼娘・取れたてのカッパ等

6 マジック
ア 輪ゴム(ワープ、溶けるゴム・恋するゴム)
イ テーブルクロス引き


「鹿島すみれ会」の皆さんありがとうございました。とても楽しかったです。




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子どもが生きる学校を求めて・・・・4多忙な教員、学校の実態は

2014-08-01 06:51:12 | Weblog


 7月30日に「多忙な教員、学校の実態は」というタイトルでNHK総合テレビでの放映があった。
 それによると、子どもとのふれあいが減った。あるいは改善されていないという教員は7割を超えるということであった。
 午前中に4時間の授業があり、休み時間は子どもの提出物の点検、午後は授業、教育委員会等からくる報告書の作成、各種研修会などで授業の準備や子どもとのふれあいができないとのことであった。

このテレビを見て、教育委員会は現場が本来の仕事(授業や子どもとのふれあい)ができるようにするには相当な教育改革をしなければならないと感じた。この改革により、学力テストや生徒指導、いじめの問題などの多くが解決する方向にむかうのではないかと思われる。
 とにかく教育委員会からの改革なくしては学校現場だけではどうにもならないと感じた。

 テレビ放映の中で、先生方が子どもへの指導のためなのだろうか、長縄とび(最近どこの学校でもやっている長縄とび競技)の研修をしていた。私はなんてつまらないことを研修しているのだろうと思った。これも授業には関係あるかもしれないが、もう少し本質的な研修が必要であると感じた。


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