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「中央区を、子育て日本一の区へ」こども元気クリニック・病児保育室  小児科医 小坂和輝のblog

感染を制御しつつ、子ども達の学び・育ちの環境づくりをして行きましょう!病児保育も鋭意実施中。子ども達に健康への気づきを。

「原発に反対するのはサルと同じだ」の考え方こそセンチメントではないだろうか。

2012-02-12 12:52:29 | 国政レベルでなすべきこと
 都知事の以下、記者会見コメントは、たいへん遺憾に感じます。

 原発から次のエネルギー政策のありかたを考えていく事は、サルにもどることではなく、むしろ逆で、人間への進化の第一歩をとるということではないかと、私は考えます。


******記者会見 録画と文字おこし*******


http://kiikochan.blog136.fc2.com/blog-entry-1505.html

記者:
先日原発の是非を問う住民投票についてですね、
一部の自治体を除いて締めきりがきまして、必要な数を上回る数の署名が集まる見通しが立ちました。
これについて都知事として、今どのようなことを


石原慎太郎都知事:
いや、やったら手続き出したらいいんですよ。
そんなもん条例作れるわけないでしょ。
作るつもりもないよね。

私はこの間自分のコラムに書きましたがね、
やっぱり人間ね、一番厄介なのはセンチメントなのね。
センチメントって言うのは恋愛と同じでね

「あんな女に引っ掛かるぞ」とか
「あの男と一緒になったらひどい目にあうぞ」って言ったってね、
惚れちゃったらね、どうしてもね、
要するに一緒になってね、人生めちゃくちゃにならなきゃ分からないのよ

それでね、やっぱり、センチメントって言うのはね、
犯罪の捜査もねそうでしょ
私もその時に、例に引いたんだけどね、
福岡であった事件でもね、
その「ストーカーを何とかしてくれ」って言ったって、
警察はね、面倒くさいから、そんなもんはね、

それで、傷害事件が起こったわけじゃないから、
で、あんまり、ま、うるさく言ってくるから、刑事課に任せたらね、
刑事にしてみればだね、もっと大事な犯罪っていうのが沢山あるしだね、未解決のだってあったりね、
こんなね、恋愛沙汰にかまっていられますかってんでね

結局事実的にもっと棚上げされちゃって、
結局、当人じゃなしに、おじいちゃんおばあちゃんとお母さんが殺されたんでしょ。

あれでもね、警察はね非難されているけど、
私はあるとおもいますね、そりゃ。

恋愛沙汰の中に警察が突っ込んでいくとね、事件がおこんなきゃとてもじゃないけどね、その気になりませんよ
それは、動機になりませんよ。

これはね、だからね
原爆もそうなの原発も
原爆のね、トラウマがあるからね、なんかみんなね、その一種のセンチメントで、恐怖感で言うけどね、

あなた言うんだかどうか知らないけど、こんなのは吉本隆明の人までがね、
とにかくね、「原発に反対するのはサルと同じだ」と。

人間の進歩っていうのはね、
この近代精神っていうのは、とにかく、人間はね、技術を開発することで進歩してきたと。

それを容認するのがね、歴史の原理だという事を言っててね、
その原発をとにかく反対って言う人は、代案も出さずに言っているからセンチメントで言ってるから、
これは結局人間の進歩というのを認めない
ま、人間がサルに戻る事です。

えらいはっきりした事言ったけど、
私も同感ですな。

人間のねー、進歩っていうのはやっぱり、人間が自分の手で技術を開発し、
挫折があったり、失敗があったり、
その、あ、事故もあったけど、
それをね、体験しながらね、要するに克服をすることで、
その文明は進歩し、今日まできたんですよ。

ということです。
ハイ。


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私たちの権利・利益を保護することを目的とする「法律による行政の原理」の空洞化

2012-02-12 11:50:03 | シチズンシップ教育
 法律による行政の原理は、「なによりもまず、私たちの権利・利益を守ること」を目的に確立をされてきました。

 形式的法治主義で終わってはならず、実質的法治主義(法の支配)の実現される国にならねばなりません。

 その観点からは、「行政が法律にしたがってさえいれば、よい」というだけではなく、「法律自体が一定の(法治主義的な)内容を持つものであるものでなければなりません。
 最高裁判所が、「違憲立法審査権」を与えられ「司法」が「立法権」を監視ているゆえんです。

 ただ、国会が問題のすべてを見通して、適切な立法をすることがむずかしくなり、ほんらい法律によって拘束されるべき行政府自体が、政府が提案する法律案の作成にあたって重要な役割をはたしているといった事実が指摘をされています。そして、国会で成立する法律の多くは、政府の提案によるものとなっています。

 ここに、「法律による行政の原理の空洞化」が生じる余地があるといえるのではないでしょうか。

 いかに、クリアーしていくべきか、行政法学の課題がある部分だと強く感じます。

*参照 『行政法入門』藤田宇靖 著、1996年初版、2005年第4版 67-69ページ
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